でも、水着武蔵ちゃんの礼装は来るんじゃね。そう心から願ってスカディをあまり回さなかった熊だった。
42話
なんとか仕事を全ての終えた俺たちは部屋でくつろいでいる。
何をしたかというと報告書を書いて、黒装束の陰陽師調査してまた報告書を書いた。あれ、これだけだ。激務でもなんでもないじゃん。それ覚えられない俺って低脳じゃん。
自分の低スペックさに呆れて畳を背に倒れた。その時思いっきり腰を強打してしまう。これには武蔵ちゃんにも『何してんの』と真顔で心配された。
「それで、次はどうすんの?」
「獄角さんには待機としか言われてないから、しばらく休憩」
「よし、じゃあ行くわよ!」
休憩であるはずなのに彼女は立ち上がってどこかへ行く準備をし始めた。
「どうしたの武蔵ちゃん!?」
「え?ほらはやく支度する!」
「あ……」
なんだか察せてしまった。
稽古である。そういえばここ最近、鍛錬をしていなかった。彼女にとってはここ1、2ヶ月剣の修行は何もしていなかった。鈍っているであろう勘をすぐに取り戻したいのだろう。
「分かりました師匠!」
俺は彼女を怒らせないためにも急いで支度を済ませ何処か空いてる場所へと出かけた。
「それじゃあ、この辺で始めましょうか」
「了解」
俺たちは怨霊達があまり湧かない閻魔大王がいる都市の近郊で適した場所を見つけ、そこで稽古を行うことにした。遮蔽物もなく広々としている平らなところだ。
屈伸、アキレス腱、深呼吸。
荷物置いて準備運動を済ましたら、自分の身体を強化して互いに刀を構える。
地獄の熱せられた空気が張り詰める。
距離はおよそ3メートル。
俺は剣先を彼女の喉元に向けながら
軽く、小さく息を吸って、吐かずに止めると、辺りは止まり、不動の静寂が訪れた。
万物が動くことを許されないその空間で、俺は影を手繰り寄せる。そこから相手はどう動くかを予想し、それに必要な体の準備を行う。
俺はそっと、慎重に不動の空間の中へと
自身から見て左方向にゆっくりと刀をずらして右手、頭蓋を見せる。
3メートルという距離は彼女にとってゼロ距離とほぼ同等である。
対して俺にとってはれっきとした3メートル。
一斉に走ったら負ける。こちらから向かっても負ける。
ならば、相手を誘う他ない。
彼女は俺が構えを解こうとした瞬間に少し山なりに飛び出した。
俺に見せたものは明らかに『隙あり』であるからだ。やはり、身体的な差が圧倒的に存在する。こんなスピードでは対抗できるはずがない。目の前の疾風がこちらに迫って攻撃するまでは一秒も要らないだろう。
さて、隙を見せ相手を誘った一秒にも満たない刹那の間、俺には何が出来るだろうか。
攻撃に転じるのも不可能。回避するのも不可能。
出来るのは、半歩踏み出すくらいである。
だから、半歩。
半歩だけ右足を前に進めた。軽く、早く。重心は左足のままで。
彼女の利き手が右手であることは旅の中で分かっている。だから、彼女はなぎ払いであれ、縦一文字であれ、必ずその右の刀から斬撃を繰り出すだろう。
俺は放たれる初撃を全霊をかけて防ぐ。
1、2ヶ月修行をしていないとはいえ、面に向かって放たれたその一撃は剣豪の名に恥じない重さと芯の強さを持ち合わせていた。持っている一本の刀もそれを支える二本の腕も痛さに震えている。それを堪えて右手を離し、左手で払う。
この力量差、剣の真っ向勝負では手も足も出ずに惨敗するだろう。
ならば、違う土俵で勝負するしかない。されど、先程思った様にサーヴァントと力勝負となると分がが悪すぎる。ここは合気道のように相手の力を利用するほかない。
そして、2人の距離はおよそゼロ。距離による差も今この状況では存在しない。
俺は武蔵ちゃんの腹に思いっきり腕を伸ばして手のひらを向けた。一度引いて拳をめて放つ時間もない。
相手のスピードのままこの手のひらに突っ込ませるれば、彼女といえどかなりの傷を負うはずだ。
しかし、彼女はその掌に自身の右膝を向けてきた。つまりは飛び膝蹴り。
だから、彼女は真っ直ぐではなく少し山なりに飛んだのだ。
隙を見せた途端に『先手を防いで相手の勢いを利用したカウンターをする』という目論見を看破されてしまったようだが、それは計算の内。
彼女に弾丸のように正面から飛んで来られたら勝てるがしない。これが、魔眼の導き出した最善の策ならばそれに従うまでだ。
俺は彼女の膝蹴りを片手で受け止める。
「……ッ!」
骨がヒビでも入ったかのように軋むが折れてない、痛くないと暗示してなんとか耐え忍ぶ。今にもこの腕が吹き飛ばされそうだがそれを必死に制御して右手の診察を開始する。
突如、魔眼は取るべき行動を映し出す。俺は逃げるようにその指示に従った。
左へ倒れこむように転がり、彼女の左の刀の突きを回避して少し距離を取る。今更ではあるが、魔眼がなければ手も足も出ないだろう。
早急に立ち上がって片手であれど中段に構えて武蔵ちゃんを強く睨むと、彼女の動きがピタリと止まった。どうやら驚いているらしく、口を小さくぽかんと開けている。確かに今までは相手に睨みを飛ばす余裕もなかった。
1、2秒ほど口を開けていた彼女はその口を笑みに変える。
それに戦慄した。
この笑みは中国で見せたあの『戦闘魔』の笑みであった。強い生命体と戦うことを愉しむ戦闘狂。正にそれだ。
診察結果を確認すると、強化したお陰か怪我はそれほど深刻ではないようだった。
いや、それは違う。最近ガーネットを使うしかない傷を経験しすぎて感覚が麻痺しているだけだ。ヒビ数カ所でこの程度の驚きとは旅に出る以前の俺では考えられない。
それはさておき、まずは目の前の師匠をどうにかしなくてはならない。きっと今までしてきた稽古の中で最も厳しいものになると唾を飲んだ。
たった今回復した右手を柄に添える。それは準備完了を示すサインでもあった。どうやら、彼女は俺が腕を回復するのを待っていたらしい。魔眼を凝らしてどうにかこの戦闘魔形態の師匠から生き残れそうな線を手繰り寄せるとしよう。
飛び出してきた彼女を迎え撃つ。その速さは体感ではあるが、先程の倍はあろうか。それを最小限の動きで最大限の力で受け止める。
平地に鳴り響く鉛の演奏。
俺は全ての神経を使って勝ち筋を手繰り寄せた。
一撃一撃を弾くのではなく、いなして返し技に繋げる感覚で戦いを展開し、彼女に迫る。
彼女は魔眼によって的確になっている俺のカウンターを簡単に弾きながらそのカウンター放ってくる。
彼女の二刀は流麗に剣戟を紡いでいく、その
俺はそれに翻弄されるしかなかった。彼女の美しい剣に見惚れ、ついていくのが精一杯で何とか自分の味を出していける余裕も時間の経過と共になくなっていく。
結局のところは良かったのは最初だけで、次第に体力が減ってしまい、動きが鈍くなった隙を突かれ稽古は終了した。あまりの疲れに身体がくずおれた。しかし、その倒れている地は土なのでずっと寝転んでいるわけにもいかず、すぐにあぐらをかいて座った。
運動を終えて多少の快感はあったものの背中や首を滴る汗は気持ち悪く、すぐに手持ちの手ぬぐいで拭き取った。また、持参していた二つの水の入った竹の入れ物を片方は武蔵ちゃんに投げ渡してもう片方で自身の喉を潤した。
…塩分が足りない。バックの中からビンをを取り出して、塩を一つまみ口の中に落とす。
「お疲れ様」
「お疲れ様、それじゃあ今回の講評ね。うん、かなりの成長が見られます。正直、あの気迫には驚いちゃいました。結構、繰君って目つき悪いのよね」
最後のは蛇足だと思う。
「なんだかんだで地獄を乗り越えたのがいい影響になったのかな?結果おーらいね」
結果オーライってほどぬるいもんじゃなかったんですが。
「私についてこれるくらいには成長してくれて良かったです」
ホント、戦闘狂モードの武蔵ちゃんになんとか食いつけて良かったです。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「え?何も?」
「ほんと?」
「ほんと」
「観音さまに誓える?」
「モチのロンで」
今すぐ借家に帰れる体力の余裕もないのでここで少し休憩することにした。俺たちはお互いに座って向かい合っている。
地獄の熱にも慣れてきて多少は過ごしやすくなってきた。ただ、ずっと屋外にいると肌が焦げてくるので長居はしていられない。ひと段落したらこの重い腰をあげる必要がある。
「そういや武蔵ちゃん」
こんな時は彼女の旅の話でも聞こう。
色々ありすぎて北京の時から聞けてないような気がする。
「なに?」
「武蔵ちゃんの旅の話の続きをお願いしてもらっていい?」
「ええ、いいけど。どうしたの急に」
「いや、まぁ。聞きたいんだよ」
「嬉しいけど…やっぱり繰君って会話苦手よね」
……痛いところを突かれた。
俺はやっぱり根本的にはコミュ障なので話を切り出す雰囲気づくりとか、シュチュエーション作りとか完全無視して本題を言ってしまう。
こういう行為は相手に驚かれてしまう可能性があるのだ。
恥ずかしくなって視線を地面に逸らす。こうやって俺の小さなトラウマが蓄積されていくのだった。正直、こんな小さなことをそんな気にするほどのことでもないということは十分に承知している。ただ恥じずにはいられない。それだけだ。
「それじゃあ、どこから話したものか…」
彼女は嬉々とした表情でその物語を語っていく。
俺は彼女の話すある人物について疑問を持った。
「待って武蔵ちゃん」
「え?何?」
「藤丸立夏っていうんだよね」
「うん。どうしたの?」
鬼ヶ島、そして下総で彼女が出会った者。
その人も結構な冒険をしてきたというので詳しく聞いてみたが尋常じゃない。いや、異常という言葉が当てはまるだろうか。
彼女の話を聞く限り、七つの特異点を修復してさらにいくつかの特異点の亜種のようなものも修復したのだろう。どこかで精神がねじ曲がって崩壊してもおかしくない状況だ。実際俺はこの旅の中で何度か崩れている。他人の道を踏み潰すことが怖くないのだろうか。それとも、『世界を救っている』という大義によってその恐ろしさが薄れているのか。
さらに、世界の危機を救うことから抑止力の加護でも受けているに違いない。
「いや、なんでもない」
俺はその人が何だか心配になった。このままなら、
「話を続けてくれ武蔵ちゃん」
俺はなんだか嫌な心持ちで話の続きを聞くことになってしまった。
藤丸立夏については完全に作者の考察です。
ただの個人の意見ですのでそこはご了承ください。