シロナが猿の妖怪を追って鈴奈庵を飛び出した。小鈴は気を失っている鈴葉を布団の上に寝かせる。
「あの、魔理沙さん…シロナちゃんを追いかけなくていいんですか?」
「うん…私じゃ追いつけないし、それにシロナにはいざとなった時に強い味方がいるみたいだからな…」
その時だった。小鈴は何かが軋むような物音を聞き、後ろを振り返った。だが、何か音の原因でありそうなものは特に見当たらない。
「どうかしたか?」
「いえ…気の所為だったみたいです…」
バキバキッ!
だが、小鈴の予感は正しかった。突如床が裂けるように破壊され、その下から先ほどの猿が飛び出してきたのだ。猿は半分に折れた包丁を持ち、魔理沙たちに対して威嚇する。
「ガキをもらうぞぉ…」
「さ、さっきの…!」
「どけやぁ!!」
猿は前へ駆け出し、小鈴と魔理沙を突き飛ばし、寝ていた鈴葉の足を掴んで持ち上げる。
「はっはっはぁ、ガキはもらったぜぇ!」
「あれ?おかしいな、血がここで途切れてる…」
シロナは辿っていた血が道の途中で途切れているのに気が付いた。あたりを見渡すと、道のわきにまるで絞られた雑巾のように捻じれて血を根こそぎ抜かれた猫の死骸が転がっていた。
「く、くそ…騙された…!」
シロナは慌てて来た道を戻る。
「くっくっく、もう諦めな…」
そう低い声で言った猿の足元には、ボロボロになった魔理沙と小鈴の姿があった。ふたりとも鈴葉を奪い返そうと果敢に挑んだが、まったく歯が立たなかった。
「あの猿でしょ…アンタ…」
「ああん?」
猿は小鈴がつぶやいた言葉に反応する。
「鈴をあげた、あの友だちの猿でしょ?私が悪かったわ…私が人間に成れなんて無理な事を言ったから…でも、私はどうなってもいいわ、だからその子…鈴葉だけは…」
小鈴はふらふらと立ち上がり、猿の毛を掴んで泣きすがるように懇願する。
「…ふん、そうか。おめぇあの時のガキか…この鈴くれたっけなぁ、ありがとよ。オレが人間に化けるのに合った皮を持ったガキがお前の子だったとはなぁ。でもよ、オレはお前にいわれたから人間になりてぇんじゃねぇぜ。他の人間に怪しまれないように近づくためよ。うめぇんだぜ、人間のハラワタはよう…湯気が立ってなぁ。だからよ…」
猿は小鈴を思いきり蹴り飛ばし、壁に激突させる。
「おめぇの皮なんざ、いるかよぉ!ははははははは…!!」
「魔理沙、小鈴さん…!!」
シロナが大急ぎで鈴奈庵に戻った時には、猿はすでにそこにおらず、もう鈴葉が連れ去られた後だった。床には大きな穴が開いていて、そこの近くに魔理沙と小鈴が横たわっている。
「シロナ…ちゃん…」
「小鈴さん…!」
シロナは小鈴に駆け寄り、その体を抱き上げる。
「お願い…鈴葉を助けて…。貴方のお母さんの霊夢さんはとても強かった…私は感じるの、あなたは霊夢さんよりも強い何かを持っているって…だから、お願い…」
そう言い残すと、小鈴は気を失った。
「うん、わかった…鈴葉ちゃんを食わせるもんか──ッ!!」
その時、魔理沙が起き上がりながら言った。
「シ、シロナ…ヤツはさっき、こう言っていた…」
『妖怪が出入りしても不思議じゃねぇ、あの寺で食うべ…』
「ヤツが向かった先はおそらく命蓮寺だ!急ぐんだシロナ!」
シロナは頷くと、鈴奈庵を飛び出して疾走する。命蓮寺の場所は知っている。あとはそこまで行けばいいだけだが…里のはずれにある命蓮寺に付くにはシロナが全力で走っても時間がかかってしまう。
(くっ、私に空を飛ぶ力があれば…!)
シロナが己が飛べないことを恨んだその時、何かが風を切る音と共に近付いてくる。シロナはハッと振り返ると、その接近してきていた物体は目の前で静止した。
「これは…まさか、”要石”!?」
要石…これはカカロットがまだ少年だったころ、天界にてシュネックと比那名居天子から譲り受けたものだった。この平たい石は自在に宙に浮かぶことができ、認められた人間を乗せるとその意志に従って動かせる。シロナもまだ幼かったころにカカロット一緒に乗ったことがある。
「私のこと覚えててくれたんだね?じゃあ行こう!」
シロナは要石に飛び乗ると、とてつもない速度で命蓮寺にたどり着く。すると、猿は寺の屋根の上に登り、今にも包丁を鈴葉の胸元に突き刺そうと構えているところだった。
「させるか──ッ!」
要石を蹴って跳躍し、シロナは猿に殴りかかる。猿は向かってくるシロナに気が付くと、本当の野生の猿のような金切り声を上げ、包丁を振り下ろした。
「ぐっ…!」
なんとかシロナは鈴葉と猿の間に入るが、包丁の角の部分が自分の太ももに深く刺さってしまった。しかし、シロナは歯を食いしばって根性で痛みをこらえると、反対の足で猿を蹴り飛ばした。
「ぎいいいいい!くっそおおお!!」
猿は屋根の上から転がり落ち、下の地面に落ちる。シロナは鈴葉を抱きかかえ、無事に確保することができた。
「おのれえええ人間がああああ…」
だが、猿は屋根をよじ登ってくる。足に傷を負ったシロナは立ち上がることができず、ただそれを見ている。完全に我を失い、もう後に退けなくなった猿は再び屋根の上に立つと、なんと今度は自分の頭部に持っていた包丁で切れ込みを入れた。
「あきらめないぞぉおお…!!」
そして驚くべきことに自身の全身の皮をまるで服を脱ぐようにして剥いでしまった。全身の肉が露わになり、血を滴らせながら、もはや猿でも何でもない化け物が提灯の明かりの下を、ぺちゃぺちゃと音を立てながらゆっくり歩いてくる。
「へへ…へへへ…あとはおめえの皮をかぶるだけよう…」
シロナに抱きしめられる鈴葉は、猿を真っすぐに睨みつけて言った。
「お前はお母さんをいじめて…このシロナお姉ちゃんもいじめた…お前は人間じゃないよう!」
ドン…
その瞬間、空から何か細長い物体が真っすぐに降ってきて、猿の胴体を貫通して屋根の上に突き刺さった。シロナが上を見上げると、そこにはいつも手に持っていた左腕を投げ飛ばした様子のスカーがこちらを見ていた。
「スカー!!」
「う…ぎいやああああああああああ!!」
屋根と縫い止められてしまった猿は痛みの悲鳴を上げる。
「は、はやくしないと乾いちまうっ!はやくガキの皮をかぶんねぇと、体がかわいちまうう!!」
しかし、どんなに前へ進もうとしても、手を伸ばそうとしても決して鈴葉には届かない。シロナは憐れな猿の前に立つと、静かに言い放った。
「お前は人間になれない…そして小鈴さんを襲った時、猿であることもやめた…。人間でもない、猿でもない、もはや何ですらない…お前はそこでかわいていけ」
シロナは猿の顔面へパンチを叩きつける。
「ウラウラウラウラウラウラァ!!」
そして続けて何発もの連打を全身へまんべんなく食らわせる。退魔のパワーを持った霊力を含んだ拳は猿にとって絶大なダメージを与え、その肉体が蒸発するように消え始める。
「あ…あああ~…!」
(あれ…?なんでオレは、人間になりたかったのかな…?)
猿は最期にそう思うと、やがて完全に消滅して無くなった。そこには血に汚れた小さな鈴の飾りと、突きさされたスカーの腕が残るだけだった。
「スカー、もしかしてまたこっそり見てたの…?」
シロナは腕を拾いに降りてきたスカーにそう尋ねた。
「そうだヨ?お前がドジで間抜けなもんだから、また殺されかけたお前を助けたんダ。いつかワタシが殺すためにナ…」
と、その時、鈴葉がスカーの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「なんだヨ、人間のガキ…」
「助けてくれて、ありがとう…」
そう言われたスカーは固まったように動きを止め、怪訝な顔で鈴葉の顔を見返した。
「ほらスカー、お礼を言われてるんだから返さないとだめなんだよ?どういたしましてって」
「ふん、ワタシがそんなおままごとやってやるかってんだヨ。とにかく覚えておけヨ…これは別にお前を助けたくてやったんじゃなイ…他のチンケな野郎にお前を殺されちゃつまらんからネ…」
スカーはそう言うと、いつの間にかその場から消え失せていた。
「さ、鈴葉ちゃん帰ろうか…お母さんが待ってるよ」
「うん!」
遅れてその場へやって来て戦いの一部始終を見ていた魔理沙は、シロナの様子を見て心の中でこう思った。
シロナは子供が危ない目や恐ろしい目に遭うととたんに怒りだす。それは、悲しい子供は自分自身だからだ。きっと、まるで自分自身を見ているようだから、助けたくなって熱くなるんだろう。と…
「ふん、何が『アリガトウ』だヨ…」
そう言いながら、消えたスカーは胸の中に浮かんできた得体の知れない、だがどこか心地良いような感覚が一体何なのか、理解できずにイライラするのだった。
【現在公開可能な情報】
現時点で、カカロットが初めて霊夢と出会った時期(=東方天空璋本編時点)からおよそ16年が経過している。
うしおととらの「おまえはそこでかわいていけ」の話、滅茶苦茶好きです。
今回から、話の最後に【現在公開可能な情報】として設定や裏話などをちょこっと乗せていきます。