ついでに言うと7日に投稿。
私も感想で言われて気付きました。
凄い偶然です。オールセブンフィーバーです。やっほい。
これが言いたくて急いで本話を仕上げました。どうぞ
殺傷性の低い魔法縛りということもあり、互いが行使するのは風の魔法である。空気を圧縮して放つ『エア・ブリット』、それを無効化する『拡散』などの応酬が繰り広げられる。ただ流石に香澄と泉美は二人ということもあり、手数が多い。食いつく琢磨はやはり魔法師として優秀なのだろう。
ただ、所詮は魔法の撃ち合いだ。
実力が拮抗する者たちが魔法を撃ち合う時、勝負を分けるのは魔法の使い方になる。つまり、上手に戦えた方が勝つ、ということだ。
「七宝が先に気付いたか」
紫音がそう漏らすと十三束が返す。
「そうだね。事象改変そのものと、それに伴う結果。双方を上手く使いこなせてこそだ。このままだと七宝が勝つ」
「とはいえ試行錯誤しているところのようだ。まだ分からない」
「だね」
魔法とは事象の上書きである。
たとえばエア・ブリットとは空気を圧縮して放つ魔法だが、本来は気圧や温度に従って圧縮率などが決まっている。それを強制改変しているのが魔法だ。だが、その魔法による干渉が途絶えたからといって圧縮された空気が何もなく元に戻るわけではない。圧から解放された空気は拡散し、暴風を生む。
これが事象改変後の作用だ。
床に炸裂した空気の塊が圧力から解放され、泉美へと襲いかかる。上方向へと拡散に限定されたことで強烈な突風となり、彼女のバランスを崩したのだ。更には泉美自身に移動魔法をかけて香澄にぶつけるなど、一気に琢磨が優勢となる。
慌てて香澄が対処することで事なきを得たが、流れは琢磨に傾いた。
「来るか」
紫音の呟きに十三束は首を傾げる。
だが、その意味をすぐに知ることとなった。
香澄と泉美は手を取り、
高難度魔法
「あれは……」
「
「もしかしてそれが噂のやつかい?」
「ああ。しかしあの年でこのレベルの魔法を操るとはな」
そんな風に感心してみせる紫音だが、この乗積魔法は紫音の得意分野である。『調律』により魔法演算領域をリンクさせ、強制的に従わせる。戦略級魔法リベリオンもこの応用だ。紫音は多数の魔法演算領域を重ねることで一時的に世界最強の魔法師になれる。
またこの乗積魔法も簡単ではなく、全く同じ魔法演算領域を保有していなければならない。つまり、エイドスが同じ脳から発せられた魔法式であると錯覚することで初めて引き起こされる事象なのだ。
だが琢磨もこれで終わったわけではない。
その場でしゃがみ、足元に置いた分厚い本を手に取る。そしてハードカバーを開き、暴風の中に本を晒した。すると中にある全てのページが拡散し、無数の紙の片となる。その数は一ページ当たり二千八百八十。本に綴じられた紙が三百六十枚なので、総数は百万を超える。
「あれは噂に聞く『ミリオン・エッジ』か」
七宝家の研究成果、群体制御を応用した産物だ。
無数の紙片を一つの塊として扱い、その紙片の一つ一つを硬化して刃へと変える。これほど大規模な術式だがCADも詠唱も必要ない。発動媒体である本さえ準備しておけば即座に起動できる。これが七宝家の誇る秘伝であった。
その秘密は術式待機状態で本を維持しておくことにある。
この辺りの秘密は七宝家が努力した結果ということで、紫音どころか達也ですら詳しくは分からない。刃の群雲が窒素の暴風すら引き裂いて七草姉妹へと殺到する。
対抗する双子もミリオン・エッジのことは知っていた。あれが所詮は紙であることを理解しているため、
「危ない!」
十三束が叫ぶのも当然だ。
琢磨には二つの大魔法により制御が効かなくなった
互いに怪我で済む魔法ではない。
これは危険と判断したのか、達也が動いた。
「流石だな」
「あれは……そうか。凄いね」
紫音は素直にサイオン出力を褒め、十三束も何が起こったのか理解した上で感心を示す。あれだけの魔法を一撃で無効化する絶大な想子出力と、そのコントロール技術に皆が舌を巻いていた。
ただ、試合をしていた一年生たちは全く理解できなかったようだが。
「双方失格とする」
この審判としての裁定を聞き、ようやく動き出す。
当然ながら琢磨は納得できないとばかりに声を張り上げた。
「どういうことですか!」
「試合前に言ったはずだ。致死性の攻撃は禁止すると。そして危険と判断した場合は試合を止めるとも」
「ではどのような裁定になるのですか?」
この中では比較的落ち着いていた泉美が、それでもたどたどしく質問する。
「先も言った通り、双方失格。つまり両方負けだ」
これはつまり引き分けということだが、再戦を認めないという意図も含まれていた。ただそこまで理解できているのかは疑わしい。ともかく達也はより詳しい判定を説明する。
「まず
また達也は琢磨の方にも向いて同じく語る。
「それとミリオン・エッジは致死性が非常に高い魔法だ。言うまでもない」
「そんなっ!」
これは琢磨としても納得できるものではない。
すなわち、初めから切り札を封じなければならなかったと言われているようなものである。
「俺は自分の切り札を使った時点で反則だというのですか!?」
「威力をコントロールできなければそうなる」
「無茶苦茶だ! とんだハンディキャップマッチじゃないか!」
「条件は同じだ。香澄と泉美も威力の高い魔法は制限されていた」
「詭弁だ。二人も致死性の高い魔法を使っていた!」
「それは発動当初は威力がルールの範囲内にコントロールされていたからだ。だから止めなかった。だが七宝、お前はミリオン・エッジの威力を抑えることができなかった」
「言い掛かりだ! 俺はちゃんと制御できていた」
議論は達也の方に分がある。
徐々に深雪からは冷たい視線を、ほのかからは生暖かい視線を向けられ、琢磨は引くに引けなくなる。このままでは計画が狂う、というのが彼にとって一番の懸念だったのだ。だからこそ自分の主張が子供のような、それこそ言い掛かりであることに気付いていない。
十三束に至っては呆れを通り越しておろおろとしていたほどだ。
「威力をコントロールできていなかったのは事実だ。自分の未熟を転嫁するな。条件を満たせなかったのは自分の技量不足でしかない」
「
あ、と思うがもう遅い。
確かにこればかりは琢磨の正論ではあるが、今言うべきことではなかった。雰囲気も含め、冗談で済ませられる状況ではなかった。これには琢磨自身も顔を青くしている。
ただ、達也はあくまでも冷静に、深雪が怒りだす前に口を開いた。
「俺に言われるのは不満か?」
この期に及んで深雪やほのかの評価を気にするあたり琢磨も状況が分かっていない。ただ彼女たちからの印象を良くするために必死の言い訳を考える。素直に謝っておけばましだったということに気付けないあたりが子供だった。
「ふ、不満なのは不公平なジャッジについてです! 七草が
「お前……自分が無茶苦茶言っていることに気付いているか?」
これは達也が七草についている、という彼の思い込みからくる妄言だ。達也からすれば本当に意味が分からないし、第三者からすれば見るに堪えない。
すっかり呆れ果ててしまったのだろう。
香澄が口を挟んだ。
「もういいよ七宝。あたしたちの負けで」
「いいんですか香澄ちゃん」
「うん。よく考えればそこまでこだわることじゃなかったし。大体、高校生の試合で
一周回って落ち着いたのか、香澄が先に正常な思考を取り戻したらしい。事実、達也がいなければ双方に重大な怪我をもたらし、大不祥事にまで発展していたことだろう。尤も、その場合は紫音が止めていたので問題はなかったが、香澄もそこまでは知らない。
ともかく、どうでもよくなったのだ。
所詮は口喧嘩。
熱くなってしまったが、元は七宝琢磨が難癖をつけてきただけである。
「司波先輩、ご迷惑をおかけしました」
香澄はそう一礼して背を向ける。
「ただひとこと言わせてください。私たちは
謝罪の一言で終わらないのが彼女らしいところだが、その程度の生意気は許された。それは琢磨があまりにも、ということもあったからだが。
しかしそうして去っていく彼女たちに対し、琢磨は屈辱を感じる。
香澄と泉美からすれば大人の対応で勝ちを譲り、議論を収めたつもりかもしれない。しかし思春期の男子にその対応は火にガソリンを注ぐようなもの。立場を理解して暴発しなかった琢磨はまだ理性的な方だったのかもしれない。少なくとも二人が演習室を去るまでは無言を貫いていた。
いや、寧ろある程度の理性を取り戻し、礼節に構っている余裕はないと思い込んでいたのだ。
「司波先輩」
香澄と泉美が去った後に達也へと呼びかける。
今更詫びを入れたところで手遅れだ。だからこそ、自分の主張だけは通さなければならない。
「俺は納得していません」
「何に?」
「俺が反則負けだということです」
「七宝!」
これには見ていられなくなったのだろう。十三束が止めに入る。
だが琢磨はそれすら無視して激しく主張した。
「それに証明させてください! 俺がミリオン・エッジをコントロールできるという証明を!」
「どうやってだ?」
「俺と立ち会ってください。そうすれば……」
引き下がらない琢磨にもはや我慢ならなくなったのだろう。十三束が怒りを露わにして踏み出す。
しかしその十三束を紫音が止め、達也の前に割り込んだ。
「そこまでにしておけ七宝。流石に見ていられない」
紫音も十師族として今の琢磨は見るに堪えなかった。
実力はある。
向上心もある。
だが七宝琢磨という人間には魔法師社会を引っ張るだけの器が足りていない。そして何より、考え方が甘すぎた。
「お前は戦場でも敵にそんな言い訳をするつもりか? 敵魔法師に対し、自分の実力はこんなものじゃないと言い張るのか? 厳しい条件を理由に敗北を認めないと駄々をこねるのか? 納得できないからとやり直しを要求するのか?」
「それ……は……」
「七宝琢磨。お前のその思い上がり、ここで改めておけ。それでも納得できないというのなら、ミリオン・エッジを用意してこい。俺が相手になろう」
この時点で琢磨に引くという選択肢はなかった。
四葉に恐れをなして逃げたとなれば、彼の考える
「望む、ところです!」
もはや何のために試合を始めたのかすら朧げになる急展開だ。だが、このまま七宝琢磨が問題を起こすということになれば紫音も困る。ある意味で双方の利害が一致した結果と言えるだろう。ただ、こうした無茶を通す以上は必要な手順を踏まなければならない。
紫音は十三束に目を向けた。
「このことは服部会頭と相談してくれ。十三束、頼めるか?」
「え、あ、うん」
「風紀委員長には俺から言っておく。生徒会長には達也が伝えておいてくれ」
達也としても自分が模擬戦をする必要がないということであれば望むところである。そのためならば多少の面倒は請け負うつもりであった。
すでに手遅れかもしれないが、変に達也が目立つというのも紫音としては困る。ここで紫音が割り込むのは必然の流れであった。
◆◆◆
『七』の決闘というハプニングに襲われた後も生徒会は普通に業務が残っている。達也と深雪は生徒会室へと戻り、残る仕事を片付けていた。
しかし十五分としない内に服部が部屋へと訪れる。
「中条、その言いにくいんだが……」
「ああ……もしかして四葉君と七宝君の」
「もう聞いていたか。恥ずかしい話だが懲りなかったようでな。模擬戦の許可が欲しい」
服部はあの後も七宝と面談し、本当に紫音に挑むつもりなのかと問いただした。しかし琢磨の意志は非常に堅く、退く様子もない。そこで服部が折れるという形で模擬戦は成ったのだ。
「ここで強く叱るべきかとも考えたが、今後のことを考えるなら一度挫折させるくらい考えるべきかもしれない。そのための相手が戦略級魔法師というのは少し贅沢かもしれんがな。俺は止めたんだが」
「なら、どうしてですか?」
「本人の強い希望だ。それに七宝の才能は確かなものだと思う。もう少し謙虚になることを覚えればもっと伸びるだろう。それにあいつには後ろからついてくる存在にも目を向けて欲しいが、魔法師の頂点も見て損はない。そう思って許可した」
伸びきった鼻をへし折る、というのは有効な手段だ。
ただ、相手を選ばなければ折れたままになってしまう。より強く生まれ変われる人材はそれほど多くない。だが琢磨にはその素質があると服部は判断した。
ちなみにそれを聞いていた深雪やほのかは『そのくらいされても仕方ない』といった表情であった。人伝に話を聞いただけの水波ですら同意している。ある意味で憐みも向けていたが。
「一度手痛い敗北を味わわせ、十三束や俺で教育していくつもりだ」
「ふふ」
「どうした?」
「なんだか服部君って十文字先輩に似てきたね」
それはあずさからすれば誉め言葉であった。
だが自分の器量不足を真似で補っていると言われたような気がして、どこか微妙な表情を浮かべる服部であった。
◆◆◆
その日、小和村真紀はいつにもまして琢磨が不機嫌だと察していた。確かに彼は普段から不機嫌そうな態度だが、ここまで分かりやすくはない。
「私、夕食がまだなのよ。軽く何か摘まみましょう」
「こんな時間からか?」
「軽く、よ」
だからこそ、彼女は琢磨の頭を冷やす時間を設ける。いきなり本題に入れば延々と愚痴を聞かされるであろうことが分かりきっていたからだ。
もう深夜と言える時間帯ではあり、琢磨も夕食は済ませている。だが、いきなり真紀の部屋を訪れたという負い目からか、彼女の言うことに従った。その程度の良識はあるらしい。
数分もしない内にテーブルへ大皿が置かれる。そこにはバゲットに生ハムやサーモン、トマトにチーズなどを載せたオードブルが並べられていた。
ついでとばかりに真紀はアルコールを混ぜた果実水をグラスに注いでやる。
琢磨も無言で手を伸ばし、愚痴を言うはずだった口はそれらを頬張るために使われた。そうして皿がほとんど空になった頃、琢磨は今日あったことを説明する。
「そう、そんなことがあったのね。悔しかったでしょう?」
真紀は努めて『包容力のある姉』のような態度と口調を使った。演技派女優として知られる彼女からしてみれば朝飯前の技能であり、少し酔っているからか琢磨は饒舌に語る。
「悔しくなんてない! 最初からフェアな勝負じゃなかったんだ。あのまま続けていれば俺が勝っていた。どいつもこいつも七草に……」
「気にすることなんてないわ。勝者に靡いてしまうのは仕方のないことだもの。それにその称賛と敬意だって本当はあなたが勝ち取っていた。ただ運が悪かっただけなのよ。そう。もう少し運が良ければあなたが全てを手に入れていたのよ」
「ふん。当然だ。フェアな勝負でさえあれば俺が……」
何度も何度も同じ言葉を繰り返しているにもかかわらず、真紀は嫌な顔一つせずに聞き入る。彼の隣に座り、顔を覗き込んで耳元で囁くのだ。
「大丈夫よ。本当の実力者は最後に勝つの。確かにほんの小さな勝負事は運に左右されてしまうわ。でも最後には必ず勝つ。私だって運が悪くて役を奪われてしまったこともあるわ。でも、今はこうして有名女優として名を連ねることができているの。あなただってそうよ。今日はただ運が悪かっただけ。でもそんな小さなことで腹を立てちゃだめよ」
そうは言っているが、真紀としても今回のことは予想外であった。
勿論、琢磨が模擬戦で負けたという小さな話ではない。今の世論についてだ。
情報メディア会社を運営する父に頼んで反魔法師プロパガンダを止めさせ、二十八家の一つである七宝家次期当主に取り入って新勢力を確立させようと目論んだ。表向きは十師族の勢力に協力する姿勢を見せるため七草家とも面会しつつ、水面下で様々な手を広げていたのだ。反魔法師運動が広がりつつある今の世論ならば動くチャンスだと考えた。
しかし蓋を開けてみれば反魔法師を主張するメディアの勢力は次々と衰え、今や見る影もない。寧ろ自粛の流れすらある。それも当然だ。今は反魔法師を唱え、根拠を述べても、『フェイクニュースなのでは?』という目で見られてしまう。報道という特性上、多少の誇張は常に込められている。そこを突かれて崩されては会社全体の信頼が失われてしまうのだ。今はどこも反魔法を口にできない状況にある。
真紀も思わず呆れてしまうほどの手腕であった。
ただ、これでは予定通りに動くことは難しい。
故に彼女は切り口を変えた。
「次は四葉君と戦うのよね。だったら今日のことは一度忘れましょう。大丈夫。あなたならきっと力を示せるわ。あの戦略級魔法師を打ち負かすことができれば、あなたの未来は約束されたも同然よ」
「ああ。やってやる。やってやるさ」
今は琢磨との関係を維持して、次のチャンスを待つ。
それが彼女の狙いである。
焦る必要はない。まだ琢磨は高校生で、自分は旬の過ぎていない女優。時間はまだあるのだ。だから真紀は睡眠時間を少し犠牲にして、琢磨を(精神的に)慰めるために使った。