もはや土下座しなければならないのでは(ガクブル)
デーモン、あるいは妖魔と呼ばれる
妖魔は
だが、肉体という外殻を持つ世界では、妖魔が直接
憑依によって形あるものと一体化することで
本来、妖魔に精神性や高度な知性はない。憑依した対象の精神と同一化することで、その本能を侵食し、隠れた本性を刺激増幅するだけである。
弱った妖魔は新しい宿主を探し、その新しい宿主に沿った意識を得る。
達也の
また、宿主を放棄した状態で多くの力を使い、
弱り果てて彷徨った妖魔は、やがて一つの器を見つけた。
今にも消えてしまいそうな存在を少しでも保つため、その器の中で休息を得ることにしたのだ。
この妖魔に力はない。
強い意識を持つ人間の中に侵入する程の力はない。
本能から意識のない人型を探し、その中へと納まった。
第一高校の端に位置する倉庫で見つけた、一体の試作アンドロイドP-94の中へと。
◆◆◆
第一高校をパラサイトが襲撃した事件は、関係者以外には口止めされた。その結果、多くの生徒は何も知らないままである。尤も、関係者というのはパラサイトを迎撃した生徒の他、第一高校の校長を始めとしたごく一部である。
その場にいなかった生徒で知っているのは、四葉後継者候補たる紫音だけだった。
「そうか、一体は見失ったか」
「はい。それに七体のパラサイトには逃げられてしまいました。申し訳ありませんお兄様」
「いいよいいよ。亜夜子はよくやってくれた」
パラサイトを逃がしてしまった後、亜夜子は二日ほど周辺を捜索した。だが、四葉の力を以てしても発見することができなかった。
恐らくは大陸の術師が結界を張ったのだと思われる。
結果として亜夜子たちは撤退し、紫音にその報告をしていた。
「USNA軍との対応は?」
「お兄様に言われた通り、アドバンテージを取ったまま接しています。
「よし。今は奴が尻尾を出すまで待とう。本気で隠れられたら捜索は困難だ。それに、あまり動き過ぎると逆に利用される。こちらもパラサイトに有効な手段を手に入れる時間が欲しい」
フリズスキャルヴを有する
USNAの包囲網、そして十師族の包囲網で圧力をかけ、向こうから動くのを待つ。そして待っている間に紫音もパラサイトへの有効な魔法を開発する。
すでに四葉はパラサイトに関する実験をほとんど終えている。
討伐してしまって問題ない。
四葉のスポンサー、そして当主こと真夜の願い通り、
見逃してから倒すという、実に傲慢な作戦だ。
だが、四葉は紫音に達也という戦略兵器を手に入れている。だからこそ、このような手段を選択できる。
「お兄様、あの魔法は習熟できましたの?」
「一応、何度か発動実験はしたよ。四葉本家の研究員に調整して貰ったから、魔法式も大体は完成したかな……」
パラサイトを完全消滅させるための魔法は、事件が起こってから開発が進められてきた。その性質を解析することで有効打となる魔法を開発したのである。
今は実験室レベルだが、もう少し調整を施せば実戦でも通用するようになる。
そして、この魔法は亜夜子の固有魔法『極散』が元になっていた。
ゆえに亜夜子もかなり詳しく知っている。
「名称は決まりましたか? 私が最後に聞いた時は『極散β』でしたけど……」
「
「まぁ、嬉しいですわ」
亜夜子は達也に憧れている。
『極散』は達也の助言により生まれた魔法だからというのが理由の一つだ。収束系魔法として知られている『拡散』の究極系が『極散』なのだが、これは非常に扱いが難しい。
魔法の効果としては単純で、指定領域内の液体や気体やその他の物理エネルギーを平均化するというものである。つまり『極散』する対象のベクトルを完全に分解するのだ。
不完全な分解だと、ただの『拡散』に留まってしまう。普通の術者ではこれが限界だ。だが、亜夜子は『拡散』に特化した魔法力を有しているため、完全なベクトルの分解を可能とする。
亜夜子は自身が反射・放射する電磁波、音波、気流を即座に選択してベクトルを分解し、周囲に紛れさせる。つまり存在を同化させることができるのだ。特に電磁波の少ない夜は彼女の領域である。
あらゆるエネルギーを平均化する。
つまりベクトルを分解して空間的に平らな状態とする。
これをさらに深く、狭く実行すると達也の分解魔法となる。
『極散』と『分解』には深いかかわりがあるのだ。
さらに言えば、『調律』は『極散』よりも広い魔法効果を有している。『調律』という魔法は指定のベクトルへと馴染ませる魔法だ。つまり、分解方向へと『調律』を実行すれば、『極散』に近い効果を得ることができる。
一方向へと光を調律すれば、
そして全方向へと調律すれば極散モドキとなる。
波動を観測できる紫音が
『極散』と『分解』の魔法式を元に生み出されたのが、この対パラサイト魔法だ。
尊敬する達也と自分の魔法が、一つの魔法となって紫音に託される。
それは亜夜子にとって心地よいものだった。
「そういえば、達也の方もパラサイトに有効な魔法を練習しているらしいな。深雪に教えて貰ったが」
「お兄様のようにプシオンの分解を……?」
「いや、
何をしても表情を変えずにこなしてしまう達也は、一見すると完璧に見える。
だが、元は魔法の才能がない落ちこぼれだ。
尖った魔法によって魔法演算領域を占有され、通常の魔法に関する才能は全くない。今持っている魔法力は、強い情動を司る部分を白紙にしてまで手に入れた仮初のもの。通常の魔法は苦手としている。
「あいつの魔法が間に合えば、もう少し楽になるかもしれないが……」
「ですが達也さんや深雪さんの手をできるだけ借りないようにするのでは?」
「俺たちが止めても関わってくるからな。どうせなら対抗手段を持っていてもらった方がいい。勿論、手を借りずに解決する方が、当主様としても望み通りの展開だろうけど」
パラサイトが第一高校を襲ったという事実が、達也を本気にさせた。
彼は妹である深雪に迫る脅威を必ず取り除く。もうかかわるなと言っても無駄だろう。
(残る懸念は
紫音の心配はそこだった。
◆◆◆
達也は勿論、克人、真由美、幹比古、エリカはパラサイトとの再戦に向け、戦意を燃やしていた。
だが、対抗策を練っているのはこちら側だけではない。
二月上旬、
「うわぁ……ついにリークされたか」
「そのようです」
朝食を食べながらニュースを見ていた紫音と亜夜子は食事を止めた。
ちなみに、亜夜子はしばらく紫音の自宅に泊まっている。深雪の真似をして紫音にコーヒーを淹れたり、食事を作ったりと色々しているのだ。
『合衆国政府は昨年のハロウィンに使用された日本軍の戦略級魔法への対抗手段構築を魔法師に命令。ダラス国立加速研究所でマイクロブラックホールの生成実験を行い、異次元からデーモンを呼び出した』
それがニュースの主な内容である。
デーモンを呼び出したなど、百年前なら鼻で笑われていた。だが、今は魔法が現実となった時代だ。日本にも陰陽師などの妖魔に対抗する術師が存在したことは、歴史の教科書にも出てくる。デーモン召喚というニュースは事実として受け入れられてしまうだろう。
「デーモンの使役によって戦略級魔法に対抗する……愚かですわ」
「まるで見当違いだし」
「お兄様はこれをどう見ますか?」
「USNA軍内部の告発ってことになっているけど、情報操作の一環だろうな。だが、こんな情報がリークされるなんて流石におかしい。となると……」
「
「そうなるな。それにニュースの後半は魔法師批判で占めている。いわゆる人間主義の主張だな。魔法師排斥となると有名なのはブランシュだが……たしか
まだ予想の範囲内だが、確実を期すなら知っている人間に聞くべきだ。
「亜夜子、カノープス少佐に聞いてくれ」
「少しお待ちください」
亜夜子はデバイスを取り出し、素早くメールを打つ。暗号化された文章が送信された数分後、返事が返ってきた。当然、四葉とスターズの間でのみ共有されている暗号文でだ。
すぐに解析プログラムへと通し、解読する。
「どうやら七賢人という人物がかかわっているらしいですわ」
七賢人は紫音も知っている。
それは集めた情報によるものではなく、朧げな前世の知識によるものだ。そして四葉家当主である四葉真夜も七賢人の一人だと知っている。
フリズスキャルヴというネットワーク上に存在する情報をリアルタイムで閲覧するシステム。そのオペレーターとして選ばれた七人の人間が七賢人だ。
「あ、お兄様」
「ん?」
「ニュースを見てください」
何かに気付いた亜夜子がテレビ画面を見るように促す。
考え事をしていた紫音はそれを見て愕然とした。
『横須賀の軍事施設で爆薬が盗まれる。犯人はデーモンに憑依された吸血鬼である』
爆薬が盗まれたのは一か月以上も前の話だ。
そして
二つの軍事スキャンダルは致命的でなくとも、嫌がらせ以上の効果がある。
「情報戦が始まりそうだな」
「日本政府の頑張りどころ、ですわね」
しばらくは外務省が涙ぐましい努力をすることになるだろう。
追い詰められた