吉弔八千慧は、体内の黒星の者をケミカルロマンスによって引っ張り出されたことで、幻獣の姿から人の形の姿へと戻っていく。
逆に黒星の者はすぐに何ともない様子で宙に浮かび上がり、こちらを睨んで警戒しながらじりじりと距離を取っていく。
「やった!ヤツを体内から追い出せた!」
喜ぶシロナだが、その時、黒星の者は黒い煙に包まれた。すると煙の中から青紫色の鱗に覆われた腕と足、そして長い尻尾と亀のような甲羅が飛び出す。そう、黒星の者は再び吉弔の姿に変化したのだ。
「ど、どうして…!?」
「…ソイツノカラダ、複製シタ…。モウソイツニ用ハ無イ!」
黒星の者はそう言うと口を開き、八千慧を消し炭にするかのような勢いで炎を吐く。
バリバリ… ドン!
だがその時、スカーの放つ特大の雷とケミカルロマンスの結晶の渦が炎とぶつかり、受け止めた。
「無駄ナ事ヲ…オマエタチモ、コノ都モ我ノ手ニヨッテ消エルノダ」
「ふん、消えるのはオマエの方ヨ!!」
黒星の者と、スカーとケミカルロマンスは戦闘を開始する。
「私たちも作戦通りに動こう!」
シロナとキヨヒロ、勇儀と萃香は気を失ったままの八千慧を連れてこの場を後にし、離れたところにある広間へと移動するのだった。
…数十分後、勇儀はその広間に旧都中の妖怪を集めた。先ほどまで黒星の者と戦っていたもの、そうでないものといるが様々な妖怪をできるだけ多く、だ。
「今!黒星の者という邪悪な存在が目覚め、旧都を襲撃している!まだ若い者は知らないだろうが、過去にヤツと戦ったことのある我々なら分かるな?ヤツは強い!それも600年前よりもはるかに!」
妖怪たちの顔に恐怖と不安が見える。
「だが、我々も過去と同じではない!今こちらには心強い味方がいる。それに、ヤツを倒せる方法もある!」
「そ、それは一体どうやるんで?勇儀どの…」
群衆の中のひとりの妖怪が発言する。
「ヤツは自分にかかる全ての攻撃をそのまま跳ね返すので無敵!それに酒を使って何とかダメージを負わせても完全に滅することは不可能だったじゃないか…」
妖怪たちが口々にそう言った。
「それを今から説明し、お前たちにも協力してもらう。シロナ」
「はい。初めまして、私は博麗の巫女のシロナといいます。あの黒星の者は強く、単純な力で滅ぼすことは不可能…だけど、博麗に伝わる、とある技ならばヤツを文字通りあの世へ送ることができるかもしれません!」
「そ、その技とは…?」
「博麗降魔捨法『
「そうだ。そして、この地底の果てには『地獄の門』と呼ばれる穴が存在する。これは命ある生き物や妖怪を無限に吸い込み、直接あの世へ送ってしまう恐ろしい場所なんだ」
「ま、まさか…」
「ああ、シロナの威波離を使って、黒星の者を地獄の門の向こう側へ押し込んでしまう!今、ふたりの強い者が黒星の者と戦いつつ、シロナと地獄の門を結ぶ直線上に誘導している最中だ」
妖怪たちにざわめきが起こる。不安を口にする者、その地獄の門の存在を疑問に思う者。
「だったら、なんで私たちをこの場所へ集めたの?避難って訳でもなさそうだし…」
ひとりがそう質問をすると、シロナが説明を付け加える。
「それは、『威波離』を放つにはみんなの強力が必要だからです。まず、威波離は霊力を作り出して送る者とそれを放つ者がいて、その間に多数の人間や妖怪を必要とします。手と手を握って列を作り、最初の者が作った霊力をひとりひとりの体の中に通していく。そうすることで霊力はどんどん強力になるんです」
「ふん、バカバカしいですわね」
と、その時、シロナ達の後ろからそう声が聞こえた。振り返ると、そこに居たのは目を覚ました吉弔八千慧だった。どうやら今までの話を聞いていたらしい。
「霊力を強くするために、手を繋いで仲良く協力しろですって?やってられないわ、私は今すぐ畜生界へ帰って…」
ドゴ!
「ごぶっ…」
だが次の瞬間、勇儀が八千慧の顔面を思いきりぶん殴った。八千慧は吹っ飛んでいき壁に激突してその瓦礫に埋もれる。勇儀はずんずんとそこへ歩いて行って瓦礫の中から八千慧の胸ぐらをつかんで引っ張り出す。八千慧の顔は鼻と口から流れる血で汚れている。
「黙れ!この畜生が!!」
勇儀は八千慧にそう怒鳴りつける。
「私はなァ、特にお前みたいな騒ぐだけ騒いで何もしねぇ連中が大嫌いなんだ!お前を黒星の者の支配から助けたシロナやキヨヒロに礼のひとつも言わねぇのに、一丁前に文句だけこくんじゃないよ!いいか、シロナが話した『威波離』って技はな、間に入って手を繋いで霊力を通す者たちには負担がかかる!そりゃそうだ、霊力が体ん中を駆け巡るんだ、特に妖怪はかなりの苦痛だろうな。ま、どっちにしろお前みたいな腐った根性のヤツには無理な事だ」
そう言うと八千慧を突き放した。勇儀は畜生界に送られる者たちを嫌っていたので、その鬱憤も一気に吐露したのだろう。
八千慧は気に入らないような顔で起き上がると、口の血を拭いて服の汚れを払う。
「ま、まぁまぁ勇儀…その辺で落ち着いて…」
「…今言った通りだ、間に入る者はかなりの負担を強いられるだろう。それでもよいという勇気ある者は名乗り出てくれ!」
だが、名乗り出る者はいない。
しかし、しばらくしてようやくひとりが手を上げて前に出た。
「オレはやるぜ…あの黒星の者にちょびっとでも抵抗できるとなりゃ、この震えも武者震いってやつだぜ…」
「なら私も…」
「だったらワシだって…」
「女でも役に立てますわよね!」
「俺だって助かりてぇんだ、せめてもの抵抗はしてやらぁ!」
ひとりが名乗り出たのを皮切りに、次々とその場から協力を申し出る妖怪たちが現れた。やがてはその場の全員が打倒黒星の者に参加しようとしていた。
「…ありがとう、お前たち。では、黒星の者を軌道上に誘導することができたら、合図としてでっかい雷が空に向かって上がる!それまで準備を進めようじゃないか」
「おおおおおお!!」
「ふん、勝手にやってなさいな。私は帰るわよ…」
だが、八千慧は盛り上がる妖怪たちを尻目にさっさとどこかへ行ってしまう。そして、その後を追うようにその場から立ち去ろうとする者がひとりいた。
鬼の靄子だった。シロナが地底へ来たときに誤まってぶつかってしまった、暗い性格だと言われていた女性だった。靄子は路地に入り込み、そこを歩いていく。
「君は、また逃げるのか?」
と、路地に置いてあった箱に腰を掛けて靄子に話しかけたのはキヨヒロだった。
「…また…?私と貴方って会った事…ありましたか…?」
「君はこれまで生きてきて、たくさんの事から逃げてきたんだろう?僕もそうだったからわかるのさ」
靄子は図星を突かれたように押し黙る。
「ついさっき、八千慧というヤツは逃げたよな。だが君はああいう、罪を重ねたから然るべき場所へ落されたのに、そこでまた罪を重ねてるようなヤツとは違うだろ?まだ、生きてるんだからさ」
キヨヒロはふと上を見上げると、話を続ける。
「なぁ、生きてりゃよ…なんでこんな目にあうんだ、とか…なんで私ばっかり…とか思う事って山ほどあるよな。事故とか病気とかよ…。なんでかなぁ?現に今、僕らがこんなに苦労してるのにのほほんと飯食って寝てるヤツもどこかにいるんだぜ。不公平だよなぁ、なんでだと思う?」
「…わからないわ…」
「その通り、わかんねぇのさ。いろんな不幸がなして自分におこるのかなんて、誰にもわからんのよ。でもよ…そんな理不尽には、抵抗するしかないよなぁ?その理不尽に拗ねてみても逃げてみても…しかたないもんな」
「そんなこと…わかってる…!」
「なら、一緒に抵抗してくれる”自分”というパートナーを好きになってやらなくちゃな。その顔は、自分が嫌いで嫌いでしょうがないって顔だぜ」
「貴方はまるで違うみたいな言い方…若い人間のくせに。貴方だって私と同じだったんでしょう?人から馬鹿にされて、覚えのない言いがかりを付けられて…卑屈になるのだってしょうがないでしょ?」
「…まぁそうだな…。でも、僕はちゃあんと自分ってもんを好きになれたぜ。理不尽を破る抵抗をしなきゃ…自分をどんどん嫌いになってくばっかりだ…」
そう言いながら立ち上がり、威波離の準備を進めている妖怪たちのもとへ歩いていくキヨヒロの後ろ姿を、靄子はただ見つめるばかりだった…。