紫音の案内で放射線実験室へと案内された神田は、取り巻きを伴って入室する。しかしそれと同時に実験準備中の生徒たちから冷たい視線を向けられる。
一瞬だけ神田もたじろいだが、気のせいだと断じた。
既に生徒たちはそれぞれの作業に戻っている。
「先生方、連絡した通りに議員の方々をお連れしました」
「そうですか、ではこちらに」
廿楽は一瞬だけ神田に目配せした後、ある場所を指さす。
またその後すぐに準備の指示をし始めた。どうすれば良いのか分からない神田たちは、取りあえず指定された場所へと移動して困惑した表情を浮かべる。
一体何が起こっているのか分からないといった様子だ。
「解説いたしましょうか? 先生方も忙しそうですから」
「あ、ええ。お願いします」
だからこそ紫音の提案は渡りに船だったのだろう。
神田は勿論、記者たちも食いついた。
「本実験は常駐型重力魔法式熱核融合炉の技術的可能性を探るものとなります」
「は? 核融合? 研究が止まっていたのでは?」
「止まっているわけではありませんよ。優先度が低くなっただけです。気象条件に左右されることなく膨大なエネルギーを得る手法として、核融合炉は有用な手段となるでしょうね。また燃料は水素です。海洋国家である我が国にとってこれほど相応しい装置はありません」
説得力のある話だが、記者たちからすれば面白くない。
反魔法主義を掲げる者たちからすれば都合の悪い説明でしかないのだ。意地悪な質問と分かっていながら、記者の一人が声を上げる。
「しかし核融合ということは、兵器転用も可能ということですよね? 『灼熱と暗黒のハロウィン』で使用された灼熱魔法のように」
それを聞いていたのか、廿楽は視線だけを向けて眉を顰める。
しかし紫音が目で制して回答した。
「ほう? つまり、四葉の秘密兵器たる俺の魔法と同レベルの魔法が……たかだが学生如きに再現できてしまうと?」
「それ、は……」
「あまり魔法を舐めないで頂きたいですね。工科専門高校の生徒が核兵器を作成できないように、魔法科高校の生徒がそのような兵器を開発できるわけがない。戦略級規模とされる魔法兵器は世界最高峰の研究所が技術の粋を尽くして完成させるものです」
その辺りの事情は魔法師でなければ分からない感覚だろう。
魔法を使ったことのない一般人からすれば、どうしても魔法はゲームのような感覚になってしまう。CADにプログラムされた起動式があれば、誰でもどんな魔法でも使えると勘違いしている者すらいる。
残念ながら世の中はそんなに甘くない。
紫音は論理的に、追い詰めるようにして記者へと畳みかける。
「そもそも旧世代の核分裂発電と核兵器の違いも明白でしょう? 制御された核分裂反応を容器内で維持しつつ熱エネルギーを取り出し、タービンを回して発電するのが発電所。一方で核兵器は反応させることだけを考えればいい。核融合も同じことです。魔法式エネルギー機関だとしても、ただ反応させるだけに比べれば膨大な制御式と安全確保が必要になります。それを継続的にかつ安全に実行するための実験ですよ? 冗談でも兵器開発などいうのは無礼だ。そして知らなかったのならば記者として知識不足過ぎる。勉強し直してください」
その煽るような言い方に多くの記者たちが苛立ちを露わにする。
彼らからすればその程度の知識は有しているし、記事を面白くするために質問を投げかけたに過ぎない。紫音の過剰反応とも言える返答は彼らのプライドを刺激した。
世論の代弁者としての自分たちにまるで敬意を払っていないと。
だが、紫音はこれで良いと考えていた。
「さ、見ていてください。始まりますよ」
生徒の一人が壁のスイッチを操作すると、シャッターが開く。
そして実験のために用意された機器を全員で校庭へと運び出し始めた。
「行きましょうか。今日の公開実験は校庭で行われます」
紫音に促され、神田たちも移動し始めた。
どうにかして粗探しをと考えている記者集団を引き連れて。
◆◆◆
恒星炉実験の装置は球形水槽を本体としている。その赤道部分には金属環が嵌めこまれ、そこに特化型CADが取り付けられているのだ。
水槽中心部のごく僅かなエリアを照準しており、そこに重力を発生させる。
「実験を開始します」
拡声器を通して達也の声が響く。
校舎の窓から実験を眺めていた生徒たちも余計なお喋りを止めて、ジッと実験装置を見つめ始めた。神田と記者たちも何が起こるのか、今は黙って見つめる。
「重力制御」
まずは深雪の魔法だ。
内部に半分ほど満たされていた重水・軽水混合物が容器の内面全体に張り付き、丁度中心部が空洞となるようにする。
「第四態相転移」
続いて七草の双子が同時に魔法を発動した。
干渉力、魔法式展開という行程をそれぞれが担当することで、一人では不可能な強度の魔法を実現する。液体をプラズマ化させるための魔法であり、混合水で覆われた空洞部分に重水素、水素、酸素プラズマが発生する。
「中性子バリア、ガンマ線フィルター」
続いて水波とほのかが魔法を行使した。
これは安全装置としての魔法であり、放射される有害物を遮断する。共に核兵器対策として最も古くから存在している魔法であり、最も完成された魔法でもある。しかし使いこなせる二人の技量は流石であった。
これによって準備が整う。
「重力制御」
達也の合図によって、深雪が二度目となる重力魔法を発動する。しかし今度は混合水を容器へと張り付かせたものとは逆だ。容器中央部へと一点に向けて重力を与え、水素プラズマを反応させる。
そしてここで最後の仕上げだ。
「クーロン力制御」
五十里の魔法が発動し、電気的斥力の見た目における低下を実現した。
通常、同じ電荷を帯びた物質は近づくほどに強く反発する。距離の二乗に反比例して力が強まるため、重力によって核融合を引き起こす際にはこのクーロン力を超えなければならない。また、このクーロン力を超えるための重力魔法にエネルギーを行使してもなお、回収できるエネルギーが上回っていなければ核融合炉の意味がない。
エネルギー回収効率を高めるためにも、クーロン力制御は必須なのだ。
やがて内部に淡い光が灯り、水が沸騰し始める。
計測機器によると内部温度は三百度、気圧は通常の百倍にまで達していた。幾ら重力魔法で閉じ込めているといっても、比較的簡素に作った実験装置では短時間の起動で耐久限界に達する。達也は三分ほどで改めて拡声器を手に取った。
「実験終了」
それに続いて段階を踏みつつ、装置を停止させていく。
最後に中性子バリアが解除されたのち、達也は生徒会長であるあずさへと拡声器を渡した。彼女が締めくくることこそ相応しいと考えたのだろう。初めからそれは決まっていたのか、あずさも特に慌てることなくそれを受け取る。
また一度深呼吸し、告げた。
「常駐型重力制御魔法を中核とする継続熱核融合炉は初期の目標を達成しました。恒星炉実験は成功です」
まずは校庭から、続いて校舎から。
一斉に歓声が上がり、熱気が立ち昇る。学術的な意義は勿論だが、この実験は魔法を兵器以外に転用する可能性を示したものでもある。将来は軍を目指す者も、魔法技術者を目指す者も、それ以外の道を志す者にとっても新たな未来を提示されたかのようであった。
◆◆◆
魔法というものにあまり関わりのない一般人からすれば、この実験はSFチックで目を引く光景だったことだろう。しかし同時に何が起こったのか訳が分からないというのも正直な気持ちだ。
記者の一人が紫音へと尋ねる。
「あれは何をしていたのですか?」
紫音はその意味をはき違えることはない。
恒星炉の実験ですという答えが欲しいわけではないということを理解していた。
「重水をプラズマ化させることで生じた重水素と、通常の水素プラズマによる核融合です。重水素は御存じですか?」
「えっと。確か普通の水素より中性子が一つ多い、倍ほど重い水素のことですよね?」
「その通りです。電気的斥力を軽減する魔法と重力制御魔法によって原子核をぶつけ、水素からヘリウムを生成します。その際に生じる質量差がエネルギーとなっているのですよ。有名なアインシュタインの質量エネルギーの方程式です」
これは太陽が熱を発する仕組みと同じだ。
太陽系の中心にあるこの恒星も、重力によって水素プラズマを圧縮して核融合反応を引き起こしている。そうして発生した膨大な電磁波を地球にまで届かせているのだ。
「そして今回は発生した大量の中性子の運動エネルギーを熱として取り出しています。中の水が沸騰していたでしょう? あれが中性子によって熱を与えられた結果ですよ」
「中性子……やはり兵器として使えるのでは? 中性子爆弾なんてものもあります」
「ですからそんな兵器を作るならば素直に放出系魔法のニュートロンビームを使います。わざわざ水素から生成する意味がありませんよ。それこそ、電磁波や中性子を放射する魔法でしたらUSNAが戦略級魔法として実現していますから」
紫音の言っているのは十二使徒の一人、アンジー・シリウスのことだ。
彼女が使うとされているヘヴィ・メタル・バーストは金属粉末をプラズマ化させることによってその電磁波を解き放つ魔法。その際に中性子線やアルファ線も放射されることになる。ある意味で上位互換が存在しているのだ。
記者たちはどうしても兵器と結び付けたいようだが、説明されればされるほど兵器と無関係であるということしか分からない。
故に神田は方向性を変えて責めることにした。
「四葉殿、あなたは学生でありながら戦略級魔法師であらせられる。しかしそれは軍から強制されてのことではないのですか? 魔法が技術的に優れた成果を出せることは理解しましたが、高校生たちが魔法兵器として軍に入れられている事実は変わりません。四葉殿はその筆頭です」
今回の実験からは残念ながら魔法科高校と軍を結び付けるのは難しい。
だからこそ、そこに通う生徒から糸口を見つけるしかない。見学の条件として他の生徒たちへの取材は禁止されているため、神田も紫音を標的とした。いや、戦略級魔法師である紫音こそが標的として相応しいと考えた。
記者たちも目を光らせて聞き入る。
(やっと来たか)
紫音がその質問を待ち望んでいたとも知らずに。
「沖縄、佐渡島、横浜。その共通点をご存知ですか? 神田先生でなくても構いませんよ。答えられる方はいますか?」
「……魔法師によって敵国を撃退した戦いです」
「流石は神田先生。沖縄は軍の魔法師、佐渡島は軍に加えて一条家、そしてついこの前の横浜では自分も参戦しました。さて、なぜ魔法師は戦うのだと思いますか?」
そのために作られたから、そう強要されているから。神田はそれを口にしようとして噤む。その言葉はあくまでも紫音の口から言わせなければならないことである。だからこそ、ここは大人しく答えを待った。
「答えは国民だからです」
しかし予想外の答えに度肝を抜かれる。
記者たちもそれは考えてもいなかったのか、顔を見合わせていた。
「四葉殿、それは一体」
「魔法師は軍人としての適性が他者より高い。だから目指す人が多いんですよ。普通、才能があるならばその方向に進むものでしょう?」
「だがそれは世間の風潮や家に縛られているからではないのですか?」
「何を言っているんですか? それが嫌な人は技術者として成功しているじゃないですか。今日の実験もそんな生徒たちが自分たちの将来を見据えてやったことです。そして国民として、この国を守りたいと志す者は軍へと行きます」
魔法科高校は専門学校としては軍へと進む者が多い。
故に他の高校と比べれば異様と感じることだろう。一見すると魔法科高校や魔法大学が子供たちを軍へと送り出しているように感じられる原因だ。しかし全員がその道へと進むわけではない。実戦魔法師として不適格と自覚し、魔法師の道を諦めて一般人として生きていく者もいる。
「我が校の生徒は自分の意志で望む進路を選んでいます」
「しかし魔法は学生の使うものでも殺傷力が高いと聞いています。政府が管理するべきという声もありますが?」
中々に意地悪な質問が投げかけられる。
これに対し反発すれば、学生魔法師の危険性を記事にできる。未熟な精神に委ねられた危険な力という見出しで売れる記事が完成することだろう。
一方で同調すれば、それはそれで反魔法主義からすれば喜ぶべきことである。次代を担う魔法師たちが政府による完全な魔法師の管理を望んでいるというように世論操作できるのだから。
本来は学生魔法師に投げかけるような質問ではない。
しかし紫音はそれを理解した上で返答した。
「政府が管理する必要はありませんよ。魔法師は既に十師族を頂点とする秩序の中にいることをお忘れですか?」
「そ、それは民間組織でしょう!」
「だからどうだというのです?」
「どうって……ですから魔法師を政府が管理して魔法の制限を……」
「仮にそれを求めるとすれば、生まれて死ぬまでの一生を全て政府に負担していただかなければいけませんね。食費、教育費、高価な魔法機器、そして魔法が使えなくなった時の保障。全ての魔法師にそれをして頂かなければ割に合わないと思いますが?」
「は? なっ!?」
記者は一瞬理解できなかったようだが、すぐに意味を察する。
魔法師として誕生した者を全て税金で育てろと言っているのだ。しかも魔法師として使えなくなった後も生活を保障しなければならないというのは無茶苦茶である。
「そんなのは認められないでしょう!」
「十師族だからといって無茶が通ると考えているのですか?」
「な、君たち止めなさい!」
次々と記者たちが怒りを顕わにする中、神田は慌てて彼らを止める。これは紫音の罠だと気付いたのだ。今ここで紫音の発言に反発すれば、それによって揚げ足を取られてしまう。
しかし神田の静止は少し遅かった。
「ほう? つまり魔法師は人権無し。国民ではないと?」
心臓が冷えるような声だった。
思わず誰もが口を閉ざし、背に汗を滲ませる。
「政府による管理を強要するかと思えば、それに対する保障もない。あなた方が口にする人権は本当に都合の良いものらしい。これは驚きました」
しまったと思うも既に遅い。
魔法師の人権を保護を謳う名目だったはずが、それを奪い取られた。
「あなた方の思想は十師族の一員として四葉家当主様に報告させて頂きましょう。仮にあなた方が我々魔法師の権利を侵害するのだとすれば、十師族は断固とした態度で臨ませて頂きます。勿論、多くの未来ある学生を預かっている第一高校としても黙っているわけにはいかないでしょう。出張より戻られた百山学長にも同様の報告をさせて頂くつもりです」
「あ、いや」
「神田先生も同様に考えていらっしゃるのですか?」
「そんなまさか!」
十師族は勿論だが、百山を敵に回すのは不味い。
このままでは神田は政治家としてあるまじき人物として認定されてしまう。魔法師だとかそうでないとかは関係ない。国民を蔑ろにするような態度は政界から爪弾きにされること間違いなし。
慌てて否定する。
「私としましても魔法科高校の姿勢を視察できて安心いたしました。それに生徒自らが魔法の平和的技術開発に携わっているとは……素晴らしいことです。また魔法師の教育がどのようになっているかを含め、一議員として非常に有意義な視察でした」
「そうですか」
紫音は懐からデバイスを取り出す。
そして白々しさすら滲む笑みを浮かべつつ告げた。
「確かにその言葉、伺いましたよ」
録音された、と焦るも後の祭り。
神田も記者も完全にペースを奪われており、これ以上は墓穴を掘ることにもなりかねない。
実験成功に沸く校庭へと目を向ける。
「……そろそろ私も退散いたしましょう。視察も充分ですから」
「そうですか? ではお見送りします」
「そんなとんでもない! では失礼いたします」
逃げるように背を向ける神田に付き添い、記者たちも取材を取りやめる。
余計なことまで録音されているかもしれないのだ。
人騒がせな来訪者たちはすぐに第一高校から去っていった。
うーん。
なんか思ってたのと違う。
久しぶりに難産でした。