黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編22

 

 現代は交通網の発達によって国内の殆どの場所へと数時間以内に辿り着ける。烈との会談が終わった後、すぐに紫音は近畿方面へと移動した。

 リニア列車による快適な旅の後、キャビネットと自動運転コミューターを使って移動し、生駒山東山麓にある九島邸へと到着したのである。連絡が行き届いていたのか、既に入り口では使用人が待ち構えていた。

 コミューターから降りた紫音に頭を下げて挨拶をする。

 

 

「おまちしておりました四葉紫音様。ご案内します。荷物はこちらで預からせて頂きますが、よろしいでしょうか?」

「頼む」

 

 

 その一言で使用人たちは動き出す。コミューターに積み込まれた紫音の荷物は別の使用人に任せ、紫音は挨拶をした使用人の案内で九島邸へと通された。

 迷路のような生垣の前庭を通り、本邸の中へと向かう。ただの邸宅と言うより、もはや砦だ。何を警戒しているのか紫音は予想した。

 

 

(伝統派の襲撃に備えてってところか)

 

 

 元々、九を冠する一族は第九研究所を起源としている。そのテーマは、古式魔法と現代魔法の融合であり、多くの古式魔法師と古式魔法が研究された。故に九島家は古式の名家とも繋がりが深い。

 しかし、これは逆に恨みを買うことにもなった。

 主に、技術を奪われた古式の家系や、現代魔法を忌み嫌う家系からである。特に伝統派と呼ばれる古来からの魔法師家系は九島を目の敵にしていた。

 とはいえ、ここの守りが堅いのは、実は伝統派を警戒しているからではなく、大阪を監視するための拠点だからだ。つまり、紫音の予想は外れである。

 そうとは知らない紫音は、案内されるままに応接室へと通された。

 

 

「ここでお待ちください」

 

 

 紫音は革張りのソファに腰を下ろし、暫く待つことにする。恐らく、これから九島烈と面会することになるだろう。

 先程までテレビ電話で会話していた人物と面会するとなると、少し妙な気分だ。

 そして十分ほど経つと、ようやく目的の人物がやって来た。

 紫音はすぐに立ち上がり、頭を下げる。

 

 

「待たせたね」

「これは閣下。急に押し掛けることになってしまい、申し訳ありません」

「何、構わないとも。私の我儘を聞いてくれるというのだからね。まぁ、座り給え」

「では」

 

 

 紫音の正面に烈が座り、使用人が飲み物を用意する。九島邸が洋館なので紅茶をイメージしていたが、出されたのは緑茶だった。

 しかし、それには目もくれず、本来の目的へと移る。

 

 

「さて、光宣の治療を早速やって貰いたい……と言いたいところだが、私個人として君とは一度話してみたかったのだ。少し時間を取らせてくれないかね」

「それは光栄です」

「君は四葉の戦略級魔法師でありながら魔法科高校の一生徒でもある。完全に軍に取り込むことは出来ないが、それだけのことをしなければならない立ち位置。真夜はとんでもない子を隠していたようだな」

 

 

 公認戦略級魔法師というのは、核兵器にも匹敵する存在だ。ただ存在することが抑止力となり、出陣すれば緊張が走る。

 それが国家に管理された軍人ではなく、ただの学生なのだから扱いに困るのだ。

 緊急時には特別な軍籍が一時的に付与されるが、普段の紫音は一般人として扱われる。

 

 

「九島閣下。四葉家という名は、その存在が力です」

「そうだね」

「四葉という名の力、そして戦略級魔法師という名の力。その二つが世界に認められるということは、大きな抑止力となるでしょう」

「しかし、君はそうもいくまい。四葉として表に出てきてから、そして公認戦略級魔法師なってからは、他国からのスパイに狙われる日々を過ごしたはずだがね」

「それも仕方ないでしょう。しかし、自分は振るわれるべき四葉家最強の剣。敵を薙ぎ払うことで安寧を得る。我が四葉家は、捕獲したスパイから多くの情報を手に入れ、国家にも提供しています」

「大した手際だと私も感心しているとも。しかし、君は良いのかね。兵器としての在り方を認めるというのかね?」

 

 

 回りくどい会話を続けていたが、烈が本当に聞きたかったのはそれだった。孫である光宣と年代が近い紫音が、今の魔法師のあり方をどう思っているのか。そして戦略級魔法師である自分自身をどのように思っているのか。

 それが聞きたかった。

 紫音は目を逸らすことなく、烈に向かって答えを言う。

 

 

「自分は兵器としての在り方を受け入れています。そもそも、魔法師が兵器でない国は、これからの競争を勝ち抜くことは出来ないでしょう。勿論、魔法師=兵器という式は自分も認めるつもりはありません。しかし、()()()()()()()()も必要であることは確かです」

「……君はその兵器である魔法師になるというのかね?」

「そうです。自分が兵器であることで、兵器でいる必要のない魔法師が生まれる。そう思っています」

 

 

 烈は一瞬だけ苦悩の表情を浮かべた。

 だが、すぐに何かに気付いたのか、弱々しい声で問いかける。

 

 

「兵器である必要のない魔法師……それは司波達也君のことを言っているのかね?」

「……そうです」

「彼の頭脳は恐れ入る。それは九校戦で見せて貰ったよ。だが、同時に彼は……あの『暗黒と灼熱のハロウィン』の片側を担った存在だろう?」

「流石は閣下。ご存知でしたか」

「老体にも老体なりの情報網があるのだよ。だが、彼は戦略級に匹敵する魔法師だ。兵器としての宿命は逃れられない。君一人で担えるというのかね?」

「可能です」

 

 

 間髪を入れない答えに、烈は目を見開いた。

 目の前の少年は、一体何を目指しているのだろうか。そう思わせる意思を感じた。

 

 

「九島閣下……いえ、老師とも呼ばれる貴方にだからこそ言います。自分は四葉という名を背負い、絶対的な力を以て世界に君臨して見せます。既に、その計画は始まっているといってよいでしょう。その時、閣下は自分のあり方を認めてください」

「……」

 

 

 それは烈が作り出した、十師族という考え方に反するものだった。かつて、烈は十師族と言うシステムによって均衡を作り出し、日本全体を監視して守るシステムを作り出した。

 十師族は互いに対等であり、互いの監視もしている。

 しかし、紫音は四葉を十師族の中で飛び抜けた存在に変え、更に紫音自身は四葉の象徴として世界に名を轟かせると言っている。それは独裁的だが、強い効果を持っているだろう。

 烈にも考え方は理解できた。

 ただし、賛同できるかと言えばそうではない。

 

 

「紫音君。君の考え通りになったとして、君が生きている内は上手くいくだろう。だが、死んでしまったらどうするというのかね。それとも、四葉は君に代わる新しい存在を自在に生み出せるというのかね?」

 

 

 それは第四研究所の研究が完成しているのか、という問いだった。

 紫音のように精神へと干渉し、魔法力を底上げする技術。または魔法力を付与する技術。それが完成しているのだとすれば、魔法師を()()することができてしまう。

 烈はそれを恐れた。

 だが、紫音の答えは意外なモノだった。

 

 

「次の時代は、次世代を担う人物が考えればよいのではありませんか?」

「何?」

「今は閣下の御子息や弟子にあたる方々が日本の魔法師社会を担っておられます。そして、次に担うのは自分たちの世代です。そして自分たちが死ねば、新たな世代が追い越してゆくでしょう」

「……」

「これは四葉紫音が次世代の魔法師のあり方を、個人の考え方で出した答えです。続く世代には、その世代の答えがあるでしょう。それではいけませんか?」

 

 

 かなり極端な考え方であり、烈としては受け入れがたい。

 だが、一理あるのは確かだった。

 

 

「……私は対立しながらも互助する存在として十師族を作り出した。それ故、師族会議には様々なルールが存在しているのだ。その一つに、師族会議を通すことなく十師族が共謀・協調してはならないとある。緊急時は除くがね。しかし、そのルールが崩れつつあるのは確かなのだよ」

「十師族にある種の派閥が出来つつあるのは確かでしょう。今は表面化していませんが、いずれはハッキリしたものになると思います」

「私もそう危惧している。だからこそ、現役を引いた今も十師族に手を出して管理しているのだ」

「管理ですか。既に親元を離れた、立派な大人にですか?」

 

 

 紫音は日本魔法師社会の長老が漏らした本音だと感じた。故にそう問いかけた。

 烈は自身が理想とした十師族システム、そして魔法師のあり方……それらを憂い、外野から手出ししていると口にした。また、大戦中の魔法師だった烈と異なり、今の魔法師は薄氷の上の平和に生きている。この平和を崩さない魔法師のあり方が模索される世代なのだ。

 その一つが、兵器でない魔法師である。

 烈はかつて、兵器としての魔法師の模範を十師族に求めた。しかし、今では兵器でない魔法師のあり方も十師族に求めるべきだと考えている。

 紫音と達也。

 この二人が、その両翼を担うのではないかと烈は幻視した。

 

 

「……次世代である君たちは、私の手から離れて生きていけるのか。私はそれを心配していた」

「心配性なのですね」

「そうかもしれぬな。だが、老いて覇気を失ったのかもしれぬ。若い時なら、軽く突き放すように育てる気概もあっただろう。私はそれを忘れていたようだ」

 

 

 烈は目を閉じ、思案するようにして口を閉ざす。

 そしてしばらくしてから目を開き、再び口を開いた。

 

 

「君のあり方を認めよう紫音君。しかし、認めるだけだ」

「感謝します」

 

 

 一段落したところで、紫音は別の話題へと移る。

 勿論、パラサイトの件だ。

 

 

「ところで、閣下は東京から横浜にかけて被害が広がっている吸血鬼事件をご存知ですか?」

「うむ。認識している」

「では、吸血鬼の正体についても?」

「聞き及んでいる」

 

 

 それは恐らく弘一からだろうと紫音は予想した。

 考えていた通りに事態が進んでいることに、紫音は安堵した。

 

 

「では閣下。吸血鬼……パラサイトの黒幕については御存じですか?」

「手引きした者がいることは分かっている。だが、何者なのかは私も知らぬことだ」

「四葉はパラサイトではなく、その黒幕を追うため動いています。この事件は、ただパラサイトを取り除くだけで解決するものではありません。そして黒幕は四葉家と因縁のある相手。だからこそ、我らが始末をつけなければなりません」

「だから七草や十文字が余計なことをしないよう、私の方から動けというのかね?」

「そのような偉そうなことを言うつもりはありません。しかし、こちらの足を引っ張らない様にして頂きたいのは確かです。例えば、パラサイトを捕えるために、こちらの作戦に横槍を入れるとか」

「なるほど」

 

 

 丁度、弘一から要請されていたことである。烈は釘を刺された形となった。

 

 

「良いだろう。七草家と十文字家に手を貸さないことを誓おう。だが動くなとは言えない。パラサイトによって日本社会が乱されているのだからね」

「承知しました」

「ところで紫音君。四葉家と因縁のある黒幕とはどのような存在かね? 少し興味がある」

顧傑(グ・ジー)という大漢(ダーハン)の生き残りの魔法師です。崑崙(こんろん)法院の魔法師だったといえば分かりますか?」

 

 

 それを聞いて烈の表情が僅かに動いた。

 崑崙法院はかつて真夜を誘拐し、辱めた。そして四葉一族に滅ぼされたのだ。その生き残りの魔法師と聞かされれば、烈も察することは出来る。

 

 

「それは真夜の願いなのかな?」

「その通りです。必ず顧傑(グ・ジー)を貶め、始末せよとのご命令です」

「ならば私も止めるまい」

 

 

 真夜の受けた傷は烈も理解している。

 約三十年越しの復讐とも言えるだろう。

 烈は個人として、四葉の動向を認めることに決めた。

 

 

「ありがとうございます」

「構わぬ。それよりも、本来の目的である光宣のことだ。そろそろ本題に移っても良かろうよ」

 

 

 烈はそう言って、呼び鈴を鳴らした。

 すると、応接間の扉が開き、使用人が一人入ってくる。

 

 

「これから光宣の所に向かう。光宣は今どこだね?」

「お部屋にてお休みになっておられます。目は覚ましておられたので、訪れても問題ないかと」

「そうか。これから彼を連れて行く。先に行って光宣に伝えてくれたまえ」

「かしこまりました」

 

 

 一礼した使用人が出て行くと同時に、烈は立ちあがった。それに倣って紫音も席を立つ。

 

 

「まずは光宣に会わせよう」

 

 

 二人は応接間から出て、光宣の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




老師との対談で一話使い切ってしまったorz
ホントはこの回で光宣くんの治療もする予定だったんですが……

来訪者編は長くなりそうですね

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