2か月以内には投稿する予定だったのですが、出来ませんでした。続きが読みたいという感想を頂くたびに心が痛かったです。
ではどうぞ
「光宣の部屋はここだ」
烈に案内されたのは洋風の扉が付いた部屋だった。扉の手前には使用人と思われる女性が立っている。烈の姿を確認した彼女は一礼して口を開いた。
「光宣様は中でお待ちになっておられます」
「そうか。では通してくれ」
「はい」
使用人は扉をノックし、烈がやって来た旨を伝える。そして扉を開いた。烈は紫音を引き連れ、光宣の部屋に入る。中にはベッドで横になる美少年の姿があった。
紫音は波長を読み取り、心音や脳波、精神波長から光宣の体調を精査した。
(うわー……これは体調が悪くなるはずだ。サイオンが収まりきってない)
あまり正確な表現とは言えなかったが、そう言い表すしかない状態だった。光宣が体調を崩しやすい理由は、活性化し過ぎているサイオンが原因である。それがサイオンを保持する仮想的な器を傷つけ、肉体へとフィードバックされて体調を崩すのだ。
魔法も普通に使えるし、元気な時は元気である。
だが、こうして寝込むときは寝込んでしまう。
光宣は祖父である烈が入ってくるのを見て、ベッドから起き上がろうとした。
「お爺様」
「そのままでよい」
「ありがとうございます。それで……そちらの方は?」
光宣は紫音の方を見る。
そして少しだけ考えた後、思い出したかのように驚きを表した。
「まさか戦略級魔法師……『
流石に知っていたらしい。
四葉家の中でも特に有名なのは四葉真夜と紫音だ。そして数か月前に戦略級魔法師として公式に発表された紫音は注目されて当然。光宣もよく知っていた。
烈は光宣に対して頷き、紫音を紹介する。
「うむ。知っておるようだが、彼が四葉紫音だ。彼には理由があって来て貰ったのだ」
「理由……ですか?」
「光宣。お前の体のことだ。彼はお前を健康な体に出来る可能性を秘めている」
「っ! 本当ですかお爺様!」
光宣は興奮してベッドから飛び起きそうになったが、すぐに咳をして苦しそうになる。烈は慌てて光宣を寝かせた。
「落ち着きなさい。詳しくは彼が話してくれるだろう」
列は紫音へと視線を向ける。
紫音も頷いて一歩前に進み、光宣に挨拶した。
「初めまして四葉紫音といいます」
「こんな格好ですみません。九島光宣といいます。あの、僕の体を治してくれるということなのですが」
「ええ。特殊な精神干渉系の魔法を持っているので、それを応用して治療します。それにあたり、光宣君は自分の体がどのような状態か把握していますか?」
光宣は少しの間だけ思案顔を浮かべ、答えた。
「はい、少しは。どうやら僕は常人よりもサイオンの動きが強過ぎると。それに対して、サイオンを保持するサイオン体の強度が間に合っていないとも」
「その通りです。なので、暴れまわっているサイオンを鎮めます」
「っ! そんなことが? 精神干渉魔法にはそんなことも出来るのですか?」
「いえ、これは特殊な魔法だからこそ出来ると思ってください」
紫音は烈の方を向き、改めて問いかけた。
「では、本当に治療をしても宜しいですか?」
「うむ……私は君に頼みたい。光宣、彼に賭けてみないか?」
「お爺様。僕はその可能性があるなら、治療を望みます」
「そうか。では頼むぞ」
魔法による精神干渉は危険を伴う。何故なら、精神の構造というものが解明されておらず、精神干渉魔法も一部を除けば個人の資質に依存するものだからだ。
そんな賭けにも等しい紫音に治療を託すというのは些か危険だ。
今の光宣と烈はそれだけ追い詰められているということだろう。
尤も、紫音はそれを利用した訳なのだが。
「では、少しだけ静かにお願いします」
紫音は右手を光宣に伸ばし、自身の特異魔法『調律』を使う。
治療方法は光宣のサイオン体を強化する、あるいは暴れるサイオンを鎮めるのどちらかだ。紫音は系統外精神干渉魔法『調律』と収束・振動系魔法『調律』の二種類を使うことによって暴れるサイオンを捕らえた。
サイオンとは紫音からすれば操れる波動である。
アンティナイトによるサイオンジャミングですら、紫音にとっては邪魔にならない。
(まぁ、少し魔法力が低下するかもしれないが……誤差のようなものか)
精神構造を操り、暴れるサイオンすら制御できるように出来ないかとも思ったが、そちらは実験色が強くなるので諦めた。今回ばかりは失敗できないからである。
それに、精神構造干渉は四葉深夜の魔法であり、紫音は例の実験でその性質をわずかに受け継いだのみ。完全に扱えるわけではない。
『調律』が持つ本来の力を上手に利用するためには、サイオンを調整してやるのが最も効率的だ。
(これは厄介だけど……ま、俺にかかれば難しい話じゃない)
この手の実験は、光宣の治療を見据えて済ませてある。丁度良く
治療は一分と経たずに終わった。
「終わりました。どうですか光宣君」
「……」
光宣は暫く自分の体を探るように目を閉じる。
彼は
「凄い。治っています……」
ベッドから起き上がり、立ち上がった。烈は驚いて光宣を支えようとするが、光宣はふらつく様子もなくしっかりとした足取りで紫音の前まで歩く。
そして頭を下げた。
「ありがとうございます! 本当に……!」
「光宣、本当に治ったのか?」
「はい、お爺様。この通りです」
優秀な魔法師である光宣は、自分のサイオンが完全に制御下へと収められたことを理解していた。
紫音が行ったのはサイオン波長の調整。光宣の魔法演算領域に合わせて、その稼働率を『調律』した。これでもう光宣のサイオン体が内側から破壊されるようなことはないだろう。
(これで九島家の最大戦力はこちらの味方だな。流石に現当主は無理だろうけど……まぁ、光宣と九島閣下を味方に数えられるのは大きい)
深雪やリーナにも匹敵する魔法力を持った光宣、そして日本の魔法師界だけでなく軍にも特殊なコネクションを持つ烈。この二人は紫音にとって有効な手札となり得る。
最低でも敵にならないだけで充分な収穫である。
「さて光宣。無事に治ったとは言え、病み上がりなのだ。今日は休みなさい」
「ですがお爺様。紫音さんにも碌にお礼が……」
「彼とは今晩にでも良く話すといい。十師族の次代を担う者の中でも、非常に優れた魔法師だ。ためになる話も色々と聞けるはずだ。ああ、前後が逆になってしまったが、彼は今晩、屋敷に泊っていく予定だ。明日の朝にでも東京まで送ろう。午前の授業は公欠扱いにして貰えるよう、私から第一高校に口添えしておく」
半強制的だったが、紫音にとっても悪い話ではない。
元から宿泊するという話だったので、悩む様子もなく提案を受けることを決めた。
「ではご厚意に甘えたいと思います」
「君には世話になった。それに有意義な話も聞けた。今日は歓迎しよう。屋敷の者には伝えておく」
「感謝します」
「そうだ。夕食の時にでもゆっくりと話をしよう。光宣も同席すると良い」
「今は魔法演算領域とサイオン波長を調整したばかりですし、無理はしない方がいいでしょう。ですが夕食の時間になれば回復していると思います」
「……だ、そうだ」
「分かりましたお爺様。夕食の時まで体を休めます」
動きたくて堪らないと言った様子だったが、烈の言葉を聞いて素直に諦めた。
非常に残念そうな表情を浮かべる光宣を不憫に思ったのか、烈も妥協した。
「そう気を落とすな光宣。どうせ紫音殿の部屋を用意するために時間もかかる。その間、少しだけ話をしているといい。紫音殿も構わないかね?」
「ええ、そうさせて頂きます」
烈はそう言うと、部屋を出て行った。
使用人が扉の前で控えているようだが、部屋は紫音と光宣の二人きりである。
「さてと、改めて話をと言われると、何を話せばいいのか悩んでしまいますが……」
「そうですね。僕も戦略級魔法師の方が前にいると緊張してしまいます。ただ、まずは敬語を止めて頂けませんか? どうも紫音さんに丁寧な口調をされると調子が狂ってしまいます。僕の方が年下ですし、そのように接してください」
「そう……かな? ではそうしようか」
「ええ、僕もその方がしっくりきます。同じ十師族としてだけでなく、友人のように―――」
そこまで言いかけて光宣は慌てて言葉を止める。
「―――すみません。急に変なことを」
「いや、変ではないさ。俺も四葉家次期当主候補という立場がある。なにより悪名高い四葉だ。友人関係というのは憧れるよ」
確かに光宣との関係は利を求めた結果であるが、紫音に友人がいないことも事実である。密かに気にしていたので、紫音にとっても良い機会だった。
「こんなことをわざわざ言うのもおかしな話だけど……これからは友人ということで」
「ふふ。そうですね。よろしくお願いします紫音さん」
「光宣は敬語のままなのかな?」
「あはは。それは許してください。紫音さんは僕にとっての大恩人ですから」
無理強いする必要もないだろうと紫音も納得し、これには触れないことを決める。
「光宣は第二高校に進学だったか。病弱と聞いているけど、受験は大丈夫なのか?」
「ええ、なんとか……。これでも勉強は出来る方だと自負しています。体調さえ良ければ、実技にも自信ありますよ」
光宣は恥ずかしそうに述べているが、これは凄いことである。魔法とは才能の世界であると同時に、必要な努力も並ではない。限られた中で魔法の腕を磨き、深雪にも並ぶ魔法力を手にしている。
恐ろしき才覚の持ち主なのだ。
「勉強はベッドの上でもできますから」
「興味のあることでもあるのか?」
「ええ、精神干渉系魔法について少し興味があります。魔法分野の中では体系化の進んでいない魔法ですし、知れば知るほど気になってしまって。精神とは一体何か、精神に干渉するとは何か、そもそも精神干渉系魔法に情報体の改変は起こっているのか、そうだとすればその仕組みは……すみません。一人で語ってしまって」
「精神干渉系魔法は使用者が少ない希少な魔法だ。それに使える魔法も固有なものになりやすい。例えば俺の一族なら、四葉深夜様が精神干渉系魔法師として有名だった」
「ええ、存じています。精神を作り変えるとも言われた精神構造干渉ですね。お爺様に聞いたことがあります。生きてれば僕の治療も出来た可能性があると」
精神構造干渉の力があれば、光宣の治療も不可能でなかっただろう。事実として深夜は達也にその魔法を施し、『分解』と『再成』以外の魔法演算領域を植え付けたのだ。光宣の精神体を強化し、暴れるサイオンに耐えられる状態へと作り替えることが出来たはずだ。
かつての実験により、紫音にも深夜の精神構造干渉が残滓として残っている。紫音は他人の精神構造を波動パターンとして認識し、その波動を調整することで構造に干渉する。本物の精神構造干渉と比較すれば大したことのない力だが、『調律』は同じ構造を瞬間的に大量に作り出すことを得意としている。
『リベリオン』がその一例だ。
「精神干渉魔法を調べていたのは自分の治療のためか?」
「はい。出来るだけ文献を調べて、自分なりに考察を続けてきました。最近読んだ文献はこの端末に入っています。目を通してみますか?」
光宣はタブレット端末を操作して紫音に見せる。ダウンロードされているのは精神干渉魔法に関する論文ばかりだった。これを理解するには中学生の知識で足りるはずもない。勉強をしているというのは本当なのだろう。
紫音も精神干渉魔法を使うので、幾つか目を通したことがある論文もある。故に、難解な文献であることはよく知っていた。
「これを全部理解したのか?」
「いえ、恥ずかしい限りですが、分からない部分が。例えばこれです」
「……これは確かに分かりにくい。多分、実際に精神干渉系の魔法を使える人でないと理解しにくい感覚的な部分だから」
「そうなのですか? でしたら……出来れば紫音さんにご教授願えればと思います」
「ああ、構わない」
その後、夕食に呼ばれるまで二人で論文について議論を続けた。