「勝者、司波達也……」
摩利の宣言に対し、当然と言った様子でCADを降ろす達也。秒殺で服部を倒したことで、深雪と紫音を除いた誰もが驚いた。
そしてその場を後にする達也の背後から摩利が言葉をかける。
「待て。今のは自己加速術式を予め展開していたのか?」
「そんなわけないのは先輩が一番ご存知なハズですが」
「だがあれは……」
摩利の疑問も尤もだった。
事実、真由美、生徒会会計の市原鈴音、生徒会書記の中条あずさも驚いている。仕方なく、達也はその疑問に答える。
「魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術ですよ」
「私も証言します。あれは兄の体術です。兄は、忍術使い・九重八雲先生の指導を受けているのです」
「ああ、司波兄妹の言った通りだ。俺も証言しよう」
深雪が補足しただけでなく、克人までも同意する。ここまで言われたならば疑う余地はなかった。また、九重八雲は忍術使いとして魔法界隈では有名である。古式魔法の使い手としてだけでなく、体術の面でも注目されている人物だからだ。
そして瞬間移動の如き体裁きの秘密が分かったところで、達也が使った魔法についての質問になる。
「ならば達也君の使った魔法も忍術ですか? ただのサイオン波に見えたのだけど?」
「ええ、その通りです。ですが忍術ではありません。振動系の基礎魔法でサイオンの波を作り出したのですよ」
「なるほど。服部はサイオン酔いで倒れたということか」
「御名答です十文字会頭」
サイオンは確かに存在するが、物質的な干渉は出来ない。だが、魔法師ならば観測は出来るので、強いサイオンで酔ったりすることはある。それによって服部は倒れてしまったのだ。
しかし、ここで真由美に新たな疑問が生じた。
「でも待って。魔法師は普段からサイオンに晒されているから、それなりに慣れているはずよ。それなのに魔法師が立っていられないほどのサイオン波をどうやって……」
それにも達也が答えようとするが、先に口を開いたのは鈴音だった。
「波の合成……ですね」
「リンちゃん?」
「三つの波を連続生成し、服部君のいる場所で丁度重なるようにしたのでしょう。これによって三角波のような強い合成が生じた、というわけですね。
よくもそんな緻密な計算が出来るものです」
「お見事です市原先輩」
だが、そんな鈴音でも分からないことがあった。
「しかしどうやって振動魔法を三回連続で発動させたのですか? それだけの魔法演算能力があれば相応の評価を得られるはずですが」
「ふむ。確かにそれはおかしいな」
克人も顎に手を当てて首を傾げる。
そこへ、口を挟んだのはこれまで口を閉ざしていた紫音だった。
「ループキャスト。これならば同一系統の魔法を連続生成できますね。そして座標、強度、持続時間に加えて振動数も全て変数化すれば可能でしょう。実際、俺も出来るので」
「紫音の言った通りです。多変数化は処理速度、演算規模、干渉強度の項目で評価されませんから、実技評価では大したことがないと判断されてしまいます」
紫音は自分も出来ると付け加えることで周囲の驚きを少なくしたが、多変数処理というのは事実として珍しい技能だ。どうしても関心を集めてしまう。
だが、そのなかで中条あずさだけは別のところに注目していた。
「あのー。もしかして司波君のCADはシルバーホーンですか?」
シルバーホーン? とほとんどの人が首を傾げる中で、あずさが早口の説明をする。
「はい、天才魔工師と呼ばれるトーラス=シルバーが世界で初めて創り上げたループキャストシステム。それに特化させたモデルがシルバーホーンなんです! しかも司波君の持っているものは銃身が長い限定モデルですよねっ! どこで手に入れたんですか!」
あずさは達也にフラフラと近寄ってシルバーホーンに触れようとする。だが、達也は触らせまいとして華麗に避けていた。
まるで小動物がじゃれているようである。
そして呆れた空気になったところで服部も起き上がった。
「なるほど……学校の成績だけでは測れない実力か……」
「はんぞーくん大丈夫?」
「は、はい! 途中から目は覚めていましたから!」
そして服部は軽く頭を振った後、深雪の前まで歩いていって頭を下げた。
「司波さん」
「はい」
「さきほどは身贔屓などと言ってすみませんでした」
素直に謝罪する服部を見て皆が驚く。だが、そこで達也にではなく深雪に謝る辺り、理解はしても納得はしていないのだろう。
「目が曇っていたのは自分の方でした。赦して欲しい」
「いえ、私の方こそ生意気なことを申しました」
互いに謝罪をしたところで、今回の件は終結する。
だが、もう一つだけ模擬戦が残っていることを摩利は忘れていなかった。
「さて、これで司波兄の風紀委員入りは決まったな! 次は四葉だ。十文字と模擬戦をするのだろう? 準備してくれ」
残るは紫音と克人の模擬戦である。
達也もさっさとCADを仕舞い、試合の見学に集中することにした。一方のあずさはシルバーホーンが収納されてしまったことに落胆するが、十師族どうしの試合ということで気を取り直す。
誰も見たことがない四葉を継ぐ者の試合。
興味が出ないはずなかった。
「ルールは先程と同じだ。……四葉、CADはどうした?」
改めてルール説明をする必要もないだろうと、摩利は説明を省略したのだが、その時に紫音がCADを所持していないことに気付く。
緊張して構えるのを忘れたのかと思ったが、そうではなかった。
「必要ありませんよ。CADなんて邪魔ですから」
「は?」
現代においてそんなことを言う魔法師は殆どいない。古式魔法師の中には、特殊な札などを用いることで魔法を発動する者もいるので、必ずしもCADが必要なわけではない。だが、何の媒体も無しに魔法を発動するなど前代未聞である。
勿論、出来ないことはない。
だが、実戦レベルと言われる半秒以内の発動は確実に無理だ。
そもそも、CADは長い詠唱や儀式を高速処理するためのものである。それを無しに自己の魔法演算だけで発動させると言っても、頭がおかしくなったとしか思われないだろう。
だが、紫音は改めて言い直した。
「CADなんて必要ありませんよ。発動が余計に遅くなります」
これには相対する克人も戸惑った。
魔法の常識をぶち壊すようなことを言いだしたのだから当然である。CADもなく実戦レベルで発動できるとすればBS(Born Specalized)魔法と呼ばれる生まれ持っての特殊技能だ。
例えば、七草真由美は広範囲に空間把握を出来る特殊な眼を持っている。あらゆる死角を無視して全方位を知覚できる知覚系魔法を先天的に使えるのだ。
つまり、紫音はこの手の魔法を発動するのだと予想できた。
「なら、構わないが……後悔はするなよ?」
「ええ、大丈夫ですよ」
紫音は摩利の忠告にも涼しい顔で答える。
そして紫音と克人が開始線に立ったところで、摩利は試合開始の合図を出した。
「始め」
その瞬間、紫音の姿が克人の視界から消えた。
拙いと思ったときには激しい揺さぶりを喰らい、克人はバランスを崩す。だが、ここで服部とは異なり、踏みとどまって即座に持ち直した。
「へー。流石ですね十文字会頭。鍛えているだけはあります」
背後に立って右手を翳す紫音は余裕の表情でそんな言葉を述べる。
克人は先程の揺さぶりが残っているのか、不快そうな表情を浮かべつつ紫音に尋ねた。
「今の一撃。司波の再現だな?」
「はい、その通りですね。ただ、自分の場合は自己加速術式を使っています。その状態で波の合成を行い、サイオン波による酔いを誘発したというわけです。耐えられるとは思いませんでしたが」
「CADも無しにその発動速度。どうなっている?」
「秘密です」
答えはフラッシュキャスト。
魔法起動式を記憶領域にイメージ記憶としてインプットすることで、CADを介さず、直接魔法演算領域へと落とし込む。これによって魔法式の構築だけで発動してしまうという技術だ。
紫音が特典で貰った演算力強化と記憶力強化のお陰で扱える技術でもある。四葉が秘匿する技術なので、簡単に喋るつもりはない。
紫音がフラッシュキャストを使った場合の魔法発動速度は百ミリ秒以下であり、世界でもトップクラスの魔法発動速度と比べても半分以下に短縮できる。魔法発動の兆候を感じ取りにくいことを考えれば、ノータイムでの発動と言っても過言ではない。
「じゃあ、いきますよ」
そう言った紫音は自己加速術式を発動し、再び克人の視界から消えた。だが、克人は経験則と野性的な勘で紫音の位置を特定し、『ファランクス』を放つ。無数の障壁系魔法を連続的に発動することで無敵の防壁を作り出す十文字家の得意技。
だが、紫音はフラッシュキャストで自己加速術式の変数を次々と変更しながら発動し、縦横無尽に動き回って克人の『ファランクス』を避け続ける。『ファランクス』の本来の使い道は、圧倒的な出力によって対象を圧し潰すこと。つまり圧殺である。
どんな攻撃も受け付けない壁が迫る光景は恐怖でしかないだろう。
しかし、当たらなければどうということもない。
「自分はサイオン量に欠点があるのでね。早めに決めさせて貰いますよ」
自己加速術式を連続起動し続ければ、サイオンは尽きてしまう。もとからサイオン量が少ない紫音は、早々に決着させる必要があった。
「そういうわけで応用編です。多変数処理×並列演算処理」
紫音は振動系の魔法を多重発動させて、サイオン波、音波、光波を同時に放つ。そして同じく波の合成によって強力な一撃を作り出した。
サイオン、音、光によってスタングレネードのような魔法が発動し、演習場を閃光と高音が包み込む。間近で受けた克人は一溜まりもないだろうと思われた。
「十文字君!」
真由美は咄嗟に叫ぶ。
激しい閃光のせいで模擬戦を見守っていた誰もが目を閉じた。『
それを安心させるようにして、克人は敢えて答える。
「問題ない。心配するな七草」
事実、克人は障壁魔法を発動することで防いでいた。『ファランクス』という魔法を使いこなすからこそ、出来た対応である。普通ならば今頃は床に倒れていることだろう。
若手の十師族で比べても高い実力を誇る十文字克人。
そしてその十文字を相手に防戦を強いさせる四葉紫音。
模擬戦にしてはハイレベル過ぎた。
「これにも対応しますか」
「無論だ。舐めて貰っては困る」
「となると、模擬戦レベルではどうも勝てそうにありませんね」
「ふむ。確かに、これ以上は殺し合いになりそうだ」
紫音のフラッシュキャストは振動系に特化している。だが、十文字家の『ファランクス』はそれらの魔法を完全に防御してしまう。このままでは紫音が不利だった。
光を問答無用で透過させる『
つまり、今の紫音ではなす術がない。
「では降参します。ありがとうございました」
「うむ。面白い体験が出来た。こちらも感謝しよう」
互いに礼をしたところで、ポカンとしていた摩利が勝者宣言をする。
「勝者、十文字克人!」
十文字後継者に対して互角の戦いを演じた四葉の新入生。
そしてCADを介さない魔法の高速発動。
達也のインパクトを塗りつぶすには十分だった。
(フォローはしたぞ達也)
(感謝する)
密かにそんなやり取りが行われたのは二人の他に誰も知らない。