天元の花、零の先へ   作:新川翔

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無意識への叛逆その1

47話

本殿は朽ち果て、本来は美しく映えるはずの赤色は落ち、黒ずんだ樹皮を露わにしている。未だに黒い瘴気は辺りを染めていた。

息は苦しく、武蔵ちゃんに肩を貸していなければ、その場に倒れてしまうだろう。

この場は神聖な場所であると思えない程に雑草が生い茂っている。まるでお化け屋敷のように佇む本殿の奥に『黒い陰陽師』がいた。

 

「………」

 

ただ、じっとこちらを見つめているようだった。

眉間の堀をさらに深めて弱りきった俺を見つめている。

しかし、その目は侮蔑のような敵対する目ではなかったように思えた。

俺は違和感を感じる。一切、俺が攻撃を避ける影が出現しないからだ。彼は不可視の式神を持っている。一度それに心臓を貫かれたことから、かなり警戒しているものの、その影を現すことはない。というか、普通は卜伝さんに勝った瞬間に俺たちを暗殺する筈だ。どうやら、俺たちに攻撃する気はないらしい。

しかし、油断ならないのは変わらない。不可視の使い魔を使わないということは、他の策で俺たちを確実に倒せるということだろうか。

 

どっちみち、罠があるならば、その策が発動する前に目の前の黒い陰陽師を倒してしまえばいい。俺は武蔵ちゃんに念話で会話する。

 

(武蔵ちゃん、その階段を登り始めたら、飛んで奴を倒して)

(ええ、分かったわ)

 

本殿の小階段まであと少し。

今の所は罠などから避ける影は見当たらない。

数歩歩き、はじめの1段目に足がかかった瞬間、彼女は爆発するように前方へ跳ねた。

 

疾風のような速さでその黒い陰陽師を斬りつけた。相手の右肩から左肺までにその輝く刃を通した。俺は階段を登りきり、数歩先へ進んで状況を確認する。

神殿が血で汚されていた。

その一撃は生身の人間を死に至らしめるには十分な傷であった。

しかし、黒い陰陽師は平然とその場に立っている。なんと、傷ついた瞬間にその傷を治癒したのだ。恐らく、彼の右手に持つお札が、術式を発動したのだろう。

 

「おい……」

 

思わず声が出た。斬った彼女も驚きを隠せていないが、驚いている点は違うものだろう。彼女が驚いたのは、傷が回復した点。俺が驚いたのは、そのお札の術式であった。その術式は、深山家のガーネットのものと酷似していたいるのだ。

 

(どこでそれを手に入れた!?)

 

思わず、気持ちに怒気が入る。本来の事象でではないとはいえ、深山家の専売特許が盗まれているのだ。許しがたい事態である。彼は依然とその場に立っている。まるで、これは自分の物であると誇示するように。

彼女は立て続けに2度目の刃を彼の胴体に浴びせようとしていた。

その時、俺の頭に1つの仮説が浮かぶ。俺は直ぐに彼女にその動作を止めさせた。そうだ。盗んだだけでは深山の魔術は使えないのだ。だが、そうなのだとしたら、なんということだろうか。俺に彼を殺せというのかと自身の運命を嘆きたくなる。

 

「どうしたの?繰君?」

 

武蔵ちゃんは大きな声で疑問を呈する。あと少しでその刃は彼の首に到達する所だったので、ギリギリセーフだった。俺は口の中の唾を飲み込んで階段を登り、1つセリフを吐いた。

 

「貴方の名前を伺えませんか?」

 

空気が固まった。武蔵ちゃんは訳も分からずにキョトンとしている。

 

「まず、貴様から名乗りあげるものだろう」

 

その陰陽師はさらに眉間の堀を深めてそう言った。

その重々しい声に気圧されながらも自身が深山繰であると答えた。彼はその言葉によって、表情を悲壮なものに変えて、こちらを向いてくる。

 

「私の名は、深山徂徠(そらい)。お前の先祖に当たる者だ」

 

「え!?」

 

武蔵ちゃんは驚いて俺たちの顔を幾度も見ている。確かに俺と彼の顔は似ているものとは言い難い。しかし、この超回復の術式を扱えるということは、その式にある程度理解があるということであり、あの複雑怪奇な式を理解し、使用できるとすれば、それは深山の人間しかいないのだ。あの術式は他の家の者が理解できない構造になっている。

 

「何だよこの状況は」

 

俺は小さく呟いた。何故、俺は祖先を殺さねばならないのか。

 

……いや、そもそも、何故、俺は目の前の相手を殺そうとしているのだ?

今思い出せば、この事件に関わった動機は、改変される剪定事象を正すという使命を無意識の内に感じたからだ。それは、おかしい。俺はアトランティスで人類の無意識(アラヤ)から脱却し、その枠から外れた筈だったのだ。この事件には関わらずどこかへ赴くという選択肢もあった筈なのにそれを選ばなかった。俺は無意識にその道しかないと認識されていたのだ。そこから、導き出せるの答えは。

 

(まさか…)

 

そうだ。俺はまだ無意識の輪から抜け出せてない。疲れが溜まっている身体にさらに負荷がかかる。一体、何番煎じだろう。いつになったら俺は自由になれるのだ。

本殿に乾いた風が1つ吹く。俺は心の底から呆れて大きくため息をついた。

だが、ここまで来てしまっては、殺し合いは不可避だ。この状況で和解へ持ち込むなんて出来ない。俺はその思考を一度脳のタンスにしまい込んで微量の魔力で身体を強化した。

 

「武蔵ちゃん!」

 

俺はこの本殿を壊すつもりで叫んだ。声を張り上げ、喉に少し痛みを感じた。

気持ちのスイッチを切り替える。取り敢えず、目の前の祖先を殺すために。

そして、その叫びは、彼女にとって戦闘を再開するのと同義だった。

すぐにその刀を首めがけて降る。しかし、それは不可避の何かに防がれた。彼の式神がそこにいるのだ。武蔵ちゃんは攻撃を受け止められたことに疑問を感じて、身体を止めてしまう前に、その場から俺の方向へ数メートル離れる。

 

(相手には見えない式神がいるから気をつけて)

 

(そういうのは早く言う!で、君は私の手助けは出来るの?)

 

(期待しないでくれ。卜伝さんとの戦いで使い切らされた)

 

(しょうがないわね。一旦、引くわよ)

 

その時、深山徂徠は懐から一枚札を出していた。そこには『士』と記されている。恐らく、『守護者』のモデルだ。彼はすぐにそれを展開して、俺たちの後ろに走らさせた。どうやら、退路は断たれてしまったようだ。

退路に立つ使い魔は和風の鎧武者で豪華絢爛な出で立ちをしていた。俺が展開する『守護者』よりも、相当に強そうだ。

 

(戦わなくちゃいけないみたいね。どうする?)

 

(大将を取るしか道はない。こいつらは魔力供給がなくなった時点で元に戻るから)

 

(分かったわ。それじゃあ、死ぬ気で生き残るわよ。果たし合いならまだしも、こんなところで死んだら……武蔵の名が廃る!)

 

(応!)

 

深山徂徠は懐からもう一枚、札を取り出した。そこに記されているのは『竜』の文字。『竜騎士』のモデルだ。その禍々しい姿を現し、俺との魔力規模の違いを見せつけてくる。

 

俺に残された武装は折れた珥加理刀、13の宝石、ガーネット、そして、北京でプラトンから貰った拳銃。

今の俺には魔力はない。だから、この拳銃で戦うしかないのだが、そもそも、俺は上手くそれを扱えない。使い方は知ってはいるが、使いこなせないのだ。具体的に言うと、百発五十中程度の命中率。それを百中にするには、狙撃なんて芸当はせず、かなりの近距離で打つ他ない。俺はそのリボルバーを取り出し、グリップを握りしめた。

銃弾に施された術式は理解できないが、この銃なら人を屠る威力は十分にある。

 

武蔵ちゃんも二刀抜いて戦う姿勢を整えていた。

俺からの魔術的な援護は期待できない。それでも、戦う闘志はメラメラと滾っている。

 

きっと、この旅が始まる前なら、二人ともここで生を諦めてしまっているだろう。

打つ手なしの窮地。絶体絶命的な状況。互いに満身創痍でまともな戦いなんてできやしない。

でも、今の俺たちには、生き残る義務がある。

 

片方は、憧憬の存在と共に在る為。

片方は、自身の道を伝える為。

 

二人は自身の命を賭け金にして、自身の生を得る賭けに出た。相手の戦力は、深山徂徠自身、『竜』、不可視の式神の3つだ。この内1つでも俺が足止めできれば、勝機はある。

だから、俺は銃を構え、同時に俺は撃鉄を起こす。明らかに怪しい動作を行い敵の注目を引きつけるために。

直後、俺の眼に影が映った。その影は俺が攻撃を避ける影であり、不可視の式神による攻撃が迫っていることに対する警報だ。首を狙うその一撃を紙一重で躱し、体勢を立て直す。残念なことに、銃を放つ余裕まではなかった。しかし、これで、敵の内1つを足止めすることに成功した。

 

武蔵ちゃんは既に飛び出している。一直線に『竜』及び、深山徂徠に向かっている。彼女のスピードならば、俺の目の前にいるであろう不可視の式神は追いつけない。

 

彼女が『竜』を躱し、深山徂徠を討ち取る数瞬、俺が不可視の敵から運良く逃れ切れたら勝ち。もし運悪く出来ずに死んだら負け。

それでは、賭けをはじめよう。

 

俺はその身を前に傾ける。

理由は単純で、前のめりの方が身体は動きやすいからだ。そして、先ほどの攻撃で判明したことがある。それは、あと2度程の不可視の攻撃が迫れば、影が見えていてもその攻撃を食らってしまうことだ。そして、彼女が討ち取るまでは4発は攻撃が放たれる。俺はそれらを眼だけでなく、勘で避けなければならない。

 

まずは、右へと飛んだ。

これは影が示す通りの動きだ。よって、上手く攻撃を避けられたが、今の体勢と体力では、次の攻撃は避けられない。

 

彼女はたちはばかる竜に一太刀浴びせた。

しかし、その一撃は強靭な鱗という鎧に阻まれる。傷を与えられていないことから、数度の追撃は無駄であることを彼女は瞬時に理解した。それ故に前を向いたまま、後ろに跳躍した。

 

次に俺はその場に倒れた。

しかし、すぐに転がる。地獄に来た時、俺はこの式神に攻撃を与えている。その時、形状は大体把握していた。恐らく、大きい人型の何か。俺は転がることで、追撃を避けた。

 

彼女が後ろに跳躍したのは、ある体勢になるためである。その体勢はいわゆる、クラウチングスタートである。いまの彼女は、この凶悪な竜に敵わない。だから、竜を無視して、一気に大将に迫るためのスピードが必要だった。手はつけずに、腰を肩の高さより上げて、前傾になる。片方の刀は後ろへ投げて、一刀をその手の携える。

今彼女の出来る最高速で竜をすり抜け、奥に控える術者の首を跳ねるつもりだろう。

 

俺は攻撃を食らってしまう。

しかし、急所ではなく右腕。この式神はまず、体の自由を奪うことにしたらしい。俺の右腕には短刀らしき物が刺さっており、俺の動きを確実に封じている。

 

彼女は飛んだ。

急降下する鷹のような驚異的な速度で、竜の隙間を縫って、徂徠の首めがけて飛んでいったのだ。勿論、その速度にたかが陰陽師がついて来れるはずもない。

彼女は大将を打ち取った。

 

俺は勝利した。

もう、この身体には、動く体力さえ残されていない。だが、俺は勝ったのだ。

依然、式神の最後の攻撃は俺の急所を狙っているだろう。それでも攻撃は届かない。

何故なら、彼女が後ろへ投げ捨てた刀がその式神を貫いていたからだ。

 

俺たちは賭けに勝利し、生を獲得した。

 

「繰君、生きてる?」

 

「なんとか……ね」

 

俺は右腕に刺さる見えない刃物を慎重に抜いた。もう、動ける気がしない。

 

「お疲れ様」

 

武蔵ちゃんは俺に手を差し出して、引っ張り上げてくれた。彼女の手は力強くて、柔らかくて、なんだかホッとした。

 

「そっちもお疲れ様」

 

俺も出来る限りの笑顔で労いの言葉をかける。

すると、何処かで何かが開く音がした。その重く響く音は、扉が開くような音であり、緩みきっていた俺たちの心をまた縛り上げた。

 

「……今度は何?」

 

丁度、神が祀られている場所の前に地下へと続く階段が出現したのだ。中には明かりがあるようで、少し光が漏れていた。

 

「どうする?何かありそうだけど」

 

あの戦いに確実に手加減があったことは確かだ。

深山徂徠は何故、卜伝さんを倒した瞬間に暗殺を試みなったのか。

何故、彼は自身で攻撃はせず、使い魔にそれを任せたのか。

きっと、この階段は彼が死んだら開くように設定されているのだろう。ならば、この先に何か大切なものがあるに違いない。

 

「行こう。武蔵ちゃん」

 

俺は彼女に肩を貸してもらい、地下へと進んでいった。




教えろ!二天一流道場
※台本形式
武「そういえば、繰君」

深「どうしたの?武蔵ちゃん」

武「繰君の家って元は陰陽師だったの?」

深「うん、元はそういう仕事を生業としていたんだ。昔は『疫病は悪霊のせいだ!』とかいう情報が信じられていたからね。怪我や病気を治す側の人間として、その時代に合った役職に就いていたんだ」

武「へー、じゃあ繰君ってお医者さんになりたかったりするわけ?」

深「いや、別に魔術使って人を治してたら、世間にばれちゃうしね」

熊「ここにぼっちがいるよーい(小声)」
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