紫音はゆっくりと振り返り、克人を見つめる。一方で克人は本気の目をしており、スッと立ち上がって紫音の前まで進んだ。
「受けて貰うぞ、この決闘を」
「応じなければならない理由はありませんが」
「魔法師の社会は力の社会だ。己を通したいならば己を示せ」
克人の言っていることは一理ある。
この魔法科高校では、揉め事があった場合に決闘によって白黒つけることがある。決闘文化は非常に古典的ではあるが、その合理性から公式に認められていた。
ただし、決闘と言うからには物騒なものになることも間違いない。
突然のことに驚き停止していた真由美が慌てて止めに入る。
「ちょっと十文字君! 何もそこまで!」
「どうなんだ四葉?」
それでも克人は真由美を無視して紫音に問いかけた。
本気ということだろう。
紫音は一拍置いてから答える。
「……以前に模擬戦をしたとき言ったはずです。これ以上は殺し合いになると。決闘ということは、以前程度では済みません。俺も『闇』を使わせて頂きますが、それでもやるのですか?」
「無論、承知している」
「今回のことに命を懸ける必要があると?」
「いや、今回だけではない。これからの十師族のあり方を見据え、この決闘が必要と考えたまでだ」
克人は、四葉家が十師族の中でも独特であることを承知している。特異な魔法戦力を保有し、数は少ないながらも戦闘用に調整された質の高い魔法師を揃えている。各所に網を張り巡らせ、何処からともなく情報を仕入れ、まるで隙をつくかのようにして暗躍を繰り返す。
同じ十師族としても油断ならないと思わせる存在なのだ。
しかし、それではいけない。
あの横浜事変で一条、四葉、七草、十文字の勢力が協力して対処したように、あらゆる事態に十師族が一丸となって対応する必要があると考えている。吸血鬼事件も、その一つであるべきなのだと克人は思っているのだ。
普段はともかく、最低でも有事の際には協力する。
その伝統を積み重ねていくことが克人の目的である。
紫音も克人の考えは簡単に予想することが出来た。
しかし、だからと言って頷くわけではない。
「その決闘は無意味です。それこそ、身内で削り合ってどうするんですか?」
「これは身内の削り合いではない。そして、ここで消耗したとしても、四葉、七草、十文字が協力体制を築けるのだとすれば、プラスとなるだろう」
「もう勝ったつもりですか?」
「そのつもりだ。反論があるなら、試してみるといい」
自信たっぷりにそう言い放つ克人。
これは挑発でしかないと紫音も分かっている。多少イライラしたところで、勝手に『調律』が発動して心を鎮めてくれるため、冷静なまま思考した。
(無視して帰ってもいい。だが、これはある意味チャンスか……?)
決闘を受けた場合、勝者には何かしらの恩恵がある。
克人が勝者となった時に四葉家がパラサイト事件に協力しなければならないとすれば、紫音が勝者となった場合にも何かを求めることが出来る。そもそも、無視して帰ったところで、四葉は勝手に動くと宣言しているので、止める者はない。
ここで重要なのは、決闘で紫音が何を求めるかだ。
「では、パラサイトを七草および十文字が捕獲した場合、全て四葉家に引き渡して貰います。決闘で俺が勝利すれば、この条件を呑んで貰いますが、構いませんか?」
「それは素直に頷けない提案だな」
「四葉君、流石にそれはちょっと……」
克人だけでなく、真由美も渋い顔をする。
呑めないならば決闘は受けない、と言っても良いが、ここは尤もらしい正当な理由を言う方がいい。無理矢理よりも、納得しての条件である方が、後々の友好関係は保たれやすいからだ。
今は七草と十文字と協力するつもりはないが、敵対したい訳ではないのである。
紫音は建前としての理由を述べた。
「先程言いましたが、パラサイトは寄生された人物を殺害しても滅ぼすことは出来ません。精霊のように
「……そんなことが可能だというのか?」
「プシオンに直接干渉する魔法があるというの!?」
「はい。勿論、嘘ではありません。まだ未完成ですが」
理由は建前だが、パラサイトを完全消滅させる魔法を開発しているのは事実である。
いざという時、パラサイトを完全に確実に倒す方法を確立しなければならない。
「故に、パラサイトを捕獲すれば四葉に引き渡していただきたい。俺ならば、確実に滅ぼせます」
パラサイトは古式に類する特殊な封印を使えば、辛うじて停止させることが出来る。しかし、完全消滅させるというのは非常に困難だ。古来の陰陽師などが妖魔を祓うときも、そういった理由があったので、妖魔退治が困難だったのだ。
真由美は克人に近寄り、紫音に聞こえないよう小声で話しかける。
「どうするの十文字君。四葉君の言葉が正しいなら、私たちでパラサイトに対処するのは難しいわ。古式魔法師に協力を要請するにしても、ウチはそんなに伝手がない。九島家なら別かもしれないけどね」
「分かっている。だが、これは厄介だ」
そう言われると、この決闘に勝っても負けても四葉にパラサイトを引き渡すことになりかねない。パラサイトは普通の方法で滅することが出来ず、それでいて紫音は可能だという。
ならば、結局は引き渡すしかない。
ただ、決闘の勝敗によって強制が付くかどうかの違いである。
「仮に捕らえたパラサイトを俺たちが保管し、問題となれば責任問題となる。滅することが可能だったのに、それを怠ったことになるからな。四葉家からすれば恰好の狙い目となるだろう」
「ウチは特に拙いわね。あの狸親父がパラサイトなんてネタを離すわけないわ」
「この問題は一度持ち帰るほかないだろう。弘一殿の説得には俺も応じる」
「頼むわ十文字君」
パラサイト消滅は紫音の魔法にかかっている。その情報を手に入れてしまったことが問題となった。克人はともかく、真由美はこの情報を当主の下まで持ち帰る必要がある。
決闘はすぐに出来そうではなかった。
そこで、克人は紫音に提案した。
「四葉、その情報は一度こちらで吟味させて貰う。明日は日曜日だから、決闘は明後日の月曜にするつもりだ。無論、提示された条件は呑もう。明日の内に四葉家がカバーしている場所の情報を纏めておくことだ」
「もう一度言いますが……勝ったつもりですか十文字先輩?」
「負けるつもりはない」
威風堂々という言葉がよく似合う。
高校三年生とは思えない態度だった。確かに、学生の身でありながら十文字家代表代理となるだけの器は持っている。
(けど、負けるつもりはない)
紫音はそのまま部室を後にしたのだった。
◆◆◆
紫音が決闘を申し込まれた翌々日にあたる一月二三日。
その放課後、第一演習室に三つの影があった。
一人は紫音、相対するように立っているのが克人、そして二人から少し離れたところに立っているのが真由美である。
「第一演習室は念のために一時間抑えてあるわ。カメラの遮断も頼んであるし、人払いもしている。ただし、これは十師族同士による正式な決闘として扱われる。そのことは留意してね」
「分かりました」
「審判は頼むぞ七草」
「ええ」
紫音も克人も動きやすい服装に着替え、更にはプロテクターまでつけている。ここまで本気の装備をするのは、互いに実力を認め合っているからだった。
更に、二人の実力を加味して、一番広い第一演習室を確保しているあたりも準備がいい。
(いつもより照明が暗いな。俺の『闇』対策か?)
波動感知に優れている紫音は、演習室が普段よりも暗いことに気付いていた。というより、演習室を利用したことのある生徒ならすぐに分かるほど今日は暗い。具体的には、普段の半分以下の光度しかないだろう。
大量の光がある場所で真価を発揮する『
「決闘のルールを確認するわ。致命傷となる攻撃は禁止。使用した時点で負けとします。勝利条件は相手に膝を着かせることよ。今は吸血鬼……いえ、パラサイト事件に対処しなければいけないし、必要以上にダメージを与えないようにして頂戴ね」
それを聞いた紫音は真由美にジト目を向ける。すると真由美はテヘッとでも言いたげな表情で返した。
どうやら、このルールはわざとのようだ。
(明らかに十文字先輩が有利となるルール……ここまで来ると露骨だな)
ともあれ、決闘と言う舞台に上がってきたのは紫音だ。今時、決闘を汚すなとか古いことを言う人物は殆どいないし、紫音も気にしない。利用できるものは最大限に利用し、相手を自分の有利な土俵に乗せることで確実な勝利を手にするのは当然の策だ。
この世は騙された方が悪いのである。
(膝を着いたら負けということは、十文字家の『ファランクス』が確実に来る!)
四系統八種の魔法障壁を連続的に生み出すことで、最強の盾となる。同時に、その盾を連続的に座標移動させれば、あらゆるものを押し流し、圧し潰す攻撃にもなる。
首都圏の最終防衛を担う十文字家の魔法、それこそが『ファランクス』だ。
今回のルールにおいて、膝を着けば負けとなる。
つまり、上から『ファランクス』で紫音に加重を掛ければ、膝を着かせることが出来るのだ。連続的に多種の障壁がやってくる以上、それに対処するためには同等の技術が必要となる。
克人が確実に勝利し、なおかつ紫音へのダメージを最小限にするためのルールというわけだ。
「二人とも、用意は良いわね?」
「はい」
「こちらもだ」
克人は腕に付けたCADをいつでも操作できるように構える。一方、フラッシュキャストのある紫音は、CADを手にすることなく右手を前に突き出して止まる。
一応持っている黒薙を使うことも考えたが、必要ないと判断した。
『ファランクス』を破る用意は出来ている。
「二人とも怪我のないようにね……始め!」
その声と同時に克人はCADを操作する。扱っているのは汎用型であり、二ケタの番号と発動キーの三つを押すことで起動式を選択できる。
当然、選んだのは『ファランクス』だ。
克人が最も頻繁に使用し、キー操作にも全く無駄がない魔法である。
しかし、CADを操作するということは、僅かであっても無駄があるということ。普通の現代魔法師はCAD操作は必要な無駄と判断し、限界まで短縮できるように練習する。それが極めるということだった。
(なに……)
克人は魔法演算に伴う時間の遅延の中で、驚愕する。
何故なら、紫音はCADを使った克人よりも早く魔法を発動させたからだ。以前に模擬戦をしたことで、紫音がCAD無しに魔法を高速発動できるのは知っていた。だが、それを加味しても早すぎる。
「はっ!」
「ぬぅ!?」
自己加速術式で克人の目の前まで移動した紫音は、加重魔法を加えた掌底を叩き込んだ。常人ならば内臓を掻き回されたような感覚を覚え、膝を着いて嘔吐する威力である。
だが、克人は耐えてみせた。プロテクターによる防御があったとしても、流石の精神力である。
そして魔法演算を完了し、連続障壁を放つ。
(ダメか)
紫音は今の一撃で仕留められなかったことを悟り、すぐに引いた。お蔭で、『攻性ファランクス』による攻撃を回避することに成功する。
(ちょっとズルしたってのに……仕留めきれなかったな)
克人が驚愕するほど魔法を早く発動できたのには理由がある。
それは、試合が始まる前から魔法演算を開始していたからだ。CADを操作しなくても魔法を使えるフラッシュキャストの技術は、魔法発動を悟りにくいという利点も存在する。真由美が開始を告げるコンマ数秒前から魔法式を記憶領域から呼び出し、変数代入して魔法演算を実行していたのだ。
故に、決闘開始と同時に魔法を発動できたのである。
かなりの威力を込めた掌底だったはずだが、克人が倒れなかったのは誤算だった。まさに巌とも表現するべき克人は、その肉体能力も凄まじい。
「はああああああああ!」
『ファランクス』による障壁の攻撃が紫音を追う。四系統八種の魔法全てに対応した完全な障壁であり、突破することは非常に難しい。少なくとも、『音壊』は全く通用しないだろう。『
事象干渉力は深雪すら上回る紫音なら、破れると確信した。
(仕方ない)
紫音は自己加速術式で移動しつつ、右手を克人に伸ばした。
自身の持つ特異魔法『調律』によって光の移動方向を操る。本来はランダムに移動している光波を、一方向にだけ移動するよう事象改変するのだ。例え障害物があったとしても、直進する光を止めることは出来ない。その方向にだけ移動するよう『調律』されているため、反射という光が本来持つ性質が働かなくなってしまう。
光圧によってあらゆる物質を吹き飛ばし、穴をあける紫音の固有魔法が発動した。
黒い閃光が合計五本伸び始め、克人の放つ攻撃型ファランクスを破る。絶対的直進という事象によって、克人の『ファランクス』の内、光を防御する放出系の障壁が事象相克によるエラーを引き起こしたのだ。
四本の『闇』は克人の両膝を狙い、もう一本はCADを狙う。
如何に頑丈な人間でも、膝を負傷すると立ち上がれなくなる。これは気合や鍛え方の問題ではなく、人体の構造上の問題だ。つまり、今回の決闘の勝利条件を確実に満たせる。
(勝ったな)
克人の両膝と左腕のCADに黒いレーザーが吸い込まれた。
決闘は短絡的じゃない? と疑問に感じてらっしゃる方もいるみたいですね。裏で動いている策略もありますので、その描写を待って下されば、ある程度は納得していただけるかと。