黒羽転生   作:NANSAN

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入学編7

 毎年恒例の新入生獲得合戦。そのパトロールに駆り出された紫音と達也だが、案の定というべきか、達也はトラブルに巻き込まれた。

 剣道部と剣術部が体育館での演舞を巡って争っているところを取り押さえたのである。剣道部の壬生紗耶香(みぶさやか)に剣術部の桐原武明(きりはらたけあき)が突っかかり、剣で勝負をつけることになったのだ。剣術部は魔法を前提とした剣である以上、単純な剣技では剣道部に敵わない部分がある。それで敗北した桐原が逆上し、魔法を使用したので達也が抑えたのだ。

 だが、そこで問題になるのが二科生というレッテル。

 結局、達也が気に入らない剣術部員が乱闘騒ぎを引き起こしたというのだ。達也は体術と例の『キャスト・ジャミング』を使い、無傷で切り抜けたが、事件は部活連に持ち込まれる程の事態となった。

 初日からこれでは先が思いやられると摩利も頭を抱えたものである。

 その一方で、それほどの大事件を無事に抑えた達也の手腕について、七草真由美や十文字克人は称賛していたが。

 そんなことがあって四日目。

 達也は初日の事件があり、すっかり目を付けられていた。

 

 

「む?」

 

 

 達也は人気の少ない場所を歩いていた時に『精霊の眼(エレメンタルサイト)』で魔法発動の兆候を知覚した。即座に『キャスト・ジャミング』を使って起動式展開を妨害すると、その犯人と思われる人物は逃げ出した。

 勿論、移動系の魔法を使って。

 

 

「……逃げられたか」

 

 

 自身の持つ特異魔法以外は碌に使えない達也では、追いきることなど出来ない。幾ら体を鍛えていると言っても限界はある。

 

 

「それにしても……あのリストバンド」

 

 

 達也の動体視力で捉えることが出来た情報として、犯人の左手にあるリストバンドがあった。それは赤と青で縁取られた白のリストバンド。紫音からの情報にあったエガリテの証である。

 秘匿回線で一校にエガリテの手が伸びているのは知っていたが、実際に目にすると異様な光景ではあった。

 魔法科高校に反魔法主義団体のメンバーがいるのだから当然である。

 尤も、リストバンドを付けている本人は二科生(ウィード)に対する差別撤廃運動という風にしか思っていなかったのだが。

 

 

「エガリテは壊滅させたと聞いたが……やはり上位組織(ブランシュ)を潰さなければ止まらないか」

 

 

 それから更に三日。

 つまり、一週間の勧誘期間が終わるまで、達也は何度も魔法による襲撃を受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼休み、紫音は珍しく生徒会から昼食に誘われていた。誘ってきたのは真由美であり、摩利や達也といった風紀委員のメンバーも参加するという。

 一体何の用事かと思いながら廊下を歩いていた。

 すると廊下を歩いていた生徒が話していた内容が擦れ違いざまに聞こえてきた。

 

 

「なぁ、聞いたか? 雑草(ウィード)の風紀委員がカフェテリアで壬生さんを口説いてたらしいぞ。調子に乗ってんじゃねぇか?」

「あ? 俺が聞いたのは言葉責めにして辱めたって……」

「ぶっ!? なんだそりゃ?」

 

 

 紫音は声こそ出さなかったが、思わず足を止めそうになる。

 そこで思い出した。

 

 

(ああ、壬生紗耶香と接触したのか。たしか壬生紗耶香はブランシュに唆されてたんだっけ? 確か達也を差別撤廃運動という名のテロ加担に引き込もうとした……だったか)

 

 

 十六年も経つと流石に細かい原作の内容は忘れてくる。大まかな流れはまだ覚えている一方、そのようなイベントはすっかり頭から抜けていた。

 それに、紫音はエガリテを既に潰している。ブランシュの方にも波紋が広がっているのかと思いきや、意外と原作通りに進んでいるのだ。黒羽家の部下に調べさせたところ、相変わらずテロの準備は進んでいるらしい。

 着々と戦力が揃っているのも把握していた。

 

 

(ま、戦力が揃ったところで潰すから意味ないけどな)

 

 

 相手に準備する余裕があるということは、こちらにも時間があるということ。戦力については紫音一人ですら過剰だし、後は残党を残さないように包囲網を作るだけだ。そちらは部下に任せれば問題ない。

 そして紫音の頭から達也と壬生の噂が抜けてきたころ、ようやく生徒会室へと到着した。

 ノックをしてから入室すると、既に自分以外のメンバーが揃っている。

 

 

「遅れました」

「そんなことないわ。それより昼食は準備しているかしら?」

「弁当を持っていますので」

 

 

 真由美に対して紫音はそう返して空いている席に腰を下ろし、持ってきた弁当を開ける。すると女性陣は興味深げに紫音の弁当箱を覗いた。

 中身は卵焼き、魚、野菜の煮物といった和風のもの。意外そうな視線を向けてくる真由美に対して、紫音は問いかける。

 

 

「どうかしましたか?」

「うーん。もしかして弁当……四葉君が作ったの?」

「そうですよ? といっても昨日の余りも入ってますが」

「意外ですね。四葉ですから使用人が作っているのかと思いました」

「リンちゃんもそう思うよね? ホント意外だわ……」

 

 

 勿論、紫音とて弁当を毎日作っているわけではない。暇がある日や、気分が乗った時ぐらいである。そうでない日は食堂で済ませているので、今日は偶然にも弁当だっただけなのだ。

 

 

「何度も言うようですが、一人暮らしですので……そう言えば、この話は達也と深雪、それに渡辺先輩しか知りませんでしたね」

「そうなの? 同じ十師族でもウチとは違うわね」

 

 

 事実、真由美は実家から通っている。

 だが、四葉家本邸が山梨県にあることを加味したとしても、一人暮らしはないだろうと誰もが思った。十師族の秘密を狙う海外のスパイは結構多いので、一人暮らしなどすれば恰好の的になる。実は、紫音も一人暮らしを始めてから何度か襲撃されているのだ。

 当然、返り討ちにして逆に情報を奪い取っているが。

 こうして紫音が四葉を名乗りつつ一人暮らしをしているのは、そうやってスパイをおびき寄せ、返り討ちにして情報を抜き取るという仕事もあるからだ。更にそうやって目立てば、達也と深雪に目が行かなくなる。

 大きな目的で考えても一石二鳥というわけである。

 もちろん、その理由を話すことはないが。

 

 

「自分のことはいいですから、呼び出した本題に移ってください。昼休みは有限ですよ」

 

 

 と言いつつ、紫音は先程廊下で聞いた噂を思い出す。

 何やら達也にとって不名誉な内容だったので、ここで聞いてみることにした。

 

 

「そうだ。達也と壬生先輩についての噂が流れていたんだけど、アレって何?」

「お、四葉も知っているのか。あれだろう? 昨日、司波がカフェで壬生を言葉責めにしたという」

 

 

 どうやら噂は予想以上に出回っているらしく、摩利も把握していた。何故そこで俺に話を振ったんだという視線を紫音に向けつつ、達也は話を逸らそうとする。

 

 

「……先輩も年頃の淑女なんですから『言葉責め』などという、はしたない言葉は控えた方がよろしいかと思いますが」

「ははは。私を淑女扱いしてくれるのは君ぐらいなものだよ」

「おや、先輩の彼氏はそのように扱ってくれないのですか? それはあまり紳士的とは言えませんね」

「そんなことはない! シュウは―――」

 

 

 摩利は思わず立ち上がって抗議するが、それと同時に『しまった』という表情を浮かべる。そして気まずい空気のまま、腰を下ろした。

 達也はそんな摩利を無表情のまま見つめる。

 

 

「……」

「……」

「……」

「……なぜ何も言わない?」

「なら逆に聞きますが、コメントが欲しいですか?」

「……」

「……」

 

 

 否定の沈黙。

 そうとった達也はようやく視線を自身の昼食に向ける。

 この場にいた他の誰もが肩を震わせつつ必死に耐えていた。尤も、摩利の一睨みで全員が目を逸らしたが。

 

 

「そ、それで壬生さんの件はどうなのかしら達也君?」

 

 

 どうにか空気を戻そうとして真由美は話を掘り返す。折角、達也が話を逸らしたのに、見事なまでの巻き戻しを喰らってしまった。摩利もここで、仕返しとばかりに問い詰める。

 

 

「で、実際どうなんだ?」

「事実ではありません」

「私が聞いたところによると、壬生は顔を真っ赤にして恥じらっていたらしいぞ」

 

 

 それを聞いた達也は、不意に隣から冷気が漂ってくるのを感じた。

 紫音は『いつものアレか……』と思いつつ、咄嗟に弁当を魔法で守る。

 

 

「お兄様? 一体、何をされてらっしゃったのですか……?」

 

 

 深雪の事象干渉力は桁外れに高い。それこそ、感情の表出と共に冷気が漏れ出すレベルだ。紫音の場合、これが副作用として電磁波などの波動を知覚する能力になっている。

 いわゆる超能力の領域なのだ。

 深雪の発した冷気は一瞬で生徒会室を冷やし、温かかったお茶すらも凍り付く。

 

 

「落ち着け深雪。ちゃんと説明する」

「はっ! もうしわけありません……」

 

 

 深雪も魔法が暴走していることに気付いたのか、すぐに制御を取り戻して室温を元に戻す。夏場は冷房いらずで便利な能力だが、強力すぎて霜焼けになるほどだ。

 冗談抜きで危ない。

 そして深雪が落ち着いたのを見計らって、達也は話し始める。

 

 

「聞いた話によると、風紀委員の活動は生徒に反感を買っている部分があるようです。強引な摘発や点数稼ぎなんてものが横行しているとか。それに、本人がいる所では言いにくいのですが、紫音が四葉の力で無理やり押さえつけているなんて話も……」

「はい? 俺が?」

「いや、別に俺が紫音を疑っているわけじゃない。しかし、紫音の話はともかく、点数稼ぎのために強引な摘発なんて話があるんですか?」

「生徒会役員で新入生の私が言うのもおかしな話ですが、風紀委員の活動は寛容なほどだと思います。かなり際どい事例でも何とかして軽い罰になるようにされていますし」

 

 

 達也と深雪の指摘を聞いた摩利は眉を顰める。

 それを見ただけで、これらの噂が事実無根でしかないことを表していた。

 

 

「風紀委員に点数システムなどない。内申点などないに等しい名誉職だ。それに四葉の件も問題だな」

「なんだか無駄に誇張されていますね。自分は脅しなどしませんから。むしろ、顔を見て勝手に逃げているのはそちらだと言い返したいですね」

「つまりは壬生の勘違いだな。もしくは誰かから聞いて思い込んでいるだけだ」

 

 

 摩利はきっぱりと言い返す。

 次に達也は真由美の方を向いて尋ねた。

 

 

「では、非魔法系競技の部活は魔法系競技の部活に比べて予算が少ないというのは事実ですか」

「それもないわ。予算は部活動ごとの大会成績から振り分けているもの。そこに魔法系競技も非魔法系競技も関係ないわ」

「となると、どうも話が食い違っていますね」

「……そうね。そのように印象が操作されている事実は否めないわ」

 

 

 ポロっと漏らした驚愕の事実に達也も驚く。予想はしていたが、それが真由美の口から出るとは思わなかったからだ。それは紫音も同様で、思わず聞き返した。

 

 

「七草会長はそれが何者か掴んでいるんですよね?」

「え、えー……そのね。やっぱり噂なんて霞みたいなものだし、出所はちょっと……」

 

 

 やはり思わず口を滑らせてしまっただけなのだろう。あからさまに動揺している。摩利も真由美に冷たい目を向けていた。

 すると、開き直ったのか、真由美は紫音の方を向いて全て話し出す。

 

 

「……四葉君は知っていると思うけど、一校の中に反魔法主義団体の手が入り込んでいるわ。これはちゃんと証拠もある事実」

「おい真由美!」

「いいのよ摩利。元々、様子を見て話すつもりだったもの」

 

 

 そこまで言われて、紫音は呼び出された理由を察知する。

 

 

「なるほど。自分を呼び出した理由はそれですか。許可は頂けるということで?」

「ええ、これはもう自浄作用なんて域を超えている。そう判断したわ」

「おい真由美。どういうことだ? なぜ四葉に?」

「元々、この情報は四葉君から貰ったものよ。それも、入学して三日目にね」

 

 

 

 これには摩利だけでなく、鈴音、あずさも驚いた。

 そこで紫音は勝手に話を引き継ぎ、ある程度の経緯を話し始める。

 

 

「これでも一人暮らしなのでね。周囲には気を使うんですよ。だからこそ、学校という生活空間に巣食う敵の存在にも気づきました。

 国際的反魔法社会政治団体ブランシュ、そしてその下部組織エガリテ……これらが潜り込んでいます。二科生の抱える劣等感を、平等という甘言で包み込む。それによって密かに勢力を増やしているようです。恐らく、二科生の殆どは、これが反魔法団体の活動だとは知らないでしょう。ただの差別撤廃運動だと考えているようです。

 そして少し前にエガリテはアジトごと四葉が壊滅させました。あとはブランシュを壊滅させるだけだったのですが、やはり七草会長と十文字会頭の許可があった方が良いと考えたまでの話です。すでに十文字会頭からは許可を頂いています。そして今、七草会長からも許可を頂きました」

 

 

 そして紫音は周囲を見渡し、重々しく告げた。

 

 

「次はブランシュを潰します。四葉の力を使ってね。外的要因さえなければ、一校内でも自浄作用が働くでしょう。そこからは七草会長の手腕にかかっていますよ」

 

 

 紫音が目を向けると、真由美は大きく頷く。

 覚悟を決めたということだろう。

 そして真由美は生徒会室にいるメンバーに対して、真面目な口調で告げた。

 

 

「今聞いた話はここだけのものだと思ってちょうだい」

 

 

 寧ろ広められるのは困る。反魔法師団体の手が魔法科高校に伸びていることも問題だし、テロ組織とはいえ未遂の状態で壊滅させようとしているのだ。これは公に出来ない話である。

 だが、実際にテロ事件が起こるよりは良い。

 そう判断したからこそ、真由美は紫音に全て任せることを決意したのである。それに、ここまで校内で情報操作が行われている以上、十師族としても動かないわけにはいかないのだ。

 

 

(さてと……壬生さんの件は、原作通り達也に任せるか)

 

 

 紫音は食べ終わった弁当を片付けつつ、そんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想でも指摘があったので、原作わりと忘れてる描写入れました。
主人公は既に大まかな事件しか覚えていません。

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