ある日の紅魔館。門番である紅美鈴はいつものように仕事をこなしつつ、前日の幻想郷一武道会での敗退をバネに、更なる修行に励んでいたのだった。
「…うーん…」
腰を低く落として腕を前へ突き出し、その腕と膝、そして頭の上に重たい水銀を表面張力ギリギリまで入れたお椀を乗せている。足腰や腕を鍛えると同時に気の集中力を高めているのだ。
「今日もやってるわね」
「ええ…この前の負けがよっぽど応えたみたいで」
その様子を、外を見渡せるバルコニーから眺めているレミリアと、その従者である咲夜。
「最初からあれぐらいの心意気で仕事してくれればよかったのに」
そんな会話をする二人。
だがその時…
「…!」
美鈴が異変を感じ取った。何だか、鋭く不吉な真っ黒な気が近づいてきている…!
「皆さん、中に入ってください!!」
気が付いた時にはそう叫んでいた美鈴。突如、紅魔館の中も外も覆い尽くした暗黒のオーラ。
それはレミリアが硬直し、咲夜が一瞬にして臨戦態勢に入り、身構えるほどであった。
「お前が門番なのね」
そして、耳に届いた声。レミリアの声によく似ていたが、それよりもずっとねっとりとした不気味さを感じられる。
「何者だお前は!」
湖の方角からゆっくりと歩いてくる小さな人影。その姿を横目で見たレミリアは驚愕を隠せなかった。
背丈は自分よりもやや高く、背中からは巨大な翼が生えている。が、その翼に皮膜は無く、ボロボロで骨だけが残っていた。
「私はね…」
「まさか…姉の…!!」
一方その頃、妖怪の山の麓近くでは。
「よっ…ほっ…」
カカロットが背中に大岩を背負い、崖を上ろうとしていた。足を窪みに引っ掛けると、あまりの重量に壁が崩れかける。だがそれを踏ん張り、ゆっくりと登っていく。
途中で襲い掛かってくる獰猛な鳥などの攻撃すらも避けて見せた。
「…ん?誰だあれは」
その時、カカロットは自分がいる崖の下に誰かがよろよろと歩いていることに気が付いた。ペースを上げて一気に崖を昇りきると、そこに岩を置き、自分は一気に飛び降りる。
「お前は…美鈴じゃないか」
「やっと見つけた…カカロット。大変なんだ…紅魔館が…」
「なに、あの建物がどうかしたのか?」
「ええ、とてつもなく強い人が来て、あっという間に制圧されて…。お願いです、私と一緒に来て何とかしてくれませんか?」
よく見れば、美鈴はボロボロで肩を押さえている。あの美鈴をここまで追いつめるとは、確かに並の相手ではなかったようだ。それに、紅魔館が制圧された…?
「悪いが俺は一人で特訓中でな。第一、そういうのは霊夢に頼むべきなんだろう?」
「そうなんですが館からは少し遠いので…それよりも近かったカカロットの気を探ってここまで来たわけです」
「…なるほど、いいだろう」
「では、来てくれるのですか?」
「ああ、気が向いたらな」
カカロットはそう無愛想に呟くのだった。
そして、場所は戻り紅魔館では。
破壊された門と、本館の入り口の扉。周囲には暗黒のオーラが漂っていて、死の気配を感じさせる。中には逃げたのか消えてしまったのか、妖精メイドすら一匹もいない。
「ハァ…ハァ…」
吹き飛ばされ、壁に激突するレミリア。その身体には痛々しい傷がいくつも出来上がっていた。そのすぐそばには気を失ったパチュリー・ノーレッジが横たわっている。
「ふふふ…良い気味よなレミリア・スカーレット」
「何故…今更アンタが…スカーレット」
「そう、私は何でもないただの”スカーレット”…」
対しているのは、先ほどのボロボロの翼を持った少女。身長はレミリアよりもやや高く、紫色の髪の毛を短くしている。黄色い衣服と鎧が合わさったような衣装に身を包んでいる。
「まだお前が幼いころ、名を奪われスカーレット家を追い出された悪魔だ」
「当然だ…アンタが殺した父と母の呪いだ…名前さえ失い我々とは別の道を歩まざるを得なくなった…」
「その通り。そして私はようやくお前の居場所を突き止めたのだ。こんなちっぽけな世界の館で暮らしているとは笑いものだな。…とんだスカーレット家の面汚しだ」
「お前が言うか。お前は家族の中で誰よりも…狂っていたよ」
すると、レミリアの体のすり傷や切り傷が一瞬にしてすべて癒えた。同時に湯気のような煙を体から発する。
スカーレットは一瞬だけ目を見張った。蒸気に紛れて背後に回ったレミリアが、素早い突きを放った。
「甘いぞ、妹よ!!」
しかし、それを見切ると、スカーレットは背後に向けて肘打ちをしかける。それはレミリアの顔面を捉えた。さらに間髪入れずにサマーソルトのような蹴りを繰り出し、空中へ放り上げる。
「ぐっ…!」
吹き飛ばされている途中で翼を広げ、その場で踏みとどまった。鼻から流れる血を手で拭う。
だがすぐにスカーレットもボロボロの骨だけになった翼を広げると、高速で飛んだ。それは並外れた身体能力を持つとされるレミリアをはるかに超えていたのだった。
「はっはっはっは!!」
レミリアに殴りかかるスカーレット。
ガキン
「お…?」
しかし、レミリアは自分の前に光り輝く大きな槍のような武器を作り出し、それで一撃を防いでいた。レミリアの魔力で形作られたそれはスカーレットの拳をはじき返して見せた。
「スピア・ザ・グングニル!!」
「やるな」
両者はもう一度空中で攻防戦を繰り広げた。
その様子を陰から見ていた、咲夜とレミリアの妹であるフランドール。咲夜の手には割れて動かない懐中時計が握られており、この二人も怪我を負っていた。
「今です、妹様…”目”を潰して奴を…」
「うん、わかった!」
フランドールは、”ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を持っている。全ての物体には「目」という最も緊張している核のような部分が有り、それを少し押しただけでその物体は破壊されてしまう。フランはその目を自分の手の中へ移動させることができるのだ。
つまり、移動させた目は拳を握れば簡単に押す事ができ、たったそれだけの動作でものを破壊することが可能。
「…!」
しかし…フランが目を押したにも関わらず、スカーレットが特にどうにかなった様子はない。それを見たフランと咲夜は、困惑の色を隠せなかった。
「おや」
スカーレットはレミリアの槍の攻撃を受け止めて掴むと、くるりとこちらを向いた。
「何かむずがゆいと思えば、お前はフランドールか?私の事は覚えているか、丁度私が父と母を殺した日が、お前の誕生日だったんだよ。普通の交配ではなく、両親が死の間際に産み出した分身がお前なんだ…どうやら、そのせいで大変な思いをしてきたようだ」
フランの他とは一線を画した能力や、気が触れていた原因はそれにあったのだ。当時5歳ばかりであったレミリアのその両親は、スカーレットに追いつめられた死の間際に全ての魔力を込めた子を産み出した。その子とはフランの事で、それ故に存在そのものが不安定だったのだろう。
「な…なんで破壊できないの!?」
「ははは、この私の『目』が、お前の如きの力で潰されるほど脆いわけがなかろう。お前の能力の弱点は、自分よりはるかに強大な気を持つ相手には通用しないという点だよ」
スカーレットは握っていた槍をボキリとへし折り、レミリアの腕を掴んで投げ飛ばした。咲夜がレミリアが地面に激突する寸前で抱えるようにしてキャッチした。
「さて、そろそろ死ぬか?」
そう言うと、右腕を上にかかげた。緑色の光の筋が現れ、その先が刃物の形に変形した。レミリアのグングニルのように魔力で形作られた巨大な鉈か斧のように見えるそれは、雷のようなオーラを纏った。
「我がライエムドアクスよ、奴らを粉々に消し飛ばしなさい!」
その斧を振りかざし、レミリアや咲夜、フランごと消し飛ばそうと襲い掛かった。彼女らもさすがに喰らえば、いくら不死身に近い吸血鬼とはいえヤバいと思い、目を瞑った。バチバチと雷の斧が迫る音が聞こえる。
ギャリィ!
「なに!?」
しかし、何時まで経っても自分たちへ衝撃は来ない。不思議に思ってレミリアが目を開けると、そこには驚愕の光景が起こっていた。
颯爽とその場へ現れた何者かが、斧の一撃を受け止めていた。その身体には紫色の激しいオーラが纏われており、腕で斧を挟み込むようにして押さえ込んでいる。
「誰だお前は…!」
猛烈なスパークと同時に斧を砕いて消滅させ、地面へ降り立った。
「カカロット…!」
その影がカカロットであることに気付いたレミリアがそう呟いた。
「間に合った…」
後ろから美鈴が息を切らせて走って来た。
「美鈴…あなたが連れてきたの?」
「ええ…どうやら武道会の時よりもかなり強くなってるみたいで、もしかしたら…」
「この私を倒せるとでも?」
スカーレットも同じようにもう一度床へ降り、カカロットとにらみ合った。
「ふん、頼まれたから来てやっただけだ。俺もお前の相手をできるほど暇じゃないんでな、すぐに片づけさせてもらう」
そう挑発するように発言したカカロットに対して、スカーレットが飛びかかった。その瞳は小さく縮み上がり、額には血管が浮かんでいる。
そしてスカーレットの拳が、カカロットの拳と衝突した。周囲に衝撃波が巻き起こり、土煙が舞う。
「ちぇりゃああ!!」
両者の突きや蹴りのラッシュが互いに襲い掛かり、とてつもない攻防戦を繰り広げる。スカーレットの蹴りがカカロットに命中するが、すぐに繰り出された反撃をスカーレットは受けてしまう。
スカーレットは一旦後ろへ下がると、蹴りを放とうと足を上げた。それを防ごうとするカカロットだが、急に敵が宙で動きを止めたので驚いた。足を引っ込めると同時に、二本の指を突き出してカカロットの顔へ向けた。
(目つぶし…!)
カカロットはそう思うと咄嗟にそれを見切り、相手の腕を掴んで受け止めた。しかし、にやりと笑うスカーレット。するとその二本の指先からビームを発射した。
間一髪でそれを避けるが、耳にかすってしまい、血がにじんだ。
「はっはっは!!」
さらに、目からもビームを放つスカーレット。カカロットはジャンプしてかわし、空中で腕を合わせるように構えた。
「喰らいやがれ、『華光玉』!!」
七色のエネルギー波が撃たれ、真っすぐにスカーレットへ向かって行く。
「はじき返してやろう、ライエムドアクス!!」
スカーレットも負けじと緑色のスパークを纏った斧を生成し、華光玉と対峙した。思い切り斧をスイングさせ、エネルギー波と激突させる。それにより攻撃をはじき返すと、再び斧を手にカカロットへと振りかざした。
「すごい…」
レミリアやフラン、そして咲夜はその激しい戦いを見ていることしかできなかった。
だがしかし、その戦いもすぐにカカロットが優勢になり始めていることに気付いた。再生能力を持つはずのスカーレットですら回復しきれないほどの猛攻を、カカロットが与えているのだ。美鈴が見立てた通り、武道会も後も厳しい修行を地道に重ねていたカカロットは前よりも確実に強くなっていたのだ。
「ぐはぁ…」
スカーレットはカカロットに殴り飛ばされ、地面へ激突した。よろよろと立ち上がるが、かなりのダメージを受けたのか息を切らしている。
「どうした、もう終わりか。せっかく来てやったのに面白くない」
その言葉を聞いたスカーレットは怒りの表情を浮かべた。が、その視界に入ったのは、妹であるレミリアの姿だった。
「こうなったら…!」
しめた、と言ったように笑ったスカーレットは、レミリアの方へ向けた腕で手招きをするような動作を取った。すると、なんとレミリアの体が勝手に浮かび、スカーレットへと引き寄せられていく。
「きゃあ!」
「お嬢様!」
咲夜とフラン、美鈴が引き止めようとするが間に合わず、レミリアはそのまま引き寄せられ、スカーレットの体にぶつかった。そしてその身体が徐々にスカーレットに取り込まれていき、ついには完全に融合してしまった。
「はあああああああ!!!」
雄叫びを上げると共に気を放出するスカーレット。あまりの熱気に思わず腕で顔を覆うカカロット。目もくらむような閃光が紅魔館の窓や壊された壁から立ち昇った。
「ふふふ…同族を吸収し強くなった私の力、見せてやるわ!」
明らかに以前よりも気の量が膨れ上がっていた。レミリアをその身で取り込み、さらに強くなったのだ。赤と緑が合わさった色のオーラを噴出し、物凄いスピードでカカロットへと向かって行く。既にフルパワー滅越拳を発動して戦っていたカカロットを簡単に殴り飛ばし、吹っ飛ばした。
丁度その先に居た美鈴がカカロットを受け止め、声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「ああ…奴め、無茶苦茶なパワー持ってやがる…」
もう一度襲い掛かってくるスカーレットの一撃をかわし、腹へパンチをめり込ませる。少し後ろへよろめくが、すぐに態勢を立て直し、カカロットの顔面を蹴り上げた。
「ぐあ…!」
「トドメだ」
スカーレットは再びライエムドアクスを生成すると、それを思い切り投げ飛ばした。グルグルと回転しながら飛んでいく斧は、もちろん命中すれば胴体が真っ二つになってしまうであろう威力を誇っているだろう。
カカロットもとても避けられるような体勢ではなく、自身に向かい来る斧を見つめるほか無かった。
「な…!」
しかし、その斧は空中で急に動きが止まった。よく見ると、地面に描かれた魔法陣のようなものの上で止まっているようだった。
「させないわよ…!」
「パチュリー様!」
美鈴が声を出した。スカーレットに倒されていたはずのパチュリーが起き上がり、魔法で斧の動きを止めていたのだ。
スカーレットは驚くが、すぐに元の顔に戻り、パチュリーを完全に始末しようと動き出した。
だが次の瞬間、スカーレットは動きを止める。その顔が苦痛にゆがんだ瞬間、腹から赤色の巨大な光の槍が突き出してきた。痛みによる悲鳴を上げ、槍はどんどんと腹を突き破って出て来る。
「うぎゃああああ!!」
「馬鹿な姉…呪いを忘れたの?お前と私たちは、両親の呪いにより決して相容れることはできなくなっているのよ」
体内から飛び出したレミリアがそう言い放った。スカーレットのパワーアップは一時的な物に過ぎなかったのだ。そしてその元であったレミリアが無理やりに飛び出した影響で、その腹に大きな風穴が開けられてしまっていた。
「そんな…馬鹿な…私の復讐が、ここまで来て…!」
その瞬間、咲夜の後ろで戦いを見ていたフランが飛び出した。巨大な剣であるレーヴァテインを作り出し、それでスカーレットを斬りつけ、そのままの勢いで空中へ放り投げた。
「今だ!」
カカロットの合図で、カカロットと美鈴がエネルギー波を放った。二つのエネルギー波は空中のスカーレットに命中し、そのまま押し込んだ。壁を何枚も破壊しながら、やがて紅魔館の外にまでスカーレットは吹き飛ばされた。いや、その分でははるか彼方にまで飛ばされただろう。
「…終わった…」
美鈴は疲れ果てたように膝をついた。
「ありがとう、アナタが来てくれなかったらどうなっていたか…」
レミリアはカカロットに礼を言う。
「別に。これも特訓の一環と思えば問題は無い」
「それもそうですね。これは私も、さらに修行を積まなくては…」
さらに強くなるための決意を固める美鈴。
さて、紅魔館に訪れた危機はひとまず去った。しかし、カカロットの修行はまだまだ終わらないぞ…頑張れ、美鈴も!