USNAが四葉に屈した。
それを聞いたバランスは愕然とした。
だが、もはや四葉に逆らえなかったのも当然である。紫音が情報を完璧に読み取り、日本各地にいる戦略級魔法の諜報員を全て捕縛したからだ。四葉は動かせる人の数が少ないので時間はかかってしまったが、半日以内に全て終わらせた。
ちなみに、全ての諜報員を一斉に捕らえた理由は、達也が『マテリアル・バースト』の使い手であることを悟らせないためである。仮に達也を調べている諜報員だけを捕縛した場合、それは逆に達也が真なる使い手であると語っているようなものだからだ。
「まぁ、こんな感じですね。四葉からUSNAへの要求は先程も言った通り、
「……たったそれだけで私たちを解放するというのか?」
「我が家の当主は、これによって日本とUSNAが戦争状態になることを望んではいません。だから穏便に済まそうとしているのですよ」
既に縄を解かれたバランスは、縛られた痕の残る手首を摩りながら考察する。
(何が目的だ? シリウスという大きすぎる手札を手に入れた四葉が……わざわざ戦争を回避だと? 幾らでも有利な交渉を進められるというのに、たった一人の男を追い詰めるために同盟?)
バランスは
「そう言えば、貴女は
「……頼もう」
「まずは貴女がたにも分かりやすい部分からですね。
「なんだと?」
「
そして日本で魔法師排斥運動が高まれば、人間主義の注目は日本に移る。
日本で騒ぎが大きくなってから援軍としてスターズを派遣し、恩を売ると同時に『マテリアル・バースト』を調査するための下地にしようと考えていた。
勿論、完璧にご破算となったが。
「つまり
「はい。
「あれを兵器に?」
「パラサイトに憑依された魔法師は、殆ど超能力のレベルで魔法を使います。その気になれば、一般人を超能力者に変えてしまう技術となるかもしれませんね」
これは事実としてあり得ることだ。
原作でも九島家がパラサイトを利用した兵器開発をしていたし、パラサイトに憑依されたUSNAの魔法師は例外なく強力なサイキックを会得している。紫音はそれを知っているので、そういった危機感を覚えていた。
「
「……ああ、よく理解した」
「他にも申し上げると、
より正確に言えば、四葉家は
そして今の
ロバート=孫が率いる
「四葉にとって魔法師排斥が高まる世論は都合が悪い」
「USNAにとってもだ」
「つまり利害の一致です。上層部の方は理解して頂けました」
「なるほど」
真夜は高圧的な態度で交渉に臨んだ。しかも状況もかなり有利だった。だが、提示された条件はあまりにも簡単すぎる。USNAにとっても利益がある話だったので、乗らないという選択肢はなかった。
しかし、甘い。
たったこれだけが真夜の目的な訳がない。
もう一つの目的は、しっかりと紫音に託されていた。
「ミズ・バランス。こうして貴女一人を隔離した理由について思い当たりませんか?」
「……私が指揮官だから、というわけではないだろう?」
「その通りです。答えを言わせて頂くと、我ら四葉は貴女の実力を買っているのです」
「ふ……無様に任務を失敗した私の実力を……か?」
「ええ、それでもです。女の身でありながら軍上層部に食い込める実力者、そして監査官という立場を持つことも大きい。我ら四葉家と個人的なパイプを作ってみないかと勧誘したくなるほどに。だからこそ、USNAの機密がかなり漏れたことは向こうにも日本政府にも伝えていません。貴女を決定的に失脚させないために」
「なるほど……」
バランスは理解した。
それと同時に、これが自分にとって有意義な話であることも。
シリウスだけでなくカノープスも捕まり、ブリオネイクを始めとした機密情報がすべて漏れ出した。普通ならば降格間違いなしである。
だが、四葉は機密を漏れなかったことにすると言っているのだ。四葉家は情報を利用するかもしれないが、その情報を日本政府に渡したりはしないと言っていることに等しい。それならば挽回は効く。
何より、個人的に四葉とのパイプが出来ることは何よりの武器になる。
利用されることは目に見えているが、利用できるのも確かなのだ。
(四葉の実力は知ったばかりだ。疑う余地などない。そもそも、これは私に選択権のない交渉だ)
このコネクションは軍部において強力な武器となるだろう。
バランスは、悩んだ末に悪魔の契約書にサインすることを決意した。
◆◆◆
日本に来てからのリーナは散々だったと言えるだろう。
やったことのない高校生を体験しつつ達也や紫音と接触、合間にパラサイトを追跡しては始末。初めての諜報任務を必死にこなすが空回りし、パラサイト追跡は四葉家によって邪魔される。
挙句の果てに、四葉に捕まって交渉材料にされてしまった。
屈辱を通り越して情けなさ過ぎる。
「うぅ……死にたい」
無事に解放されたリーナは、基地の待合室で時間が来るのを待っていた。ちなみに、側にはカノープスも座っている。いつもは落ち込むリーナを慰めてくれるのだが、この日ばかりはカノープスも調子が悪かった。
「同じ気持ちですよ総隊長」
「これから査問会だと思うと気が重たいです」
「今頃はバランス大佐が詰問されている頃でしょう。それに比べれば、私たちはマシだと思うのですが」
四葉に対抗するためバランス大佐とカノープス少佐が日本まで赴いたにもかかわらず、無様な敗北を見せつける結果となったのだ。バランスに言い渡される沙汰は、それなりのものとなるだろう。
指揮官だったバランスと比べれば、リーナやカノープスはまだマシだろうと思える。
いや、思いたい。
「アンジー・シリウス少佐、及びベンジャミン・カノープス少佐は共にこちらへ!」
暫くして、兵の一人が待合室に入り敬礼しながら呼びかけた。遂に時が来たと憂鬱に思いつつ、簡易的な査問会が行われる部屋へと向かって行く。足取りは重いが、二人ともそれを悟らせないようにしていた。
大きな失態だったとはいえ、上に立つ者がそんな様子では示しがつかないからである。
二人が部屋に入ると、そこには既にモニターが用意され、バランスもその場にいた。
「アンジー・シリウス少佐、ただいま到着しました」
「ベンジャミン・カノープス少佐です。同じく到着しました」
『宜しい。では、そこで立て』
「はっ!」
「了解であります」
リーナとカノープスは指示された場所に立ち、背筋を伸ばしてモニターへと目を向ける。バランスは部屋の端で椅子に座り、同じく画面に目を向けている。
まず、口を開いたのは画面の向こう側にいる上層部の一人だった。
『今回のあらましはバランス大佐から聞いた。報告書もこちらに上がっている。だが、まずは君たち二人から見た今回の報告を聞こう。まずはシリウス少佐』
「はっ! まずは―――」
リーナは昨晩の任務で何が起こったか、その詳細を語る。ミアが誘拐されたこと、ミアがパラサイトだと判明したこと、ブリオネイクを使おうとして断念したこと、突入した結果捕まってしまったこと。
それらを話し、リーナは思い出したかのようにある事実を口にする。
「――突入の際、私たちは魔法が使えなくなりました。自己加速術式もベクトル操作も分子ディバイダーもです。これは全ての隊員に共通した事態です。キャストジャミングの感覚もなく、起動式を読み込んでも魔法式が構築できない……と言った感覚でした」
『魔法が使えない……カノープス少佐はどうだった?』
「はっ! 私も同様であります。シリウス少佐と同じような感覚を覚え、魔法が使用不可能になりました。それに動揺したこともあり、瞬時に敵の手へと落ちてしまったのであります」
『なるほど……』
『どう思う?』
『うむ、間違いなかろう。あれと同じだ』
『ということは?』
『ああ、バランス大佐の進言に従うのが最もよかろうよ』
思ったよりも責められないことにリーナとカノープスは首を傾げそうになる。それに、上層部たちの言葉も半分以上理解できない。
そう思っていたところで、向こうが説明を始めた。
『君たちは昨年の十月三〇日に日本で起こった事件を知っているかね?』
「はっ! 横浜事変であります」
『その通りだカノープス少佐。大亜連合による襲撃に際し、日本は国防軍、十師族、有志魔法師部隊が出動して事態を治めた。この時、日本側は異常なほど被害が少なかったのだ。それも、奇襲を受けた側にもかかわらず。何故だか分かるか?』
それは答えを期待しての問いではなかったのだろう。
すぐに彼らは答えを口にした。
『それは大亜連合側の魔法師が魔法を使えなかったからだ』
『横浜全域で日本の魔法師が魔法を使う一方、大亜連合の魔法師は単純な魔法すら発動できなかったと報告が上がっている』
『大亜連合はすぐに敗走した。いや、空母や駆逐艦を使っての攻略作戦に切り替えたのだ。そこで発動したのが戦略級魔法『
『それはともかくだ。我々が何を言いたいのか理解したかね?』
これだけヒントを出されればリーナも理解できる。
カノープスと目を合わせ、頷いてからリーナが答えた。
「日本には魔法師を無効化する技術が存在している。いえ、昨晩の状況と組み合わせれば、四葉がその技術を持っているということですね」
「何よりも恐ろしいのは、味方の魔法師は魔法力を失わず、敵の魔法師のみを無力化する点。これは現代における戦争を根本からひっくり返す技術となるでしょう」
『その通りだ。我々もバランス大佐の話を聞き、その二つを結び付けることが出来た』
ここで二人は察した。査問会が思ったより優しく進行しているのは、四葉が保有する恐ろしい技術が判明したという成果によるものだと。
魔法師を一方的に無力化するなど、そんなものを放置できないからだ。
『さて、本題に移ろう。我々USNAは四葉家と全面的に協力し、
『まずはパラサイト化したと思われるフォーマルハウト元中尉の抹殺だ。四葉家と協力してこれを追え。フォーマルハウト元中尉の死体はこちらに受け渡すと交渉で決まっている。ただし、これは二番目の優先事項だと思え』
『一番の優先事項は理解しているな?』
「勿論です」
「四葉と協力し、その中で魔法師を無力化する技術について探るのですね」
この提案こそ、バランスが先の査問会で提示したものである。
四葉の持つ恐ろしい技術を調べる。そんな大役を任せるにあたり、今回の失態を帳消しにするという話へと纏まったのだ。昨晩の件で分かる通り、四葉は恐ろしすぎる。危険な役を与えるのは、ある意味で生贄に近い。
しかし、バランスは敢えてこれを提示した。
そうでもしなければ、昨晩の失態は拭えなかったからだ。
『詳しくはバランス大佐が話すだろう』
「では私の方から詳しい話をする。こちらを向け」
「はい!」
「はっ!」
「うむ」
バランスは手元のタブレット端末を操作し、画面に幾つかのデータを表示する。
そこには紫音の顔写真も載せられていた。
「シリウス少佐。君は魔法科大学付属第一高校へと引き続き通い、シオン・ヨツバと協力してパラサイトと
「はっ!」
「次にカノープス少佐だ。君はこちらの少女と共に行動して貰う」
バランスがそう言うと、黒髪の少女が写真で映された。どことなく紫音と似ている気がするものの、カノープス少佐はその思考を端に追いやって話を聞く。
「彼女の名はアヤコ・クロバだ。同じく四葉からの協力者と聞いている。彼女に関しては後で顔合わせがあると四葉家当主から聞いている。カノープス少佐はアヤコ・クロバと協力し、シリウス少佐とシオン・ヨツバを補助するのが任務だ」
「了解であります」
「これらが概要になる。では、詳細へと移ろう――」
四葉家との協力。
更新された任務によって、リーナたちの頭から達也のことが完全に抜け落ちたのは間違いない。真夜からの依頼通り、無事に達也への疑いは打ち消すことが出来たのだった。
原作と少しだけ乖離しましたね。
現在の勢力は・・・
四葉+スターズ
千葉家+吉田家
七草家+十文字家
達也と深雪は平和(?)を満喫中です。