黒羽転生   作:NANSAN

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入学編5

 CAD無しに凄まじい魔法発動速度を実現して見せた紫音に、達也と深雪を除いた誰もが驚いた。基本的に紫音は魔法演算能力が高い。そのため、殆どの魔法をCAD無しに発動可能だった。

 勿論、複雑な起動式は覚えきれないので、そういったものはCADを介した発動をする。しかし、シンプルな魔法ならば、CAD無しでも問題なく発動できた。単純な術式、特に振動系ならばフラッシュキャストで圧倒的な速さを叩きだせる。

 

 

「想像以上の逸材だな。魔法式を読み取れる司波、CAD無しでも魔法の高速発動が可能な四葉。今年の風紀委員は安泰だな」

 

 

 風紀委員長の摩利は満足気にそんなことを言う。

 そして素直な賞賛を聞いた深雪も非常に嬉しそうな笑みを浮かべていた。そんな深雪を見ては達也も嫌味を言う訳にはいかない。半ば無理やり風紀委員にさせられたとはいえ、ここは我慢の時だ。

 一方、真由美は紫音のフラッシュキャストが気になったのか、迫るようにして問いただす。

 

 

「ねぇ四葉君。どうやってあんな発動速度を実現したの?」

「他人の魔法を探るのはマナー違反ですよ。それにあれは四葉の秘匿する技術です。何を言われようとも教えるはずがないでしょう」

「けちー」

「……七草家に抗議文を出しますよ?」

「冗談よ。ごめんなさい」

 

 

 あまり詮索するのは良くないと判断し、真由美は引き下がる。それに四葉の秘術だと言われれば引くしかないのも事実だ。

 尤も、フラッシュキャストは四葉だけの技術ではない。軍でも一部では採用されている。そのため、知る人ぞ知る技術と言ったところだ。ただし、本当に極秘だが。

 そして紫音は話題を無理やり変えるために、ブランシュについて話すことに決める。ただ、この場で話すほど空気が読めないわけではない。そこで、データだけ渡すことにした。

 

 

「七草先輩。これを差し上げます」

「これは……データチップかしら?」

「はい。中身は秘密です。十文字先輩と一緒にご覧ください。質問があれば、後日にでも呼び出していただければ応じますので」

「重要なものって訳ね。十師族関連じゃないんでしょう?」

「十師族は関係ありませんね。ともかく、見て頂ければわかります」

 

 

 これで目的は達した。

 紫音は一歩下がる。すると同じく話を聞いていた克人が逆に一歩進み出て真由美に近寄った。

 

 

「あとで見ることにして構わないか七草? 俺はこれから部活連のほうでやることがある」

「へ? うん、ごめんね十文字君。時間を取らせちゃって」

「構わない。面白いものが見られたからな」

 

 

 そういって克人は紫音を一瞥した後、演習室を去って行く。

 去って行く後姿を見ながら、今度は摩利が紫音と達也に話しかけた。

 

 

「さて、早速だがこれから風紀委員会本部へと来てもらう。お前たちの先輩に挨拶だ」

「分かりましたよ渡辺先輩」

「了解です」

 

 

 一方、真由美は深雪の方を向きながら皆に話しかける。

 

 

「じゃあ、みんなで生徒会室に行きましょう。生徒会室の裏から風紀委員会本部にも行けるからね! 深雪さんには生徒会の仕事を教えるわ」

 

 

 市原鈴音が演習室の電源を落とし、ぞろぞろと出てくる。そして軽い会話を交わしつつ、生徒会室へと向かったのだった。一校でも有名な面子が歩いていることで多少の注目は浴びたが、特にトラブルもなく生徒会室へと到着する。

 そして入るなり、紫音と達也は摩利に腕を掴まれた。

 

 

「お前たちはこっちに来い」

 

 

 そして有無を言わさず引っ張っていき、風紀委員会本部へと繋がる扉を潜る。するとそこには、とても言葉では形容しがたい光景が広がっていた。

 床に落ちている無数のコード、粗雑な籠に押し込められているCAD、机の上には整理されていない書類が散らばっており、感情の起伏が少ない達也ですら唖然とする。

 

 

「ここが風紀委員会本部だ。男所帯だから、こんなんだ。整理整頓するように言っているんだが……」

「そもそも今は誰もいませんよ。整理できなくて当然です」

「そろそろ帰ってくるはずなんだがなぁ。まぁ校内の巡回が私たちの仕事だ。部屋が空になるのも仕方ないさ」

 

 

 正直、何をすればここまで散らかるのか理解に苦しむ。特に情報を扱う黒羽として、紫音はこの惨状に頭を抱えたくなった。基本的に紫音は整理整頓が得意だ。そして達也もその手のことについては煩いほうである。

 

 

「片付けましょうか渡辺先輩」

「CADが乱暴に放置されているのを見ると耐えがたいものがありますしね。これでも自分は魔工師志望なので」

 

 

 紫音と達也は散らばっているコードをまとめ始め、無造作に置かれているCADを整理し始める。さすがに書類については分からないので、取りあえずは出来る所からだ。

 そして摩利は着々と片づけを始める二人に疑問を投げかけた。

 

 

「司波は魔工師を目指しているのか? あれほどの対人スキルがありながら?」

「自分の力量ではどう足掻いてもC級ライセンスが限界ですから」

 

 

 達也の答えに摩利は唖然としつつも納得する。これでも摩利は魔法と剣術を組み合わせて戦う魔法剣士であり、対人戦闘における達也のスキルには一目を置いていた。だが、ここで壁となるのが国際魔法ライセンスである。

 魔法師であることの証明であると同時に、魔法師としての能力を表している。AからEまでの五段階評価は学校の評価基準と同じであるため、達也の得意分野は反映されない。

 やむにやまれぬ思いがあった。

 そこで、切り替えるためにも摩利は紫音に問いかける。

 

 

「ところで四葉は片付けなんかもできるんだな」

「これでも一人暮らしなので。家事なんかも一通りは出来ますよ。普段はHARに任せていますが」

「意外だな。私のイメージではお坊ちゃんって感じだが」

「それは誤解ですね。本家に戻らない限りは庶民的な生活をしていますよ」

 

 

 日本で最も謎に包まれた一族、四葉。

 その本家がどんなものか気になるところではあるが、摩利は好奇心を抑える。魔法師の中では、やはり四葉というのは恐怖の象徴だ。あまり踏み込みたくはない、というのが正直なところである。

 

 

「しかし今年の風紀委員が豊作なのは事実だ。とくに四葉というのはデカいな」

「まぁ、名前を出すだけで怖がられますからね。入学式の時も中条先輩に逃げられました」

「そうなのか? まぁでも怖いのは事実だ。なにせ当主が魔王などと呼ばれているからな」

「実際に会うと面白い方ですよ?」

「そうなのか?」

「はい、誤解を招く言い方になりますが、可愛らしい部分もありますし」

「ほう」

 

 

 摩利は興味深げだが、達也は一瞬だけ動きが止まった。

 紫音の言葉に動揺したからだろう。司波兄妹は四葉真夜に対し良い印象を抱いていないので、紫音の言葉は意外だったのだ。

 

 

「これでも真夜様には直接魔法を教えていただいたこともありますから」

「四葉の後継者というのは伊達ではないのだな」

「あくまで候補ですけどね」

 

 

 それからは紫音が達也への興味を攫うように適度な会話を続けていく。その間に達也は黙々と部屋の整理を進めていき、一時間もすれば見違えるほど綺麗になっていた。

 それからしばらくして生徒会室から真由美が降りて来たとき、『ここは何処かしら?』と言ったのは余談である。

 ともあれ片づけを始めて二時間後、ついでに壊れていた備品の部品交換まで済ませていた頃に、ようやく見回りの風紀委員が戻ってきた。

 

 

「ハヨーッス!」

「どうもッス姐さん! 本日の巡回は終了しました。逮捕者はおりません!」

「馬鹿者! 姐さんと呼ぶな!」

 

 

 摩利は丸めた書類で入ってきた男子生徒の一人を叩く。

 敬礼しつつ今日の報告をしている様子を見ると、警察か軍人のようである。

 そして二人はすっかり片付いている様子の委員会本部を見て、目を丸くした。

 

 

「ありゃ? 見違えてんな?」

「……もしかしてこの部屋、姐さんが片付けたんですかい?」

「だから姐さんと呼ぶな馬鹿者が! お前の頭は飾りか!」

「アイテッ!?」

 

 

 まるで一昔前のドラマである。

 そんな感想を紫音が抱いていると、二人も紫音と達也に気付いた。

 

 

「おや、新入りですかい。もしかしてこいつらが片づけを?」

「そうだ。こっちに来い二人とも」

 

 

 摩利に呼ばれたので、紫音は綺麗に並べ変えたファイルを棚にしまい、達也は備品のCADを棚に戻してから向かう。そして失礼の無いように気を付けの姿勢で並んだ。

 それを見た摩利が紹介をする。

 

 

「生徒会推薦の司波達也。そして教職員推薦の四葉紫音だ。今日から二人の後輩になるからな。しっかり教えてやれ」

「ほう。噂の四葉ですかい。それにもう一人は紋無し……」

「なんだ? 文句あるのか鋼太郎?」

「辰巳先輩。その表現は禁則事項に抵触する恐れがあります。この場合は二科生と呼んだ方がよろしいかと」

 

 

 摩利ともう一人の男子生徒に咎められて、辰巳鋼太郎は肩をすくめる。だが、もう一人の男子生徒も値踏みするような態度で達也を眺めていた。

 一方の紫音については問題ないと判断したのだろう。既に受け入れ態勢である。

 そんな二人に、摩利はニヤリと笑みを浮かべながら忠告した。

 

 

「二人とも、そんな考えでは足元をすくわれるぞ? 現に先ほども服部がやられた。それに四葉は十文字の奴と対等にやりあったしな。今年は豊作だぞ」

 

 

 摩利の言葉に二人は驚く。服部はあれでも二年生のエースであり、複雑で多種の魔法を使いこなすことで有名だった。その服部が達也に足を掬われたとなれば、驚愕ものである。

 

 

「あの服部が試合で負けたってことで?」

「そうだ。正式な試合でな」

「そりゃ凄い! 入学以来負けなしの服部を倒すなんて」

「煩いぞ沢木。騒ぐな」

「いやいや。それに四葉も十文字会頭と対等に戦ったのでしょう? 今年は逸材ですね委員長」

 

 

 辰巳も沢木も掌を返したように達也を称賛する。紫音は当然として、達也は受け入れられつつある状況に戸惑っていた。それを察した摩利が肩に手を置きながら口を開く。

 

 

「意外だろう?」

「はい?」

「ブルームやウィードなんて下らん肩書で優越感や劣等感に浸る奴が多いのが現状だ。だが、生徒会や部活連や風紀委員にはそういう意識の低い奴を選んでいる。今日の試合もスカッとしたぞ。あの服部を見事に打ち負かしたんだからな。

 それに、四葉も昨日は悦に浸る一科生の奴らを咎めてくれたんだろう? 私としてもそういうやつが入って来てくれたのは嬉しいぞ。教職員推薦枠ではなかなか分かってくれる奴がいないからな。こう言うのもあれだが、森崎という奴でなくてよかったかもしれんと思っているぐらいだ」

 

 

 最後に『ここだけの話だぞ?』と付け加える。

 そして、呆れたような表情をしつつ、鋼太郎と沢木は改めて挨拶をした。

 

 

「三-Cの辰巳鋼太郎だ。二人ともよろしくな。歓迎するぜ」

「二-D、沢木碧だ。自分のことは沢木と呼んでくれ」

 

 

 こうして、二人は正式な風紀委員として活動することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の放課後、紫音は小会議室に呼び出された。呼び出したのは七草真由美と十文字克人である。指定された時間の五分前に向かい、ノックをしてから入室する。

 

 

「失礼します」

「良く来たな四葉。適当な椅子に腰かけてくれ」

「では遠慮なく」

 

 

 紫音は近くの椅子に座り既に待っていた真由美と克人の正面から向かい合うようにする。すると、克人がおもむろにデータチップを取り出し、紫音に手渡した。

 

 

「これは返そう。中身はしっかりと見させてもらった。正直、よくここまで調べたものだ」

「自分が入学する学校ですからね。これぐらいの安全確保は当然です」

「正直、学生の域を超えたレベルで資料が集まっている。これは四葉家が集めた資料と考えて良いのだな?」

 

 

 データチップの中身は反魔法組織ブランシュに関するものだった。更には下部組織エガリテのメンバー構成や、一校に侵食している規模までも入っていた。ブランシュのアジトまで情報があったので、真由美も克人も驚いたものだ。

 しかし、紫音は首を横に振りながら答える。

 

 

「いえ、四葉というよりも個人で集めた情報ですね。ちょっとエガリテのアジトを壊滅させて、リーダーからは拷問で情報を抜き取りました。ついでに資料をかっ攫っただけです。随分とエガリテは手を伸ばしていたみたいですね。生徒の中には二科生の待遇改善運動程度にしか思っていない人もいるでしょうが」

「……お前が情報を手に入れた経緯は置いておくとしてだ。これを俺たちに渡して、何が目的だ?」

「四葉君。これは大スキャンダルと言っても過言ではない情報だわ。魔法科高校内に反魔法組織の手が入り込んでいるなんて、ちょっとどころの騒ぎじゃないもの」

「勿論、目的はありますよ?」

 

 

 鋭い視線を向ける克人に対し、紫音は目を逸らすことなく答えた。

 

 

「取りあえず壊滅させますよ~っていう事前報告です。そこに書いてある通り、ブランシュは一校でテロを起こそうとしているみたいなので。そのぐらいの情報は把握しておきたいでしょう?」

 

 

 紫音は原作からの知識でテロ事件を知っていた。だからこそ、入学前から重点的にブランシュについて調べていたのだ。自身の魔法『調律』を駆使して思考を読み取り、芋づる式に情報を辿ってようやくテロ計画を突き止めたのである。

 いくら四葉の名があっても、このレベルの事件となると証拠がなくては動けない。

 だからこそ、わざわざ証拠を集めて提出したのである。

 

 

「敵はアンティナイトまで用意しているみたいですね。幾ら魔法科高校でも、ここまでの装備をしている相手が暴れれば死人が出るかもしれませんよ?」

「……一理ある」

「十文字君!?」

「少なくとも俺は四葉紫音の行動を黙認するとしよう。それが十師族としての行動ならな」

「ちょっと待って十文字君! 幾ら何でも危ないわ!」

 

 

 真由美が反対するのも当然である。

 紫音は自らブランシュのアジトに乗り込んで壊滅させると言っているのだ。四葉一族と言えど、まだ紫音は学生。真由美の意見としては、紫音に負担をかけられないというものである。

 しかし、紫音も引き下がらない。

 

 

「問題ありませんよ。実際に行動するときは四葉の部隊が出ます。勿論、自分も行きますが」

「相手はアンティナイトを持っているって四葉君も言ったばかりじゃない!」

「大丈夫ですよ。使われる前に無効化します」

 

 

 実際は『調律』を使うことでアンティナイトの魔法阻害を無効化できる。収束系振動系魔法としての『調律』ならサイオン波を操れるからだ。そして系統外精神干渉魔法としての『調律』で心を読めば、ブランシュからも情報を抜き取れる。

 アンティナイトを始めとした軍事級武装を提供した裏ルートも特定できると思われる。

 そしてそのルートを辿れば、他の反魔法組織を壊滅させるのにも役立つだろう。

 紫音はそう考えていた。

 

 

「まぁ、テロ決行までの期限はもう少し先です。よく考えて答えを出してください七草会長。今日は風紀委員がありますので、ここで失礼します」

 

 

 それだけ言って、紫音は会議室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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