黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編20と21を同時投稿していますので、20を読んでいない方はそちらを先に。


来訪者編21

 決闘が終わった日の夜、テレビ電話で報告を受けた七草弘一は、執務室の椅子に背を預けながら考え事をしていた。

 

 

(まさか克人君が負けるとは……)

 

 

 決闘ルールは弘一が勧めたものであり、正当に見せかけた理由で克人有利となるようにしてあった。実を言えば、七草家は四葉家が懇意にしている軍のコネクションに手を出そうとして、真夜から直接注意を受けている。その失敗を取り戻せる機会になると考えて狙っていたのだが、目論見は外された。

 

 

(やはり九島先生に相談するか)

 

 

 元からその予定だったので、既にアポイントは取ってある。執務室に設置されたモニターの前に移動し、デバイスを操作して目的の番号へと電話をかけた。

 数回のコールの後、画面が切り替わる。

 映されたのは『世界最巧』とも呼ばれた九島烈の姿だった。すっかり見た目は老いてしまったが、大戦時代を生きた鋭い気配は抜けていない。流石の弘一も、烈の前では緊張を隠せなかった。

 

 

「お久しぶりです先生」

 

 

 まずは一礼しながら挨拶を述べる。

 烈も頷きながら返した。

 

 

『うむ。久しぶりだな弘一。相談があると聞いているが』

「はい。先生は吸血鬼事件についてご存知でしょうか?」

『ああ、認知しているとも。どうやら手古摺っているようだな』

「申し訳ありません」

 

 

 流石は老師とも呼ばれる人物だ。事件の大まかな内容も、解決の進度も把握しているらしい。未だに軍部と強い繋がりを持ち、謎の情報網すら抱えているという。魔法力も含め、現役と言って差し支えない。

 そんな烈に対し、弘一は早速とばかりに頼みごとをした。

 

 

「先生、こうして相談しましたのは吸血鬼事件について助力を願いたいからです」

『助力か……この老体に出来ることがあるというのかな?』

「御冗談を。先生の影響力は知っているつもりです」

『ははははは。それで、何を頼みたいのかな? かつての弟子のよしみだ。無下にはすまい』

「感謝します。まずは―――」

 

 

 弘一は簡単な吸血鬼事件……いや、パラサイト事件の情報を伝えた。恐らくは烈も把握しているのだろうが、ここは様式美というやつである。念のために知識を共有しておくのは悪くない。

 そしてパラサイトを追う勢力やUSNAの動きなど、全て述べたところで弘一は本題に入った。

 

 

「それで先生。どうか、パラサイト捕獲に九島家の力を貸していただけませんか? 九島家の持つ古式魔法の知識、または古式魔法師との伝手が必要なのです」

『うむ。なるほど。しかし四葉は良いのかね? 真夜の息子ということになっている、四葉紫音が色々と動いているのだろう?』

「それについても少し報告があります」

 

 

 真夜の息子ということになっている、という表現を使ったことから、烈は真夜と紫音の関係を知っているのだろう。軽く流した弘一も同様だ。

 それはともかく、弘一は今日の決闘に関係する話をする。四葉家の出してきた条件、決闘の勝敗、そして克人の容態についてが主な内容だ。

 

 

『はっはっは。九校戦で実力の一端を見せて貰ったが、四葉紫音は規格外だな。四葉の中でも飛び抜けていると言って差し支えない。深夜の子供たちも大概だが、あの少年もかなりのものだ』

「笑い事ではありませんよ先生。捕獲したパラサイトは全て四葉家に引き渡すことになります。ですが、そこで九島家が捕獲したということになれば、この約束には抵触しません」

『小賢しいことを考えるようになったな弘一』

「それでも、四葉家にこれ以上の戦力を与える訳には行きません。パラサイトは研究対象になり得るものだと確信しています。四葉に独占させるつもりはありません。あの家が十師族の中でも突出しかけていると心配していたのは、先生ではありませんか」

『……』

 

 

 図星であったこともあり、烈は暫く黙り込む。

 そして、ジッと弘一の目を見つめた後、口を開いた。

 

 

『……九島も力を貸すよう真言(まこと)にも言っておこう。本人が動くかは分からないがな。そこから先は君自身で交渉するといい』

「ありがとうございます」

 

 

 真言(まこと)とは九島家の現当主だ。つまり、本格的に九島も介入するということだろう。弘一も予定通りになったことで、密かに胸を撫で下ろした。この老人は弟子に対しても油断ならないところがある。それを知っているからである。

 安堵した弘一は、ついでとばかりにもう一つの情報を提供した。

 

 

「それと先生。四葉紫音についてもう一つだけ報告しておきたいことがあります」

『ほう』

「彼は魔法師の魔法演算領域に干渉する魔法を使う可能性があります」

 

 

 それは烈を動揺させるのに十分な情報だった。

 冷静になるまで一拍置いた後、烈は聞き返す。

 

 

『どういうことだね?』

「決闘した十文字克人君の言葉を信じるなら、精神干渉によって魔法演算領域を弄る技術を手にしているとか。かの『レテ・ミストレス』に匹敵する何かを隠し持っているようです」

『深夜の精神構造干渉……それと同等だというのかね?』

「横浜事変で大亜連合の魔法師が魔法能力を一時的に失ったという報告がありました。それは四葉紫音の仕業である可能性が高いようです」

 

 

 これは烈にとって何よりも重要な情報に思えた。

 一線を引いた老体の望みを叶える、そんな存在のように思えた。

 

 

『そうか。貴重な情報を感謝するぞ』

「いえ、それには及びません。こちらこそ、貴重な時間を取って頂き感謝します」

『近い内に九島の動きも伝えよう。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 烈は最後にそう言って電話を切る。

 弘一は、烈の言葉に違和感を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘事件から一夜明けた一月二四日。

 この日、紫音は真夜を通して魔法協会への呼び出しを受けていた。昨晩は黒羽の部隊とリーナたちUSNA軍でパラサイトを追っていたのだが成果はなく、夜遅くに就寝したと思えば早朝から真夜と電話である。何事かと思った。

 ただ、呼び出されてしまったものは仕方ない。午前中の授業を休み、横浜へと向かった。

 そして魔法協会横浜支部へと到着した紫音は、二人の人物とテレビ電話で会話することになった。その相手とは四葉真夜と九島烈の二人である。

 

 

「おはようございます母上、それに九島閣下」

『朝も挨拶したばかりなのだけど……まぁいいわ。おはよう紫音さん』

『うむ。急に呼び出して済まないな。真夜も仲介役を買ってくれて感謝する』

『九島先生の頼みですから』

 

 

 真夜もかつては烈に師事していたこともあり、その関係性は今も変わらない。烈は紫音との会話を望み、真夜はそれを仲介した。それゆえ、この会談が成り立ったのである。

 今回のメインは紫音と烈だ。

 真夜は傍観するつもりなのか、柔らかい笑みを浮かべたまま口を閉じている。

 そこで、まずは紫音が言葉を発した。

 

 

「それで閣下。本日はどのような要件でしょうか?」

『うむ。実は君に相談したいことがあるのだ』

「自分のような若輩に相談ですか? 恐れながら、閣下の相談事に上手く応えられる気がしないのですが」

『いや、そんなことはない。君だからこそ、私の期待に応えらえると信じている』

 

 

 そう言われた時点で、紫音は予定通りだと内心で考えた。

 近い内にアプローチがあるのは分かっていたが、これほどまで早いとは予想外である。烈にとって、このことはよほど大切らしい。

 

 

『あまり遠回しに言うのは止めよう。君は精神干渉魔法によって魔法演算領域へと手を加えることが出来る……そうだね?』

 

 

 ストレートな質問に対し、紫音はチラリと真夜の方を見た。

 それから、再び烈の方に向き直って口を開く。

 

 

「その通りです」

『やはりそうなのか。それは、魔法力そのものに疾患を抱える者を癒すことも可能ということかね?』

「やってみなければ分かりかねますが、理論上は可能でしょう。軽いものならば成功しておりますので」

『そうか……』

 

 

 烈は何かを思い悩むようなそぶりを見せる。そして数秒ほど考え込んだ後、意を決したかのように再び話し始めた。

 

 

『私の孫に光宣という子がいてね。魔法科大学付属第二高校へと進学予定なのだが、魔法力が強過ぎるという問題を抱えているせいで、非常に体調が不安定なのだ。九島の将来を担えるだけの才能を持っているだけに、とても残念に思っている。単刀直入に言うが、君の力で光宣を癒して欲しい』

 

 

 やはり。

 紫音はそう思った。

 原作知識でも光宣は優秀でありながら、体調を崩しやすいとあった。そして、体調を崩してしまう理由が、彼の力の大きさにある。光宣は膨大なサイオンを保有しているのだが、それが通常よりも活発に活動し、想子(サイオン)体と呼ばれる情報体を傷つけてしまっている。それが肉体へとフィードバックすることで、すぐに体が弱ってしまうのだ。

 しかし、サイオンが活発ということは、回復力も高いということである。

 故に、命に関わったり、魔法力そのものが失われたりはしない。

 単純に体調を崩しやすいのだ。

 つまり、光宣の魔法演算領域が活発なサイオンを制御できるレベルに至れば、魔法力を維持したまま元気になれる。

 もしくは、不規則に活発に動くサイオンを調整してやるのも手だ。

 

 

「魔法的な疾患は根本的治療が難しいですからね。消極的治療が殆どの現状では、光宣殿の疾患を完全に治すには自分の力が必要でしょう」

『うむ。頼めるかな?』

 

 

 老師の頼みを断る理由はない。

 しかし、様式美というものがある。紫音はまず、真夜に確認を取った。

 

 

「構いませんか母上?」

『ええ、やって差し上げなさい』

 

 

 寸分の間もない返事を聞き、紫音は頷いて答える。こうして真夜も乗り気である以上、光宣の治療を躊躇う必要はない。

 

 

「では閣下。自分が九島の邸宅へと伺いましょうか?」

『ああ、是非とも頼もう。その代わりと言ってはアレだが、こちらも君に協力出来ることがあれば力を貸すつもりだ。無論、これは九島としてではなく、私個人としてになるがね』

「老師とも呼ばれる閣下の御助力が頂けるとは、感激の極みです。ご期待に応えられるよう微力を尽くしましょう」

『うむ。感謝するぞ。勿論、真夜にもな』

『ふふ。先生の頼みですから』

 

 

 九島家としては難しいかもしれないが、九島烈個人との強固なパイプが出来上がった。これが紫音の求めていた一つの目的である。

 わざわざ決闘に応じたのも、パラサイトの情報を与えたのも、敢えて自分の力を克人に仄めかしたのも、全てこれを見据えていたからだ。

 克人が七草弘一と相談するのは目に見えていたし、パラサイトを消滅させるには古式に類する技術が必要になるという情報を与えれば、弘一の師であった烈を頼るのは簡単に予想できること。そして、弘一のことだから、紫音の特殊な力に関しても烈にだけは報告すると分かっていた。

 そして、魔法演算領域に作用する精神魔法の存在を聞けば、烈は必ず紫音と接触する。

 何故なら、烈は孫である光宣をこの上なく可愛がっているからだ。

 今日の会談は、紫音が意図して作ったものである。

 

 

(後は光宣と接点を作っておかないと。あいつの実力は同年代において最高峰だから)

 

 

 原作の知識によると、光宣の魔法力は最高クラス。そもそも、魔法力が強過ぎて自分自身が傷つくというレベルなのだ。完全治癒して味方になれば、これほど心強い存在はない。

 そして、疾患を治療したという恩によって、決して敵対しないように縛り付ける。

 光宣の健康体への執着はそれほどのものだ。

 確実に利用できる。

 

 

(パラサイトの方は亜夜子とスターズに任せるとして、俺は早急に九島家に行った方がいい。周公瑾を潰した時点で原作から外れつつある。早く地盤を固める方が先決だな)

 

 

 亜夜子は優秀であるし、一日や二日ほど空けても問題ないだろう。スターズという大戦力もいるので、パラサイト捜索には困らないはずだ。

 そこまで計算した紫音は、烈の方を向いて口を開く。

 

 

「では九島閣下。急ではありますが、これから九島邸へと向かって宜しいでしょうか。善は急げと言いますし、問題が問題ですから手早く済ませた方がいいでしょう」

『しかし学校は良いのかね? 光宣のことは心配だが、死に至るようなものではないのだ』

「これでも四葉の名を冠する身です。一日や二日ほど学校を休んだところで問題にはなりません。それに光宣殿こそ魔法科第二高校の受験を控えておられるのでしょう?」

『……そうだな。では頼もう』

 

 

 紫音の言葉に一理あると思ったのか、烈は申し出を受け入れる。

 九島邸は奈良県の生駒にある。リニア列車を使えば、今から行っても夕方には向こうに到着していることだろう。ただし、一泊することになりそうだ。

 

 

『宿泊の用意をしておこう。そうだな、是非とも九島邸に泊っていってくれ。光宣も同年代の十師族と会えるなら、喜ぶかもしれない』

『そうね。折角の機会だから行ってらっしゃい。光宣さんはとても優秀だと聞いているわ。紫音さんとも話が合うかもしれないわね』

「では、ご厚意に甘えさせていただきます」

 

 

 会談は紫音の望んだとおりに決着した。

 これで九島家はともかく、烈は四葉……というより紫音の味方となってくれるだろう。七草と十文字を出し抜いた形となる。

 この結果に、紫音は満足したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話で不自然な部分も納得していただけたのでは? と思います。


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