16話
緑の生い茂る森林を歩く。所々から日の光は差し込んでいて緑と白が調和して幻想的だ。
この世界に着いてあの草原から出発して何日か経った時のこと。
「追われてるよね」
そう彼女が小声で確認する。
確かに何者かに尾行されているような感覚はあった。ここ数日の間でも何度か盗賊に襲われては撃退しているので何となくわかってしまう。
それにしても、後ろから聞こえてどんどん近づいてくる足音はあからさまに怪しかった。だが現代じゃあるまいし『尾行されている』というだけで突っかかりに行くのは抵抗がある。動くのは相手に敵意があるか確認してからだ。
「ああ、どうする武蔵ちゃん?」
「様子見しましょう。誰だかわかんないし。繰君、目の準備をしておいて」
「了解」
俺は魔眼殺しの眼鏡をとって『手繰る魔眼』で自身の影を見ておく。しかし、明暗でチカチカしているこの場所では少し見にくく目を細めた。
カサカサカサ
音が次第に大体の人数が確認できる程に大きくなる。
詳しい人数は把握できないがそれなりにはいるだろう。
「繰君。私の合図で振り向いて、立ち会うわよ」
「了解」
ーーーあれ?俺、了解しか言ってなくね?
カサカサカサ
音がもっと近くなる。大体右後ろと左後ろに数人ずついるのだろうか。
眩しいのを我慢して
「さあ、二天一流の力、見せつけてやりましょう!」
「っ………応とも!」
ーーー『了解』って言いたくなかっただけなんです。
師匠の号令で振り向いて始めて敵を視野に入れる。
人数は右に5人、左に5人。自身に強化魔術をかけながら状況を分析した。
10代くらい、つまり俺と比べて少し下の年齢の少年たちだ。赤や黄色の布を体に着けてこちらに迫ってくる。
特筆すべきことが1つ、彼ら手には何もなかった。
「えっ」
俺は思わず声を上げて武蔵ちゃんの方へ向くと彼女も驚いたように目を見開いていた。
普通、盗賊というのは鎌でも斧でも刀でも武器を手にしているはずだ。実際今まで襲って来た盗賊たちはその枠に漏れなかった。
しかし、目の前の少年達はその枠から抜け出している。そして、あの目はロンドンの夜、自身の師匠が見せた人を殺す目だ。
こちらの物を『盗む』目的ではなく、確実に『殺す』目的でこちらを見ている。
ザザザザザザ
少年たちは速い。これはふとあの草原で出会った少年を思い出させる。
こんな相手について思考している時間はなかった。もうすぐそこに手ぶらの殺し屋は迫っているのだ。
「任せた!」
武蔵ちゃんは必要最低限のことだけ言って俺の元から右へ飛び出した。一見、冷たい反応でがっかりしかけたが、これはきっと多分信頼されているからだろうと強引に思考を持っていく。『戦う前から後ろ向きにはなるな』武蔵ちゃんから注意されたことである。
俺はいきなり走っていきなりライダーキックをかました。
蹴られた少年は流石に吹っ飛んで木に体をぶつけたが、ほとんどダメージを与えられていないようなぶっきらぼうな表情をしていた。普段ならこれで気絶しているはずなので一驚するがそれは隙となる。容赦なく四方から拳が飛んで来た。俺は魔眼のナビゲートによってするりと抜け出して大脇差を抜刀。中段に構えた。しかし、刃と峰が逆になるように持っている。無論わざとだ。
俺は飛んでくる少年たちになんとか反応して攻撃をしてみるが、異常なことに全く攻撃が意味を成さない。相手に何かしらの魔術の痕跡がある訳でもないのにも関わらず身体能力がずば抜けており、体が鋼鉄のように硬い。そんな話があっただろうか?
「くっ」
思わず苦しみの声を上げる。このまま、彼らの攻撃を掻い潜ることは可能だが、すぐに体力が切れ、その隙に殺されてしまう。
「繰君。今はそうで良いかもしれないけどいつかそれは覆るから」
ロンドンでの忠告が脳の中でこだました。
生きる為に殺せ。コロセ、イキロ、イキろ、コロせ。生きる為にコロセ。
思考で真っ黒になる。考えすぎて何も考えられない。俺は無意識のうちに魔眼に従っていた。
吹き出す血、分かたれる胴体、俺は遂にヒトゴロシと成ってしまった。
ああ、ああ、あああ、ああああ、
体の震えが止まらない。一歩も動けない。
「繰君!!」
武蔵ちゃんの声が届かない程俺の意識は朦朧としていた。
意識は消え去って無意識が侵食する。体が何かに奪われる。
構わず少年たちは俺を吹き飛ばす。蹴る。殴る。叩く。殴る。蹴る。叩きつける。
俺は無意識に完全に飲まれる。
今は痛みも感じない。言葉を出せない。体が動かない。
(…………………)
意識が無意識と断絶している。体は言うことを聞かない。
どうにかしなくてはならない。もう何でも良くなった。
制御しろ。ムダだ。
俺はこれから起こるであろう
4人は素晴らしいコンビネーションで攻撃している。俺は無意識にそして丁寧にそれを裁く。
そして、斬る。それを4度繰り返すとそこは血という絵の具がばらまかれた絵画となった。
(………………)
意地悪にも視覚だけ奪われず残ってしまったので俺はその絵の工程も全て見てしまった。
(魂と肉体のズレか……)
そんな声がどこかから聞こえた。そんなのはどうでもいい。
「ハ、……………ハハっ」
あまりの意味不明な現象に自分自身を嘲笑う。
そのまま俺は崩れ落ちた。
俺はヒトゴロシだ。どんな精神状態であれ人を殺したのだ。
ハジメテのヒトゴロシ。
体の制御が聞くようになったと同時に血生臭さと背徳感で吐き気と苛立ちが訪れる。思わず吐いた。そして愚痴も吐いた。
「なんなんだよ。なぜなんだよ」
歯ぎしりする力も湧かない。ただ呆然と倒れている。なんとか立ちがらなければと近くの木まで這ってなんとか立つ。改めてこの深山繰の人生でもっともグロテスクな絵画を鑑賞する。といっても恐ろしさ故に一瞬で目を閉じてしまった。
「ヒトゴロシ、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ」
頭の中にその言葉が何度も流れる。こんなネガティブシンキングは嫌だ。そう思いながら思考の歯車はは悪い方向へと回転を止めない。
俺は人の人生を奪った。そんな責任、どう負えばいい。
それしか俺の頭にはない。
「はーい、思考やめ!」
突然、誰かに抱きしめられた。………誰だ。
「うん、落ち着いた?」
武蔵さんか…そうか。そうだよな。
「ごめんね。貴方をそう追い込んだのは私」
(違う。そうじゃない。間違ったのは……誰だ?)
確かに、強引にケチをつければ、彼女のせいにすることは可能だった。
全員彼女が相手をすれば、いい話だとケチをつけることはできる。しかし、それの行為はとことん人として終わっているのだ。
俺は人を殺した。殺さなくては生きていていくことは不可能だった。
確かに、正当防衛と言えるだろう。
それで、殺人の罪を帳消しにするのはどうだろうかと考えている自分がいた。
正しい。ああ、正しいとも。でも俺は、その行動が完全に善であることは肯定できない。
世の中はどこまでも矛盾だらけで、中途半端だ。そもそも、この感覚に白黒つけることは全くもって間違いそのものなんだろう。
「怖かったよね、本当にごめん」
「いや、違う。こうなることは普通予測できた」
「君は悪くない。そうやって全て背負い込まないの。そう思っているなら君は一生そのままだ」
価値観が違う。そう思わされた。こちらは何があっても殺しが容認されない価値観。
あちらは大義名分があれば殺しが容認される価値観。
だからこそ、後者の価値観を持つ彼女にはこの葛藤が存在しない。そこを責めて、『俺のことは分からないくせに』と突き飛ばすことはしないが、責めたくなってしまうのは、どうすればいいのだろうか。
俺はこの葛藤に決別をする必要がある。
こんなことが続いてしまったら、次、もしくはその次で死んでしまう。
俺はまだ彼女と旅がしたい。
それでは、俺はなぜこの人に弟子入りしたのか?何が俺をそこまで掻き立てるのか。
そう、この人に憧れたからだ。自由奔放。その生き方に。だから、
「わかった」
俺は武蔵ちゃんをゆっくり押して自分が大丈夫であることを知らせた。
ああ、こと生存において優劣など存在しない。だが、それでも、殺したんだ。
だから、俺は彼らをそして殺すこととなる奴らを殺すという罪を勝手に未来永劫背負うことにした。
自殺など生温い。俺は
「そう、なら良かった」
心配した顔で心配したようなトーンで、つまり、セリフとは真逆の表情で彼女はそう小さく呟いた。
「ここがどこなのか、さっき聞き出したから大丈夫。あと少し。さぁ、行きましょう」
冷静になった俺は自分自身の考えは正解だったのか、自分にしつこく問いただすと、既に答えは導き出されており、1つの回答が提出された。
まず、正解はない。そして、不正解しか存在しない。
それ程、世界は狂っている。
この考えは深山繰の個人の考えです。