キヨヒロの命令に対し、ケミカルロマンスは何も言わずに頷くと、突然目の前の何もない空間にパンチの連撃を繰り出した。数発攻撃を打ちこむと動きを止め、妹紅を睨む。
「何をやってんだ、アイツ…」
妹紅はそう呟くが、史奈は何か悪い予感を感じていた。
「喰らいな…!」
そして、いよいよ妹紅が炎の光弾を投げようとしたその時だった。突然、妹紅の両腕が一気に巨大な結晶の塊に覆われた。腕をピクリとも動かせない程に分厚い結晶に固定されてしまい、どうすることもできない。本体の史奈でさえも金縛りにあったかのように両腕を動かせないでいる。
「何だ…何故…!私はヤツに触れられていないのに…!」
妹紅の疑問は正しい。キヨヒロのケミカルロマンスは敵に拳や手で触れることでその場所に結晶を作り出すことができる。
「これはケミカルロマンスではない…”僕自身が手に入れた僕の能力”と組み合わせて発動する力だ!」
キヨヒロはそう言いながら不敵に笑った。
次に瞬間、急激に赤く変色した結晶は炸裂した。その威力で妹紅の両腕は粉々に吹き飛び、史奈の両腕の骨が折れて大量の血が噴き出す。
「史奈──!!」
慧音の、史奈の名を叫ぶ声が響いた。史奈はその場に座り込み、ズタズタになった両腕をだらんと下げて痛みにもがく。同時に作っていた炎の光弾も消えてしまう。
「ぐああああああ…!」
「史奈、大丈夫か?」
妹紅が史奈に心配の声をかける。
「私のことはいい…今の能力を使われる前に攻撃を…!」
「ああ…喰らえ、『炎爪演舞』!!」
妹紅は両腕を再生しつつ、両足に竜の爪のような形にした炎を纏い、キヨヒロへ飛び蹴りを仕掛けようと構える。
が、キヨヒロがその妹紅の構えを見た瞬間、世界が変わった。
(見える!見えるぞ!妹紅とやら、お前がこれから”僕に対して行おうとする攻撃の軌跡”が!)
キヨヒロの視界では、まるで周りが超スローモーションになったかのように遅くなっていた。そして今にも動き出そうとしている妹紅の身体から、キヨヒロの方へ向けて何か光る筋のような物が見える。そう、キヨヒロは”相手これから起こそうとする行動の流れを読み取る”ことができる能力を獲得していた。
例えば、今のように相手が自分の顔を蹴ろうとすれば、相手の足から自分の顔へかけて、これから起こす行動の動きの流れを、光る筋としてあらわして見ることができるのだ。つまり、キヨヒロにとっては相手がこれから何に向けて動こうとするかが丸わかりという訳なのだ。
(そしてこれだけではない!僕はそうして読み取った行動の流れの筋を、ケミカルロマンスで攻撃することができる!)
キヨヒロはケミカルロマンスを操り、自分と妹紅の足とを繋ぐその光る筋を連続で力強く殴りつけた。こうして敵の行動の”流れの筋”に対して打ちこまれた”結晶を生み出す力”はその筋を伝い、妹紅へと向かっていく。
結果として言えば、ケミカルロマンスは一見するとただ何もない場所を殴っているように見えるが、これは何か行動を起こそうとする敵を距離が離れた場所からでも攻撃しているという事なのだ。
この「敵が起こす行動を読む」能力は、キヨヒロがかつて常に周りの人間が自分に何をするのかを臆病なほどに慎重に見続けながら生活していたからこそ会得できた能力であるのかもしれない。
「う…!一体なぜなんだ、またしても…足に…!」
今にもキヨヒロへ向けて飛び蹴りを放とうとしていた妹紅の足が結晶に覆われた。その結晶はみるみるうちに増殖し妹紅の体を完全に覆い尽くす程にまで広がった。
「す、すまない…史奈、そして慧音と子供たち…」
次の瞬間、結晶は赤く変色し、いよいよ炸裂しようとヒビが入り始める。妹紅であればこの攻撃を受けても死ぬ、もしくは消滅してしまうことはないが、妹紅が受けたダメージは本体である史奈も受けることになるので、普通の人間と変わらぬ力しか持たない史奈が耐えられる保証はない。
「今だ!炸裂しろクリスタル!!」
キヨヒロの高らかな声が響く。
バキン!!
…しかし、結晶は砕けても炸裂して拡散することは無かった。結晶自身が持つ内側から弾けるように砕ける力ではなく、何か外からのパワーによって粉々に破壊されたかのようだった。
「何だと…!?」
「あ、あなたは…!」
そう、突然この場に割り込んできた何者かがとてつもない破壊力のパンチの連打を放ち、妹紅の全身を覆う結晶をぶち壊したのだ。炸裂前に破壊された結晶はその時点で炸裂するエネルギーを失う。
「シロナ!!」
シロナが間一髪で結晶を砕き、史奈を助けたのだった。フラッと後ろへ倒れた史奈の肩を支え、壁に寄りかからせる。
「ありがとう…シロナちゃんが来なかったら、私…」
「いいってことよ。でも、後は私に任せて」
シロナは優しく微笑むと、今度はキヨヒロを睨みつける。しかし、キヨヒロはそれに怯むことなく、逆に一歩前へ進み出た。そして挑発するようにシロナを見下して笑う。
「ははははは!誰が来たかと思えば、くたばり損ないの博麗の巫女か!いいか、これは僕という人間が起こした、人間の間に起こった事件だ。それに妖怪退治の専門家と言われる博麗の巫女であるお前が介入してくるのはお門違い…それを理解し今すぐに早々に引き上げるなら、僕はお前をこれ以上痛めつけない。だがしかし、お前が僕に立ち向かおうというのなら仕方ない、殺すぜ」
「キヨヒロ…っていったっけ…。お前はさっき、寺子屋の子供たちを蹴ったな…そして、泣かせた。理由はそれだけでも十分だ」
「そうか!ならばズタボロの骸へと成り果てろ!行け、ケミカルロマンス!!」
キヨヒロの背後から現れたケミカルロマンスがシロナへと向かって飛び出し、その拳を振りかざして殴りかかった。そのパンチの単純な威力だけの限らず、これを喰らうか、もしくは受け止めてしまった場合でも結晶の炸裂による攻撃を喰らってしまうだろう。
しかし、シロナは一歩も退かなかった。繰り出されるケミカルロマンスの腕を、触れられると結晶を付着させられる拳ではなく腕を触ってそれを受け流した。
「な…!」
キヨヒロが驚いた瞬間、シロナはケミカルロマンスの顔面に強烈な反撃のパンチを一発、叩きこんだ。拳が深くめり込んでいき、ケミカルロマンスの両目を覆っていた青いカバーグラスが割れ、その中にある十字の線が入った眼が露わになる。
シロナがそのまま殴り抜けると、ケミカルロマンスは後ろへ吹っ飛び、キヨヒロへ激突して地面を数メートル転がった。
「ぶ、ぶげ…何だと…?」
「さぁ立ちなよ、私を殺すんでしょ?やってみなさいよ、コラ」
「ふふ…お前こそどうした…僕が憎いんだろ?僕が許せないんだろ?なら述べくってないで戦えよォ!」
キヨヒロはそう言いながら立ち上がり、シロナを挑発した。シロナはキヨヒロへ更なる攻撃を加えようと足を振り上げた。
その瞬間、キヨヒロはこの瞬間を待っていたと言わんばかりにケミカルロマンスを再発動させる。
「見えた!コイツの攻撃の軌道が!!やれケミカルロマンス、軌道の筋を殴れェ──!!」
ケミカルロマンスが、シロナと自分とを繋ぐ攻撃の軌道の筋を殴ろうと拳を放つその瞬間、シロナは素早く飛び上がり、膝蹴りをケミカルロマンスの顔面へ直撃させた。だが、それでもケミカルロマンスは軌道の筋を殴ろうと腕を伸ばすが、シロナはさらにパンチを繰り出し、それを妨害した。
「ぶが…!は、早すぎる…!」
ケミカルロマンスはついそう呟いてしまう。
「クソが…ッ!はやくやれ、ケミカルロマンス…!」
シロナはケミカルロマンスが拳を振るい、それで何かに触れるたびに結晶が生まれることを知っていたので、何かされる前にこちらの攻撃を当てて先手を取る戦いを行っていた。もちろんケミカルロマンス自体のスピードもとてつもないが、それを追い越して攻撃を打ちこめるのはシロナの格闘のセンスあってこそだ。
しかし、シロナが再びケミカルロマンスを攻撃しようと前へ進もうとした瞬間、その視界が大きく揺らいだ。
「!?」
シロナはガクリと膝をついてその場に座り込んでしまう。視界が七色の火花を散らし、動悸が激しくなり手足が震えて体の自由が効かない。
「何…これは…」
「くっくっく…どうやらお前のその身体の傷はケミカルロマンスが生んだ結晶が刺さった跡か…。だとすればそれは結晶に含まれる麻薬成分を一気に血液中へ取り込んでしまった作用だな…しかし、ここまで効果が遅れてやってきた例は初めてだ」
はたてのカメラがケミカルロマンスの攻撃を受けて結晶を発生させ、炸裂した時にシロナに刺さった結晶の麻薬成分が血液に溶けだしていたが、サイヤ人の血を引くがゆえに毒や薬への強靭な耐性を持つシロナに限って、その効果が遅れてやって来たのだ。
「運が良かったがこれで僕の勝ちだ!死ねッ!!」
キヨヒロとケミカルロマンスは動けなくなったシロナに対してトドメの一撃を放とうと構えた。
絶体絶命だ…誰もがそう思った。逆にキヨヒロは勝利を確信し、笑った。
バリバリ!
だがその時、周囲がカッと光ると空から落ちてきた雷がケミカルロマンスの目の前に着弾した。地面がめくれ上がって炎が上がり、ケミカルロマンスはその場で止まった。
「雷…ということはまさか…」
「さっきはよくもやってくれたよナァ」
スカーがシロナの横へ降り立った。
「スカー!」
「儂らも手負いではあるが、おるぞい…」
さらに重傷を負ったしまっているがマミゾウとはたてもその場にやって来る。
「マミゾウ…はたてさん!」
キヨヒロは狼狽えて後ろへ下がる。その時、彼はようやく気が付いた。騒ぎを聞きつけた里の住人たちがぞろぞろとここへ集まってきていた。もはやここにはそこそこの人だかりができ、キヨヒロが隠れて逃走することはできない。
「キヨヒロ…これでお前はどこにも逃げられない…」
麻薬による症状がだんだんと回復してきたシロナはゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
「ここで裁かれるといい…これまでのお前の行いをね」
シロナ、スカー、マミゾウ、はたて、史奈と妹紅、慧音…その全員がキヨヒロの罪を自覚させるべく、彼と対峙している。キヨヒロは悔しげな表情でシロナたちを睨んでいる。
「お前がもう何もしなければ、こちらからももうお前に手は出さない…お前はこれから一生をかけて自分の罪を償うのだから」
「な、何もしなければ…僕がおとなしくしていれば、本当に何もしないのか…?」
「約束するわ」
しかし、その瞬間だった。
「きゃああああああ!!」
集ってきた人だかりと、寺子屋の方から悲鳴が聞こえた。シロナが振り返ると、そこには喉元に結晶を生やされた寺子屋の子供たちがいた。人だかりの人間たちの首にも同じような結晶が付着している。
「この間抜けどもが!この場の人間たち全員の首に結晶を取り付けた…炸裂へのカウントダウンを開始してほしくなければそから動くんじゃねぇぞ!」
ケミカルロマンスが周囲に集まって来た民衆と寺子屋の子供らの首に触れ、結晶を作っていたのだ。もちろん、この結晶が首で炸裂すれば、小さくても致命傷にはなってしまうだろう。
「勝った!やはり僕の勝利だ!やれケミカルロマンス、次はコイツらを木っ端みじんに吹き飛ばせェ~~!!」
ビュン ドゴ…!
「ぶげ…ぼ…!」
その時、何処からか飛んできた大きな石の塊がキヨヒロの顔面に激突した。それはシロナが空を飛んで移動する際に使う、あの要石だった。シロナが密かに要石を呼び、キヨヒロに対してぶつけさせたのだ。キヨヒロは顔と要石の間から血を吹き出しながらフラフラと後ずさる。
「僕は何も…攻撃は…していないじゃないか…なのに…!」
「自分を知れ。そんなおいしい話が…あると思うのか?お前のような人間に」
シロナが冷静にそう言い放った。それに逆上したキヨヒロはケミカルロマンスを出現させながらふたりでシロナに殴りかかる。
「なっ…なんでひどいヤツ…!」
だが、シロナは俄然冷静であった。静かに目を閉じ、すぐに開けると、その瞳の色は黄色くなっており、黒髪はやや逆立っている。そしてその全身からは彼女の怒りを体現したかのような赤いオーラが立ち上っていた。
「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラ」
そして、シロナの放った渾身の拳による殴打のラッシュが、ケミカルロマンス越しにキヨヒロへと襲い掛かる。ケミカルロマンスはキヨヒロを守るために間に割り込んで盾になったのだが、シロナの怒りのパワーの前には意味をなさない。
「ウラァ!!ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラ…」
全身に拳が深くめり込んだケミカルロマンスはその場に崩れ落ち、その背後のキヨヒロにもシロナは容赦なく連続のパンチを叩きつける。何発ものパンチがキヨヒロの全身を打ち、キヨヒロは後方へ吹っ飛ばされる。
だが、シロナはまだ彼を許さない。左手でキヨヒロの首を掴んで逃げられたり吹っ飛ばないように固定し、右腕で顔面を集中して殴り続ける。そして今度は跳躍すると、両足による交互の蹴りをさらにぶちこむ。
「YPAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
シロナの猛攻もラストスパートに突入し、キヨヒロの胴体へ超高速のパンチを無数に放つ。一発一発の威力も計り知れず、パンチが当たった瞬間にはキヨヒロの体に拳の跡ができるほどだった。
「ぼ…やっべっでっぐっでェ~~~~…!!」
キヨヒロの口から「やめてくれ」と懇願する声が聞こえると、シロナは空中へ打ち上げられたキヨヒロを見つめ、その下で最後の一撃を放つ構えを取る。
「オラァ!!」
渾身の最後の一撃を受けたキヨヒロは空高く舞い上がり、どこかへ飛んでいく。
キヨヒロは里にある刑務所にまでぶっ飛ばされ、その中の第9独房のベッドの上に激突し、ピクピクと足を痙攣させながら気を失う。
「ふう…」
シロナの瞳の色と髪が元に戻り、息をつくと、その騒動と戦いは終結した。
…その後、上白沢慧音の持つ「歴史を隠す能力」により、ケミカルロマンスの力によって作り出された麻薬が里に出回ったという事実とその存在を無かったことにし、八意永琳がその麻薬を分析して作った治療薬を人間たちに処方することで麻薬の中毒症状を解消させた。
そして、キヨヒロはあのまま逮捕され、第9独房へ収監…終身刑との判決が下った。シロナからは「いい…?もしも脱獄したり、監獄の中からまた悪さをしようとしたら私が何度でもやってきて死ぬ間際までボコボコにする」と念を押さえ、大人しく監獄での生活を送る事となった。
「今回はえらい目にあったわ…」
全身に包帯をグルグル巻きにされた八雲紫が布団に寝ながらそう呟いた。
「ぎゃははははは!面白い姿だな八雲!」
それを見た摩多羅隠岐奈が指を刺して大声で笑う。
「これ、よさんか」
そこへ、幻想郷最強の賢者の称号を持つシュネックが現れ、そう言った。シュネックは天界から幻想郷を見渡せる水晶を見つめ、シロナの様子を見つめながら感心したようにつぶやいた。
「それにしてもあの新人の巫女…シロナは大した奴じゃな。母親の持っておった天性の才能と、父親の持つとてつもない獣のような爆発力を秘めておる。だがしかし…次にお主が立ち向かうべき敵は、もうすぐそこまで来ておるぞ」
シュネックは意味深な言葉を最後に、水晶を服の中へ仕舞うのだった。
ケミカルロマンスの名前の元ネタはイギリスのロックバンド、「My Chemical Romance」から。あと、今回までのキヨヒロ編のタイトルは全てMy Chemical Romanceの実際に存在する楽曲のタイトルからとっていました。