異様な空気に包まれた、地区大会決勝・先鋒戦。
チーム・アヴェンジャーズの全員が、アイチが「まるでレンのようだ」と、そう感じた。
それは正しい感覚だった。
カードの声を聞くことができ、声に従ってファイトを展開すればファイトではほぼ無敵。その代償のように、性格は以前とはすっかり変わってしまう。その仕組みも覚醒する要因も未知の、謎に満ちた力。
ウルトラレア、櫂トシキ、ロアはその能力を知っていた。
「では、ファイナルターン!」
アイチが、このターンでの勝利を予告する。
「ファイナルターン」宣言に、会場は盛り上がってもいいはずだった。
しかし、それを許さない空気に満ちている。異様としかいえない光景だった。
アイチは“若年のペガサスナイト”でキョウに6枚目のダメージを与えた。予告通りの勝利。
それは、スタンドトリガーがなければ成し得なかったこと。
ウルトラレアも、確信する。
彼が、探していたPSYクオリアを持つ者なのだと。
レンの幻に怯えていたキョウは、アイチのファイトですっかり参ってしまっていた。
狂ったように笑い、叫び。
チームメイトも、キョウの異様な姿に戸惑っている。
そちらには視線もくれず、アイチは控え席に戻ってきた。そして櫂の前に立ち、「勝ったよ、櫂くん……」と儚げに笑った。
直後に頭痛に襲われたのか、倒れかけたアイチを慌てて櫂が支える。
アイチ自身も、自分の状態に戸惑っているようだった。——いつも通りのアイチが、戻ってきていた。
アイチは医務室に行くことになり、中堅戦ではミサキが戦った。
危なげなくミサキが勝ちを収め、会場は今度こそ大いに沸いた。
◇◆◇
所変わって医務室では、休むアイチの元へ櫂が訪れていた。
ミサキが勝ったことを聞き、アイチは喜びの声をあげる。そして、期待に満ちた声で問いかけた。
「櫂くん。僕は強くなったよね」
櫂は、答えない。
「櫂くんと再会して、ヴァンガードを始めて、これまでいろんなファイトを続けてきた。けど、今日くらい実感したことはなかったんだ。僕は、強いって」
櫂は、意を決したように瞳をアイチへ向けた。
「いや、先導アイチ。お前は弱くなった」
アイチの様子を見てから帰ろうと医務室へ向かったロアは、完全に入室するタイミングを逃していた。自動販売機で水を買おうと席を外し、同じように入るタイミングを逃したエミと共に耳をすます。
医務室の壁は厚いものではなく、入り口も開かれているので会話はすべて聞こえていた。
「弱くなった」と、櫂はそう言った。
櫂は、何かしらアイチの様子がおかしい原因に心当たりがあるのだろう。
そうでなければ、キョウという実力者相手に圧倒的勝利を収めたアイチを前に、そのような言葉は出てこない。
「櫂くん、今、なんて……」
アイチは動揺で瞳を揺らす。
「お前は弱くなった」
「なんで、あのキョウさんにだって勝ったんだよ。なのに……。
そんなことをいうなら、僕とファイトしてよ。僕がどれだけ強いか、
わからせてあげる。その言い方もまた、アイチらしくない。
日常にまで、PSYクオリアの影響が及んでいるのか。
それとも、ファイトが絡んだことだからか。
「どうしたの」
アイチはもう動揺していない。
不敵な笑みを浮かべ、瞳に鮮やかな光を灯し、挑発的な言葉で。
「もしかして、僕に負けるのが怖いの」
エミは息を飲んだ。
あの「怖い」アイチになってしまった……。
ロアとエミが緊張している中、会話は進み──亀裂は決定的になる。
「アイチ、お前と戦うことはできない。……じゃあな」
櫂はアイチの挑戦を受けなかった。アイチの言葉に何の反応も返さずに背を向ける。
アイチは、去っていく後ろ姿を睨むように見ていた。
「おい、櫂!」
ロアやエミがどうしたものかと戸惑っている間に、ミサキやカムイも医務室にやってきていた。
カムイに呼びかけられて立ち止まった櫂は、「俺はチーム・Q4を抜ける」とだけ言った。カムイの疑問に答えることもなく、そのまま歩みを再開する。
櫂は後悔していた。
俺はまた、同じ失敗を繰り返したのか。そんな言葉が頭をよぎる。
◇◆◇
会場をあとにする櫂は、自分を追いかける足音を聞いて振り返る。
「ロア……」
ロアは、櫂が早足だったせいで息があがっていた。
「櫂さん。チームを抜けてしまうんですか……?」
「ああ」
櫂の返事は素っ気ない。会話自体を拒絶しているようだ。
「あ……えっと」
櫂の鋭い視線から逃れるように、ロアは目を伏せた。
何かを言わなければならない。だというのに、ロアの思考回路は役割を放棄したようで、何も言葉は浮かばなかった。
沈黙の時間が過ぎていく。
櫂は無言でロアに背を向けた。
その背に「あ……」と声が漏れるも、それ以上続かない。
櫂に、拒絶された気がした。
「何て、言えばよかったのでしょう……。櫂さんが遠く感じます」