その日は、博麗神社の縁日であった。人間の里から博麗神社へと続く道は提灯で明るく照らされ、そこへ食べ物やおもちゃの屋台が道に沿ってずらりと並んでいる。もちろん博麗神社の境内にも出店は多く出され、夜になれば花火も打ち上げられる。
もちろん、シロナも魔理沙や霖之助とともにここへやってきていた。シロナにとっては初めての縁日でもあり、行事の儀式なども人前でやるのは初めてだったが何とか成功させることができた。
…さて、夜も更けて花火も打ち終わり、人間たちがぞろぞろと帰路を歩いていく。店を出していた人々も片付け始め、だんだんとこの場のにぎやかさが消えていく。
シロナは見回りも兼ねて境内を歩いていると、片付けの途中の屋台の間に埋もれるようにして、こじんまりと広げられている何かの売り場が目に入った。近付いていくと、そこには数多くの日本人形が並べられている。その中で、奥に置いてある人形がシロナを見つめているように感じた。
「うわぁ、かわいい」
シロナが思わずそう呟いて立ち止まると、その店の主であるおじさんは彼女に話しかけた。
「いらっしゃい。お嬢ちゃんはお人形好きかい?」
「好き…っていうか、私そういうの持ってないから珍しくて…」
そう言った時、あの人形と目が合った。その人形は他に置いてあるものと比べると少しみすぼらしいが、唯一髪の毛が茶色に作られていた。
「お嬢ちゃん、この子に気に入られたみたいだね」
「でも私、お金持ってないわ…」
「なんだシロナ、こんな場所にいたのか」
その時、後ろから魔理沙がやって来てそう言った。
「人形が欲しいのか?欲しいなら買ってやるぞ。女の子なら人形くらい持ってないとな」
「優しいお母さんですね、安くしますよ」
「で、いくらなんだ?」
「300円で構いませんよ」
「随分と安いな…これは結構な品じゃないのか?」
「僕は儲けを考えて商売はしていませんよ、物の幸せが第一なのです」
「ほう、変わった奴だな。よし買った。ついでにこの手鏡も貰おうか」
「へい、まいどあり」
魔理沙は例の人形と、同じく置いてあった手鏡を一つ買った。
「魔理沙、ありがとう」
シロナは魔理沙に礼を言うと、ふたりはその場を立ち去る。店の主も両隣の店が完全に片づけ終わっていることに気付くと、慌てて立ち上がる。
「おっといけね、もうこんな時間か…僕も片付けるか。それにしてもあの人形…捨てられてたのを拾ってきてダメもとで置いてたんだが、売れてよかったよかった」
縁日の片付けも終わり、魔理沙の家へ帰ったシロナは自分の部屋の布団に入り、さっき買ってもらった人形を眺めていた。しかし、やっぱり着物や顔が少し汚れているのが気になり、濡らした布でそれらを拭いて綺麗にしてやることにした。
「よしよし、だんだん綺麗になってきた…」
その様子を見ていたスカーが、窓を開けて外から話しかける。
「おいシロナ…そんな人形綺麗にしたっていずれ汚くなるサ」
「スカーは黙ってて」
「…ケッ」
シロナはスカーを言葉で一蹴すると、つまらなさそうにそっぽを向いたスカーを無視して日本人形を磨き続ける。
と、その時、不思議な事が起こった。突然手に持っていた日本人形がまばゆく光り出した。それに驚いたシロナは思わず手で目を守る。
「な、なに!?」
「シロナ、急いでそこから離れロ!」
スカーは焦ってそう叫ぶが、既にシロナの両腕は光に呑まれていた。まずいと思ってスカーはシロナの足を掴み、光から引きずり出して距離を取ろうとするが、どんなに力を込めても光はどんどんと大きくなり、シロナの全身を呑み込んでしまう。
「く、くそメ…!」
だがスカーもシロナから絶対に手を離さない。そして、次の瞬間、光は瞬く間にシロナとスカーを呑み込むと消えてしまった。
「シロナ?何だ今の音は…!」
異変に気付いた魔理沙が慌てて部屋に駆け込んでくるが、そこには誰もいなかった。シロナとスカーの他に、あの日本人形の姿さえも…
「う、うう…」
シロナは川のせせらぎの音で目を覚ました。眠い目をこすりながら立ち上がると、目の前には大きな屋敷が構えていた。赤い瓦屋根の豪邸で、あの紅魔館と同じくらい大きい。
自分が眠っていた場所は一面の彼岸花畑で、屋敷は川の対岸側にあり、そこには木の橋がかかっている。
「やっと起きたかヨ…」
「スカー!」
後ろから声が聞こえて振り向くと、機嫌の悪そうな顔で腕を組んだスカーが浮かんでいた。
「よかった、無事だったん…」
「うるせぇ、それよりもあれ見てみなヨ」
「うん…でっかいお屋敷ね」
「オマエが眠ってる間にちと調べてみたんだがヨ、どうやらここは幻想郷とも違う異空間のようダ…ワタシの流した電磁波が幻想郷のどこにも当たった気配がないからナ…」
スカーは電気を操る能力を応用して電磁波を流し、それが当たった場所によって自分の位置やここがどこなのかを探る方法を覚えていた。だがそれによると、ここは幻想郷の何処でもないらしい。
「じゃあ、あの屋敷に行ってみるしかないってことね」
「気に入らないが、まあそうなるナ」
ふたりは屋敷へと続く橋を渡る。向こう側は薄い霧がかかっていてよく見えないが、だんだんとその向こうに小さな影が見えてきた。
「何かいるわ…気を付けて」
「わかってるヨ」
警戒しながら進んで行くが、その小さな影は全く動かず、まるでふたりの事を待っていたようだった。その影の姿が見えてくると、それはシロナが魔理沙に買ってもらったあの日本人形であった。
「お待ちしてたわ、シロナちゃん」
「わっ、さっきの日本人形さん?」
「うふふ、そうよ」
日本人形はまるで人間と大差ないように自在に動き、自分で喋っている。
「ここはどこなの?」
とシロナは質問した。
「ここは人形たちの世界、私が生まれた場所。中に入ってみる?きっと気に入るよ。もちろん、後の大きい人形さんもどうぞ」
シロナとスカーは顔を見合わせると、とりあえず幻想郷に帰る方法を探るため、とりあえず屋敷の中へと入ることにした。日本人形の後をついていき、屋敷の入り口の戸をくぐる。
「あんなのは連れてきてないよ…」
小さな声でぼそりと呟く日本人形であったが、その言葉はシロナとスカーには聞こえなかった。
館の中は提灯の明かりで満ちていて、天井が低い事を除けば立派な内装だ。おそらく人形用の建物なので低いのだろうか。普通の人間の大人ほどに背の高いスカーは浮いていられず、床に降りて歩いている。
「お待ちしておりました、シロナ様」
玄関の奥で控えていた2体の日本人形が深々と頭を下げた。
「そちらのお方は、どうぞあちらへ」
「なに?」
スカーはその2体に両腕を掴まれ、シロナと日本人形が向かった方とは別の通路へ案内される。
「おい、ワタシをどこへ連れていくんダ?」
「心配はございません。ここの人形たちはあなたが着ているような派手な洋服は好みませんので、和服にお着換えいただくだけです」
2体の人形は部屋の襖を開け、その中へスカーを入れる。不服そうな顔で仕方なく部屋に押し込められるスカーだが、その時、勢いよく襖が閉められた。
「あ!?」
スカーはすぐに襖を開けようとするが、不思議な事に戸が壁と一体化してしまっていて開くことができない。
「チッ、何だってんダ…」
「あなたも、捕まえられて連れて来られたの?」
その時、後ろから女の子の声が聞こえ、スカーは振り返った。すると、そこには暗がりの中で黒と赤の洋服を着た金髪の少女が座り込んでこちらを見ていた。だが、その青い目…片目にはひびが入り、腕や足の関節が緩くなって手足がもげそうだ。どうやらこの少女も、スカーと同じように自分で動き、活動する人形のようだ。
「何だ、オマエ?」
「私はメディスン・メランコリー。私の質問にも答えてよ」
「…ワタシはスカー。ああそうだヨ、さっき日本人形とやらに着替えさせるって言われてここに来たらこのざまヨ」
「へぇ、そうなの。私は仲間が沢山いると思ってここへ入ったら無理やり。ねぇ、私はここを出たいんだけど協力してくれない?」
「オマエには私がボランティアにでも見えるのカ?イヤだね、それにここは静かでいい…ここでしばらく過ごすのも悪くはないネ」
「ダメよ、じきに私たち食べられるのよ」
「あ?食べられるって、なんだよ?」
「ここには特別に大きな、『人傀様』と呼ばれる人形がいるらしいの。でもその人傀様はそろそろ寿命が無くなりそうだから、他から魂のある人形を連れてきて食べさせないといけないんだってんだって」
一方、屋敷の中を案内されるシロナ。
「ここは高貴な人形たちの部屋。こっちには捨てられた可哀想な人形たちが住んでる部屋…」
例の日本人形はシロナを連れて歩きながら部屋の説明を加える。真面目に聞いていたシロナだが、2階の広間に差し掛かった時、さらに上へと続く階段があるのに気が付いた。だが、そこから先は真っ暗で何も見えない。
「あの、そこの階段は?」
「その先は3階へと通じているの。だけど、3階には危険な人形が幽閉されている部屋があるの」
「危険な人形?どんな?」
「私やみんなのような人形とは違って、大きくて力も強くて暴れたりするの。でね…実はここから先が、私がシロナちゃんをここへ連れてきた理由なんだけど…あの危険な人形を退治してほしいの」
物念世界というフリーゲーム、めちゃくちゃ好きです