(まさか、これが魔理沙が言っていた恐ろしいドラゴン…!?)
ドラゴンは更に羽ばたくと空に高く舞い上がり、豪風を残して南の方角へと去っていく。その時、空から降ってきた何かがシロナの顔に落ちた。
「こ、これは…!?」
それは、ずたずたに引き裂かれ、血の付いたグリーンオパールの上着であった。シロナはそれを抱きしめると、膝から崩れ落ちた。グリーンオパールはきっとドラゴンに痛めつけられて連れていかれたに違いない。その先で彼女がどうなるのかは容易に想像できる。
(いや、まってよ…確か、妖精は存在が消滅することは無いんじゃなかったっけ?)
その通りである。妖精は自然の化身とも言われるべき存在であり、元となる自然が存在する限りは何度死んでもやがて復活することができる。妖精であるグリーンオパールが何の自然の化身であるのかは分からないが、とにかく追いかければ助けられるチャンスはある。それに、もしかすればオパールが探していた妖精の友達というのも同じようにドラゴンに連れ去られたのかもしれない。
「そうだとしたら…あのドラゴンが飛んでいった先へ向かうしかない!来なさい、要石!」
シロナの呼び声に応えて、要石はどこからともなく飛んできて姿を現す。シロナがそれに飛び乗ると、要石は空へと舞い上がり、ドラゴンが向かった先へと猛スピードで移動する。
しばらくは魔法の森の上空を南の方へと進んでいたが、やがて 森は消え、代わりに岩と枯れた木が点在する荒野のような場所へと出た。そこの中心部は、緩やかな半球状であるという点を除いて、まるでアリジゴクの巣のようにすり鉢状にへこんでいた。その周囲は固められた土や岩石で壁のようなものが作られている。
「あれがドラゴンの巣…?」
シロナは外壁の上に降り立ち、巣と思われる地形を見渡した。中心の一番くぼんだ部分には、ツバメの巣のように大きな倒木や木の葉を組み合わせて巨大なクッションのような物を作っており、その中心に石ころのように転がされているのは…。
「オパールちゃん!」
シロナは外壁を滑り降り、巣の中心まで全力で走っていく。そしてオパールの名前を呼びながら肩をゆすると、オパールはビクッと震えながら振り返った。オパールは乱暴にここまで運ばれたのか、それとも痛めつけられたのか、その顔は丸い目を見開いて恐怖の涙を浮かべていた。見たところ全身からも血が流れており、かなりの怪我を負っていることもわかる。
「もう大丈夫だからね…今のうちに早く逃げよう」
そう言うシロナだが、オパールは首を振って拒絶した。
「どうして?ドラゴンがいない今の隙しか逃げる時間はないのよ」
「あっちの方に探してた友だちがいる…皆も一緒に…」
オパールが指差す先を見ると、シロナが降りてきたのとは反対方向の岩壁に造られている檻のような形状の穴の中に5人ほどの妖精と見られる子供たちが閉じ込められていた。彼女らは汚れた格好をしていて、強風の音で何を言っているのかはわからないが手を振りながら何かを叫んでいた。
「わかった…あの子たちも助ける。でも先に、まずはオパールちゃんを安全な場所へ連れていくわ」
シロナは翼すらボロボロにやぶけたオパールを抱き上げると、すぐに要石を呼んで飛び乗り、岩壁の向こう側にまで移動する。そこへオパールを寝かせると、今度はあの囚われた妖精たちを助けるためにもう一度そこを離れる。
「待っててね、すぐにみんな助けるから」
オパールが頷いたのを確認すると、シロナは外壁の上に登り、その上を走って反対側の岩壁にまでたどり着いた。そして壁を下り、檻の格子のようになっている岩の柱の前に立つ。
「もう大丈夫よ、みんな助けるわ」
シロナはそう言いながら岩の格子を破壊しようとするが、一番近くに居た青い洋服を着た青髪の妖精が大声で叫んだ。
「あのオパールを…しん…!」
ドォォォン…
しかしその時、空から聞こえた思わず耳を覆いたくなるような轟音が聞こえて全てがかき消された。次の瞬間にこれまでとは比べ物にならない程の突風が吹き荒れ、中の妖精たちも奥の壁に叩きつけられる。
シロナは突然目の前に迫って来たハンマーのような大きな物体を躱し、斜面を転がっていく。頭を押さえながら前を見ると、そこにはあのドラゴンが立ちふさがっていた。しかし、その姿はパチュリーの本の挿絵で見たようなドラゴンよりも太っていて、不格好だった。
まず目に飛び込んできたのは、近づけられている頭部。顔は全体的に細長いが、顔の甲殻に入った亀裂の中に見える黄色い眼球、上を向いて尖がった鼻先、突き出た下顎。それを胴体とつなげるのは脂肪が揺れているように震える異様に長い首。丸くてブヨブヨと腹の出た肉の塊のような胴体、全身は血のような真紅でその両端から伸びる細く短い腕、分厚い翼。丸くたたまれた細い後ろ足で立ち上がっている。細長い鞭のような尻尾の先端はコブのような骨が飛び出ていて、おそらくこれをシロナは避けたのだろう。
「シィィィィ…」
ドラゴンは黄色く血走った眼でシロナを睨みつけ、口の端から涎を垂らした。涎は地面に落ちると、よほど高温なのか蒸気を発生させる。
シロナは警戒した面持ちでゆっくりと周囲を回り、様子を伺う。
だが次の瞬間、ドラゴンはコブの付いた尻尾を振り回し、シロナを攻撃した。シロナはなんとかかわすことに成功するが、今まで彼女がいた地面が深くえぐれたのを見て絶句した。
(あれを喰らったらひとたまりもない…!)
ドラゴンは続けて尻尾を振り回し、シロナを殴ろうとする。またこれを躱し続けるシロナは、全身のパワーを開放し、いよいよドラゴンに反撃を仕掛ける。
「…!?」
飛び蹴りがドラゴンの頬に命中し、ドラゴンは顔をしかめる。しかし、次の瞬間にその口の中から特大の火炎を吐き出し、彼女を焼き払わんとした。
「うわっ!」
一度は炎に包まれたシロナだが、全身から霊力を薄いバリアのように張ることで熱から身を守った。そして今度はドラゴンの顔に飛びかかり、渾身のパンチをぶつけた。
「グギャアアア!!」
ドラゴンは咆哮を上げ、シロナを振り落とす。そこへ尻尾の一撃をお見舞いしようとコブを振り回してぶつけようとするが、シロナは臆することなくそれに正面から向かっていき、素早く通り過ぎた。すると、過ぎ様にドラゴンの尻尾の先端が千切れ、コブの部分が切り離された。今度は咆哮ではなく悲鳴を上げ、その場で激しく足踏みする。
「どうよ…!」
シロナはドラゴンが戦意を失ってこの場から退却することを望んだが、今のでドラゴンは完全に激昂し、口の端から常に炎をくすぶらせながら唸り声を上げた。
噛みつこうと向かってくる頭をジャンプして避けるシロナだが、その体はある異変を感じ取る。
「うう…!」
シロナは突然襲ってきた激しい眠気と、体の力が抜けてくる感覚に困惑した。その瞬間、ドラゴンの鼻先で突き上げられたシロナは空高く舞い、10メートル離れた先の地面に落ちた。
「何なの…これは…」
耐え難い眠気と、まるで麻酔にでもかかったように力を失っていく肉体。しかし、シロナはなんとか這うようにしてドラゴンから離れようとする。流石にこの状態ではまともに戦う事が出来ないだろう。
…この症状は、先ほど森の泉でシロナが食べたあの果物による作用であった。あの果物は食べた者に幸福感と眠気を与え、獲物の自由を奪う。あの鳥はただ泉にやって来た獲物を食べているのではなく、果物を食べて眠った者を襲っているのだ。ならばなぜ、数十分も経過した今になって作用が訪れたのだろう。
それは、シロナは尋常ではない胃腸と消化能力を持っていたサイヤ人の血を引いているからに他ならない。シロナが普段食べる食事の量はそれほど多くはないが、その強靭な胃袋は食べてすぐにやってくる果物の作用を遅らせていたのだ。だから今になってその作用が始まったという訳だ。
「く…ッ」
しかし、そんな事を知る由もないシロナは必死に這って逃げようとする。だがドラゴンは無情にもシロナに追いつき、四つん這いになると短い腕を振り下ろしてシロナを殴りつけ、そのまま押さえつけた。
「ガ…!」
そして針のような牙の並んだ口を開け、シロナをかみ砕こうと顔を近づける。ドラゴンの紫色の口内がだんだんと近づいてくるが、既に体が金縛りのように動かないシロナにはどうすることもできない。
(もうダメ…)
バサッ…
シロナがそう思った瞬間、大きな影が彼女とドラゴンを覆った。そして、その影の主は颯爽と舞い降りると、シロナにトドメを刺そうとしていたドラゴンの上に四肢を置いてのしかかった。細かい牙の並んだ口を開け、ドラゴンのブヨブヨした首に噛みついた。そう、その影の正体とは…
「もう一匹のドラゴンが…!?」
必死に短い腕と先端の切れた尻尾を振り回して抵抗する真紅のドラゴンだが、次に現れた黄金のドラゴンはゴキリと嫌な音を立てて真紅の竜の首をへし折った。そしてさらに、ぐったりと顔を地面につけた竜の首の肉を噛み千切ると、おびただしい量の鮮血が滝のようにあふれ出した。
「ウオオオオオオオオオオ!」
黄金のドラゴンは自分の棲み家で好き勝手していた真紅のドラゴンを討ち倒すと、その亡骸の上で勝利の雄叫びを轟かせた。
その竜は本物の竜の心を持っていた。黄金の引き締まった胴体から伸びる、スラリと長く筋肉質な四肢…短いがしっかりと据わった首、太く長い尾に、グライダーのようにシャープな形状の翼。地面に転がる紛い物のドラゴンとは、明らかに違うものであると理解できる。
あまりの光景に言葉を発することができず、ただ見つめるだけのシロナを一瞥すると、黄金のドラゴンは再び空の彼方へと飛び去っていった。今、あのドラゴンは自分の巣で好き勝手していた無法者をこらしめて満足しているが、次また戻って来た時には今度は自分を攻撃してくるとも限らない。
シロナは息絶えた真紅の竜の死体を一度だけ見てから、さっさと囚われの妖精たちを助けてこの場を離れようとする。
しかし、その時に驚くべき光景を見て思わず足を止めた。死んだはずのドラゴンの肉体が、波打つ水面のようにぶるぶると揺れている。やがてドラゴンの体は水のように透明になると溶けて流れだし、だんだんと縮んでいく。
「…正体はあなただったの…オパールちゃん」
最期にはその中に隠れていたオパールの小さな体が横たわっているのみとなった。オパールは血だまりの中で恨めしそうな顔をシロナに向ける。
「オパールちゃん、オパールちゃん…お前にそう呼ばれるたび、どれだけはらわたが煮えくり返る思いをしたか…」
オパールは口から血反吐を吐き出す。
「聞かせて、あなたは一体なんなの?」
「ふふふ…もとは何処にでもいるようなただの妖精よ…昔、お前の母親である霊夢に意味もなく何度も退治された、な。私は娘であるお前をこの手で始末するためにこの計画を実行したのだ。途中で大幅に予定が狂ってしまったがな…」
シロナは黙ってオパールを見つめ返す。
「ほんとはあの黄金の実のなる泉で始末する手はずだった。あの実は美味いが毒が含まれていて、解毒剤である皮も一緒に食べなければ昏睡してしまう。わざわざ私が、お前が果肉だけを食べるように演技で誘導してやったのに、結果お前には何故か毒が効かなかったようだな」
シロナはそこですべて理解した。オパールは皮も食べて果肉だけを食べれば美味しく実を味わえるという事を実践してシロナに食べさせた。本当はそこで眠ったシロナをあの化け物のような鳥に片付けさせる予定であったが、サイヤ人との混血であり強靭な消化器官を持つシロナにはその毒が”その時は”通用しなかった。だが、数十分も遅れて効果がやってきた。それが先ほどの異常な眠気と脱力感だったのだ。今はもう何ともないが…
「草影から見ていたが、失敗に終わったと分かると私は次の手を思いついた。いつの間にか手に入れた、このドラゴンに変身できる能力を使って、私が捕まって運ばれたことを演出しお前をここへおびき出した。あらかじめ閉じ込めて置いたあの馬鹿どもも役に立って良かったよ…」
オパールは遠くの岩で作った檻を見てにやりと笑った。
「ひどい…友達だったんじゃないの?」
「昔はそうだったさ…だが、今となっては私の計画を馬鹿らしいと笑った愚か者の馬鹿にすぎない」
シロナは自身の中までさえも平気で利用し危険にさらしたオパールを、醜悪で外道な妖怪を見るのと同じ目で睨み返した。オパールはそれに対して不敵な笑みを浮かべると、寝返りをうって空を見上げた。
「だが…あと一歩でお前に復讐ができるというところで、あのドラゴンにすべて台無しにされた…」
「当然よ。けっきょく悪い事ってできないようになってるのよ」
「お前の母親が意味なく妖怪を痛めつけていたのは悪くない事か?」
そう言われたシロナは黙ってしまう。
「でも、いい…もう全部どうでもいい…。無念ではあるけれど、何故か清々しい気分だ。シロナ…お前が歩む人生はこれからもっと厳しくなることを予言しておく…同情はしないがな」
オパールは最期にそう言い残すと、動きを止めた。やぶけた彼女の衣服が風にバサバサと舞う。もうすでに妖精としての域を脱する妖力を持っていたオパールは、二度と復活することはない。
シロナはオパールが着ていた上着を彼女の顔の上へかけると、そこから立ち去った。そして、あの岩の檻へ向かい、格子を破壊して中に居た妖精たちを助けた。
「助けてくれてありがとう!オパールは…死んじゃったの?」
あの青い髪の妖精がそう言った。背中にある氷のような羽根が日光で輝く。
「ええ…」
「…そっか、アタイとあの子はずっと仲良しだったのに…どうして…」
だが、その妖精はすぐに笑顔になると、仲間と共にはしゃぎながらその場を離れていく。
「なぁ、あんた博麗の巫女でしょ?こんど神社に遊びにいってもいいか?」
「…ええ、もちろん!待ってるわ!」
そう言いながら妖精を見送るシロナであったが、頭にはオパールの最後の言葉が呪いのように頭の中でこだましていた。
「元より覚悟の上よ…死んだ父ちゃんとお母さん、そして遠い場所で暮らしてるサザンカの為にも私は絶対に負けないから!」
固い決意を固めるシロナに呼応するかのように、ふたつ目の太陽を見紛うほどに見事な金色のドラゴンが空で鳴き声を轟かせていた…。
「結局、ワタシの出番も食われたナ」
こっそり様子を見ていたスカーは、少し残念そうにそう呟いた。
【現在公開可能な情報】
今回登場したドラゴンはいつの間にか幻想入りを果たした西洋出身の竜である。→
オパールが変身していた真紅のドラゴン→
なお、グリーンオパールとは妖精としては強めの妖力を持っていたことから、「大妖精」という位に分類されている。