恒星炉実験計画は教師たちの間でその日の内に精査された。
結果は当然のように許可。
寧ろ意欲的な実験であるとして、昨年の論文コンペでも担当となった
わざわざ生徒会室にまで訪れた廿楽は概要を直接聞き、改めて感心を示した。
「面白いアプローチだと思います。しかし役割分担はどのようにするつもりですか?」
役割分担というのは、実験に伴い誰がどの魔法を使うかだ。使用される魔法は重力制御、クーロン力制御、第四態相転移、ガンマ線フィルター、中性子バリアである。そのどれもが高度な魔法であり、誰でも良いというわけではない。実験の危険性を鑑みても、魔法力の高さが求められる。
その質問が来ることは分かっていたらしく、達也は即答した。
「ガンマ線フィルターは光井さんにお願いします」
「わ、私ですか!?」
教師への回答ということで、流石に苗字呼びだ。しかしほのかはそんなことどうでもよいとばかりに素っ頓狂な悲鳴を上げた。
しかし電磁波への干渉に対して適性を有する彼女ほどぴったりな人物はいないだろう。
全員が納得していた。
「クーロン力制御は五十里先輩にお願いします」
「分かったよ」
「重力制御は妹に任せるつもりです。そして中性子バリアはこちらの桜井さんに任せます」
達也は深雪のすぐ側に控えている水波を指し示す。
「彼女は一年生ですが、対物理障壁魔法に対して天性の才を有しています。何より四葉家の縁者で、今年の新入生トップです」
「それなら問題ないでしょう。では第四態相転移は誰に?」
「まだ決めていませんが、候補者はいます。七草香澄、七草泉美の二人です」
「二人ですか? ふむ、いいでしょう」
魔法は二人で使うと効果が倍になるような性質はない。全く同じ魔法式を同時に使ったところで、干渉力が相克を起こして不発に終わる。しかしながら全く同じ魔法演算領域を有していた場合、表面上は二人で発動していながらも魔法的世界では一つの干渉力で一つの魔法式が発動していると見なされる。
これを
紫音もリベリオン発動時にはこれを使えるため、達也はその凄さをよく知っていた。また七草の双子がこの技能によって有名であるため、廿楽も認知していたのである。
「その二人はすぐに呼べますか?」
「風紀委員ですので。呼ぶということであれば連れてきます」
「そうですね。まだ候補者ということですし、計画を進める上で正式な実験参加者となっていただきましょうか」
「では私が行ってまいります」
生徒会の中では一番年下である水波が立候補する。
達也も頷いたので、彼女はそそくさと行ってしまった。とはいえ、生徒会室と風紀委員会の部屋は直接繋がっている。すぐに戻ってくるだろう。
「では、桜井さんが七草さんたちを連れてきたら、司波君には改めて実験の説明をして頂きましょうか」
廿楽の言葉に達也は深く頷いた。
◆◆◆
神田議員の視察だが、紫音からの情報提供によって四月二十五日であることが発覚している。一方でその情報を知って恒星炉実験の計画が立ち上がったのは四月の二十日。また学校からの許可が下りたのはその放課後である。
実質的な準備は二十一日から二十四日までという本当に僅かな期間しかない。
完成は絶望的かに思えたが、達也は何一つ慌てていなかった。
そもそも恒星炉実験と銘打っているが、それそのものを作るわけではない。実際には恒星炉と同じ働きを僅かな時間でも機能させることができる魔法装置を作るだけなのだ。実際に電力へと変換する機構も必要ない。
「うわ。間に合っちゃうんだ……」
「流石は天才と名高い司波先輩です」
ほぼ強制的に参加となった香澄と泉美も感心半分、呆れ半分といった様子である。
彼女たちも初めは渋っていたが、紫音からの指令で参加する運びとなった。なお、彼女たちには神田議員の視察に合わせたものであるということは伝えてあるが、その裏に隠れた計画までは教えていない。ただ第四態相転移の魔法を使うために参加している。
そして彼女たちの前には完成した実験装置が並んでいた。
既にリハーサルとして一度起動しており、実験結果だけを考えるならば充分なデータ採取ができたといえるだろう。
しかし本番は四月二十五日。
明日である。
「これで明日を迎えるだけです。皆さん協力ありがとうございます。明日のデモンストレーションも今日の調子でいきましょう」
達也はそう締めくくった。
◆◆◆
琢磨は騒動となる日を前日に向かえた夜も、新秩序を目指す同盟者と密談をしていた。小和村真紀と別れて帰宅した時には二十三時を過ぎており、自宅の使用人も既に休んでいる。そのため、勝手口からひっそりと家に入った。
「琢磨さん、先生が書斎でお待ちです」
しかし予想外にも父の助手に声をかけられる。
現当主である
だが七宝家当主としての拓巳に対しても助手として働いていた。
仕方なく書斎に訪れた琢磨はぶっきらぼうに口を開く。
「こんな時間に何だよ」
「今日の内に話すことがあった。これだけ遅くなるなら先に言っておけ。そうすれば学校から帰ってきたときに話したものを」
「……それは」
「まぁいい。学校は楽しんでいるのか?」
琢磨はそれが本題でないことを察し、申し訳なさの中に不機嫌さが戻ってくる。
「親父、俺にとって高校は楽しむ場所じゃない」
「そういうな。今しか楽しめないんだぞ?」
「呑気なことを言っている場合か!? 次の師族選定会議まであと一年を切っているんだぞ!? このままじゃまた七草家の奴らに十師族の座をかっさらわれる!」
「琢磨、十師族は二十八家から選ばれるものだ。七草家だけに拘ってどうする」
二十八家はその名に一から十までの数字が与えられた特別な家系だ。一条、
現在は偶然にも一から十まで綺麗に揃っているが、そうである必要はない。
魔法師としての力、社会的な影響力から日本を守護するに相応しい十の家系を選び取る。勿論、七草家と七宝家が同時に十師族として君臨することもあり得ることだ。
しかし琢磨は頑なに七草家を目の敵にしていた。
「あいつらは!
「琢磨、
「だがそれは第七研の群体制御を……それも七宝、七夕、七瀬が完成寸前まで漕ぎつけていた技術を成果だけ奪いとった結果じゃないか。俺たちだけじゃない。三矢も三日月も虚仮にされてるんだ! 親父は何故そんな平然としていられる!」
「彼らは実験体であることに甘んじず、自らの判断で力を高めた。それは称賛されることだ」
数字を与えられた魔法師たちは、血の滲むような努力が求められた。
彼らは開発された血族である一方で、ただ実験体としてされるがままであれば良かったわけではない。魔法師としての成果が得られなければ問答無用で数字を剥奪され、
その中で七草は『三』と『七』の研究を融合させ、独自に発展させた。
拓巳はそれを称賛しているのだ。
しかし琢磨はそこまで思い至らず、感情のままに言葉を吐く。
「……裏切り、出し抜くことが称賛されることだって言うのか?」
「お前も十師族を出し抜こうとしているではないか」
「それは」
一体どこまで父が知っているのか。琢磨は戦慄を覚える。
ブーメランの如く自らの元へと戻ってきた言葉の刃に、黙り込むしかなかった。しかし拓巳は何も言及しない。
「まぁいい。何を言ったところで納得はせんだろう。それより、明日は学校を休め」
「それが本題か? 何故だ?」
「野党の神田議員が第一高校を訪問する。相手は国会議員だ。熱くなりすぎるお前は行かない方がいい」
ムッとしつつも、琢磨は問いただす。
「神田ってあの神田か? 魔法師の人権がどうとか言っている」
「そうだ。しかもマスコミを連れてな。大方、魔法師となることを強要される少年を守るというパフォーマンスがしたいのだろう。それに第一高校には公認戦略級魔法師もいる」
「……四葉か」
「四葉紫音も標的の一つだが、お前もその一人になりかねない」
その子ども扱いに対し、琢磨は強く反発した。
「ふざけるな! そんな逃げるような!」
「ならば問題を起こさないと誓えるのだな? たとえ向こうから喧嘩を売ってきたとしても、何があろうと愚かな真似はしないと」
「っ! 当たり前だ!」
「いいだろう。そこまで言ったのだ。七宝家次期当主として責任を持て」
琢磨は苛立ちを吐き出すように舌打ちし、そのまま書斎から出て行こうとする。
しかしそれを拓巳が止めた。
「待て、この件は七草家と四葉家が収める。くれぐれもお前は手を出すな」
「七草が!?」
あくまでも七草家と四葉家が、なのだが彼には前者しか聞こえていなかった。拓巳もそこが気になったものの、無視して話を続ける。
「これは十師族が決めたことだ。従いなさい」
「くそっ!」
「言葉に責任を持て。いいな? 七宝家は何もしない」
前言を撤回する訳にもいかず、また苛立ちを表現するだけの言葉も浮かばなかった。
◆◆◆
四月二十五日、魔法大学付属第一高校に招かれざる客が訪れた。高級車三台で物々しく訪れたのは野党議員の神田と取り巻きのジャーナリスト、またボディーガードであった。
授業中の生徒はともかく、職員たちは大いに慌てた。
何故ならば本来ならば対応するべきである校長が不在だったからである。よってひとまずは教頭が対応することになった。
「神田先生、申し上げました通り、校長の
「ほう。つまりこの神田に子供の使いよろしく出直せと?」
「そんな滅相もない」
「では教頭先生でも結構です。授業の見学をさせていただきたい」
突然の客に対し、教頭の八百坂は全身から汗を流す勢いだった。
彼からすればアポイントメントもない相手を見学させる訳にも行かず、また問答無用で追い返せる相手でもない。彼の勝機はこのまま時間を稼ぎ、授業終了時間が過ぎるのを待つことだった。
「私の一存では承服しかねますので、やはり校長に直接仰っていただかなくては」
そして逆に神田からすれば何としてでも押し通らなければならない。流石に力づくでやるのは外聞が悪いので不可能だが、このまま圧力をかけて首を縦に振らせれば勝ちである。
神田はこの日に校長が出張していることを知って訪れたのだ。
校長である百山は現在の魔法教育に関するカリキュラムを完成させた人物の一人として有名であり、幅広い人脈を有する。勿論、神田の所属する党の上層部とも面識があるだろう。だからこそ、党にも内緒かつ百山が留守の間を狙ったのだ。
流石に正面から言い合うには分が悪い。
神田からすれば今日は絶対に逃せぬ日なのだ。
しかしその時、応接に利用していた校長室の扉がノックされる。扉を開けて入ってきたのは予想外の人物であった。
「よ、四葉君!? 何故ここに……」
八百坂は純粋な疑問と同時に、どこか安堵を覚えていた。彼も数字付きであることから分かる通り、魔法師の名家が出自だ。四葉の威光と恐ろしさはよく理解している。
一方で神田も思わず顔を引きつらせそうになった。
彼からすれば
「八百坂教頭、自分は校長からの連絡でここに来ました」
「は、はぁ?」
「来てしまったものは仕方ありませんから、対応をお願いされましてね」
嘘である。
臨時師族会議によって罠を張ることが決まってから、その命令は関係するナンバーズへと下されることになった。七宝家しかり、百山家しかりである。
従って百山からのお願いというのは便宜上であり、ここに紫音が来ることは初めから決まっていた。
紫音は改めて神田と向き合う。
「挨拶が遅れました。四葉紫音と申します」
「あ、ああ。君があの。民権党の神田といいます。どうぞよろしく」
「しかし急な訪問でこちらとしても困っています。実はこれから学生主体の実験が行われることになっておりまして、もう実習授業はありません。私がある程度は対応しますので、その後は帰って頂くということでどうでしょうか?」
「実習が、ない?」
神田は困惑したが、一方で彼の引き連れた記者が興味を示す。
「あの、実験とはどのようなものでしょうか?」
「当校の優秀な一部学生が自主的に企画したものです。ただ企画書を見た教職員が是非とも他の生徒にも見学させて欲しいということになり、実習は全て中止となりました」
ちなみにこの記者、黒羽家の仕込みである。
神田が実験に興味を示すよう誘導させる役目を与えている。その目論見通り、神田はその実験へと目を向けることにした。
「四葉殿、それでは実験だけでも見学させて頂けませんか?」
「しかし神田先生は普段の魔法科高校の授業を見学したいということではないのですか」
「いえいえ。高校生が実験を企画したというのも気になりますし、可能ならば是非お願いしたい。このまま帰っても味気ないですから」
百山のいない第一高校に不意打ちで訪問できるのは今日だけだ。二度と同じ手段は使えないだろうし、そんなことをすれば常識知らずの議員だと周りに見られてしまう。初めの一回で、かつ魔法師と軍の繋がりを疑問視している政治家だからこそ可能なのだ。
ここで引き下がることはできない。
魔法科高校が子供を軍の道に進ませるよう洗脳しているのではないと危惧している、という体裁を気にするならば確かに本来の魔法実習授業を見学するべきだ。しかしそんな建前など今はどうでも良かった。
「そうですか……少し失礼します」
紫音は悩むような素振りを見せ、懐からタブレット端末を取り出す。そして何かの操作をした後、それを仕舞って神田へと向き直った。
「どうも失礼しました。では条件付きですが見学を許可しましょう」
「条件、ですか?」
「一つは近づかないことです。繊細な実験機器を使用する他、魔法発動者が安全に魔法を行使するためにも近づくことは禁止します。それを破るようでしたら危害を加えると見なし、魔法によって排除することも厭わないと考えてください。防衛目的の魔法行使は合法ですから」
その強気な発言を聞いて記者たちが騒ぎ始める。
また神田のボディーガードたちも軽い殺気を紫音へと向けた。
しかし紫音はどこ吹く風である。
「勘違いしていらっしゃるようですが、これはあなた方の安全のためです。本日使用する実験装置には重水素も使用されます。被曝されたいのならば止めませんよ。ああ、いえ。こちらとしても我が校の生徒をそのような危険に晒すわけにはいきませんからやはり止めます」
「……わかりました。確かに四葉殿の仰る通りです。徹底しましょう」
「勿論、それでは納得されないでしょうから、実験担当の教員の元へ案内いたします。そこからならば全体を見渡せるようになっていますので、実験内容もよく分かるでしょう。詳細な説明を教員に依頼しておきましたし、何なら自分も実験を把握しておりますので解説しましょう」
「ご配慮感謝します」
重水素と聞いて目敏く反応した記者たちもいたが、今は黙る。
まだ紫音の説明は終わっていないからだ。
「二つ目の条件ですが、当校の生徒に対して取材などの行為を禁止します。質問は全て自分が受け付けますので。それを守れない方は強制的に帰って頂きます」
「横暴だ!」
「報道の自由を侵害していますよ!」
「アポイントメントもなくやってきて正当な取材ができるとは思わないことです。こうして取材できるようそちらの無茶に最大限応えている。それを横暴で報道の自由の侵害と? 文句があるのならば今すぐ出て行って頂きます」
それを言われると痛いのか、記者たちは一瞬で静かになった。秘密に守られた魔法科高校を取材できるまたとない機会なのだ。屈辱で顔を歪めつつも紫音の言うことに従う。
尤も、四葉の名にある程度遠慮していることも理由の一つだが。
更に紫音は神田へと畳みかけた。
「
「う、うむ」
それは皮肉だろうか。
神田は思わず頬を引き攣らせ、それを隠すことすらできなかった。
なんか魔法科世界のマスコミって異常なほど傲慢で図々しいんですよね。原作読んでると報道の自由以前にマナーを守ろうかという気持ちになります。