34話
「繰君?その野菜はどこから持ってきたの?」
俺はバッグから野菜を取り出して借家の備え付きの台所に置く。
野菜は大根、人参、里芋。
「卜伝さんから頂戴した」
「そうなのね。それで、どんなうどんでしょーか!」
おいおい、盗んだのか!?とかいうツッコミはないのか。
いや、普通に貰っただけですけどね。
「まず、これらを洗います」
さて、水は何処だろうかと辺りを見回す。すると普通では考えられないものを台所に発見してしまった。
「武蔵ちゃん、アレ」
「へぇ〜、意外ね」
台所の端に井戸がズンと佇んでいた。
現代人である俺にとっては井戸自体が目新しいものではあるが、その目新しいものがこんなところにあるのにも驚いた。井戸って普通、外にあるものではないのだろうか。
「武蔵ちゃん、井戸が家の中にあるってことある?」
「ない」
俺は恐る恐る井戸の中を覗く。底はかなり深いようで『あ〜』と言ってみると声が反響した。落ちたくない。落ちたら絶対死ぬ。
さて、気分的に水を汲もうと縄を掴むが、あれ、どうすればいいの?
この縄を動かしていれば水が汲まれるのかと不器用に引っ張ってみる。
「あ、私やるわよ」
すると、武蔵ちゃんは見かねたのか後ろから手伝おうと提案してくれた。
「お願いします」
俺はさっきまで引っ張った分を無駄にしないように保ちながら振り向いて彼女にその縄を手渡す。
手渡す瞬間、一緒に縄を握った瞬間、互いの手が一瞬だけ触れる。
俺は直ぐに手を離して包丁や鍋や作り置きのうどん生地を出す為に早足で歩く。決して恥ずかしかった訳ではない。うん。ああ。そうだ。
いや、慣れねぇよ。元々異性に気軽に話し掛けられる性格してないし。ここまで話せるのも他に話す人がいないだけだしと言い訳をついて調理道具を出そうとすると
「ハイドウゾォ!」
武蔵ちゃんが早口でこちらに水入りの木製バケツを渡してくれた。早過ぎでしょ。
「アッ、ワタシマッテルカラ!」
そう言い残して駆け足で奥に行ってしまった。
「どこ行くねーん!」
まだ水を使う機会はあるのだが、もう遅かった。
さらに、勢い余って関西弁で突っ込んでしまった。関西人でもないのに。
まぁ、彼女のことだからまた呼んだら嬉しそうに来るだろう。彼女はほんと分かりやすい。
さて、野菜を洗って皮をむく。
それらを一口サイズに切って煮るので水が欲しいと井戸の方へ向くと水で満たされた無数のバケツが置いてある。いつの間にこんな事を。そう里芋を塩でもみして水で洗いながら思った。
気を取り直して、鍋に出汁とみりんを入れて煮立てて、大根、人参は1分、里芋を追加して2分、醤油、塩を入れてさらに1分煮る。
俺が知っている本来のこの料理は里芋と一緒に鶏肉を、醤油、塩と共にししとうを入れるのだが、卜伝さんは持っていなかった。
テキパキとうどん生地の塊をを麺にしてお湯で温めてから水を切る。
それらを取り出して冷まして小麦粉をまぶしておく。煮汁はそのまま置いておこう。
揚げ油を170度前後というのも此処では分からないから感覚で熱する。小麦粉をまぶした野菜をサックと揚げたら油を切る。
残っていた出汁の鍋に50mlの水を入れて野菜を入れる。また煮立ったら火を止める。それらを1つの丼にまとめて盛り付けて完成。
「あ……」
このうどん熱いやつだ。この熱い地獄でこのうどんは絶対ダメなやつだ。
「完成しまし…た」
「さぁて!どんなうどんじゃなんでしょーか!……冷ます?」
「冷まそう」
武蔵ちゃんは嬉しそうに飛んできたが、動きを止めてシュンと落ち着いてそう言った。そうだ。冷ましてる間に相談しよう。
「武蔵ちゃん、あのさ」
重いトーンで、寂しく、語る。俺たちは卓を挟むように座る。
「このネガティヴシンキングってどうすれば治ると思う?」
「どう自分を正当化しても自分が悪いって思える。自分の中では一番いい正解なの筈なのに後悔しかない」
「自分が正しいと思うにはどうすればいい?」
「そもそも俺の生き方は正しいのか?」
実際、アトランティスで目の前にいる彼女と旅をするという解を得ている。
しかし、それさえもあれだけ悩んで吹っ切れてもこの解に疑問がある。
「ん〜〜」
武蔵ちゃんは手に顎をあて首を傾けて思考している。
武蔵ちゃんは両手で頭を抱えて思考する。
武蔵ちゃんは腕を組んで目をつぶって少し体を逸らして思考する。
それを何度か繰り返して突然、目を開ける。
「じゃあ、間違ってるんじゃない?」
「……だよな。じゃあ何が正解な「そこがダメ!」
彼女はすくっと立ち上がって俺を指差す。目は虹色に輝き鋭く俺の姿を映している。彼女の目は殺し合いの時に見せるそれだった。
「そもそも、
君は正解を求め過ぎてる。正解を出すなんて時期尚早、多分正解は死に際にパッと思いつくようなものだと私は思うの。自分の最期に全てを振り返って『間違ったな』と思えば不正解。『良かったな』と思えれば正解。
まぁ、そう言っている私は結構中途半端な三角なんだけどね。
それは置いといてそれが自分の解。存在論。
つまりね、自分を振り返るのはまだ早すぎ。今は自分の目の前に集中しなさい。
ああ、既に自分が悪かったと思うことは省みること」
そうか。そうだ。だがこのモヤモヤはどうすれば……
「分かった。ありがとう武蔵ちゃん」
「さて、繰君のうどんを頂きましょうか!」
「「頂きます」」
軽く雑談と笑顔を交えて食事は終わった。
食事を終えると半日地獄を歩かされた疲れが体全身を襲った。体はもう役目を果たしたと脳からの指令を拒んでいる。
最後の力を振り絞って食器を片付ける。さて、寝ようかと気持ちを切り替えると何故か布団や枕などの寝具は1つしかなかった。苦情の一つもつけてやりたいところだが、もうそんな気力は残っていないので武蔵ちゃんに寝具を譲って畳に寝転がる。
メガネに手を取ってふと思った。確かアトランティスのあの時に俺の目に対する問題は治った筈だ。ならば普通に生活しても魔眼の暴走は起こらないだろう。
揺らめくろうそくを消すと瞼が重さに耐えきれず閉じてしまった。
互いにおやすみと言って眠りにつく。
地獄は熱いが暗く、意外と寝やすかった。
コンコンと扉の叩かれる音に目が覚める。さて、何時間寝たのだろうか。体を起こして少し背伸びをする。誰かがか来たようだ。
「おい起きろ」
どうやら獄角さんが来たようだ。武蔵ちゃんは直ぐに目を覚まして飛び起きる。またあの美しい鬼に会えるという思いで心を躍らせているのかキラキラしたオーラを振りまいている。
「繰君!私出るわ!」
「いやいや、客人をまずもてなすのは弟子の役目だ。俺がやる」
「いいや、たまには師匠がやってもいいでしょ」
「よくねぇよ。流石にこの弟子舐めてんのかってぇ!」
会話の途中でダッシュ!
「待て!この卑怯者ォ!」
お前が言うな。
そう思いながら俺は押し合って戸へ全速力でかける。
戸までの距離はあと4メートル、推定あと5歩。
対して彼女と戸までの距離は約7メートル、そして今は隙を突かれて挙動が少し遅れている。このままならギリギリ勝てるかだが、サーヴァントを舐めてはいけない。油断は禁物。
一歩、後ろは振り向くな。後ろに気を取られた瞬間、俺の負けとなる。足に強化魔術をかけるために魔術回路のスイッチを切り替える。
もう一歩、もうそろそろ彼女は走り始める。完全に魔術回路をオンにした俺は足をありったけ強化する。魔眼を発動させ自分の影を見た。
さらに一歩、彼女はもう俺に追いついて手加減をしてタックルをかます。しかしそれはこの狭い廊下と俺の鍛えた足腰には通用しない。まず、今の俺に手加減をしている時点で負け確定だと思え。俺は彼女を少し押し返した。
また一歩、彼女は俺の成長を感じたのかもう少し強く押してきた。まずい調子に乗って彼女を挑発してしまった。いや、そんな事を振り返ってる暇はない。魔眼はこのまま進めと指示している。ならば、それに従うまでだ。
最後の一歩、この戦いには俺に大きなアドバンテージが存在した。
それは戸を開けるための取っ手が俺の方にあるということだ。俺は手を伸ばしてその取っ手を掴んだ。あと少しで彼女に取られるところだったと心の底から安堵する。
しかし、それが終わりではなかった。
そう、戸を開けて出るまでがこの競争のゴールなのだ。まずい彼女は取っ手を奪おうと俺の手に迫っている。俺は脊髄を機能させ最大限度の反射で戸を開ける。
結果、彼女の手が重なって一緒に開けているみたいになってしまった。
戸を開ける音はかなり大きく目の前にいた獄角さんは驚いたのかピクッと反応した。
「「はい!どんなご用件で!!」
「あ、ああ。少し話があってな。今大丈夫か」
「「はい勿論、上がってください」」
俺たちは声を揃えてそう言った。
「いいや、済まないな。こちらは仕事で忙しいんだ。ここで済ます」
「もう釣れないなぁ!獄角ちゃんは!この堅物キャラめ〜」
「おい、武蔵ちゃん!まずいぞそれは!もし怒りを買ったら…」
「ん?どうした?」
やばい。武蔵ちゃんの頬は完全に緩みきっている。獄角さんもキョトンとしてるし。
「いいえ、何でもないです。それでお話は?」
「ねぇ、お姉さんといいことしない?」
なにゆうとんねんこやつは。ここまで見境なしだとは思わなかった。
「黙れ武蔵ちゃん」
「どうした?地獄の温度でおかしくなったか?」
やはり、相手を心配させてしまっている。
「いやうちの師匠が「黙ってろ弟子ィ!」
「いや、そこには誰もいないのだが」
「「は…?」」
うどんのレシピはクックパッドにあるものを参考にしました。