(フレディはいないわね)
リーナは倒れた四人のパラサイトの顔を観察して判断する。パラサイトの中にはUSNAの魔法師も含まれているのだが、四人の内の一人がそれだった。
リーナとしてはできればその一人でも始末したい。
しかし、流石に達也とミユキの前でそんなことはできない。とても歯痒い思いだった。
一方で達也は真由美へと連絡を取る。
「こちら司波達也です。七草先輩、侵入者の四名を無力化しました」
『っ! 早いわね。今は十文字君も交戦を……って無力化!?』
「はい」
達也は冷静に答えたが、真由美の口調にはどこか慌てた様子があった。
それもそのはずである。
『流石ね達也君に深雪さん……と言いたいところだけど、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんがいるのはどうしてかしら?』
マルチスコープでリーナのこともキッチリ見えていた。
そして真由美は交換留学生であるリーナに侵入者の撃退をさせるわけにはいかない。第一高校の元生徒会長であると同時に、日本を代表する魔法師一族の者なのだ。リーナが仮に負傷すれば、それは日本魔法師界の恥となることぐらい理解している。
本来、リーナはここにいてはいけないのだ。
「それにつきましては、自分も答えかねます。本人に聞いてはいかがですか?」
とはいえ、達也に責任はない。
リーナが勝手に来ただけなのだから。それも、カノープスからの情報によって。ゆえにリーナは正直に答えることが出来ないのである。
しかし、案外早く真由美が折れた。
『……まぁいいわ。達也君と深雪さんは十文字君の所に行ってちょうだい。今は通用門の近くで交戦しているわ。吉田君に千葉さんがサポートしてくれているけど、相手は八体。それに一人だけ強力な魔法師が混ざっているわ。多分、発火能力ね』
僅かに聞こえたその言葉に反応したのはリーナだ。
発火能力のパラサイトと言えば、それはアルフレッド・フォーマルハウトに他ならない。
『十文字君の障壁魔法でなんとか拮抗を保っているけど、深雪さんの領域干渉なら発火も抑えられるはず。頼むわ』
「了解です。ところでリーナはどうしますか?」
『シールズさんは戻って貰います。流石に一人で戻れるでしょう。それに、CADも持っていないのでしょう?』
真由美は暗に言っているのだ。
リーナでは役に立たないし、戦わせる訳にはいかない。それに真由美とてリーナについて何も知らないわけではないのだ。急に交換留学生としてやってきたのだから、真由美だって多少は調べた。
そしてUSNA軍とリーナが関係している可能性についても認知している。
「ワ、ワタシは……」
「リーナ」
達也は手を翳してリーナの言葉を止める。
「今は帰った方がいい」
「分かったわ」
表向きは学生ということになっている。無茶なことは出来ない。これがアンジー・シリウスとしての活動ならば多少の無茶も可能だ。周囲が揉み消してくれるからである。
しかし、慣れない潜入任務は彼女に向いていなかった。
仕方なく、教室に帰ることにする。
『達也君、深雪さん。お願いね』
「はい。行こうか深雪」
「お供します」
そうして達也と深雪は駆けて行く。
リーナは唇を噛みつつ教室に戻った。そして片手でデバイスを操作し、メールを送る。
『ごめんなさい。何もできそうにない』
その相手は当然、カノープスだ。
返信はすぐに返ってきた。
『了解』
◆◆◆
メールを送信したカノープスは亜夜子へと状況を報告した。
「シリウスは動きを制限されました。予想通りです」
「わかりましたわ。ではフォーマルハウト元中尉を処理するため手配をしましょう」
「処理はお任せします。ですが……」
「ええ、理解していますわ」
亜夜子の浮かべた不敵な笑みは、逆にカノープスを安心させる。触れてはならない存在であると恐れられる四葉一族も、味方となればこれほど頼もしいのか。カノープスはそう考えていた。
(油断できないことに変わりはないが……組織力と実力は本物。やはり侮れない)
四葉の魔法師とは接触したことがある。そのため、実力的にはUSNA精鋭であるスターズとも並ぶのではないかと確信していた。いわゆる戦闘魔法師として訓練されている四葉の魔法師は、軍人と比べても遜色のない戦闘力と任務遂行能力を持っている。
特に四葉家の血統にある者は、スターズの恒星級魔法師に匹敵していると推測していた。
カノープスの目的は、逃亡したパラサイト化USNA軍人の処理に加え、四葉家の力を探ることもある。味方だからと、ただ安心しているわけにはいかない。
「では展開している我が隊の魔法師には撤退を命令します」
「ええ。後は四葉にお任せください」
第一高校へと侵入したパラサイトは、既に学生たちが処理を始めている。ここでUSNA魔法師部隊が乗り込むのは無謀もいいところだろう。下手をすれば三つ巴の争いとなり、パラサイトを逃がす結果にもなりかねない。
つまり、必要なのは学生たちが捕らえたパラサイトたちを、どのように横取りするかの算段。
日本においてコネを持つ四葉家が動く方が確実である。
隙をついて実力行使するにも、権力を使って掠めとるにも、スターズだけでは担いきれない。
「撤退後、スターズは再展開。パラサイトが逃走後、追跡を開始します」
「お願いしますわ」
亜夜子とカノープスは手筈通り、それぞれで動き出した。
◆◆◆
達也がパラサイト四体を無力化したと同時刻、十文字克人はパラサイト八体と交戦開始していた。克人と共に吉田幹比古、千葉エリカも参戦している。
そして同行していた美月は魔法技能と共に戦闘能力が劣っているため、端で見ているだけとなっている。意外と気の強い美月は、勢いで着いて来てしまったのだが、出来ることが少なく、足手まといとなっている。
(せめて……)
眼鏡を外した美月は、僅かに目を細めた。
霊子光放射過敏症である彼女は、
しかし、今はその議論をしている暇はない。
「エリカ!」
「わかってる、わ、よ!」
呪符、あるいは式とも言われる古式魔法の儀式道具を手にした幹比古は雷を呼び出す。『雷童子』という雷撃の魔法だ。古式魔法は情報体を使役するというプロセスを踏むことで、魔法を生物のように振る舞わせることが出来る。
そして幹比古の呼び出した雷撃は、不思議な軌道を描いて二体のパラサイトを同時に射抜いた。
エリカは警棒のようなCADでパラサイト一体の左肩を貫いた。そのまま追撃することなく、エリカは引き下がる。パラサイトによってレオは精気を奪い取られ入院することになった。エリカもそれを警戒し、一度引き下がったのである。
「七草、増援は見込めるか」
『少し待って。もうすぐ達也君と深雪さんが到着するはずよ』
克人は障壁魔法を組み合わせ、パラサイトと一対一を繰り返す。『ファランクス』という十文字家のお家芸を存分に利用し、受け身の戦いを演じていた。
流石に人を越えた魔法師を八体も同時に相手取るのは難しい。
何より、発火能力を持つパラサイト……フォーマルハウトが厄介だった。
(む……)
フォーマルハウトが
そもそも炎とは発光する高エネルギー電子であり、発火とは人体を構成する元素に含まれている電子を強制排出する魔法である。原子を結合する電子を奪い去る魔法であるため、直撃を受けると全身の細胞が崩れていくことになる。
克人はこれを放出系魔法を組み込んだ障壁によって防いだ。
四系統八種の魔法を障壁として幾重にも重ね、連続して発動する十文字家の『ファランクス』は完璧な防御力を持っている。首都防衛における最終兵器を担う十文字は伊達ではない。
「むっ……はあああああ!」
気合と共に放たれた攻性ファランクスがパラサイトを纏めて吹き飛ばす。そして克人が右腕を振り下ろすと同時に、障壁魔法が上から叩き付けられる。
パラサイト二体が地面に沈んだ。
異能を操るパラサイトも人間の姿をしている。物理的に動きを封じられた場合、その力を充分に使うことは出来ない。
地面へめり込むと同時に人体が破損したのだ。
「エリカ! 精神干渉魔法を緩和する結界を張ったよ!」
「でかしたわよミキ!」
最も厄介なパラサイトの攻撃は精神干渉である。かつては妖魔を討つ一族でもあった、古式魔法師の幹比古はそれを知っていた。そして、精神干渉に対する防御も心得ている。
「柴田さん。これでいいかい?」
「はい。エリカちゃんに触れることが出来ず、戸惑っているみたいです」
「ありがとう。何度も言うけど、その結界からは動かないでくれ」
「はい」
幹比古が結界を行使したのは、美月からアドバイスを受けたからでもある。パラサイトから触手のようなものが見えたという。それがエリカに触れようとしていたのだ。
通常の魔法師には観測できない触手となれば、それはプシオンを利用した精神干渉魔法だろう。
幹比古はそう予測し、見事な結界を構築したのである。
パラサイトの間で動揺が見えた気がした。
「ふっ!」
短く息を吐きながら、エリカは打ち込む。自己加速術式を併用しつつ、硬化の魔法で強化した一撃を叩き込むのが千葉家の剣術だ。
魔法を使うことが前提となった、戦いのための技術。
それが現代の『剣術』である。
見た目はただの警棒でも、エリカが振るえば刀となるのだ。パラサイトは胸を切り裂かれた。
そしてエリカは再び下がる。
「ねぇ。ミキ!」
「なんだよ」
「あれ、見た?」
エリカが指差したのは、今切ったパラサイトの胸部である。先程まで傷口から血が流れ出ていたにもかかわらず、今は止まっていた。徐々に傷はふさがり、眺めている内に完治してしまう。
「まさか治癒魔法? あんなことが―――」
あんなことが出来るのは達也君だけだと思っていたのに。
エリカはその言葉を飲み込んだ。
「気を付けてエリカ!」
傷が治ったパラサイトは耳が痛くなるような音を放出した。エリカは片耳を抑えつつも構えは崩さない。しかし、視界が歪んだ。
音によって三半規管を揺らすと同時に、認識阻害を与える魔法である。
すぐに克人がファランクスを発動しようするが、それをフォーマルハウトが邪魔した。克人を囲むパラサイトはフォーマルハウトを含めて五体であり、幹比古とエリカを助ける余裕はない。
一体は狂いそうな音を発しており、残るもう二体がエリカと幹比古を襲う。
(ギリギリ、間に合う!)
精霊を喚起した幹比古によって、パラサイトの一体が抑え込まれた。拘束するという概念的情報を与えられた魔法が発動した。
幹比古が取り出したのは縄である。神社では結界として用いられる、しめ縄だ。これが蛇のように這って襲ってきたパラサイトを捕縛する。
しめ縄は神聖な場所を隔離する意味でも利用されるが、妖魔のような悪霊を封印するためにも利用される。これを応用し、縄でパラサイトを縛り上げたのだ。
(よし)
幹比古がエリカの方を見ると、顰めた顔をしつつ防御していた。剣技によって攻撃を逸らし、力の強いパラサイトの魔手から逃れる。
しかし、これでエリカを攻撃したパラサイトはターゲットを変えたらしい。
美月へと襲いかかった。
「っ! 美月!」
「しまった!」
エリカは防御体制による重心の関係で体を動かせない。幹比古はパラサイト一体を封じたばかりで、次の魔法は間に合わない。
美月に貼られた結界は
二科生である美月は魔法が得意ではないし、戦闘行為も苦手としている。
本人による反撃は期待できない。
(僕としたことが!)
都合よく自分たちだけを狙ってくれるというのは甘い考えだった。美月を戦闘に参加させず、パラサイトの観察に留まらせていたことが裏目に出てしまった。
美月を知らないパラサイトは、初めこそ警戒して美月を襲うことはなかった。
しかし、隙だらけで見た目のまま初心者だと理解したパラサイトは、まず美月を潰すことに決めた。自分たちを見透かすような、その眼が気に入らなかったのだろう。
美月は目を閉じて、恐怖から逃れようとした。
だが、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。
「が……」
呻き声をあげてパラサイトは倒れる。
幹比古とエリカは、高速で飛来する何かが次々とパラサイトを貫いていくように見えた。
「うちの生徒に手を出さないでくれるかしら?」
現れたのは七草真由美。
そして発動した魔法はドライアイスを高速で飛ばす『ドライ・ミーティア』。美月を襲おうとしたパラサイトは肉体における死を迎えた。
マルチスコープで観察に徹していた真由美も、遂に出てきたのだ。
同時に、克人が相手をしていた六体のパラサイトが一瞬で氷漬けになる。
「どうやら間に合ったようですねお兄様」
「そのようだ」
飛行魔法で現れたのは深雪、そして達也。
フォーマルハウトを含むパラサイトを凍らせたのは深雪の魔法だった。
紫音の出番がない……