黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編26

 達也、深雪も合流し、数の上で劣るという不利も解消された。

 八体いたパラサイトの内、六体は凍結、一体は捕縛、一体は死亡という形になっている。達也、深雪、克人、真由美、エリカ、幹比古、美月は一人もかけていない。戦果としては最高である。

 

 

「七草。助かった」

「ええ。間に合って良かったわ」

 

 

 真由美は本当に安堵しているようだった。

 襲われかけた美月も胸を撫で下ろしている。

 だが、達也と深雪は警戒していた。

 

 

「七草先輩、十文字先輩。パラサイトは器となった人間が死亡した場合、精神体となって人に襲いかかります。注意してください」

「っ! そうだったわね」

 

 

 真由美は急いで斃してしまったパラサイトへと目を向ける。だが、普通の魔法師にプシオンは観測できない。人によっては感じ取ることの出来るものだが、ハッキリと知覚できないのが普通だ。

 悍ましい何かが存在していることは気付けても、その位置も姿も分からない。

 達也が眼で確認しても、情報の海を漂う何かが存在しているということしか理解できなかった。

 

 

「不味いな」

 

 

 パラサイトの性質は紫音のレポートを読んで知っている。死体となったパラサイトは、精神生命体となって次の寄生者を探す。つまり、この場にいる誰かが次の寄生者として狙われるのだ。

 達也にはパラサイトを封印する手段もなければ、滅ぼす手段もない。

 何より、その居場所を探し当てることすらできない。

 

 

「司波、お前は精神体となったパラサイトを捕獲する手段に心当たりはないか?」

「位置を把握することが出来れば、幹比古にその手段を期待できるでしょう。しかし、魔法発動において重要な座標を把握することが出来ません」

「つまり、この場にいるであろうパラサイトの位置が分かれば良いのだな」

「十文字君。何か手があるの?」

「いや、ないな。七草はどうだ?」

「私もないわね。マルチスコープは視野を広げるだけの能力だから……」

 

 

 CADに起動式として保存された魔法は、それが魔法師の中にある魔法演算領域へと送り込まれることで魔法式となり、情報の次元へと投射され、物理的な世界へと具現化される。しかし、そのためには魔法師が魔法を発動する座標を認識して演算へと組み込まなければならない。

 この演算は無意識によって実行されるものであり、数値的な座標値が必要なわけではない。しかし、魔法師がその座標を観測できなければならないのだ。

 端的に言えば、パラサイトの位置を正確に観測できない幹比古は、パラサイトに有効な対妖魔術式を保有していても、発動して当てることが出来ない。

 しかし、この中でそれを観測できる稀有な才能の持ち主がいた。

 

 

「吉田君。結界を解いてください!」

 

 

 そう言ったのは美月だった。

 パラサイトの居場所を見ることさえできれば。その言葉を聞いた美月が、自分ならば正確に観測できると考えたのである。

 そして観測のためには、霊子光を抑えるため張られている結界が邪魔となる。

 故に結界の解除を求めたのだ。

 

 

「だめだよ。妖気を抑える結界の中にいても苦しそうにしていたじゃないか。それに今はパラサイトも肉体に封印された状態から解放されている。直視すれば、失明の危険もあるんだよ」

「私も魔法師としてこの場に来た以上、覚悟しています。今、役に立たなければ、私がこの場にいる意味はありません」

 

 

 それは極論かもしれないが、この言葉に幹比古の心は揺れた。

 魔法は魔法師にとって道具であるが、時には魔法師が魔法の道具となる場合がある。戦略級魔法師などがその例だ。必要なのは戦略級魔法であって、魔法師はその発動媒体でしかない。つまり、魔法師が全身不全であっても、戦略級魔法が使えるなら国に保護される。世界を揺るがす魔法を発動させる媒体として。

 今の美月は、まるで自身の眼こそが最も価値あるものであるような言い方だった。

 自分自身は霊子光放射過敏症という魔法的特異体質の付属物である、と。

 しかし、幹比古に美月の覚悟を阻むことはできなかった。

 

 

「分かったよ。危ないと思ったら、すぐにこれで目を覆ってくれ」

 

 

 妥協案のように差し出したのは、折り畳んだ布である。受け取った美月は、「広げてみて」という幹比古の言葉に従い、それを広げてみる。

 

 

「神道の宝具を元にして作られた吉田家の魔法道具だよ。結界と同じ役割があるんだ。首にかけて使って欲しい」

 

 

 美月は言われるがままに、布を首に纏う。

 

 

「決して無理はしないで」

「分かりました」

 

 

 行くよ、と声を掛けた幹比古に対し、美月は頷いて答えた。

 幹比古は結界を解く。

 眩い光が美月を襲い、思わず目を覆いそうになった。だが、美月は目を細めつつも精神体となったパラサイトを探る。周囲には糸のように張り巡らされた光が輝いており、それは輝く穴のような場所から放出されていた。

 

 

「そこです! エリカちゃんを襲おうとしています」

 

 

 霊子光(りょうしこう)を観測する美月が指を差したのは、死体となった元パラサイトから数メートル左の上空。丁度エリカの頭上であった。

 無言で幹比古が対妖魔術式・迦楼羅(かるら)(えん)を発動。

 情報体に対し、燃焼という概念を定着させる術式だ。現実へと具現化させることなく、燃やしたという結果のみによって妖魔を滅ぼす。

 達也はすぐにエレメンタル・サイトで確認し、そのように理解した。

 情報の書き換え自体は、魔法師にとって目新しいことではない。そもそも、魔法とは情報という非物質次元に干渉して引き起こすのだ。それを現象として具現化するか、しないかの差である。

 しかし、達也は幹比古の魔法にも驚かされたが、それ以上にパラサイトを見て驚いた。

 

 

(これは……)

 

 

 今まではエレメンタル・サイトによる観測でも曖昧だったパラサイトの座標。それが幹比古による攻撃でハッキリと分かるようになったのだ。

 まるでシュレーディンガーの猫という思考実験を思わせる現象である。

 観測……この場合は幹比古の魔法が当たることで、達也は間接的にパラサイトの位置情報を取得した。曖昧だったパラサイトの座標は攻撃を受けたという結果によって確定され、達也の眼にも見えるようになったのである。

 そしてパラサイトは美月を脅威と感じたのか、迦楼羅(かるら)(えん)のダメージを受けつつも美月へ襲いかかろうとしていた。

 

 思考は一瞬。

 

 達也はCADを持っていない方の左手を向ける。

 

 

「来ます!」

 

 

 美月は警告を放ち、そして限界が来たのか、目を抑えてしゃがみこんだ。異能の存在である妖魔(デーモン)が、自分をめがけて襲ってくる。その恐怖を味わった美月が軽くパニックに陥った。

 幹比古はそれを責めないし、よくぞ最後に知らせてくれたとさえ思った。

 すぐに結界を張り、パラサイトを侵入させないように試みる。

 だが、この手の結界は、一度相手に認識されると効果が大きく減衰する。パラサイトを完全に防ぐことは難しい。なにより、美月が眼を閉じた以上、精神体パラサイトの座標を特定することが出来ない。

 そもそも、古式魔法には時間をかけて下準備を行う術式が多く、咄嗟の対応は苦手としている。

 ギリギリで張った結界が幹比古の精一杯だった。

 

 

(それでも……)

 

 

 幹比古は意味がないと分かっていても、簡易的な術式を発動する。霊を祓う、古式魔法の家系はそのような仕事を生業としてきた。魔を祓うことにおいて、普通の魔法師を凌駕する。

 剣をイメージした『切り祓い』によって、パラサイト本体から伸びる糸のようなものを断ち切った。

 美月を絡めとろうとする糸は無数にあり、それを纏めて切り裂く。

 しかし、この術ではパラサイト本体を斃すことができない。

 千日手であると分かりつつも、幹比古は糸を祓い続けた。

 

――選択の余地はない

 

 パラサイトの性質を知る達也は『術式解体(グラム・デモリッション)』を苦渋の決断で放った。輝くサイオン流がパラサイトの糸と本体を纏めて吹き飛ばす。

 『術式解体(グラム・デモリッション)』ではパラサイトを倒すことが出来ない。

 しかし、達也には他の方法がなかった。

 

 

「逃したか」

 

 

 克人の呟きに対し、達也は無言のままだった。

 術式解体とは言っても、魔法をバラバラに壊すわけではない。高密度サイオンによって魔法式を構築しているサイオンを押し流すのが、その正体だ。

 魔法に近い存在であるパラサイトにも、同じ現象が起こっているだろう。

 

 

「だが、被害はなかった。相手も無傷ではあるまい。それにこれだけのパラサイトを確保――」

 

 

 克人は深雪が凍結させたパラサイトに目を向けようとして驚愕する。

 そこにはパラサイトなど、どこにもいなかった。

 

 

「一体もいない? いつの間に逃げたというの!?」

 

 

 真由美の言葉は、皆が思ったことだった。

 深雪はチラリと達也の方を見る。すると、気付いた達也は首を横に振った。つまり、エレメンタル・サイトを持つ達也ですら、気付かなかったのだ。

 

 

(恐らくは大陸の魔法。隠蔽に特化した術者によるものか)

 

 

 魔法が発動したと悟られない技術に加え、この手際の良さ。間違いないと達也は考える。

 そしてパラサイトが情報通り、大陸の魔法師と繋がっている確証も得られた。一校を狙った理由は不明であるが。

 ただ、逃げられてしまった上に、精神体パラサイトも逃がしてしまった。

 戦闘結果としては零点である。

 

――無様なものだ

 

 紫音の戦果と比較して、そのように思ってしまう。

 だが、それを声に出すわけにはいかない。

 もし声に出せば深雪は気にするだろうし、美月は気に病むだろう。例えそれが達也自身に向けられた言葉であったとしても、二人はそう思わないはずだ。

 そのような恥の上塗りを、達也はしようと思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、逃走したパラサイトはスターズで追跡していた。

 顧傑(グ・ジー)の鬼門遁甲によって包囲を惑わされつつ、バラバラに逃走したパラサイトたちを追っていたのである。

 追うと言っても、昼間から堂々と追跡劇を繰り広げる訳にはいかない。

 探知網を街中で展開し、通信によってパラサイトたちの位置を把握しているのである。

 

 

『カノープス少佐。アヤコ・クロバ殿が確保したパラサイト四体を確認いたしました。その内、一名が元USNA軍の魔法師であると判明しています』

「確認ご苦労。なるほど、今追っている方が当たりというわけだな」

『現在、四葉家の魔法師がパラサイトを封印しています』

「封印には立ち会っているか?」

『はい。死体をすり替えられる心配はございません』

 

 

 達也と深雪で無力化したパラサイト四体は、亜夜子が四葉の部隊を率いて回収していた。既に封印処置を施している最中となっている。

 カノープスも四葉を信頼していないわけではないが、信用には程遠い。

 利害が一致しただけの共闘者に過ぎず、味方ではないのだから。

 USNA魔法師の秘密を探るべく、パラサイト化した魔法師をすり替えるぐらいはやりそうだと考えていた。

 仮設のオペレーター・ルームでカノープスは思案した。

 

 

(しかし、この撤退の早さ……それに魔法科高校を襲った理由……パラサイトの行動に一貫性がない。黒幕と思われる人物は何を考えている?)

 

 

 まさか思ったより一校の反撃が激しく、撤退するしかなかったとは思わない。黒幕である顧傑(グ・ジー)が追い詰められているとも思わない。

 しかし、思考は途中で中断することになった。

 激しい爆発音がカノープスの耳を劈いたからである。思わずヘッドセットを外し、床に落としてしまった。

 

 

「何があった!」

「各地で爆発です! 追跡中の隊員が数名、巻き込まれたと思われます」

「なんだと!?」

 

 

 日本という国家は治安の良さにおいて世界有数である。監視網は勿論、訓練された警察や精鋭揃いの軍が治安を守っているからだ。

 その監視を掻い潜り、爆弾を仕掛けるなど至難と言える。

 街に仕掛けようものなら、隠しカメラが捕捉する。AIによる探知を加えれば、不審物は瞬時に検知できてしまうのだ。

 例えばネットワークに接続されている全ての監視カメラにアクセスし、その場所を把握できない限りはカメラを掻い潜ることは出来ない。

 

 

「パラサイトは?」

「見失ったと思われます」

 

 

 オペレーターの言葉はカノープスも予想した通りだった。

 

 

「撤退を命じろ。これ以上は深追いするな。怪我人の回収を優先する」

 

 

 耳が痛くなるような爆発音だったのだ。その威力は充分に推し量れる。

 そして、街中で爆発した以上、一般人の被害者もいることだろう。USNA軍の魔法師による追跡劇で起こった事件だと発覚すれば、カノープスは今以上に動きにくくなる。カノープスだけでなく、USNA軍の活動自体が全て制限されてしまう。

 結果として、黒幕である顧傑(グ・ジー)は逃走しやすくなる。

 

 

(しかし日本の十師族も本気になったハズだ)

 

 

 今回の件でパラサイトを一掃できなかったのは残念だ。

 これが吉と出るか、凶となるかはまだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




このあたりで来訪者編の真ん中ですね。
うーん……長くなってきました。
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