議員訪問というハプニングは第一高校だけでなく、世間全体にも大きな議論を起こした。その理由は神田議員の引き連れた記者たちである。彼らは取材した内容を記事として公表したのである。
「お兄様、何か気になるニュースでも?」
朝、キャビネットに乗って登校する達也はニュースのチェックを日課としている。そして普段は滅多に表情を動かさない彼に何かを感じたのか、深雪が尋ねた。
「昨日手伝ってもらった実験のことが、ね。好意的な記事と敵対的な記事が共存していることは予想通りだよ。ただ、敵対的な記事を批判するような記事まであるのは驚いたね」
「どういうことでしょうか?」
「見てごらん」
達也は画面を動かして幾つかの記事を見せつつ、その中から一つを選択する。すると『意図的な印象操作? 魔法科高校をめぐる論争』という過激なタイトルが現れる。
一見すると魔法科高校を否定するタイトルにも見えるが、その中身は真逆である。
「昨日の実験を兵器開発や水爆実験なんて書いてある記事への批判だよ。この記事はかなり魔法に詳しい人物が書いたようだね。俺たちの実験についてほぼ正しくまとめている。その上で敵対的な記事の内容が印象操作だと強調しているんだ。これは魔法師反対派にとって痛いだろうね」
「そうでしょうか。このくらいの反論でしたら魔法協会がずっと発信してきたと思いますが」
「問題はこれが民間のメディアから出たということさ。一般的に中立ということになっているメディアが、他の記事を批判した。そして批判記事は正当だと思える程度に事実を突いている。これによって反魔法主義の主張は言いがかりに過ぎないと印象付けることができただろう。この印象は理論整然とした反対派の意見にも疑いの眼を向けさせることができる」
「つまり……でっち上げの記事を一つ批判するだけで反魔法師団体の意見を全て封殺できた、ということですか?」
「そこまでは言わないけど、大きく制限されるんじゃないかな」
他人事のように言っているが、達也はこれが紫音による世論操作ではないかと予想していた。わざわざ神田議員の案内役まで買って出たのだ。あれだけで終わるとは思っていない。
また達也が語った魔法師に対する敵対的な記事を批判する動きというのは、既にかなり広がっている。反魔法師主義に染まっている大手報道機関でさえ自粛せざるを得ないほどだ。
実をいえば百山校長や廿楽が働きかけ、政治家の上層部も反魔法師運動を縮小するほかない状況に追い込まれていた。今回のことを利用したのは紫音だけではないということである。
「反魔法師主義がフェイクニュースを流している、なんてことが世間に知られてしまったからね。だからこそ魔法師に好意的な意見が支持される。しばらくは悩まされずに済みそうだ」
「そうですね!」
魔法師にとって良くない情勢が続く中、この朗報は達也の表情すら緩ませる。深雪も自然とその腕を絡ませ、微笑んでいた。
◆◆◆
恒星炉実験のこともだが、やはり関連するニュースは第一高校全体を盛り上げていた。全員が見学していたということもあり、その凄さは目の当たりにしている。連続して報道される好意的なニュースはある種の快感であった。
これで煩わしい反魔法師主義も下火になる。
それだけでも彼らにとっては最高のニュースである。
しかし誰もが素直に喜べるわけではない。
(くそ……)
七宝琢磨は燻る苛立ちのせいか、授業にすら身が入らなかった。本日最後の授業が終わり、他の生徒たちが部活へと向かう準備を進める中、再び不愉快な会話が耳に飛び込んでくる。
何よりも許せなかったのは、その会話の中に二人の女子生徒の名が登場したことであった。彼が最もライバル視する双子の名前が。
反射的に立ち上がった。椅子が大きな音を立て、琢磨は注目を集める。不機嫌さを隠そうともしない彼の態度に教室は静まり返った。
しまった、と思うが少し遅い。自分の感情をコントロールできなかった未熟さを呪うばかりだが、それでもあの七草を手放しに称賛するなど彼のプライドが許さなかった。
結局、彼は逃げるようにして教室から去ってしまう。
(くそ、くそ)
苛立ちは募るばかり。
そのせいか部活動中も集中を欠いてしまい、普段なら決してしないようなミスを連発してしまう。それが彼のフラストレーションを加速させていた。
下校の時には彼のストレスは最高潮に達していた。
だが、ツいていない時というのはとことんツいていないものである。
こんな時に限って顔を合わせたくない人物と遭遇してしまう。
『あ……』
事務室でCADを受け取り、帰ろうとした矢先であった。風紀委員の腕章を付けた七草香澄と廊下でばったり出くわしてしまったのである。
これで彼女の他にペアがいるならばまだ良かった。だが部活勧誘週間も終わり、今の風紀委員は通常シフトに移行している。残念ながら彼女一人だけであった。それに彼女も一通りの見回りを終えて本部に帰る途中だったのだろう。琢磨を面倒臭そうに見た後、そのまま素通りしようとしたのだ。
(馬鹿に、しやがって)
香澄にそんな意図はなかった。
冷静に考えれば琢磨にもそれくらい理解できたはずだ。しかし、今日はタイミングが悪かったのだ。だからこそ、言うべきではないことを口にしてしまう。被害妄想でしかないことを言ってしまう。
「上手くやったものだな」
「……なにが?」
訝しげに尋ねる香澄の態度は演技ではなかった。
だが今の琢磨はそれすらも惚けているのだと断定してしまう。
「昨日の公開実験のことさ。四葉と組んで上手くやったんだろう?」
「何のこと? あんた何か勘違いしているんじゃないの?」
「とぼけるなよ。国会議員が来ることを知って、四葉家と組んで昨日のことを仕組んだんだろう? 司波先輩を利用してさ」
琢磨の言っていることは間違いではない。彼の父、拓巳からそのように教わっていたのだから。確かに七草家と四葉家が一時的に協力して反魔法師主義に対してカウンターの世論操作を仕掛けたのは間違いではない。
だが、彼の誤算はこの事実に香澄や泉美が関わっていなかったことである。香澄は惚けているのではなく、本当に何も知らなかったのだ。
また彼女は温和な性格というより、直情的で喧嘩っ早い。
「利用ですって? 変な言いがかりつけないで」
ただ香澄は隠し事が苦手であった。
国会議員が来るということは確かに知っていたので、それに思考を巡らせてしまい返答が鈍る。一方で琢磨は歯切れの悪さから自分の推論が正しいものだと勘違いしてしまったらしい。饒舌になって高圧的になじっていく。
「迂闊だったよ。あの人、この学校だけじゃなく九校でも有名人だったんだな。流石は七草だ。姉に続いて色仕掛けで誑し込んだか? お前たち姉妹は見てくれだけは一流だからな」
「なんですって!?」
香澄の爆発は琢磨ですら絶句するほどの剣幕であった。
しかしそれも一瞬のことであり、すぐに彼女は嫌味で言い返す。
「誑し込むなんて七宝は下品ね。色仕掛けなんてあたしたちには思いつかないよ。あんたこそ見た目はいいんだし、どこかの芸能人にでも取り入ればどう? 魔法師なんてやめてさ。ま、今時そんな芸能人なんていないだろうけど」
それはただの嫌みのつもりだった。
偶然、少し前に見かけた有名女優の少年買春事件を思い出して言ったに過ぎない。まさかそんな偶然が琢磨にクリティカルヒットするなどとは予想もできないことだった。琢磨からしてみれば小和村真紀との関係を言われているように思えたのだから。
激昂するには充分な火種だった。
「喧嘩を売っているのか七草!」
「先に手を出したのはそっちでしょ? それに言わなかったっけ? 二度とそんな口きけなくなるくらい安く買いたたいてあげるって」
二人は同時にCADを構える。
香澄は風紀委員として、琢磨は帰宅前だったことで二人ともCADを所持していた。それが問題を大きくさせてしまう。ある種の法的緩和があるとはいえ、学内で勝手に魔法を使うことは許されない。授業や自主練、部活動を除けば学内であろうと不正な魔法使用を禁じる法に引っかかってしまう。
「二人とも止まれ」
まさに一触即発といったその時、琢磨の背後から声がかかる。これによって声の主を目で見た香澄は動きを止め、そして琢磨は振り返りつつブレスレットタイプCADを装着した左手を向けてしまった。
反射的に魔法を発動して声の主を攻撃しようとした琢磨は、次の瞬間、激しい閃光と音に襲われる。
「ぐあああああああっ!?」
チカチカと点滅する視界と脳内。
ある程度の集中を必要とする魔法は失敗する。
「全く……せっかく世論操作したのに余計なことはするな」
「四葉、先輩」
香澄がその名を呼ぶ。
二人を止めたのは、彼女と同じく見回りから帰るところの紫音であった。
◆◆◆
琢磨、香澄の両名は紫音によって風紀委員会本部へと連行されることになった。そこで二人は針の筵のような居心地の悪さに直面する。
それもそのはずだ。
まず琢磨は幹部候補として部活連に所属しているのだが、その会頭である服部、また琢磨の教育係である十三束が呼び出されていた。そして香澄に関しては直属の先輩にあたる紫音に連行された上、目の前では怖い顔をした風紀委員長こと花音がいる。
ちなみに生徒会代表としてなぜか達也もいるのだが、ここでは置いておこう。
流石にこの場に及んで言い逃れはしないらしい。
罪状を言い渡される被告のように、二人とも言葉を待っていた。
「……とまぁ、そんな感じです」
紫音は第三者として客観的な情報だけを一通り説明する。
その後、花音が溜息を吐きながら苦言した。
「何しているのよ。風紀委員が見回り中に……」
「すみません」
まずは上司として香澄に、ということだろう。
それに続いて十三束が同じように琢磨へと問いただす。
「七宝、魔法の勝手な使用は重大な違反だって知っているだろう? 魔法を使って攻撃するだけでも問題なのに、止めに入った四葉君を攻撃しようとするなんて」
これには琢磨も身を強張らせる。
今は頭も冷えて、やってしまったという感情が強く支配していた。そんな反省の色を見せる二人に対し、花音はひとまずの結論を言い渡す。
「先に言っておくわ。完全に未遂だった香澄はまだいい。酷くても停学くらいで済むわ。でも七宝君はCADの操作に入っていた。相手が四葉君だったからいいけど、これで一般生徒だったら大怪我をさせていた可能性もあるわ。最悪、退学だと思っておきなさい」
琢磨はただ黙って受け入れる。
本当は体が震えそうだったが、そうならないように力を込めていた。そんな情けない姿を見せることだけはすまいと心に誓っていたのだ。
花音は香澄に目を向けて問う。
「で、何が原因だったのよ」
「七宝君が七草家を侮辱したんです」
「そう。それで七宝君は?」
「七草から許し難い侮辱を受けました」
おそらく話し合いでは平行線になるだろう。
この場にいる誰もが察した瞬間であった。こういった問題の場合、誰が悪い、何が悪い、などと話し合いで納得させることは難しい。上位者が一方的に裁決するに限る。
そこで花音は服部に尋ねた。
「服部、この始末どうつけるべきだと思う?」
「七宝は部活連の身内だ。公平な判断ができる自信はない」
「それなら香澄も風紀委員の身内よ」
「なら、どちらにも属さない生徒会に判断してもらうのがいいだろう」
と、ここで全員の眼が達也へと向いた。
提案した服部も今更彼に対して何か思うことはない。実力は勿論、魔工科が開設されたことを鑑みても達也は優れた人材であると認める他ない。またこういった時には間違いなく公平な判断をしてくれるという確信もあった。
しかし指名された達也からすればいい迷惑である。
そもそも生徒会長のあずさは面倒ごとを察して逃げてしまい、副会長である彼が来ることになってしまったというのが始まりだ。同じ副会長の妹に任せるということはできず、仕方なくここにいる。ただ、指名されてしまった以上は何か言わなければならない。
少し思案した後、一つの解決策を提案した。
「二人に試合をさせればよろしいのでは? 話し合いで解決できないことは実力で決める。当校で推奨されていることだと伺いましたが?」
これに対して服部は何か思うところがあったのか、微妙な表情を浮かべている。しかし花音は納得といった様子であった。
ただ、一つ問わなければならないことはある。
「それは二人を見逃すってこと?」
「重大違反とはいえ未遂です。攻撃された紫音が問題にしないということでしたら、二人の決着を優先するべきかと。互いに譲れないものがある以上、このままでは再び同じようなことが起こりかねません。罰は私刑ではなく更生の機会です。その本質にもとるのであれば、実力で白黒つけさせ、同じようなことがないようにするべきでしょう」
「そう言っているけど、四葉君は?」
「構いませんよ。反省の色も見えますし、問題にするほどのことでもないでしょう。達也の言った通り、結局は未遂ですから。それに世間のこともあります。今は大きな問題にするべきではありません」
達也や紫音の主張は尤もである。
それに去年も森崎という一科生が同じように魔法を発動しようとして咎められ、結局は見逃されたという前例もあるのだ。あり得ない裁決ではない。
「あたしはそれでいいと思うわ。服部はどう?」
「異存はない。司波、手続きを頼めるか?」
「了解です」
ここに琢磨と香澄の意見が介入する余地はない。達也はさっさと手続きを開始する。
だが、ここで琢磨はそれを破った。
「司波先輩」
「七宝、不服なのか?」
それを咎めたのは十三束である。
しかし慌てて琢磨は否定する。
「ち、違います。ただ七草との試合を許していただけるならお願いがあります」
本来は条件を付けられるような立場ではない。ここで封殺されても文句を言えない。だが、花音は敢えてそれを許可した。興味に駆られて。
「言ってみなさい」
「相手を七草香澄ではなく、七草泉美との二人にしてください」
「……あんた、あたしを馬鹿にしてるの?」
そう思われても仕方のないことだ。
だがここで意見を言う立場にないのは香澄も同じ。彼女の言葉は無視され、花音は顎で続きを促す。
「これは七宝家の誇りを賭けた試合です。『七草の双子は二人そろって真価を発揮する』……これは有名な話です」
「だから二人を相手にしなければ意味がないと?」
「そうです!」
達也の問いかけにも食い気味で返す。
そこで香澄にも問いかけた。
「七宝はそう言っているが、香澄は構わないか?」
「構いません。その思い上がりを後悔させてやります」
「分かった」
本人たちが納得の上ならば、この変則的な試合も認めないわけにはいかない。達也は七宝琢磨、七草香澄の試合に七草泉美も書き入れ、試合の手続きを完了させた。
◆◆◆
放課後の第二演習場を使って試合をすることに決まってからは早かった。審判は公平性の観点から生徒会の達也が担当し、深雪が立会人を務める。また風紀委員の立会人を紫音、部活連からの立会人を十三束が務めることになった。
また立会人ではないが、演習場の鍵を預けられた立場としてほのかもいる。
琢磨はこのメンバーに当惑していた。
彼目線で語るなら、そもそも達也と深雪は七草側の人間だ。紫音も四葉でありながら七草と協力する立場である。つまりこの試合は審判も立会人も敵だらけというわけである。当然ながらそれは彼の被害妄想なのだが、一度確信した妄想を疑うことは難しい。
むしろこれを乗り越えることで光井ほのかを口説きやすくなるのではないかと捕らぬ狸の皮算用までする始末。彼はある意味で闘志を燃やしていた。
「この試合はノータッチルールで行う」
審判の達也はそう宣言する。
これは互いのエリアから外に出ることを禁じるというルールだ。選手は互いに一定の距離を保ったまま魔法を撃ち合うということになる。男女で試合する場合によく採用されるもので、他意はない。尤も、女性同士でも大抵はこのルールが適応されるのだが。
つまり左右に回避するなどの行為は可能だが、近づいて直接攻撃は不可能ということである。
「当然だが致死性の攻撃、治癒不可能な傷害を負わせる魔法も禁止だ。危険だと判断した場合は俺が強制的に試合を止める」
そう告げる達也に対し、琢磨の態度は冷ややかだ。できるものならやってみろ。
ただ達也はそれを何となく感じつつも無視していた。
「では双方構えて」
片側には琢磨が。もう片方には香澄と泉美がそれぞれCADを構える。
ただその際に琢磨は足元へと分厚い本をズドンと下ろした。
達也が右手を掲げ、三人に確認の視線を送る。問題ない、という返答が無言で返ってきたところで、勢いよく腕を振り下ろした。
「始め!」
双方から
ちょっと時間的余裕ができたので投稿。
次はあまり時間を空けないようにしたいですが、保証はできないです。ただ、ちょくちょく書いているので待っていただければ確実に投稿はします。