十文字家による抗議状は四葉家にも届けられることになった。
それは当主である真夜へと向けられたものだったので、真夜から紫音へと送られる。
『困ったわね。本当は秘密の謀だったのだけど』
「マスコミの動きが不自然なほどでしたから、いずれは他家にも気付かれると考えていました」
『なら、紫音さんにも策はあるのね?』
「策、というほどではありませんが」
衰えることを知らない美貌を誇る夜の女王は試すような態度だ。紫音がどのようなことを考えているのか実に楽しみである、といった言葉がセリフの中に隠れている。
紫音も慎重に言葉を選びたいところだが、ひとまずは結論から述べることにした。
「いっそのこと、十師族全体の企みとしましょう。臨時の師族会議を要請し、今回の件について同意を得るのが良いと思います。来年には十師族選定会議がありますから、マイナスイメージを抱えたまま臨むのは宜しくないかと」
『大胆なことを思いつくのね。でも賛同が得られるかしら?』
「まず七草家からは賛同が得られるでしょう。また九島閣下には例の件で貸しがありますから、心配いりません。あとは同じ戦略級魔法師を抱える五輪家も問題ないでしょう。五輪家にとって他人事ではないですから」
『そうね。でもそれでは四葉家を含めて四家しかないわ。多数決の原理に基づくなら、反対意見に止められてしまうわよ?』
尤もだ、ということを頷くことで示す。
この程度のことは小学生でも分かる。敢えて敵対的な意見を焚きつけるなどという大胆かつ危険な行いをそう簡単に了承するとは思えない。だからこそ、相応のメリットを提示して味方を増やす必要がある。
だが紫音はその逆を提示することにした。
「大亜連合に開戦の兆しがあります」
『初耳ね。昨年の……そう、ハロウィンを機に停戦となったのではなかったかしら?』
「原因は取り逃がした……いえ、泳がせている
『それは大変なことね』
真夜はくすくすと可愛らしい笑い声を上げる。
『世論を混乱させ、戦力低下を招く世論は荒療治をしても消さなければならないわ』
紫音が提示したのは危険性を煽るというものだ。
確かに反魔法主義に対して罠を張り、しかも第一高校を利用して反撃するというのはリスクが大きい。また十師族でありながら反魔法主義の意見を支援している七草家にも非難の目が向けられ、それを見逃すばかりか利用しようとしている四葉家も責任を負わされるだろう。
しかし現状では放置や時間をかけての消火をしている暇がない。大亜連合は毎日のように工作員を送り込んでいるし、開戦までのカウントダウンも着実に刻まれている。
『いいでしょう。私の方から臨時師族会議を提案します。そうですね。七草殿と十文字殿との連名で要請すれば間違いなく通るでしょう。紫音さんにも参考人として出席していただきますよ』
「承知しました」
『明日か明後日には連絡が付くと思うから、準備しておいて』
「お任せください」
『ではおやすみなさい』
「はい。おやすみなさい」
画面がブラックアウトして通話が途切れる。
紫音は肩の力を抜き、振り返った。
「水波、近い内に師族会議に出席する。おそらくは電話会議だろうから……俺は魔法協会からの参加になるかな。水波にもついて来てもらうから、その日は学校を休め」
「承知しました」
「今日はもう休んでいい。俺も寝る」
「おやすみなさいませ」
軽く欠伸しつつ、紫音は部屋へと戻った。
◆◆◆
四月十九日、午後三時。
四葉家、七草家、十文字家の連名による要請で実現した師族会議が行われようとしていた。各当主は自宅からテレビ電話での出席となり、紫音だけが魔法協会に出頭して参加している。本来ならば師族会議は四年に一度開かれるもので、その時に新しい十師族へと更新する。しかし必要とあれば臨時で師族会議を開催することもあった。
また今回は四葉家が開催に関わっているということもあり、画面に現れた当主たちからは興味深げな雰囲気が見て取れる。
『さて、各家の当主と参考人が揃ったことだ。臨時師族会議を始めるとしよう』
開始の宣言をしたのは
そして一番に発言したのは
『私の息子、克人からあらましを聞いている。どうやら七草殿が十師族としてあるまじき行為に走り、四葉家がそれを助長しているとか。我々はそれを問いただすためにここに集まった。どうか、二家の当主方には納得のいく説明をして頂きたい』
彼の発言は七草家と四葉家を責める意味もあったが、何よりも理由を問わず糾弾するという状況を避けるためであった。納得のいく説明があるのならば理解を示すべきだということを告げたのである。
それに対し答えたのは当然ながら弘一であった。
『事前にお送りした資料の通りですので、細かい部分は省きましょう。そしてどうしてこのような無茶を通す形を取っているのかについて説明します。まず、関東方面で反魔法主義……いえ人間主義といった方が正確ですか。魔法師そのものを否定する活動が活発化していました。そして我々七草家はその背後に大亜連合の影があることも確認しています』
『ふむ。関係があるかどうかは不明ですが、博多も似たような状況ですね』
相槌を打つ形で
八代家は九州地方を監視する一族であるため、特に港町である博多あたりは精査していた。位置的にも大亜連合によるものと考えて間違いないだろう。
『博多でも。それは初耳でした。話を戻しますが、この膨れ上がる反魔法主義を一度……いや一時的にでも収束させる必要がある。そしてこの非論理的な感情論を抑え込む方法は主に二つです。一つは言論弾圧によって黙らせる。もう一つは燃え尽きさせる』
前者は論外なので、つまり弘一は後者のことを言いたいのだ。
これは各当主共に理解していた。
だがここで
『七草殿の取った手段は燃料を投下するような行為ではないのか? マスコミを煽り、反魔法主義を増長させる結果しか見えない』
『ええ、一条殿の危惧は尤もです。私とてそれを考えなかったわけではありません。対策はしていました……が、ここで四葉殿に手を差し伸べられまして協力関係を築きました』
『ここからは引き継ぎましょう。紫音』
真夜に呼びかけられた紫音は一礼する。
日本を代表する一族たちの当主から一斉に注目を浴び、少しばかり緊張の汗が滲んだ。しかしハッキリとした声で話し始める。
「国家公認戦略級魔法師、四葉紫音と名乗っておきます」
ただの四葉紫音ではなく、戦略級魔法師としての名乗り。
それを不自然に思ったのか、真夜と弘一を除く全員が首を傾げた。
「私は数か月前に起こった吸血鬼事件に携わり、異形をこの国に持ち込んだ者の特定に成功しました。しかしあと一歩のところで取り逃がし、大亜連合への亡命を許しています。またその男はこの国に対して異常な執着を見せており、このままで終わる様子が見られません。四葉家としてその首謀者に対して探りを入れた結果、大亜連合に開戦の兆しありと判断しました」
『どういうことだね?』
「お答えします九島殿。敵の名は
真言は一瞬だけ眉を顰めるも、すぐに頷く。
若造に注意されたのが気に入らないのだろう。また言われたことに心当たりがあるのかもしれない。
一方で和服をまとう熟女、
『それほどまでの情報を一体どのように?』
「かつて四葉家が横浜中華街に潜んでいた奴の部下を捕縛し、尋問しました。その人物は日本における大きな役目を持った人物だったらしく、
一応、伊豆を含む関東方面は七草家と十文字家の管轄だ。他の当主たちから『何をやっていたんだ』と言わんばかりの視線が向けられる。
担当区域でないにもかかわらず、ほぼ四葉が成し遂げているのだ。
当主たちの中では最も若い
『なるほど。流石は四葉殿ですね』
彼女は真夜に心酔している節があり、何かあると真夜に同調しやすい。確実ではないため考慮の外にしていたが、彼女も計画に賛同してくれる可能性の高い人物であった。
また
『これは四葉家の監視範囲を広げてもらうことも考える必要があるな』
「六塚殿も三矢殿もお褒めに頂き光栄です。しかし問題はこの
紫音は会議の流れを掴めていることを確信する。
今、当主の誰もが紫音の言葉に聞き入り、明かされる情報を整理していた。故にここで畳みかける。
「奴は間接的な手段によってこの国の魔法技術の弱体化を狙ってくるでしょう。反魔法主義の運動もその一つです。なればこそ、直接的な手段が途絶えた今の内にそれらを消し、大亜連合との開戦に備えるべきだと考えます」
『ちょっと待って欲しい。四葉君、君は開戦と言ったが性急過ぎる判断ではないのかね?』
「五輪殿の懸念は分かりますが、事実です。現に以前の横浜事変も奴の配下が手を回しています。その配下というのが我々四葉の捕らえた者です。前科があるのですから、次もあると考えるべきでしょう」
『それは……』
もしも戦争になれば、彼の娘である五輪澪は公認戦略級魔法師として出陣を命じられるだろう。元から彼女は身体が弱く、普段の生活も車椅子を必要とするほどだ。軍艦に搭乗して何か月も海へと出ることも考えられるため、それが心配だった。
「もしも」
紫音は力強く言葉を吐きだす。
「もしも開戦となれば、戦略級魔法師として前線に出ることも厭わないつもりです。そのためにも、今の内に余計な世論を潰す必要があります」
ハッとさせられたのは勇海だけではなかった。
仮に戦争状態となった場合、多くの魔法師が戦争に駆り出されることだろう。その中には義勇軍として軍に所属していない
そんな時、特に魔法師が軍人として活躍することに違和感を覚えられては困るのだ。
学生が従軍させられている、魔法師は軍事利用されている、魔法師の権利を守れ、などの世論が巻き起こらないように、先にそれを潰しておくのが目的というわけである。
だからこそ、紫音も七草家のマスコミ操作に便乗したのだ。
優先的に潰すのは魔法師の人権を謳いつつも、その権利と必要性を奪い取ろうとする愚者の意見。当主たちもそれを理解した。
『四葉殿、一つ宜しいか?』
『なんでしょうか一条殿』
『つまり反魔法主義を煽っていたのは、確実に潰して今後に備えるためということだろうか?』
『その認識で間違いありませんわ』
『ならば七草殿、そちらも同じか?』
『勿論です』
『そうか……ならば一条家は今回の件を黙認する』
意外なところから崩れた。
まず一条家が最も困難だろうと予想していたが、紫音の考えを裏切られた形である。それも良い方向に。またこれを皮切りに次々と賛同の声が挙がり始めた。
『六塚家は同意します』
『五輪家も同じく。支援はできませんが、認めましょう』
『……九島家当主として容認しよう』
『そこまで仰るなら、八代家として認めます』
残ったのは二木家と三矢家、そして十文字家だ。
この三家は最後まで悩んでおり、やがて舞が答えを出す。
『二木家は中立といたします。とはいえ、多数決を考えるなら決まったも同然ですね』
『では工作活動については四葉家と七草家に任せ、師族会議としては静観。これでよろしいか?』
最後に真言が締めくくる。
これによって、紫音は大義名分を得た状態で工作できるようになった。
(あとは仕上げの情報操作も準備しておかないと、か)
参考人としてだが、師族会議は疲れたらしい。
しかし気の抜けない話し合いは、紫音の思う通りに帰着した。
◆◆◆
深夜、地下室で作業していた達也の元に一件のメールが届けられた。またそのメールは高度に暗号化されており、その暗号強度を見て眉を顰める。
しかしウイルスに注意しながら中身を展開する。
「なんだ紫音か」
送り主を確認して安心する。
だがその内容はとても安心できるものではなかった。
(これは……なるほど。俺に協力を求めているわけか)
達也はその類稀なる頭脳によって全てを理解する。
少し思案した後、開いていた画面を閉じて新しいファイルを作成し、何かを打ち込み始めた。
◆◆◆
四月二十日の始業前、第一高校の生徒会室に紫音、達也、あずさ、花音、五十里が集められていた。そして紫音から神田議員が視察を企んでいることを告げられたのだ。
この視察はあくまでも抜き打ちであるため、公表はされていない。なので一般生徒でこの事実を知る者はいないし、教職員も認知していない。
あずさは思わず椅子を倒す勢いで立ち上がり、慌てふためいた。
「……そんなに慌てること?」
一方で花音はまたまた大げさなという思いが溢れ出ている。
そんな彼女を婚約者である五十里が窘めた。
「いや、これは大問題だよ。神田議員は表面的にこそ魔法師の権利を擁護している。でも、軍を悪にして僕たちから軍に所属する権利を奪っているようなものだよ。ただ議員が学校を視察して軍を批判するというだけで考えない方がいい。僕たちにとって大きな壁になることは間違いない」
「どうなるの?」
「神田議員のような人が権力を握れば、僕たちが魔法大学に進学することすら抑制されるかもしれないよ。魔法大学は軍とかかわりが大きいからって。そして世間がそう思えば、僕たちは表面上こそ進学の自由が許されても、実質的には魔法大学へ進めなくなるかもしれない」
「そんなの思想弾圧じゃない!」
「だから問題なのさ」
そういうことだという意図で紫音も頷く。
また達也へと目を向けた。すると達也が昨晩の間に作製した計画概要を見せる。電子ペーパーに表示されたものを見て、五十里が感心の声を上げた。
「これは……大胆だね」
「そんなことはありません。偶然、俺たちが自主的に行うちょっとしたデモンストレーションです」
「偶然、ねぇ」
花音は苦笑する。
技術者肌のあずさや五十里は読み込みつつ、幾つかの疑問を呈した。
「これは加重系魔法の三大難問……去年も市原先輩と取り組んだ重力制御魔法式熱核融合炉だね。しかも市原先輩のものとは異なる、常駐型だ。できるのかい?」
「そうですよ。誰もできないから三大難問なんですよ?」
「実物を作るわけじゃありません。ごく短時間でも起動すれば充分な実験ですから」
実験は常駐型重力魔法制御式継続熱核融合炉、あるいは恒星炉と呼ばれるものだ。昨年の論文コンペで発表した断続的な核融合とは異なり、太陽のように常時核融合を継続することでエネルギーを取り出す。
当然、取り出すエネルギーは桁違いとなるだろう。
「確かに……自然エネルギー発電に頼っている現状を変える可能性があります。供給電力を気にすることなく工場も電気を使えるようになるでしょうし。平和のための魔法利用という意味でこれほどのデモンストレーションはないと思います」
あずさは独り言のように呟く。
そして顔を上げ、達也の方を見た。
「司波君はこれに取り組んでいるんですよね? もしかして司波君の考えているプランですか?」
「本来の完成形からすれば玩具のようなものですが。しかし本校の生徒が協力すれば、短時間でも動かせると考えています。軍事と魔法を結び付けたがっている神田議員にはこれほど効くデモンストレーションはないでしょう」
「……どうですか五十里君」
「僕はいいと思います。寧ろ是非とも協力したい」
「分かりました。正直、私も協力したいと思っていましたし」
生徒会長の許可が下りたことで、より現実味が増す。
最後に紫音が締めくくった。
「当日の神田議員は四葉家の者として俺が対応します。なので俺は実験に協力できませんが、逆に俺以外ならば生徒だろうと教師だろうと存分に使って、是非とも成功させてください。あとは何とでもします」
恐怖の象徴もこの時ばかりは頼もしい。
あずさは力強く頷いた。