17話
夜空に光る満面の星空。そして、眼下にも広がる
「綺麗」
「………」
あまりの綺麗さに俺は言葉が出なかった。
「さて行きましょう!」
「ああ」
俺は武蔵ちゃんにつられ北京に入る。夜にも関わらず都市は賑わっていた。様々な人種の人がいて無数の言語が飛び交っている。その中には黒人や日本人も見受けられた。しかも奴隷などはいない。宿などを探しに人混みの中をかき分ける様に進んで行く。俺たちはちょくちょく互いの場所を確認しながら看板や出店を見て回って情報収集を始めた。英語、中国語、ハングル語、アラビア語、量が脳の容量をを凌駕して目眩がする。街並みは20世紀初期といったところか。
しかし、街並みがその時代相当であるというだけで、圧倒的な国際色の前には、まるで近未来の街にも見えた。
ふと、武蔵ちゃんの方を向くと誰かと話しているのを見かけた。身長は彼女と同じくらいの赤い髪を後ろにまとめたチャイナ服の男。…一見コスプレをした痛い人だが、人種が混沌とした都市では違和感はなくなっていた。そういえば俺や武蔵ちゃんが帯刀したままなのに変な目を向けられていない。
その男に話を戻すが、中途半端な俺が見ても規格外だと分かるほど強い。談笑しているのだが目が完全に戦闘民族のようだった。
しかし、殺人鬼のような獰猛さは持たない、持っているものは戦うことを楽しむ戦闘魔の矜持に見えた。つまり、俺の師匠と同類である。
対して武蔵ちゃんもニヤリと笑いこちらもまた完全に戦闘民族だった。このままでは彼女らが路上fightを始めるのも時間の問題なので止めに入ろうと決心する。が、待てどう止める?そもそも、俺が鉢合わせた戦闘魔の2人を止められるとは決して思えない。
それにそうだ。俺は中国語が話せない。それじゃあしょうがない。下手に何か喋ったら殺されそうだし……と遠巻きから見ておこうと思い通路の端に寄る。
辺りを見回していると路地裏に入る赤と黄色の布を着けた少年たちが見えた。
ーー先日の少年たちと関係があるのか?
そう疑問を持って付いて行こうとすると体が急に震え始めた。まだ、人を殺すという恐怖がしっかりと刻まれている。付いて行ったらまた人を殺してしまうと体が訴えているのだ。
怖くなくなっていたら只の殺人鬼だ。優柔不断な俺は足を止めて元に位置に戻り、武蔵ちゃんがあの明らかに強いチャイナ服の男と会話を無事に終えるまで祈って待つことにした。
数分後、なんと無事、戦闘に発展せず武蔵ちゃんが会話を済ませるとこちらの存在に気づいて向かってきた。ほっと胸を撫で下ろす。
「武蔵ちゃん、さっきの中国の人どうだった?」
あれほど規格外な人を彼女はどう思ったのか。
「とんでもない御仁だったわね。本気の私で勝てるかどうか…」
そうだろう。恐らく彼は彼女が戦ってきた中でトップレベルの強さを誇っているはずだ。というか、彼以上の存在が沢山いるのはたまったもんじゃないと思って、その男の方へ視線を移すが既にその姿はなかった。
そのまま少し調査を続け適当に宿に泊まることにしかったが、金がない。
「武蔵ちゃん、お金がありません」
俺の手元には日本円と19世紀のイギリスの通貨しかない。ここでどんな通貨が使われているか分からないが今の手持ちが使えるはずがないのだ。
「しょうがないな……鍔売りますか」
「はい!?」
「この鍔綺麗でしょ?結構高く売れると思うのよね」
そういうことじゃない。刀は『武士の魂』で鍔は刀の大事なパーツだろう。当時の武士の中では特異的な思考を持つ宮本武蔵だからこその言動なのだろうが、流石に物を大事にしなさすぎというか。そもそも刀に鍔が無かったら結構不便なのではなかったのだろうか。
指を切ってしまうとか聞いたことがある。
「いや、大丈夫だ武蔵ちゃん。俺がどうにかする。師匠から身の回りの世話をしてもらうとか弟子の面目が保てない」
「そう?」
俺は武蔵ちゃんに待っておくように言って何処かに行って戻って来る。え?何を売ったって?ダイジョブダヨ。
別になくなって生活に支障をきたすものは断じて売ってない。
「これだけ手に入った」
「何処で手に入れたの?こんな大金!?」
俺の財布には結構な量の紙幣が入ってる。別に闇市的な場所で有名な刀だと騙して刀を1本売って金をせしめた訳ではない。
「さて何処かに泊まるか」
俺たちは北京の繁華街とも言えそうな場所のホテルで泊まることにした。勿論、武蔵ちゃんに通訳を全て頼んで。
しかし、部屋に入った時に後悔の情は吹き出してきた。外装が明らかに高そうなのだ。だって、エントランスに高そうな絵があったし、高そうな壺もあったし、シャンデリアもあったし。
部屋はワンルームでベッドが二つ。テーブルや椅子もあって風呂トイレシャワー完備。
偏見かもしれないが、この時代にしては豪華すぎないか?絶対高いやつだこれは。この手持ちの刀で足りるだろうか。この都市のお金についての価値観をまだ知らない俺は1人で震え上がった。
「疲れたぁ〜」
武蔵ちゃんは刀を置いてベッドにダイブする。
先程、この世界の時代を20世紀初頭と考察したがもしそうだとするとおかしい。何故ならこの時代の中国は日清戦争に負けたから欧米列強によって租借されて租借されてされまくった。あんな殆どの人種が一緒にいて仲良くしているのは変な筈だ。
「どうしたの繰君?深刻な顔して」
「いやだって完全に正史とかけ離れているじゃん」
「そうね〜なら本来の世界じゃないんじゃない?」
そんなてきとーに言われても。だが、そうとしか考えられない。
「武蔵ちゃん、シャワー先にどうぞ」
「お、ありがと」
今更だが彼女はカタカナ語をすんなり飲み込んで理解している。これも長い旅の恩恵なのだろうか。
武蔵ちゃんはシャワーを浴び始める。
俺は最近あまり読み進めていなかった本を椅子に座って読み始める。シャワーが水を出す音。それが肉体に跳ねる音。なんだか聞こえる鼻歌。風呂があるのだからそっちを使えば…
…ヤバイ。
なんだかすごく。とんでもなく緊張する。本を読むのに集中したいのに気が散る。鼻歌が昔の日本の歌っぽいのがなんか良い…じゃない。どうかしなければ。只でさえ捻くれたネガティブキャラを持つ俺に変態というキャラが追加されてしまう。
何してるんだ?俺は?(自己嫌悪A)
結局、武蔵ちゃんのシャワータイムを盗み聞きしてしまう形となって…いいえ。聞いていません。
「繰君、次どーぞ」
「了解」
本の内容は半分くらい入ってこず溜息をこぼしながら本を閉じて後ろを振り返って吐血する。
なんで道着だけなの!?
いつもと違い髪を下ろしている彼女は大人びいていて、僅かに湿っている髪の毛はそこに色気を付加している。道着だけということもあり足にとても目がいってしまヤメロォォォォォォ!」
「繰君どうしたの!?急に叫んだりして」
「なんでもない。なんでもないんだ」
俺は平然を装って武蔵ちゃんの横を早足に抜けて行った。あれ、つまり武蔵ちゃんが使った後のシャワーを使おうとしているのか。それはまずい。
よし、シャワーなんて使ってたまるか。
俺はとっとと風呂から上がってテーブルの上の本を取りベッドにダイブ。
武蔵ちゃんは刀の手入れをしていた。
部屋の中は静まり返って読書に適した空間となったので本を開いた。今度はしっかりと読み込んでいこう。
「ねぇ、繰君?」
「なんだ武蔵ちゃん?」
時間が経っていたためしっかりと反応できた。
「私ってさ、あの御仁に勝てるかしら……」
「………」
よくまたそんなこと言えると本を閉じる。今度はしおりをして。
「勝てるだろ」
「プッ」
「今……俺を笑ったな?」
「いやさ、繰君私のことに関して全肯定だからおかしくて。ていうかどうしたのその言葉遣い?」
「……何でもない。武蔵ちゃん続けて」
「何でそんな私に信頼を寄せてくれるの?確かに嬉しいんだけど…l
「言っただろ。俺は師匠に心底憧れているんだ。憧れている人が負けてるとこなんて見たくないだろ」
武蔵ちゃんは後ろを振り向いて俺の言葉を今までになく真剣な目つきで聞いていた。思わず目が合う。
「生涯無敗だろ、貫き通せばいいんじゃない?」
「生涯無敗っていうのも勝てない相手とは勝負してないだけよ。私は只の臆病者。怖がりなのよね」
「俺と同じだ。俺も臆病者だよ」
「そうね。多分、君の方がたちが悪い」
そうクスクスと笑わないでくれ尊すぎる。
「なんかありがと繰君」
「お安い御用だよ」
「これからもよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
夜は更けて月は光る。その光は人々を包み込んで眠りへと誘う。俺もその光の誘いに負けてベッドに身を任せた。
旅で疲れがたまっていたのか5分も経たずに眠っていた。
孔明来なかった……