「アイツをこの場で仕留めるんだ!」
萃香がそう命じると、多数の鬼を含めた地底に住む妖怪たちが一斉に炎や衝撃波などを吐き出し、一点へ向けて集中させて放つ。そう、その場所にはついに本性を露わにした吉弔八千慧…いや、彼女と同化してその姿を乗っ取った黒星の者がいた。
最初にこの旧都へ現れた時のような、亀の甲羅を背負った龍のような巨大な幻獣の姿をしているが、その体色は紫色に染まり黒いオーラを発し、口元からは青い炎がくすぶっていて眼は真っ赤に輝いている。
「…グキャアアアアアア!!」
しかし、黒星の者は雄叫びを上げると同時に口から特大の火炎を吹いてそのすべてを跳ね返した。だが、妖怪たちもこの程度では怯まない。続けて黒星の者に対して攻撃を加え続け、その場から動くことを許さない。
この旧都の妖怪たちにとってみれば、黒星の者が以前と全く違う幻獣の姿で現れた事は驚いたが、やることは既に全員が理解していた。
「よっし、それじゃあ酒投入部隊の出番だね!」
萃香がそう叫ぶと、立ち並ぶ建物の屋根の上に立つ妖怪たちが、それぞれ大きな酒樽を運んでくる。
「倒せ!」
そして萃香の合図がくると、運んだ酒樽を持ち上げて投げ飛ばし、集中砲火を受けて動けない黒星の者へぶつけた。酒樽は粉々に破壊され、中に入った大量の酒が黒星の者の全身に降りかかる。
「ギイヤアアアアアアア…!!」
黒星の者は苦し気な悲鳴を上げ、その体勢を崩す。唯一の弱点である強力な酒を浴びせられ、そこへ一手も休まれない攻撃を喰らい続けては、さしもの黒星の者もひとたまりもなかった。
「勝てるぞ!この黒星の者は600年前みたいに攻撃を跳ね返す能力は持っていない!今なら憎き黒星の者を倒せる!」
妖怪たちは自分たちに対してても足も出ない黒星の者を倒せるという自信と希望に満ち、さらに攻撃の手を強くする。確かに、このままいけば黒星の者を滅ぼせるのは明確だった。
…しかし、萃香たち地底の妖怪たちは知らなかった。この黒星の者は、また3分の1ほどのパワーしか発揮できていない不完全体であるということを。
ビュン!!
「な…なに!?」
そのことを知らしめるかのように、萃香の背後から何か丸い物体が高速回転しながら顔のすぐ横をかすめていった。そしてその物体は進路上の妖怪を簡単に吹き飛ばしながら、黒星の者にぶつかってそのまま合体する。その瞬間、敵を中心に暗黒のオーラの波動が放たれた。
「うわあああああ!!」
波紋のように広がるオーラに晒された妖怪たちは吹き飛ばされ、その中心の黒星の者は残る3分の2のパワーを持っていた片割れと融合し、ひとつになることで完全体としての圧倒的な力を手にしていた。
「オマエタチハ…ダレヲ倒ソウトシテイタノダ…?コノ、『黒星ノ者』ト呼バルル我ヲカ…!?」
黒星の者はまるで谷底から響くような恐ろしい低い声でそう言うと、尻尾を振り回して妖怪たちをまとめて薙ぎ払う。そして、目の前の光景が信じられないとでもいうように絶句している萃香をにらみつけると、その口から青い火炎の渦を吐き出す。
「疾ク消エヨ!!」
カッ…
だがその時だった。萃香の目の前に割り込んだスカーの電撃と、シロナの霊力の波動がそれを受け止めた。両者のエネルギーは鍔迫り合いを起こし、スパークが巻き起こる。
「シロナ!」
萃香は衝撃に吹き飛ばされないように踏ん張りながらそう言った。と、そこで同じくここへやって来た勇儀が萃香を抱えて避難する。
「よう萃香、私たちは離れていよう。あのシロナ達に任せてみろ」
「ヌウウウ…オマエタチハァ…覚エガアルゾォ!サッキ対峙シタ、人間ト機械ノ女ァアア!」
「おお、さっきは世話になったよナ!」
「キヨヒロ、今のうちにやりなさい!」
シロナがそう言うと、ふたりの背後からキヨヒロがゆっくりと歩いてきて黒星の者とにらみ合う。その背後にケミカルロマンスを出しながら振りかかる青い炎を中を平然と歩いてゆく。
「最近よ…色んな場所の便所が、『洋式』の便所ってのにどんどん変わってる…今までの便所は『和式』っつうらしい。周りの奴らは言うわな…前よりクソをする体勢が楽でよくなったって。だがよォ…みんなが直接ケツおっつけて座ってる便器の上に自分も腰かけてクソするってのは前より不潔になってんじゃねぇのかよォ~!?」
キヨヒロは飛び跳ね、黒星の者の顔の前まで上がる。
「そんな日常で起こる絶望や不満なんか思い出してたら、だんだん腹立ってきたぜ…なんで便所を和式よりも不潔な洋式に変えちまいやがるんだよォ!!」
その瞬間、ケミカルロマンスは拳を振りかぶり、殴打のラッシュを敵の顔面へ無数に叩き込んだ。黒星の者の吐く炎が弱々しく揺らめき、その顔が大きく後ろへそれる。さらに、殴った箇所からパキパキと音を立てながら結晶が生え始め、それはみるみるうちに巨大化し、赤く変色する。
「爆ぜろ!!」
ドゴン!!
直後、結晶はハジケ飛ぶように炸裂した。黒星の者は顔から煙を上げながらよろめき、後ろの建物の上に背中から倒れ込んだ。その崩れた残骸に埋もれ、黒星の者は一旦動きを止める。
「言ってることはわけわかんなかったけど、すごい…!」
萃香が感心する。
「キヨヒロ、今です」
「ああ、分かってる!」
ケミカルロマンスとキヨヒロは、倒れた黒星の者へ接近する。
──時は10分前…
勇儀と魔理沙と合流したシロナとスカーはキヨヒロに考え付いた作戦をきかせていた。
「へえ、お前が考えていることは、その黒星の者とやらを倒しつつソイツに取り込まれている吉弔というヤツを助けたいと」
「その通りよ。畜生界の驪駒さんが言うには、今の吉弔さんは体内に埋め込んであるパワーストーンに取り込まれ支配されている状態だといってた。つまり、体内に存在する黒星の者を引き剥がして体の外に出す事が出来れば…」
「だがどうやって体内の黒星の者を引き剥がすんだ?まさか、体内に直接入ってやり合うわけじゃないだろ?」
と勇儀が言った。
「そのまさかなのよ。私が連れてきた、このキヨヒロならそれができるはずだわ。キヨヒロが自在に操れる『ケミカルロマンス』という化身は他者の体内に寄生する…そうだったよね?」
「なるほど…僕のケミカルロマンスが体内に入り込んでそれをやるんだな。だが、その黒星の者を倒すだけじゃだめなのかよ?その吉弔というヤツはお前にとってそんなに大事な者なのか?」
「…ううん、確かに私と吉弔さんは一度も会ったことはない…。でも、悪い奴に利用されてるだけのひとを見殺しにはできないでしょ。だから貴方を助っ人に呼んだんだよ」
シロナの真っすぐな目に見つめられたキヨヒロはため息をつく。
「まったく…わかったよ。今回はお前の言う通りにしてやる」
「ありがとう。それで、その後なんだけど…」
───
「行ってこいケミカルロマンス!僕から離れて、コイツの体内へ侵入しろ!」
「はい!」
キヨヒロとのリンクを一時切り離し、離れたケミカルロマンスは銀色の液状に体を変化させ、そのまま吉弔の体内へとスルリと入り込んだ。そして黒星の者の邪気の発生源へと進んで行く。
「まさか、この場所は…心臓か!」
ケミカルロマンスは心臓へとたどり着き、その身体を人型へ戻す。目の前には脈打つ巨大な心臓が浮かんでおり、そこから伸びる黒い筋に繋がって、黒い球状の物体が漂っていた。
「黒星の者の本体を発見」
それこそ、吉弔の肉体を内側から支配する黒星の者であった。黒星の者はケミカルロマンスに気が付くと、ノコギリの刃のような棘を回転させながら威嚇する。
「ゴバアアッ!」
そしてドリルのような腕を伸ばし、ケミカルロマンスを狙う。
「本体は宿主の心臓へ向けて伸びる管のようなもので繋がっている…あれを切断することができれば…」
ケミカルロマンスは黒星の者の攻撃を避けながらそう思った。そして今立っている床…つまり体内の壁を殴って剣のように鋭く細長い結晶を作り出すと、それを折って手に持ち武器として構えた。続いて放たれた黒星の者の腕の一撃をその剣で防ぎ、さらに腕を斬り伏せた。
「ゴ…!」
怯んだ黒星の者だったが、すぐにまた別の腕を伸ばして攻撃を仕掛ける。だがケミカルロマンスもその新たな腕を殴り、結晶を付着させてそれを弾けさせる。
黒星の者は吹っ飛んだ腕をひっこめ、今度は全身から邪気の衝撃波を放って攻撃を仕掛けた。ケミカルロマンスは結晶の壁を生み出してそれを遮り、次に壁をさく裂させて逆に黒星の者に結晶の棘を無数に放った。それは敵の全身に突き刺さるが、敵は邪気の突風を吹かしてそれを吹き飛ばす。
「流石に強いですね…」
「バアアアアッ!!」
黒星の者とケミカルロマンスは互いに腕を使ったラッシュを仕掛け、それをぶつけて打ち合いを繰り広げる。発生しては砕ける結晶の欠片と黒星の者の削れていく腕の一部が床にばら撒かれていく。
「…しかし、分かりました。お前はこの吉弔の肉体を駆動させるためにエネルギーの大半を費やしており、本体のお前はそこまでのパワーを残していない」
ケミカルロマンスは黒星の者の腕を踏み台にして飛び上がり、降下しながら拳を振りかぶる。
「これでお終いです」
そして敵の顔面に当たる部分に渾身のパンチを叩きこみ、その箇所に巨大な結晶が生成される。そしてそれは今までの比ではない大爆裂を引き起こし、黒星の者の身体の半分が吹き飛んだ!
「グ…バババ…!!」
ケミカルロマンスはすかさず敵の背後へ向かい、吉弔の心臓と繋がっている黒い管を切断した。その瞬間、管の切断面から黒い煙のような邪気が噴き出し、黒星の者は目を見開いて苦しむ。
一方、外のシロナたちは動きが止まった吉弔の身体に大量の酒を浴びせ続け、ケミカルロマンスが自由に動けるチャンスを維持し続けていた。
「ま、まだか…そのケミカルなんちゃらってヤツは…」
勇儀がそう呟いた。
と、その時、吉弔の体のあちこちから銀色の液体が垂れ始め、それは集まって人型となった。体内から出てきたケミカルロマンスは息を切らしながら元に戻る。
「ど、どうなったの?」
「安心してください、敵本体はきっちりと…体外へ放出することができました」
ケミカルロマンスは手に持っていた黒い紐のようなものを引っ張ると、大きく開かれた吉弔の牙だらけの口の中から黒星の者が引きずり出された。