天元の花、零の先へ   作:新川翔

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其の二

32話

 

空気は乾燥していて、星も星座がよく識別できないくらいによく見える。なんだか寒い気がして、そろそろ帰ろうと白い息を吐いた。振り向き一歩踏み出すと、後ろから1つ強めの風が吹く。

松明はなんとか無事だったが、その風はなんとも寒く、冷たい風で身を震え上がらせるには十分だった。その風で雪は氷となり、枯れ木達は次の春の為に己に蓄えた水分を全て飛ばされる。

 

「…!」

 

その風を感じた直後、嫌なものを感知した。怨念、恨み、妬み、いわゆる残留思念が突如辺りから冬眠から覚めるように吹き出し、生まれ始めたのだ。それも十、などではなく、百、千、万。

実際見たわけではないがまるで突然冷たい人混みの中に放り投げられ、その不気味でひんやりとした感覚に脳が震え、唇が紫に染まる。

恐怖耐えきれず、松明を投げ出し、庵に向かって思わず走り出した。

たった数歩の筈なのに10キロ走った様な疲れを感じる。半分凍っている足場が、足をスリップさせ上手く進ませてくれない。それでも、逃げる為に強引に足を回転させて庵の入り口にたどり着いた。

 

すぐに庵の扉を開閉し中に入る。その扉を背もたれにして座り込み、酸素を欲している肺の中へと、空気をに送り込む。息は荒く体力はたかが数秒で底に到達しかけていた。

息が落ち着いた頃、俺はやっと冷静な思考を取り戻す。

 

珥加理刀を取る。この刀の女の霊を切ったという逸話がその通りならば、幽霊やその類に絶大な効果を発揮する。

まだまだ息は上がっていて、心臓も一分間に160回ほど心拍している。体は硬直し、その場で倒れ込む。この手には絶対的優位に立てるものがあるのにも関わらず心の底から恐怖が込み上がって俺を拘束する。

『怖い、怖い、怖い、コわい、コわい、コわい、コワい、コワい、コワい、コワイ、コワイ、コワイ』

脳が助けを求める。体はその指令に反射的に従って四足歩行でドカドカと音を立てながら、武蔵ちゃんの所までに飛んで、精一杯力のある限り彼女を揺すった。

 

「どうしたの……っ!」

 

彼女は起きると同時にその場がおかしい事を察知した。此処は生者の場所ではないと。

 

「………、……」

 

恐怖を上手く言葉にできない。落ち着けない。なんだろうかこの底なしの焦燥感と、恐怖心は。

彼女は外に何かいる事を察して刀を帯刀する。軽くストレッチをして一度深呼吸、目を完全に切り替えると、回れ右をして四つん這いになっている俺の方を向く。

風の勢いは増す一方で戸を叩く音は大きくなるばかりだ。

 

「さぁ!行くわよ!」

 

彼女は強引に力強く俺の右腕を引っ張って立たせる。

その手の触れ合いと彼女の言葉によって、多少恐怖が体から抜け、気分が楽になった。まだ少し震えている足を止めて魔眼殺しのメガネを置く。また、バックの中からリボルバーを取り出し、残り弾数を確認して危ないがポケットの中に入れた。

まだ、寝ている卜伝さんを俺は呑気だなと、少し恨みみながら目を強化して暗視ゴーグルのようにした。

 

うるさくなった戸を乱暴に開けると風は何処かに消えている。

その代わりに空気だけが変わっていて、生気の代わりに瘴気がはびこり、其処らに髑髏の亡霊が何かを求め彷徨う様に蠢き、唸りながら浮かんでいる。そして、俺たちが数時間前に歩んだ道の先、轍の跡の先に何かがいる。

 

黒く、ドス黒く、霧の様な、物体の様な何か。

ヒトや兎、狼に猪、その姿形を変えながらも、血の様に赤い2つの光をこちらに向けて、こちらを警戒しているのかまるで実験対象のマウスを観察する科学者の様に動かずじっと見つめている。

 

「繰君、君はどう思う?」

 

「いや、分からない」

 

短く直感で思った事を口にする。

俺の目にはあれの切り方が映らない。つまり、逃げるのが取るべき行動だとこの目は言っているのだ。

 

「武蔵ちゃんの目にはどう映ってる?」

 

「うん、いざ出てみたけど逃げたい」

 

幽霊というのは古今東西『恐怖』を与える存在として確立している。よって、怪談も人を怖がらせる工夫が施され、どんな人にも不気味だと思わせる何かがある。目の前のアレはそれを体現しており、恐怖とか、恐れとかを1つにまとめて、縮めて、かき混ぜて、固めて、1つの物体にした様なものに思えた。ツギハギで今にも壊れそうだが壊れない危なかしさがある。

だが、それを恐れる必要はない。本能(無意識)など、理性(意識)で覆せばいい。

 

「武蔵ちゃん、二方から攻めるってのはどう?」

 

「うん、私もそれしか思いつかなかった」

 

2人はいっせーので走り出す。冷たく冷えた雪を滑らない様に踏みしめ、肌を切る風を物ともせずに薄い弧を描く。アレとの距離は約20メートル程、彼女はそれを1秒にも満たずに肉薄にする。刀を一度振り下ろせば、血の代わりに黒い砂の様なものと、アレの咆哮が出てくる。その咆哮も、やはり、薄汚い不快で混沌な声だ。ヒト、鳥、犬それらが混じった様な声だ。

 

俺は構わず上段からアレを切り裂いた。先程よりも数段大きな咆哮が上がり、空間は振動する。それを断末魔としてアレはバタンと倒れた。

 

「なんか私のより効いてるけど!」

 

「それはこの刀の恩恵だ。俺の腕がどうとかじゃない」

 

「そう……その刀後でくれない?」

 

「流石に無理です」

 

俺たちはアレの死体に集まり、様子を見る。

すると、足元には撒き散らされた黒い粉が俺の足の間を通っていく。

なんじゃこりゃ、まるでまっくろ○ろすけじゃん。いや、それどころではない。それらは傷口に集まって明らかに修復していっているのが解る。

 

「武蔵ちゃん!コイツ復活するぞ!」

 

「え!?これで倒せてないの!?」

 

俺たちが数メートル下がると、次の時間には光を失っていた赤い目が生気のない光を灯して怪物の産声(咆哮)をあげる。体の各部位から動物を模した触手の様なモノが四方八方に伸ばしてそこら中を喰い散らかす。俺と武蔵ちゃんはその捕食を掻い潜りながら距離を取ろうともう少しジリジリと退いてゆく。

この継ぎ接ぎの幽霊はストックがあるのか、それともただ死なないものなのか、俺の斬撃は確実に入っているかと思ったが、もしかしたらこの刀の神秘で対抗出来ないほどの神秘をアレは備えているのかもしれない。そんな考察をしていると捕食は終了し、アレの半径10メートルのものは全て無くなり、雪が禿げ地面が見えている。

伸ばしていた触手をゆっくり戻して元の形に戻って、また姿形が流動的に移り変わるナニカになった。そうなると、アレは赤い目を俺たちに向けたままじっとしている。

 

傷つけられたことなど忘れたように。

 

また、強い風が吹き始める。雪を砂のように巻き上げて砂嵐ならぬ雪嵐が辺りを囲み、暗く見えにくい視界をもっと見えにくくしている。それでも赤い目は鈍く光っている。

 

「繰君、一旦逃げるわよ」

 

「了解」

 

完全に思考の外にいる規格外な敵の対策を練るために退却を決断する。

さて、そう簡単に逃げさせてくれるのかと考えていると、何処かから風を切る音がする。少しずつその音が大きくなり、俺の目は回避する様に指示した。

 

「武蔵ちゃん!伏せて!」

 

次の瞬間には爆弾と思われるようなモノが投下された。俺たちは紙一重に伏せたが、爆風に吹き飛ばされてしまい、背中を木に強打してしまった。

痛みに耐えながら立ち上がって周りの状況を怯えるネズミの様に左右と目の前を確認する。先程までいた黒いナニカは跡形も無く消え去っており、その代わりに1つの人影と1つの金棒が剥き出しになった地面に刺さっていた。雪の煙はやがて晴れてゆき、シルエットは色を帯びてくる。

 

「見目麗しい……」

 

隣で武蔵ちゃんがそう呟いていた。

異形の者だと示す赤い肌、額には立派な二本の頭を生やし、長い金髪を2つにまとめ、着物を少し着崩した様に着る丁度中学生くらいの身長の少女がそこにはいた。これはもしかしなくても鬼だろ。彼女のこちらを見る目は冷たくて鋭い。

その美麗な鬼は暫く俺たちを見て口を開いた。

 

「大方、迷い込んだ生者か」

 

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