黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編32

 

 黒羽亜夜子の固有魔法『極散』は隠密行動において最強クラスだ。

 正式名称を極致拡散というのだが、すなわち拡散魔法の最上位と言える。熱、音、光などの情報を拡散することで位置を特定させないというのが主な使用方法なのだが、極致拡散はその拡散性を極限まで高めることで完全な凪を生み出す。

 普通の拡散魔法では魔法行使を匂わせるノイズが残ってしまうものの、極散にはそれがない。

 特に情報量が少ない夜においては完璧に近い隠密が実現されるのだ。

 

 

「見つけた」

 

 

 そんな魔法で存在を隠された紫音と亜夜子は、ある三人の人物を追っていた。

 一人はターゲットである顧傑(グ・ジー)、そして二人目は横浜事変において大亜連合軍特殊工作部隊を率いていた陳祥山(チェンシャンシェン)、三人目が『人食い虎』と称される世界最高の魔法師の一人こと呂剛虎(リュカンフウ)である。

 彼らも大陸の法術を使って身を隠していたが、隠しきれない精霊の騒めきを紫音は見逃さない。波動を感知する紫音は、精霊の特徴的な霊子を観測していた。

 

 

「やはり動きがないな。別行動をしているパラサイトを待っているのか?」

「今連絡がありました。達也さんや深雪さんの方で戦闘が始まったようです」

 

 

 大亜連合には方角を狂わす魔法がある。

 それは横浜事変でよく分かったことだ。彼らは精霊魔法をはじめとする古式魔法を得意としており、化成体と呼ばれる精霊を利用した使い魔も厄介だ。そして鬼門遁甲と呼ばれる魔法が最も厄介である。方位を狂わす魔法で、これを使われると魔法を使っても追跡は難しい。

 逆に彼らはこの魔法にかなりの自信を持っている。

 それゆえ、同じ場所に留まるという危険を冒しているのだろう。

 

 

「こちらから仕掛ける。亜夜子は俺の撤退の援護を頼むぞ」

「ご存分に」

「ああ」

 

 

 亜夜子が紫音の背中に触れ、ある魔法を発動させる。

 それは彼女が得意とする疑似瞬間移動だ。空気の繭で包まれた紫音は真空チューブ内部を超高速で移動させられ、逃走者たちの真ん中に現れた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 深雪のニブルヘイムによってパラサイト・フォーマルハウトは動きを停止した。まだ周辺には液体窒素やドライアイスが舞っており、近づくことも難しい。

 パラサイトも肉体に依存している以上、冷凍されたら動くことはできない。

 

 

「よくやった深雪」

「はい。ですが……」

「ああ、まだ生きている。油断はできない。どうだ幹比古?」

 

 

 悪霊払いが一つの仕事であった古式魔法の継承者、吉田幹比古はこの手の相手を得意としている。達也の呼びかけに頷き、少しの間だけ目を閉じて感知する。

 そして歯切れ悪く結論を下した。

 

 

「うん。達也の言う通りだね。まだ油断はできないよ。この男の中にいるパラサイトは生きている。それになんていうのかな……複数の悪霊が憑りついている感じだね」

「おい、どういうことだよ?」

「レオを襲ったやつより強力ってことさ。それに複数の悪霊に取りつかれた伝説は実在する。特に西洋では七体のデーモンに取りつかれた女の話もあるから」

「で、こいつにはどれだけ憑りついているのよ?」

「ちょっと待って……六、いや七体だね。本当に伝承みたいだ」

 

 

 幹比古の眼には――実際に見ているというより魔法によって解釈しているというのが正しい――七体のパラサイトがフォーマルハウトの体内で蠢いている光景が映っていた。

 あまりの悍ましさと気持ち悪さで流石の幹比古も嫌な顔をする。

 幹比古がもう少し言及しようとしたが、そこに割り込むようにして声がかかった。

 

 

「おい、何をしている」

 

 

 ライトで照らされ、丁度光を当てられた幹比古とレオは眩しそうにする。達也は深雪とほのかの前に立ち、エリカは眉間に皴を寄せた。

 遠くまで届く特徴的なライトを持って現れたのは警官の服装をまとった二人の若者であった。

 幹比古は苦い表情を浮かべ、レオは目を泳がせる。

 

 

「何だこれは? 君たちは高校生だろう? ここで何をしていた?」

 

 

 明らかに魔法と思われる方法によって人間が氷漬けにされているのだ。これで職務質問しない警官がいれば無能と言わざるを得ない。

 声を尖らせて詰め寄る警官たちを前に、幹比古は狼狽していた。

 

 

「あ、えっとですね。これは、その……」

 

 

 言葉に詰まるのも仕方がない。

 実は悪霊が現れたので対峙しましたなどと誰が信じるだろうか。これが軍の活動ならば良いが、あくまでも高校生でしかないため、職務質問からの署まで同行願おうは確実だ。

 しかし幹比古の言い訳を押しのけてエリカが強い口調で言い返す。

 

 

「あんたたちこそ何しているの?」

「何だと?」

「おいエリカ」

「馬鹿ね。ここには今、警察は来ないのよ。そういう命令が出ているから。うちの兄貴はそんなところで抜かったりしないわよ」

 

 

 この横浜での動きは千葉家や吉田家のバックアップもしっかり行われている。当然その中には警察への情報統制も行われていた。国家権力に当然の如く手を出せる千葉家と吉田家がおかしいのだが。

 しかし警官もただでは引き下がらない。

 

 

「何を訳の分からないことを言っている。暴行の現行犯だ。同行してもらうぞ」

「へぇ? あくまでもシラを切るんだ。先に襲ってきたのはこいつなんだけどなー。私たちは正当防衛したの。わ・か・る?」

 

 

 そんな尤もらしいことを言っているが、魔法で凍らせるのは明らかに過剰防衛である。嘘だと分かっていても幹比古では黙りこくってしまうほど流暢だった。

 だが、それに気を取られた幹比古は背後から忍び寄る気配に気付けなかった。いや、ワンテンポ遅れて気づくことになった。

 

 

「ミキ!」

「幹比古!」

 

 

 エリカとレオがほぼ同時に警告を発するも、既に遅い。音もなく迫る影が襲いかかったのだ。それを認識したときには既に遅く、幹比古は肩に衝撃を感じる。突き飛ばされたと感じつつ、無意識で受け身を取る。見るとレオは腕を掲げて振り下ろされた警棒を受け止め、反撃の一撃を繰り出していた。

 しかしレオはそれを浅く入れただけで腕を引き戻してしまった。

 その理由は静電気を思わせる電光である。襲撃者は触れた対象に電撃を流すスーツを着込んでいたのだ。レオは手首を抑えて一歩下がり、その隙に襲撃者が警棒を振り上げる。

 

 

「レオ、離れて!」

 

 

 幹比古は慣れた手つきで魔法発動媒体の扇子を取り出し、魔法による援護を使用する。しかし横合いから飛んできた円形の投擲物が扇子を弾き飛ばしてしまった。その投擲物は弧を描いて発動者の元へと戻っていく。

 一方で先の電撃からレオは防戦を強いられることになり、下がりながらの戦いを演じている。エリカは別の襲撃者と打ち合っており、戦いは激しさを増していた。

 また初めに声をかけてきた二人の偽警官は達也たちへと襲いかかっていたが、流石の格闘術で制圧しつつある。しかしそちらに向かって幾つかの擲弾が放たれた。

 達也は擲弾に向かって『分解』を放ち、その構造を解体する。元々その擲弾も殺傷性を求めたものではなかったのか、分解されたパーツの一つが開いて網となる。

 

 

「達也さん! 後ろ!」

 

 

 いくら達也でも合間に魔法を使えば隙となる。

 偽警官の一人が達也の背後から警棒を振り下ろそうとしていた。ほのかは悲鳴のような警告を発するも、しっかりと『眼』で見ていた達也は身体を捻ることで回避する。

 そして再び危なげのない戦いを始めるも、やはり遠距離からの援護射撃は止まらない。放り込まれ続ける擲弾の中には投網、スモーク、催涙ガスと様々なものが紛れている。流石に爆発物ではなかったものの、達也がそれらを深雪の近くへと放り込まれることを許さない。

 やはり達也は脅威だと認識されたのか、人質を取るという手段へと移行する。

 黒い影が与しやすそうなほのかへと襲いかかったのだ。

 

 

「ほのか!」

 

 

 深雪が咄嗟にCADを構えるも、襲撃者の方が早い。

 達也は深雪への危険を常に監視しているが、ほのかは違う。達也も間に合う状態になかった。しかしピクシーが彼女の前に立って盾となる。組みつく襲撃者をしっかりと受け止めた。

 ほのかもただ守られるだけではいたくない。

 憧れの達也の隣を歩きたいと願う。

 達也はほのかの瞳とピクシーの内部からサイオン波の急激な高まりを感じた。すなわちそれは思念の高まりでもある。魔法とは異なる思念干渉が発生する。

 思念による事象改変。

 それは運動量という情報を書き換え、襲撃者を吹き飛ばす。

 いわゆる『サイコキネキス』という超能力であった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 横浜から大きく離れたある一室で状況をモニターしていた藤林は、引き起こされた事象に絶句していた。一方で背後からは実に愉快と言わんばかりの笑いが聞こえてくる。

 

 

「思いがけず、興味深いものを見せてもらった」

 

 

 そう告げるのは日本魔法師社会の長老とも呼べる存在、九島烈である。藤林からすれば祖父にあたるこの人物の要請により、付近の状況を監視していたのだ。

 監視カメラ、衛星カメラ、その他諸々の感知装置は藤林の手足となって状況を映し出す。目の前にあるモニターには、ロボットから魔法が放たれたことを示すデータで揃っていた。

 

 

「サイキックを使うロボットとはな。私も初めて見た」

「私も報告を聞いたことがありません。今の技術では不可能かと思います」

「そうだな。機械技術だけで魔法を発現することは不可能だ。すなわち……」

 

 

 烈はピクシーに注目する。

 いや、更にその奥を見透かすような目を向けつつ続きの言葉を口にした。

 

 

「……そう、すなわち妖魔が宿ったか。そのような使い方があったとは」

 

 

 藤林は思わず振り返る。

 そこには久しぶりに見る、祖父の野心を抱えた顔があった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 ピクシーがサイキックを使用した。

 その瞬間を目撃したのは烈たちだけではなかった。四葉真夜もフリズスキャルヴという手段によって事態を監視していた。

 しかし彼女はフリズスキャルヴのプラットフォームであるヘッドマウントディスプレイを取り外し、デスクの引き出しに収納した。

 呼び鈴を鳴らすと、控えていた葉山が入ってくる。

 

 

「お呼びでしょうか、奥様」

「青木さんを呼んで頂戴」

「畏まりました」

 

 

 何も聞くことなく、深く頭を下げて葉山は下がる。

 しばらくすると慌しさを発する気配がやってくる。扉が叩かれ、葉山と青木の両執事が入室してきた。息こそ切らしていないが、青木は明らかに焦燥した雰囲気である。よほど慌ててきたのだろう。

 

 

「こんな時間にごめんなさいね」

「いえ、奥様がお呼びとあらば地球の裏側からでも参上いたしましょう」

 

 

 実に大げさな表現だが、これは真夜に心酔している青木らしいものだ。いつものことなので無視して本題へと移る。

 

 

「早速ですけど、入手してほしいものがあります」

「はっ!」

「魔法大学付属第一高校に貸し出されている3HーP94を至急買い取って頂戴。手段も金額も問いません。もし入手が難しい場合も現在の持ち主から所有権が移転されないように処置しなさい。特に他の十師族の手に渡らないように」

 

 

 普通ならば意味が分からないと聞き返してもおかしくない場面だ。

 青木は四葉家序列四位の執事であり、四葉家の資産を管理する立場にある。真夜が必要とするものを買い付けるのも彼の仕事だが、たかがロボット一体に動かすというのはおかしな話なのである。また金額はともかく、手段も問わないというのは珍しいことだった。

 すなわち、最悪は盗み出すことすら許可しているのだから。

 勿論それは本当に最後の手段だが、そこまで許可されているという時点で色々と疑問が生じるはずである。しかし青木は動揺こそ見せるも、ただ恭しく頭を下げた。

 

 

「畏まりましてございます」

 

 

 そうして青木が去っていった後、室内には真夜と葉山が残された。

 僅かな沈黙の後、真夜が口を開く。

 

 

「何か言いたいことがあるのではなくて?」

「奥様、僭越ながらフリズスキャルヴの情報収集に頼り過ぎてはおられないでしょうか」

 

 

 予想通りの忠告で、何より今更な忠告。

 しかし真夜は葉山に怒ることはしない。フリズスキャルヴの利用リスクは葉山よりもよほど弁えているつもりだ。しかし七賢人の一人である四葉真夜にとって、同じ七賢人たる顧傑(グ・ジー)を追い詰めるにはフリズスキャルヴが必要だった。

 少なくとも今は。

 

 

「これは純然たる科学技術です。ある意味で魔法よりも副作用のリスクは小さいでしょう」

「奥様、私めはそのようなことを申しているわけではございません。副作用ということでしたらフリズスキャルヴも同様でしょう。本体の設置場所も分からぬ装置が今まで通りに機能するとは考えにくいと思われますが」

「……そうですね。葉山さんの言う通りでしょう」

 

 

 真夜は少し拗ねたような口調になった。

 こうして彼女の我儘や屁理屈にしっかりと忠言を言い放つからこそ、葉山は腹心たりえる。

 

 

「確かに捨ててしまうには惜しい性能です。私めが愚考いたしますに、達也殿であればフリズスキャルヴの本体の場所を突き止められるのではないでしょうか? そうすればあるいは、この情報収集能力を独占できる可能性もございます。また紫音殿が提出された情報収集魔法の完成に力を注がれるのもよろしいかと」

「……」

 

 

 少しの間、真夜は考え込んだ。

 葉山がここまで言うとは予想外だったのだろう。

 

 

「紫音さんの計画している疑似フリズスキャルヴに予算を増やしましょう」

 

 

 真夜はフリズスキャルヴの件について、これ以上言及することはなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 顧傑(グ・ジー)は日本での活動に見切りをつけ、大亜連合へと逃げることにした。逃走先は元いたUSNAでもよかったのだが、USNA軍から追われている身となってしまったのでそういうわけにもいかない。また大亜連合に亡命するとしても、手土産があった方が良いのは確実だ。

 そこで陳祥山(チェンシャンシェン)呂剛虎(リュカンフウ)の脱走を手助けした。

 

 

「仕方なくお前の要求を聞いているが、本当に来るのだろうな?」

 

 

 陳祥山(チェンシャンシェン)は眉間に皴を寄せて問いかける。

 本当ならばさっさと海に出てしまいたい。しかしそれを我慢して顧傑(グ・ジー)の要望に従い、この場所に留まっている。

 この場にいるのは他に顧傑(グ・ジー)が連れている黒服の男が三人。

 その三人は傀儡とした死体なのだが、陳祥山(チェンシャンシェン)はそこまでは知らない。

 

 

「あと五分経っても戻って来なければ見捨てることになっている」

「ふん」

 

 

 そして顧傑(グ・ジー)も実は内心で焦っていた。

 フォーマルハウトが同胞に呼ばれていると言った時、それは罠だと忠告した。しかしそれでもフォーマルハウトは行ってしまったのだ。やはり罠にかけられたのではないかと考えたのである。

 だが、彼はここにきて自分も罠の中にあると考えることはできていなかった。

 

 

「呑気なことだな」

 

 

 そんな日本語が聞こえた。

 同時に顧傑(グ・ジー)が連れていた傀儡死体が三体とも糸が切れたように崩れる。その三体は心臓部に穴が開いており、即死だったことが分かる。

 いや、元から死んでいたのでその表現は正しくない。

 心臓を媒体として発動していた死体操作魔法が解除されたのだ。

 いち早く反応したのは呂剛虎(リュカンフウ)である。

 

 

「貴様! 四葉紫音!」

 

 

 思い出す屈辱。

 人食い虎はコンクリートすら砕く掌底を放つ。しかし表層思考を読む紫音は呂剛虎(リュカンフウ)の動きを一足早く察知しており、ベクトル反転障壁を張る。貫くという情報体を纏う呂剛虎(リュカンフウ)と運動量ベクトルを反転させるという障壁がぶつかり、一瞬だけ拮抗した。

 紫音は跳び下がり、その瞬間に亜夜子の極散が発動する。

 障壁をぶち破った呂剛虎(リュカンフウ)は追撃を試みたが、その時には紫音の姿がなかった。

 

 

「ふん。移動するぞ。奴に見つかった以上、ここに留まる選択肢はない」

 

 

 陳祥山(チェンシャンシェン)はそう告げ、顧傑(グ・ジー)も同意するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

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