二日後の一月二〇日。
リーナとシルヴィアは留学中の住居にいた。いつもと違うのは、この場にカノープスも訪れていることだろう。理由は、今日の夕方に紫音と亜夜子がやって来るからだった。
名目上は四葉家とUSNAの共同戦線による
リーナはかなり緊張していた。
「シルヴィ……大丈夫ですかね私たち」
「弱気にならないでください総隊長。戦いをするわけではありませんよ」
「でも……」
リーナはかなり弱気だった。
日本に来てから上手くいかないことが尾を引いているのだろう。USNAでは、若くしてスターズ総隊長になったことで、様々な嫌味を言われてきた。小娘には相応しくないとか、戦略級魔法が使える程度で調子に乗っているとか、本当に色々と言われた。
軍人としての適性だけで考えれば、リーナはかなり低い。
考えは甘く、感情に流されやすく、何より子供だからだ。
それでも魔法力という面においては大抵の大人を凌駕している。だからこそ、シリウスの称号を手に入れたのだ。
ただ、その唯一の自信が揺るがされているのも事実だった。
「フレディを追い、
USNAから言い渡されている失敗の許されない任務。
それがリーナにプレッシャーを与えていた。一度ならず二度までも四葉に敗北していることもあり、余計に弱っていたのである。
そんなリーナに対し、カノープスは慰めの言葉をかけた。
「総隊長、日本には『三度目の正直』という
「しかしベン。同じように『二度あることは三度ある』とも言いますよ」
「それは……」
あまりにもネガティブな姿に、流石のカノープスも困った表情を浮かべる。普段なら、少し脚色しながら自信を付けさせればすぐに元の調子に戻っていた。しかし、今回ばかりは回復が難しそうである。
ずっと『シリウスなんか辞めたい』と呟いているのだ。
これまで大きな失敗がなかった故に、激しく落ち込んでいるのだろう。カノープスはそのように分析した。こればかりは時間が解決するまで、見守るしかない。カノープスも経験したことだった。
どう慰めるべきかと悩む内に、時間は過ぎる。
そんな時、不意にチャイムが鳴り響いた。
「いらっしゃられたようですね」
シルヴィアがチェックすると、ドアカメラが少年と少女を映していた。勿論、紫音と亜夜子である。
すぐにロックを解除し、同時にリーナとカノープスへと目を向ける。これは自分が玄関まで出迎えるというアイコンタクトであり、二人も頷いて了承した。
そして玄関で扉を開くと同時に挨拶する。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
綺麗な日本語であることに紫音と亜夜子は少しだけ驚いた。だが、それを表情に出すことなく、言われるがままに中へと踏み込む。
シルヴィアに案内されて、二人はリビングまでやってきた。
そこには金髪碧眼の美少女リーナ、そして精悍な見た目のカノープスが待っていた。紫音も亜夜子もカノープスの資料は読んでいるため、それなりに警戒している。場合によってはシリウスよりカノープスの方が脅威となり得るのだから。
席を示され、紫音と亜夜子はリーナとカノープスの対面に座る。シルヴィアはリーナの隣に移動し、そこに腰を下ろした。
「まずはようこそ。自己紹介から始めようと思うのだが、構わないかね?」
「いいでしょう」
先にカノープスがそう問いかけたので、紫音も拒否することなく返した。そこで、自己紹介する流れとなる。言い出しっぺのカノープスから口を開いた。
「私はベンジャミン・カノープス少佐です。スターズ三番隊を任されています。これから私のことはカノープスと呼んでください」
「ワタシはアンジー・シリウス少佐よ。戦略級魔法師で、スターズ総隊長をしているわ。プライベートではアンジェリーナ・クドウ・シールズを名乗っているのは知っているでしょうし、シオンは使い分けて頂戴。プライベートではリーナ、任務中はシリウスでお願い」
「では次は私ですね。シルヴィア・マーキュリー・ファースト准尉と申します。主にオペレーターとして皆さんを支援する立場です。シルヴィアとお呼びくださって結構です」
遊びではないので、趣味嗜好まで語る必要はない。勿論、戦闘方法や得意魔法などを言う必要も皆無だ。
それに倣い、紫音と亜夜子も自己紹介する。
「四葉紫音だ。知っていると思うが、戦略級魔法師でもある」
「黒羽亜夜子と申します。四葉家に仕える一族の者で、紫音様とは昔からの縁です」
ここで亜夜子は、紫音を兄と呼ばなかった。理由は、四葉の家族構成を無暗に伝えることを避けたからである。黒羽が四葉分家であることは秘匿事項だ。そのため、懇意にしている一族という程度にとどめたのである。
この任務中、亜夜子は紫音を『お兄様』ではなく『紫音様』と呼ぶことに決まっている。
「まずは俺たち四葉からこれからの動きについて語らせて貰う。構わないか?」
紫音が尋ねると、リーナ、カノープス、シルヴィアは頷いた。
「ひとまず情報共有だ。パラサイトについてはここにいる全員が認知していると思っていいな? そしてパラサイトは殺害すると、プシオン体が抜け出して新しい体に乗り移ることも分かっている。パラサイト本体をどうにかしない限り、本質的にパラサイトを始末することにはならない」
ここが厄介な部分だ。
パラサイトと融合した人を殺しても、本体であるプシオン体は破壊されない。それは新しい体を探して乗り移り、新たなパラサイトとなる。
その仕組みについては紫音が捕らえたパラサイトで実験し、判明している。四葉はパラサイトについて大まかに解明した。故に、USNAへとフォーマルハウトの死体を引き渡すことに同意した。
真夜の意向として、保存用に何体かのパラサイトを確保する方向になってはいる。しかし、既に積極的ではないのも確かだった。
(どちらかと言えば、
紫音は昨日に本家へと戻り、亜夜子と共に真夜と面会した。その際に、USNAと付き合う際の注意点など様々なことを命じられた。
その中で、真夜は
(母上は
それが紫音の予想した真夜の目的だ。
甘い上に油断し過ぎているように思える。
パラサイトが手を付けられないほどの存在になった時、どうするのかという問題もある。
しかし、そこは紫音を信用しているのだろう。
だから真夜は余裕なのだ。
「俺とリーナは……ああ、ここではリーナと呼ばせて貰うぞ。それで俺とリーナはパラサイトを直接追跡する。これまで通りにしたい」
「ワタシも異論はないわ。ベンはどうなるの?」
「カノープスには亜夜子と共に行方不明者について探って欲しい。
「なるほど、理解しました。確かに、その方針は有用でしょう。私たちが働くことで、シリウス少佐や四葉殿の支援となるのですね。私は日本について詳しいわけではありませんので、黒羽殿に頼ることになるでしょう。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそカノープス殿」
亜夜子とカノープスは軽く会釈する。
こう言った任務において、亜夜子はプロフェッショナルだ。黒羽の部下もそういう捜査に慣れているので、効果が期待できる。ここで紫音がカノープスに期待しているのは、戦力としての面だ。
パラサイト事件は七草家と十文字家、千葉家(警察)と吉田家が競うようにして調査している。それに対抗するため、亜夜子にはカノープスと行動して貰うのだ。仮に戦闘になれば、亜夜子たちは調査続行し、カノープスたちスターズ部隊が足止めする手筈となっている。
勿論、紫音とリーナの関係も同じだ。ただし、こちらはフォーマルハウトを含む元USNA軍人のパラサイト始末もあるので、臨機応変な対応をする。
「じゃあ、大まかなイメージ共有が出来たところで、具体的な話をしよう。まずは俺とリーナの動きだな。昼は学校に行くとして―――」
秘密の会合は夜中まで続けられたのだった。
◆◆◆
深夜、ひっそりとリーナの部屋を出た紫音と亜夜子は、黒塗りの車に乗り込んでいた。現在、公認戦略級魔法師である紫音には様々な監視がついている。それを全て誤魔化しての行動なので、こうして移動するだけでも疲れた。
車の中で座席に背を預け、一気に息を吐く。
「ふぅ……」
「大丈夫ですかお兄様?」
「いや、疲れたかな」
この車は黒羽家が手配したものであるため、紫音と亜夜子は普段の関係に戻れる。なお、昨晩の時点で再会しているため、改めて互いの近況を確認したりはしない。
昨日は本家に戻り、今朝は学校、そして夕方から深夜にかけて話し合い。
幾ら紫音でも疲れないはずがなかった。
「亜夜子こそ大変じゃないか? 受験もあるだろ」
「問題ありませんわ。勿論、文弥も」
「それなら良いけど……ああ、聞きたいことがあるなら教えるぞ」
「本当ですか? ではお願いします」
何処から取り出したのか、亜夜子は魔法に関する参考書を胸に抱える。その仕草は、どこか深雪を思い出させるものだった。
昔から亜夜子は深雪に憧れている節があるので、似ているのも仕方ない。『お兄様』呼びも深雪を真似してのことなのだから。
「それでここなのですが」
「ああ、それね。その参考書間違っているから気を付けろよ」
「ええっ!?」
いつもより近い距離で車の中の勉強会。
元から仲の良い二人なので、それはとても楽しい時間。あっという間に紫音の自宅へと到着する。
「ではお兄様。今日はよろしくお願いします」
「え? 泊ってくの?」
「そうですわ」
「聞いてないんだが」
「言っていませんから」
「車の中で教えた意味……」
「あら、それも楽しかったですわ」
受験生の亜夜子は、既に学校へと行く必要がない。泊っていっても問題ないだろう。紫音も亜夜子と過ごすのは久しぶりなので、そのまま二人で家に入っていくのだった。
◆◆◆
東京都内にあるそれなりのアパート。ボロボロというわけでもなく、ごく一般的な2LDKの部屋だ。
あまり人の寄らない廃ビルなどは、逆に真っ先に調べられてしまう場所だ。木を隠すなら森と言うように、人を隠すなら都市となる。
だが、今日はフォーマルハウトを自身の部屋に呼んでいた。
「パラサイトたちの新たな器は馴染んでいるか?」
「まさか死体に憑依することが出来るとは思わなかったがな。私を除く十一の仲間たちは、既に肉体を得て復活している。活動も可能だ」
「そうか。それは良かった」
しかし、フォーマルハウトは不満げだった。
「私たちが貴様に協力しているのは、私たちの目的があるからだ。貴様らがパラサイトと呼ぶ私たちは、どのように生きているのか、どうすれば仲間が増えるのか、そして私たちは何処から来たのか。それを知りたいと願っている」
「分かっているとも。だが、私たちも君たちと同様にパラサイトについて知っていることは少ない。だからこそ、実験が必要なのだ。魔法師を使った繁殖は、凡そ失敗だと判明した。新しいアプローチをかける必要があるだろう」
「ではどうするのだ?」
「まぁ、待て。色々と早計に考えるのは損だぞ」
問い詰めるフォーマルハウトに対し、
「魔法師を襲うことは止めないつもりだ」
「どういうことだ
「分かりやすく説明しよう。つまり、身体の乗り換えだ。今、君の体を除く殆どのパラサイトは魔法的な因子の弱い者を母体としている。これは非常に勿体ない。だからこそ、より強い体を手に入れてから次のステップへと移りたい」
「ほう……」
それはフォーマルハウトにとって……いや、
パラサイトたちにとって、自分たちの強化も懸念している事項の一つだ。
より強い肉体が手に入るとすれば、悪い話ではない。
「具体的な話を聞こう」
その問いに対し、
「魔法科大学付属第一高校を襲撃する。そこには若く、才能ある魔法師が多い。特に四葉紫音は私の標的であり、仮にパラサイトの肉体として利用できるならば、大きな進歩となるだろう」
新たな危機が第一高校に迫っていた。