「なぁ、饕餮…」
「なんだァ、驪駒ァ…!」
畜生界の焼け野原と化した平原で、二体の大きな獣が傷だらけの体を無理やり起こしながら、正面を睨み付けてそう声を発した。饕餮と呼ばれた獣は、クルクルと丸まった茶色い毛並みを持つ胴体に、人か猿のような顔に大きく曲がった角を持ち、その牙も湾曲して口外へ剥き出している。
もう一体の驪駒と呼ばれた獣は全身が黒い毛並みに覆われた馬であるが、その体躯は通常の馬の何倍もあり、何よりも特筆すべきはその背中から夜のように漆黒の巨大な翼が広がっていることだった。
その二体の獣が見つめる先にあるものは、赤紫色の邪悪なオーラを纏う塊であった。球体の体の側面からは逆方向に独立して回転する2列の棘が立ち並び、正面には青い星型の模様がありその中心で1対の赤く鋭い目のような器官が輝いている。
それこそ勇儀たちが黒星の者と呼んでいた存在で、ふたつのパワーストーンは再び融合し既に3分の2の力を取り戻していた。しかしまだ不完全体であるからか、その姿は少しぼやけていてノイズがかかった映像のように乱れている。さらにその周囲には黒星の者が使う小型の分身たちが何体も蠢いていた…。
「こいつはちょっとヤバいかもな…勝てるかもわからん」
驪駒がそう弱音を吐きながら足を折ってガクリと倒れ込む。既に黒星の者から受けたダメージは限界で、立っていることすらできない。
「阿呆が、そんなんは戦う前からわかっとることだろ…。だがよォ、子分共より先に逃げ散らかす親分がどこにいるってんだ?」
饕餮はそれに対しそう言い放つと、口の中に炎をたぎらせながら目の前の敵に向けて飛びかかった。
「一度は息絶えこの畜生界へ落された我が饕餮!その名の通り、キサマの魂を喰らうまで死ぬるものかァ~~!!」
だが、目の前に浮かぶ黒星の者は身体の棘を高速回転させ、独楽のように回転しながら饕餮へ向かって飛んでいき、迎え撃とうとする。だが、覚悟の決まった饕餮は炎が滾る口を開けたまま差し違えてでも敵を倒すつもりだった。
バキン!!
がしかし、突然横から現れた何者かの渾身のパンチが黒星の者を吹っ飛ばした。黒星の者は回転したまま地面に激突し、ガリガリと削れる音を立てながら止まった。
「ゴバアアッ!」
だが黒星の者は何かがこすれるような不気味な音を発しながら何のダメージも受けていない様子で再び浮き上がると、突然現れて自らを攻撃してきた輩…シロナとスカー、そして勇儀を見た。
「ち、地上のヤツらか…という事は、吉弔が…」
饕餮はそう言い残すと、その場でガクリと倒れ込み、意識を失った。
「アイツが…黒星の者ってやつかヨ?」
「確かに尋常じゃない邪気を感じるわ、今までに戦ったどの敵よりも…」
「そう、そうだ…この相対した者に死を覚悟させるねっとりと肌に纏わりつくような絶望感…。しかも600年前よりもやはり何倍も強くなっている」
黒星の者はもはや戦う余力など無い驪駒と饕餮を一瞥し、今度はシロナ達へ戦意を向ける。そして怒ったように体を震わせると、自分の周囲に白いエネルギーの球を5個ほど作り出す。そしてそのエネルギー球に体当たりして発射した。
「スカー、勇儀、気を付けて!」
「わかってるヨ!」
「ああ、これくらい600年前に経験済みだ!」
3人は迫るエネルギー球をジャンプでかわす。球は地面に当たると爆発し、小さなクレーターが出来た。
しかし、そこへ黒星の者の小型の分身たちが現れ、光線を発射してシロナ達を狙う。
「おっと!」
雨のように無数に飛んでくる光線を、自身の前に霊力の結界を張って防御するシロナと、雷で強引に突破するスカー。だが勇儀はそのすべてを避けきれず、何発かの光線が手足を貫いた。
「ぐあっ…!」
「勇儀!」
勇儀はその場に落下するが、すぐに立ちあがって黒星の者へ向かっていく。が、これを機と見た分身たちは一斉に標的を勇儀へと変え、飛びかかった。無数の分身に密着された勇儀は身動きできず、ゆっくりと圧力をかけられていく。たかが小型の分身と言えど、一体一体の妖力も桁違いで、妖怪でも随一の怪力を誇る鬼が放つ本気のパンチを受けても全くダメージを受けない程だ。それが全身に纏わりつけば、勇儀と言えど脱出することはできないだろう。その事は、過去にもこれらと戦闘経験のある勇儀自身がいちばん分かっていた。
…しかし
「勇儀から離れろオオオオオ!!」
シロナの振るった拳は一撃で分身の群れを吹き飛ばし、勇儀の頭だけを開放した。その時、視界が晴れた勇儀はこれまでとは違うシロナの姿を見た。その瞳は怒りを灯したように黄色く代わり、黒髪は逆立っている。シロナが自分と同じ”鬼”であるかのように空目したが、同時にあのカカロットの面影も見た。
「スカー!!」
「あいよォ!!」
シロナは残りの分身たちを蹴散らしながらスカーの名を叫んだ。スカーは高速で飛びながら猛烈な勢いで黒星の者へと迫っていく。
「ゴアアッ!」
黒星の者は先ほどのような白いエネルギー球を乱射してスカーを止めようとするが、スカーは電撃を放ってそれを相殺し、向かってくる分身をも腕の一振りで引き裂いて進み続ける。そしていよいよ黒星の者へ辿りつき、手に持った腕に渾身の雷を纏わせて振りかぶった。
「いっけぇスカー!!」
シロナがそう叫ぶが、勇儀だけは警戒していた。
「ダメだスカーとやら!ソイツへの攻撃は…!」
ようやく解放された勇儀がせき込みながらそう警告するが、既にスカーの一撃は黒星の者へ命中していた。
雷を帯びた、手に持った左腕が黒星の者の顔にあたる部分に深く突き刺さっている。だが、黒星の者はそれが心底愉快であるかのように笑った表情を見せた。
次の瞬間には、スカーが放った腕撃の威力がそのまま跳ね返って来た。巨大なゴムボールを殴ったような反動で、スカーは反対方向へ吹っ飛ばされる。
「な、なにィ~~…!?」
そして、さらにスカーが腕に込めていた渾身の雷までもがそのまま反射され、周囲に広範囲にわたって落ちていく。あたりを埋め尽くす閃光と、地面が電撃の衝撃によって抉られていった。
「ソイツへの全ての攻撃は跳ね返されてしまうんだ!」
「んじゃ…どうすりゃいいんだヨ…!」
衝撃がもろにヒットしたスカーは口から黒い油を吐きながらそう言った。
「分身だ!ヤツと同じ性質を持つ分身の攻撃だけはヤツに通る!だから、こうすりゃあいい…」
勇儀はシロナの攻撃を受けてフラフラしている分身を片手で鷲掴みにすると、それを思い切り投げ飛ばした。突風を吹かせながらぶっ飛んでいく分身は黒星の者に命中すると、それを受けた黒星の者は明らかにダメージを受けたかのように後ろへ吹っ飛び、目を丸くして驚いた。
それを見たシロナとスカーは、顔を見合わせてこれならいけると言わんばかりに黒星の者へ攻撃を仕掛ける。
「よっし!スカー、いっちょやってやろうよ!」
「アーッハッハッハ!オマエに言われなくたっテ、やってやラァ!!」
シロナは両手に分身を掴むと、それをグローブのように使って黒星の者を殴りつける。するとやはり黒星の者は後ろへ吹っ飛び、その身体が大きく歪んだり揺らいだりしている。
「喰らいナ!」
スカーは手に持った左腕の指先に分身を突き刺し、それごと貫いて黒星の者へその腕を深く突き刺した。今度は攻撃の威力がそのまま反射される事は無く、次に放った電撃もしっかりと黒星の者に流れた。
「ガアアアッ!!」
しかし、黒星の者もやられっぱなしではない。ノイズの混ざった叫び声を響かせると、オーラで作ったドリルのような腕を伸ばしてシロナとスカーに反撃を仕掛ける。
だがふたりは華麗な身のこなしでそれを避け、逆に次の攻撃に出る。が、黒星の者も再び細長い鞭のような腕を振るってそれをガードする。
その様子を見ていた勇儀は、ふたりの戦いぶりに目を奪われていた。
「すごい…あの黒星の者相手に、たったふたりであそこまで戦えるなんて…」
そう呟く勇儀であったが、心のどこかに引っかかった謎の違和感は拭えなかった。
(この場に居た分身たちは一掃された…600年前の黒星の者であれば、すぐに新しい分身を生み出して戦力にする筈…なぜそれをしない?まだ力が不完全だからか?)
「おい、そこの地上の者…」
とその時、横から何者かが勇儀に声をかけた。振り返ると、そこには背中に黒い大きな翼を持った黒髪の女性が肩を押さえながらこちらを見ていた。
「お前は…」
「私は驪駒という者…さっきまであの黒いヤツと戦っていた…」
「ふん、噂に聞く畜生界のドンのひとりか」
「お前たちはどうやってここへ来た?」
「どうやってって…地底世界とここを繋ぐ通路があるっていうからそこを通って来たんだが?」
「そ、それは本当か!?だとしたらまずいぞ…。吉弔の生臭カメ公がもう地上へ出やがったのか…」
「おいおい、あの吉弔がいったいどうしたんだ?私たちはソイツに助けてくれって言われてここまで来たんだよ」
驪駒は勇儀に強く言い放つ。
「あの吉弔はな…!ヤツが持っていた最後のパワーストーンに取り込まれて合体した存在なんだ!邪魔者をこの畜生界まで来させて、その隙にヤツが地上を制圧する算段なんだよ!」
「な…なんだと…!?」