サブタイトルそのまんまです。一応単発予定。
 細かい所感等々は活動報告に書きます。

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case14.3

 放課後。いつも通り、といえるほどいつも通りではないが、チーム白鳩は博物クラブの部室―――という名の拠点に集まっていた。というのも、今回の任務に関しては、外のランチで話すには、あまりにもリスキー過ぎた。

 任務の話に関してはドロシーが口火を切る。今回もそうだった。

 

「今回の任務はオライリー卿の護衛だ。卿は今度の晩餐会に出席する予定だから、その時の護衛に、あたしらが指名された」

 

 そのドロシーの言葉に、プリンセスが疑問を浮かべる。というのも、

 

「あら、オライリー卿は王国側の人間ではなかったかしら?」

 

「その通り。だが、彼は共和国への亡命を希望した。共和国としても、彼の身柄の安全は無視できないってわけだ。必然的に、共和国側の人間の護衛もつけたい。だが、卿は王国側の人間。そこで、彼が私的に雇った護衛をつける、という建前で、護衛する。なに、仮にも貴族だ。私兵くらい持ってたって不思議じゃない。もちろん、そこに共和国の人間が紛れ込むこともな」

 

「オライリー卿が参加される晩餐会というと、姫様も出席されるご予定のはずです」

 

「ああ、あれね。ベアトのこともご存じで、是非に、と、おっしゃっていたから、護衛の名目で連れていくことは、十分に可能ね」

 

「それはそうだけど、人選が厄介ね。必然的に人間が限られる」

 

 アンジェの言葉に、反論はない。護衛任務という特性上、出席は確定でも戦闘力の低い二人はできれば避けたい。となれば、アンジェかドロシーかちせ、ということなるのだが、表向きは植民地の出自ということになっているアンジェも難しい可能性が高い。が、これに関しては解決策がすでに練られていた。

 

「それに関しては問題なし。珍しくコントロールから、ちせを連れて行くように、と、指示があった。つまり、ちせを護衛につけろ、ということだろう」

 

「私を、か?」

 

「ああ」

 

「珍しいわね」

 

「なんでも、堀川公の意向とのことだ。ちせの名目は、プリンセスと侍女であるベアトリス、共通の学友。なに、もともと一緒にいるところを多くみられてるんだ、これに関しては問題ない。それに、ちせが護衛している間、私とアンジェは別任務が与えられたからな。つまり、今回ちせはほとんど単独行動、ということになる。護衛としての戦闘能力も、ちせなら安心だしな」

 

「そうか・・・」

 

「最悪、ナイフを飛び道具にしそうね、ちせさんなら」

 

「しそう、というか、緊急時なら、それもやぶさかではない」

 

「緊急時だけにしてくれよ、まったく。だが、問題はここから。こっちに来てそれなりの時間が経った、といっても、こっちのパーティには不慣れだろうちせにとって、今回の任務はかなり厳しい。が、こればかりは仕方ない。とりあえず、マナーとかその辺は教えるから、それで勘弁してくれ」

 

「付け焼刃でも、無いよりはましだ。むしろ、こっちからお願いしよう」

 

 それから、いつも通り、静かな訓練が始まった。

 

 

 普段なら、アンジェは教えられることは特になく、教える側としての適性もあまりないので、基本的に静観になる。が、今回は違った。

 

「カトラリーは基本的に外側から対で。基本的には一つの料理につき1セットで使うわ。スープはスプーンしか使わないから、スープがあればスプーンが一個多くなる。でも、基本的には余らないはずよ」

 

「複数の料理で使わないのか?」

 

「それがマナーよ。ナイフレストが出て来たら、その次も同じナイフとフォークを使うわ」

 

「ナイフレスト?」

 

「ナイフとフォークを置く食器の一種よ。出てくれば雰囲気で分かるわ。ちせは左利きだったかしら」

 

「私は右利きだ。最も、右利きになった、というべきか」

 

「そう。なら、ナイフは右手、フォークは左手。もともと左利きで、使いづらいというなら逆でも問題ないわ」

 

 今回は珍しく、アンジェが教える側に回っていた。というのも、プリンセスは今、ベアトリスと一緒にドロシーの訓練を受けている。そのため、アンジェが教えることになったのだ。こればかりはイメージするより実践したほうが早い、というアンジェの言葉により、実際に手を取って教えている。

 

「食事中、食器で音を立てて食べるのはタブー。お肉を切るときなどにお皿とナイフが音を立てるくらいは仕方がないけれど、それもあまり大きな音をたてないように。あと、ナイフは押すときに力を入れると切りやすいわ。こうやって」

 

 細かい技術的なことならば教えるのは難しいが、こうして手取り足取り教える分にはそこまで問題にはならない。それに、口下手なアンジェでは、なかなかうまく伝わらないことも多いだろう。イメージするより実践して覚えたほうがいいだろう。幸いなことに、ちせは体捌きという点では、チームでは随一の物を持つ。体に教え込む、というのは決して悪手ではなかった。

 

「スプーンの扱い方はこう。飲むときは音をたてないように」

 

「お、まだやってた」

 

「ドロシー。そっちの訓練は終わったの?」

 

「いや。でも、訓練の内容が内容だからな。集中力を使うから、息抜きがてら様子を見に来た」

 

 と、テーブルマナーを教えていると、ドロシーが顔を出した。確かに彼女の言う通り、後ろの二人、特にベアトリスには疲れが見える。そういった手合いということは見てとれた。特にこういった手合いは、パッとコツをつかんで実践してしまうアンジェは教えることを苦手としていた。

 

「どうだ、上手くいってるか?」

 

「まあまあね。ちせは覚えが早くて助かるわ」

 

「そんなことはない。必至なだけだ」

 

 そこまで会話したところで、アンジェはふと思い出したように言った。

 

「ねえプリンセス、一つ頼んでもいいかしら」

 

「なあに、アンジェ」

 

「ちせと、本番を想定した、会話のトレーニングをしてほしい。私たちより、そのあたりの経験はあるはずだから」

 

「それはそうね。ではちせさん、早速いいかしら」

 

「私は構わないが・・・何かコツはないのか?」

 

「こればかりは場当たり的というか、機転が重視されるから、あれこれ教えるより考える練習をしたほうがいいわ。しいて言うのならば、当たり障りのない応答をする、くらいかしら」

 

「当たり障りなく、か。空気を読む、ということか?」

 

「空気?」

 

「雰囲気で察する、といえばわかりやすいか?」

 

「ああ、そういうこと。それなら、そのイメージで問題ないわ。

 話をふられたら、静かに合わせる。決して逆なでするような言葉遣いはしないように。いいわね?」

 

「分かった」

 

 それからはひたすら実践。これがなかなかに堪える。なにせ、ちせはもともと口数が多いほうではない。加えて、英語もまだ覚えたてだ。だが、この場面は、黙っていては乗り切れない。

 しばらく会話の練習をした時に、アンジェがいつものトーンに戻って言った。

 

「今日はこのくらいにしておきましょう」

 

 その言葉で、ちせの気が抜ける。なにせ、馴れないことばかりでずっと気を張っていたのだ。長く集中することにはある程度耐性はあるが、堪えないといえば嘘になる。

 

「西洋の作法は難しいな」

 

「慣れれば簡単よ」

 

「その慣れるまでが難しいのだが」

 

 なまじ日本でのマナーを知っているだけに、どうもやり辛いのだ。気を抜くと、忘れてしまったり、日本のマナーのようになってしまう。もちろん、同じマナーである以上、ある程度は共通するところもあるのだが、それ以上に異なっている部分が多すぎる。例えば、日本の食事では、ある程度の音を立てることは決して悪いことではない。うどんやそばなどが分かりやすい。が、こちらの食事において、食器に限らず、音を立てるのはタブーだ。

 

「こういうことを、プリンセスは日常的にやっているのだな」

 

「それが彼女の仕事である部分もあるから。仕方ないと思うわ」

 

「仕事といっても、だ。周りの人間に気を使い続けながら、ということをずっと・・・。本当に見上げた人間だな、彼女は」

 

「・・・ええ、そうね」

 

 ほんの少しの間を置いた答え。なにやら少し思うところがありそうな様子だったが、あえて聞かないことにした。

 

 

 

 そうしているうちに訪れた、晩餐会当日。ちせは、表向きは堀川公の名代として出席することになっていた。護衛の件に関しては隠して、まだ西洋に不慣れなちせを、学友であるプリンセスが案内する、という形で落ち着いた。オライリー卿の護衛に関しては、何も隣で護衛しなければならないわけではない、という理由だ。それに、今共和国・王国間は戦争をしているわけではない。完全に冷戦状態だ。あくまで、護衛は保険に過ぎない。

 

「ちせさん、そこまで固くならなくてもいいのよ?」

 

「私は固くなってなど・・・」

 

「いえ。いつものあなたから考えれば、少し力が入っているわ。ほら、ゆっくりと深呼吸して」

 

 言われた通り、ゆっくりと深呼吸する。少しだが確実に、こわばっていた体の力が抜けた。

 

「アンジェから、いろいろと教わっていたのでしょう?大丈夫。それをそのまま生かせばいいだけ」

 

「そう、だな」

 

 その声からは、やはりというか、固さは抜けきっていない。だが、緊張していると分かれば、ある程度対処のしようもあるというものだ。そのあたりは大丈夫だろう、と、プリンセスも割り切ることにした。

 

「ごきげんよう、プリンセス」

 

「ごきげんよう、オライリー卿。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ。一度、プリンセスとはお話してみたかったのです」

 

 そこまで来て、案内してきた使用人が一番奥の席を引いた。着席順は、プリンセス、ベアトリス、ちせの順。オライリー卿は対岸の三つある席の真ん中に座っている。

 

(晩餐において、一番最初に引いた順から上座。つまり、)

 

 今の位置から考えると、ちせはオライリー卿から見て斜め左の席に位置することになる。自分で椅子を引いて座ろうかとも考えたが、使用人がベアトリスの分の椅子も引いたところを見て、静観に徹することにする。

 

(座るときと立つときは椅子の左側から。座ったらナプキンを取って、軽く二つ折りにして膝の上)

 

 その間も、アンジェから教わったことを頭の中で必死に思い出しながらだった。ゆっくりと、教えられたとおりに着席する。着席してからも、あっているかどうかを頭の中で反芻する。その様子を見てとったのだろう、オライリー卿が髭の下の口角をかすかに上げ、ちせに向かって口を開いた。

 

「君が、日本から来たという、プリンセスの友人かね?」

 

「あ、はい。そうです」

 

「そこまで固くならなくてもよろしい。なに、不慣れなことはこちらも承知だ。ある程度の不作法は目をこぼそう」

 

「はい・・・」

 

 そうは言われても、どうしても固くなる。ここで大きな失態をやらかしてしまえば、プリンセスの顔に泥を塗る羽目になりかねない。もともとこちらの礼も作法も分からないのだ。

 晩餐会の作法を頭の中で確認していると、ほかの参加者も到着した。ひとりは、白髪交じりの壮年の男性。共和国大使館の部署の局長、とのこと。もう一人も共和国側の人間だった。

―――つまり、少し頭が回ればわかることではあるが、

 

(全員共和国側の人間、ということか)

 

 それとなく目をやれば、プリンセスの表情も心なしか硬い。ここにきて、彼女もこのパーティの真意が分かったのだろう。つまるところ、―――ちせ自身に課せられた、護衛というのは名目に過ぎない可能性が高い、ということだ。

 自慢ではないが、ちせは自分自身が騙し合いの類に向いていないということを自覚している。となれば、変にごまかしても見抜かれるだけだろう。ここは、覚えたてのテーブルマナーを思い出しながら、不自然にならないように努力すべきだ。そう判断したちせは、運ばれてきた料理と周りを見て、静かに一番外側にあるナイフとフォークに手を伸ばした。

 前菜とともに、見慣れないものが出てきた。とりあえず、静かにということを意識しつつ、食事を進める。

 

『いい、ちせ。晩餐会で、自分だけ先に食べ終えるようなことがあってはだめ。逆に、遅すぎるのも、あまり好ましくないわ。周りを見て、自分の食べるペースを合わせることを心掛けて』

 

 アンジェの言葉が頭の中で再生される。周りを見つつ、ペースを合わせて食べ進めつつ、会話をしていく。と、最後に入ってきた男が食べ終え、ナイフとフォークを例の見慣れないものに置いた。それを見て納得する。

 

(なるほど、これが、ナイフレスト、というやつか)

 

 アンジェとの会話を思い出す。確か、ナイフレストが出て来たら、次も同じナイフとフォークを使う、だったか。自分も食べ終えると、ナイフレストの上にナイフとフォークを置いた。

 

 何とか会話は合わせられているが、内容など話したそばから吹き飛んでいく。全員が食べ終わったところで、オライリー卿が手を叩く。それを合図に、次の料理が出てくる。その繰り返しだった。

 その間、ちせはほぼずっと緊張しっぱなしだった。パンはかじりつかず、少しづつちぎって食べる。その時に出るパンくずはそのまま。スープのスプーンは手前から掬い、音をたてないように飲む。食べ終えたら、ナイフは刃を内側にして、フォークは背を上にして、そろえて縦におく。今回は肉料理だったから、切るとき、ナイフは押す方向に力を入れる。力を入れすぎて食器で大きな音をたてないように。アンジェに教わったテーブルマナーを忠実に再現していく。

 

 食後の紅茶に口をつけながら、オライリー卿が口を開く。

 

「お口には合いましたかな?」

 

「ええ。どれもおいしい品ばかりでしたわ」

 

「プリンセスにお褒めいただき光栄です。ご学友のお二人の口にもあっていればいいのですが」

 

「ご心配には及びません。とてもおいしかったです」

 

「ええ。美味でございました」

 

 かなり緊張はしていたが、どれもおいしいと言えるものばかりであったことは、疑いようもない。学生寮のあの食事を考えれば、十分すぎるほどには美味だった。

 

「はは、それはよかった。では、今宵はここでお開きといたしましょうか。プリンセスはまだ学生。あまり夜遅くまで連れまわす道理もありますまい」

 

「では、ご厚意に甘え、わたくしたちもこれで失礼いたしますわ」

 

「かしこまりました。おやすみなさいませ、プリンセス」

 

「おやすみなさい、オライリー卿」

 

 オライリー卿の言葉に、プリンセスが応対する。上座から、プリンセス、ベアトリス、ちせと座っている以上、席を立つのはちせから、ということになる。席を立つときも左から。ナプキンはわざと雑にたたんで、ちせが先導する形で、会食の場を去った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 さて、プリンセスが自分たちを迎えに来た車に乗り、学生寮へ向かった後のこと。彼女らの次に入ってきた男の帰りの車には、赤い外套の女性が待機していた。

 

「どうだ?」

 

「AとDによると、一分80歩の歩き方の女性が、オライリー卿の邸宅に入って行ったそうです。ハイランダー連隊の元兵士とみられます。モーガン委員の一件でも、彼らが委員の監視に張り付いていたらしく、可能性としては無視できないものかと」

 

「そうか。オライリー卿本人に嘘は見られなかった。今回に関しても、おそらく嘘をつくことがうまくない人種だろうことは推測が付く。プリンシパルのチームはいったん手を引かせて、もう少し泳がせてみよう」

 

「プリンセスはどうでしたか?」

 

「なかなかに切れ者で、かつ食わせ物だな。たかだか子供だと侮れん。Dの分析が的確であるならば、二重スパイである線も薄い。それだけにうまく情報を絞りつつ扱うことができれば、あるいは。Bはプリンセスに忠誠を誓っているような節がある。Cに関しては、典型的な騙し合いのできないタイプだな」

 

「リスクに見合う価値はありましたね」

 

 壮年の男―――コントロールのLは、今後の作戦展開を考えていた。



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