「これ、お前はこんな遅くまで何をしておるんだ…今何時だと思ってる?」
人里のとある民家で、帰宅した娘に対して父親が咎めの声をかけた。
「うっさいなぁ、何だっていいでしょ?」
娘は足早に奥の部屋へと入っていき、父親はやれやれといったように肩を落とした。
「最近へんなお面被った男とよく会うし…ふん、どいつもこいつもみんなヤダ…何か面白い事起きないかなー…」
ドン、ドン、ドン
娘は独りでにそう呟いた瞬間、まるでその声を聴いていたかのように、誰かが窓を叩く音が聞こえ出す。娘は驚き、おそるおそる窓に近寄る。
「だ、誰よ…?」
窓の向こうには黒い人影があり、窓を触っている。
「ここ、開けてくれ…オレと遊んべや…」
「たけやん…?それともみなちゃん…?」
「ちょっと…この手が入るくらいでいいから、開けとくれ…」
初めは不気味に思っていたものの、そんなようなことしか言わない人影に腹が立った娘はムッとし、窓を思いきり開けて言い放つ。
「もううるさいわね!この間から私に付きまとってるお面のやつね…いったい何なのよ!…あれ?」
しかし、その時には人影は消えていて、外を見渡しても誰もいなかった。
「何だったのかしら…」
「へへへ…おめの皮、貰っちまっていいよなぁ…」
「…!?きゃああああああああ!!」
娘が最後に見たものは、部屋の中に立つ大きな毛むくじゃらの体だった。その顔は木で作った般若の仮面に覆われていて表情は見えなかった…。
「どうしたんだ、何かあったのか!?」
父親が部屋へやって来た時には全てが遅かった。般若面の毛むくじゃらは赤い塊を口に放り込むと、血が滴る薄っぺらい何かを持ち、窓から外へ出て闇の中に消えていく。
シャン…シャン…
その方向からは鈴の音が聞こえ、どんどんと小さくなっていったという。
次の日の夜、シロナは魔理沙の家でいつものように夕飯を食べていると、魔理沙は今朝もらった新聞を読みながらため息をついた。
「どうしたの?」
「いや、里の方でさいきん物騒な事件が起きてるらしい。なんでも、若い女が全身の皮を剥がれて内臓がなくなった死体で見つかってるそうだ。近隣の住民は鈴の音を聞いたという人も多く、とても人間技ではないから妖怪の仕業だと騒がれているらしいな」
「…へぇ…」
「へぇ、じゃない。これがどういうことだか分かってるのか?人里で妖怪による実害が出た…つまり、シロナ、お前の博麗の巫女としての初仕事になるんだ」
「い、いよいよ本当の妖怪退治をしなくちゃならないってことなんだね…!」
「そうだ。まあ私だって若いころは霊夢と一緒に妖怪退治をした事がある…私も手伝ってやるからさ」
巫女としての妖怪退治を行う場合には、主に3つの形態がある。ひとつは、実際に誰かから正式な依頼を受けて対峙する場合。これは依頼を達成できれば依頼者から対価を貰う事が出来る。もうひとつは、巫女の独断で危険だと判断した妖怪を倒す場合。そして最後は、実害が及んでから調査・退治に乗り出す場合。今回は最後のパターンになるだろうか。
シロナと魔理沙は夜の人里へ向かい、そこを巡回しながら不審な動きが無いかどうか調べてまわった。しかし、その日は経験者の魔理沙でもってしても何も異常はなく終わった。
「今夜は尻尾を見せなかったか…朝になっても被害に遭ったやつもいなかったみたいだな」
「そうみたい…」
「まあよくあることだ、だが昼間でも油断はできないからな」
魔理沙は平気であったが、少し疲れた様子を見せたシロナの事を鑑みて提案する。
「少し休もうか、だが常に気を抜かずにな」
「うん!」
シロナはとたとたとどこかへ走っていき、シロナが道の角を曲がっていったのを見た魔理沙はその場でどかっと座り込み、ため息をついた。平気な様子を見せていた魔理沙だったが、一晩寝ずに歩き回ったのは流石に疲れたようだ。
「私もやっぱり疲れたなぁ…昔は何日も寝なかったことが多かったが、歳かねぇ」
シロナはどこかお茶でも飲める場所がないかと思って里を散策していたが、その途中で見た事のない店の看板を目にする。
「『鈴奈庵』…?何だろ、ここ…」
結構年季の入った建物だった。木造で赤い瓦屋根で、入り口には鈴奈庵と書かれた暖簾が下げられていた。シロナは好奇心から、どんな店か中だけでも見ようとして覗こうとした瞬間、時を同じくして内側からこちらを見ていた女の子とがっつり目が合った。
「わっ!!」
ビックリして後ろへ腰を抜かしたシロナを、女の子はまだじっと見つめてくる。その女の子はシロナよりも何歳か年下に見える。
「えっと…ごめんね?別に脅かそうとしたんじゃなくて…いや驚いてるのは私だけか…」
「鈴葉、お客さん?」
すると、奥の方から別の女性の声が聞こえた。鈴葉と呼ばれた女の子はシロナの腕を握り、店の中へと連れていく。されるがまま店内の本棚の間を抜け、奥にあったカウンターまで移動する。
「いらっしゃい、ゆっくり見ていってくだ…って、あなたもしかして…」
そこに座っていた眼鏡をかけた茶色っぽい髪色の綺麗な女性は、シロナの顔を見ると目を丸くした。
「まさか、あの博麗霊夢さんの子供?」
「えっと、はい、そうです…私はシロナといって博麗霊夢は私の母親ですが…」
「わー!やっぱり!私は本居小鈴というのよ、子供の頃は霊夢さんによくお世話になったのよ」
「へぇ、そうなんですか!…ところで、さっきの子供は小鈴さんのお子さんですか?」
「そうよ、でも小さいころの私と同じであまり友達がいないみたいなの…できればシロナちゃんも遊んであげてね」
「あ、はい…」
小鈴はシロナにそう言うと、自分の仕事に戻ってしまう。シロナは後ろを見ると、机に座った鈴葉が何か絵を描いているのを見た。
「上手だね。それ、何かな?」
「お猿さん。お面をかぶってるの」
「へぇ~、面白いなぁ」
「そろそろお昼ね…よかったらシロナちゃんもうちでご飯食べていかない?」
「え、いや、ご迷惑をかける訳にはいかないですし…!」
しかし、そういうシロナであったが昨日の晩から何も食べていないという空腹による腹の音は止められなかった。
「あははは、用意するから待っててね」
「は、はい…」
シロナは昼飯をごちそうになると、巫女の仕事があるからと礼を言ってその場から立ち去った。
その後も魔理沙と一緒に目撃者の話を聞いたり、里での怪しいものの捜索などを行ったが、これといって事件の手掛かりになりそうな情報は無かった。
「こんな時、霊夢ならすぐに犯人を見つけてぶっ飛ばせるんだがな…いかんせん、今の私じゃ無理だ…」
その日もいよいよ日が暮れ始め、ふたりは何か食べようとして里を歩いていた。すると、先ほどシロナが立ち寄った鈴奈庵の前を通りかかる。
「お、あそこにいるのは…」
鈴奈庵の店の前でパイプを吹かして空を見上げているのはあの小鈴だった。
「あ…シロナちゃんに魔理沙さん!?ずいぶんお久しぶりですね」
「お前小鈴か!そうかぁ、もうすっかり大人だなぁ」
「魔理沙さんはもうおばさんですね」
「おばっ…!まあ否定はできないが…」
「…霊夢さんがいなくなったと聞いた時はショックでしたよ」
「私も…だが一番ショックなのは娘のシロナさ。てっきりまた帰ってくると思ってたら、もう6年も帰らねぇときたもんだ」
「ははは…」
その時だった。
「きゃああっ!!」
鈴奈庵の中から子供の悲鳴が聞こえた。
「今のは…鈴葉の声!?」
シロナと魔理沙、小鈴は急いで建物の中の子供部屋まで急ぐが、すでにそこでは一連の事件の犯人が鈴葉の体を持ち去ろうとしているところだった。
「お前が連続殺人犯か!?」
2メートル以上はあろうかという大きさの毛むくじゃらで細身な身体…顔に般若の面を被っていて、右手には包丁を握っている。
般若面は持っていた包丁を振り上げ、恐怖に泣いている鈴葉の胸へ突き立てようとする。
「やらせないわよ!」
シロナが咄嗟に飛び出し、般若面の腕を掴んで止めた。しかし、般若面はすぐにシロナを殴って突き飛ばし、両者は取っ組み合うように戦い始める。
「お前、女の子の皮を剥ぐんだってね…なんでよ!?」
「へっへっへ、なんで皮剥ぐかだぁ?人間の女の皮をかぶればオレは、人間に化けることができるんだ!先週の女は脂が多くてダメだ、一昨日の女は血がねとっとしててダメだったぁ」
「人に化けるために皮を剥ぐだと…ふざけるなっ!!」
シロナが放った拳による一撃が、般若面に命中する。
ピシッ パキン!
その時、毛むくじゃらが被っていた般若の面がダメージによってひび割れ、粉々に砕け散った。
露わになった般若面の素顔は…赤いしわだらけの顔に、黒目の大きな目に長い鼻の下、口から覗く鋭い牙…。
「猿…?」
猿は面を割られた動揺で鈴葉を取り落としてしまう。
「きええええ、覚えてれぇクソ人ぉ!」
猿はそう言い残すと、首元にぶら下げた鈴を鳴らしながら、窓を飛び出してどこかへと消えていった。
「あ…あの鈴は…!」
そんな中、小鈴はそう呟いた…。
「さっきの猿は一体何なの…?皮を剥いで人間に化けるとか言ってたけど…」
ひとまず周りが落ち着いてから、シロナは魔理沙にそう聞いた。
「あれはきっと、年経た猿の変化だ。変化ってのは物や動物が妖になったやつのことな。ちらっと聞いたことがあるが、そういった妖怪は自力で人間に化けられないから、人の皮をかぶって化けるらしい。でも人皮にもあうあわないがあるから、色々試さないといけないらしいがな…」
「なるほど…やつは人間に化けるために次々と皮を剥いで自分に合うか試してたのね…!」
その時、黙っていた小鈴が恐る恐る言った。
「その猿なんですが…もしかしたら…」
…
「ええ!?昔に小鈴が飼ってた猿!?」
「そうかもしれない…いや、絶対にそうだわ。私が今の鈴葉くらい小さかったころ…もちろん、魔理沙さんや霊夢さんとも会う前の事よ…」
──当時の私はひとりで遊ぶのが好きで、暗い性格で友だちなんてひとりもいなかった…。そのうち、私は私だけの友達を作ったの。
それは一匹の子猿だったわ。さつまいもの尻尾をあげて懐くようになったの。親とはぐれて山から下りてきたのか、その子猿もひとりぼっちで、それでも私にとってはかけがえのない大切な友達だった…。
いつも私は子猿と遊んだ。私が話す言葉を、子猿はじっと聞いていた。
『はい、これあげる!』
私はお母さんからもらった鈴の髪飾りのひとつをその子猿の首にかけてあげた。
『あなたが大切なお友達だから、私の宝物をあげるわね。…でも、あーあ、あんたが人間だったらなぁ』
(あんたが人間だったらなぁ…)
でも、ある日いつものように子猿と遊ぼうと思ったら、たぶん親猿…と一緒に居て、山の方へ向かって帰ろうとしていた。子猿は悲しそうな目で私を見つめていたけれど、本当の親と一緒に歩いていく子猿を止めることはできなかった…。
「その後は、子猿も山で元気に暮らしてると思って、私も頑張って明るくなって…それから霊夢さんたちと出会ったのよ」
「つまりあの猿は小鈴さんが昔友だちだった猿で、昔に言われたことを今も…」
「だったら私が悪いのよ。私が勝手な事を言ったから…」
「いや、でもヤツは止めなくちゃいけない。さっき怪我させたんだ、血を辿ればどこにいるかわかるよ」
シロナはそう言うと、家を飛び出し、さきほど猿が飛び去っていた方向を追いかけていった。
…しかし、肝心の猿は鈴奈庵の屋根の上で、シロナが遠くへ行くのを見ていたのだった…。
「くくく…」