10年ほど前…
「このたびは、よくぞ我が王国へ参って下さいました…人間の医師団の方々よ」
ペペロン女王はヴァンパイア王国へ新たにやってきた医師団たちに笑顔でそう声をかけ、彼らを歓迎した。この王国に暮らす吸血鬼たちは、みな人間とは比べ物にならない自己治癒能力を持ち、大抵の怪我や病気は自力ですぐに治してしまい、また不死性も非情に高いので、本来であれば医者などと言った者らは必要なかった。
しかし、元はペペロン女王を中心とした純粋な吸血鬼のみで構成された少数民族だった彼らも今や人口数十万人にも及ぶ大規模な民族となっていた。その背景には人間との交配や吸血によって同族を増やしてきた時代が存在し、そのおかげで国は栄えたものの、下々の民は純粋な吸血鬼の血が薄まってしまい、同時に治癒能力や不死性が純血な吸血鬼と比べて劣ってしまうという事態に陥っていた。そこで数十年前から、ペペロン女王の政策によって人間の医者を好待遇で王国に住まわせ、仕事を与えていた。
その関係は人間同士における植民や奴隷などとは全く違い、彼ら吸血鬼と王国に住む人間たちは非常に良好な関係を築いていた。
「有り難きお言葉です。我々に対する支援の対価として、いや…医師として我々はこのヴァンパイア王国の国民と共に国をより良くしていきたいと考えております」
「そうですか、よろしく頼みますよ」
「ええ、お任せください」
この医師団のリーダーこそが、現在まで王国に仕える人間の医者であるドクター・オートである。
「ようやく新しい医者が来てくれたのか」
「ああ、人間の医者がまとめて死んでしまった不慮の事故から5年…また我が王国へ出向いてくれただけでも有り難いものだ」
国民たちはみな、新たな医師団を歓迎した。さっそく病に陥っていた者たちの面倒を見、それからも怪我人や増える患者に対して献身的に働いたという。
しかし、なんとここへ来てペペロン女王が未知の眼病を患ってしまう。オートら医者の診察によると、これはペペロン女王が年経た事で発症した障害だという。
「ですが、ご安心ください。私たちに任せていただければ、眼球の膜を貼り換えて視力を大幅に回復させることができます」
「そうですか、それは有り難い事です。では、さっそくお願いしますね」
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「…今思えば、あの時殺しておけばよかった。あの医者と名乗る悪魔どもを…」
「もしかして、吸血鬼相手の手術だから失敗したとか?」
「それだけならどんなによかったか。その手術の終わった後から、ペペロン女王の様子がおかしくなった…」
手術が終了し、復帰したペペロン女王であったが…。
「では、新たな政策を発表します。我々ヴァンパイア王国は国外へ進出し、豊かな領土と資源を獲得いたします」
「な…!?」
「それは正気ですかペペロン女王!」
議会の場でそう発表した女王に対し、他の議員らが反発の声を上げる。あのドクターオートも、人間代表として議会に出席していた。
「我がヴァンパイア王国は建国以来、極力外国や人間との関わりを無くして現在まで顕在してこれました!500年前、確かに我々は大々的に人間と共存することを選びました…しかしその結果、人間との交わりを持った混血民が多く増え国は混乱し、挙句には王位を継承するはずだったヴラド王子を失いました。その時、女王と我々は誓ったではありませんか!他国や人間との関わりは必要とする最小限に留めようと!」
「くどいですよ、大臣!我が王国は国領を広げ人間を取り込んで共存します、この決定は絶対です」
「しかし…納得がいきません!今一度お考え直しを!」
血迷った決定を押し通そうとするペペロン女王への反発が強くなる。議会の大臣たちは一斉に女王の席に迫り、口々に異を唱えだす。
「…チッ、殺しなさい」
「え?」
その時、黙って様子を見ていたオートが女王の後ろへ近寄り、耳元でそう囁いた。大臣たちがキョトンとするのを尻目に、その言葉を聞いたペペロン女王は立ち上がった。
「ウウウウウゥゥ…!!」
そして獣のような唸り声をあげ、高く掲げた腕を振り下ろす。
「何事だ!?」
騒ぎを聞いたゴルゴンは議事堂へ続く廊下を速足で歩いていた。そして大きな扉を開け放つ。
ちょうどその瞬間、ボロボロになった顔見知りの大臣が吹っ飛んできた。ゴルゴンは驚きながらもそれを受け止める。
「どうした、何があった?」
「ペ…ペペロン女王が…!」
「女王?母上がどうかしたのか?」
大臣が指差す先には、暗闇の中で柱のように佇むペペロン女王の姿があった。長い爪を伸ばして強張らせた手は血に染まっており、足元には八つ裂きにされた他の吸血鬼たちが転がっていた。
「これをまさか、母上が…!!」
「その方たちが悪いですのよ」
今度はその声がした方に目を向けると、壁に寄りかかって腕を組むドクターオートの姿があった。
「ドクターオート…!」
「素晴らしいペペロン女王の政策発表を批判するから少々荒っぽいやり方で鎮められたんですよ…ヴァンパイア王国が国外へ進出するという政策をね」
「何だと…!?母上がそのようなバカげた事を言うはずがない!」
「本当ですよ?ねぇ、女王」
オートがそう言うと、ペペロン女王はオートに顔を向けて頷いた。その時、ゴルゴンは見てしまった。女王の後頭部からうなじにかけて切り開いたような手術痕が、治癒しかけではあるがうっすらと残っているのを。
「おかしいぞ…キサマは母上の目の治療をしたはずだ…なのになぜ、頭に切開の傷が…?…まさか!!」
オートは人差し指を唇に当て、軽く片目を瞑ってにやりと笑った。
「なんでかしらねぇ?手術後から女王ったら私の言う事にしたがってくれるようになったのよ」
「キッサマァ~~~!!母上に何をしたァァ!?」
激昂するゴルゴン。
「こういうことができるようによ!ペペロン女王、あのゴルゴンも殺してしまいなさい!」
「ウアアアアアア!!」
女王は目を赤く変色させ、牙を剥き出して吠えた。そして両腕を振り上げ、その拳をゴルゴンに向けて叩きつけた。
驚くゴルゴンだが寸前でジャンプして飛び越えるようにして躱す。コンクリートの床が捲りあげられ、大穴が空いた。女王はすぐさま振り返り、背後に降りたゴルゴンへ再び攻撃を仕掛ける。
「母上…!私の事がわからないのか!?」
「無駄よ!もう誰の声も女王には届かないわ!」
女王の怒涛の猛攻を前に、ゴルゴンはそれを避け続ける事しかできない。最強の力を持つヴァンパイアである女王が相手では、その娘であるゴルゴンであっても隙を見出すことができなかった。
「くそっ…どうすれば…!」
その時、ついに女王の一撃がゴルゴンを捉えた。吹っ飛ばされるゴルゴンは大きな机に叩きつけられ、その破片に埋もれる。
女王はゴルゴンを拾い上げて首を絞めながら持ち上げ、するどい爪を伸ばした手を胸元に突き刺そうと構える。
「うぐ…!」
「やれ!殺すのよ!!」
「ヌアアアア!」
しかし、女王が一撃を放つ瞬間、どこからか放たれた飛び蹴りが女王の後頭部を捉えた。体勢を崩した女王はゴルゴンを取り落としてしまい、前のめりになったまま後ろを振り返る。するとそこにいたのは、ゴルゴンの従者であるツーナスとサーモスの二人であった。
「お前たち…」
「ゴルゴン様、一体何があったのですか?」
主のピンチに駆けつけたものの、あまり状況が飲み込めていないツーナスがそう言った。しかしその瞬間、女王は二人に対して攻撃を仕掛け、今度は彼らと戦闘を開始した。
「おのれ、オート!!」
ゴルゴンは眼から強烈な光を放ち、オートの目をくらませると一瞬にして彼女の背後に移動し、その爪を喉元に突きつける。
「な、何をする気…!?」
「母上を…いや、あのロボットを止めろ!さあ早く!!」
「わ、わかった…止まりなさい、ペペロン女王!!」
「ウガ…!」
ペペロン女王は腕を上げて足で今にも倒れ伏せたツーナスとサーモスを踏みつぶそうと構えている最中にオートの命令が聞こえた瞬間、時が止まったかのようにそのままの姿勢でピタッと動かなくなった。その様子は正にゴルゴンが形容した「ロボット」と呼ぶにふさわしかった。
ドクターオートの手によって彼女の命令しか聞くことができないように脳に改造手術を施されてしまったペペロン女王はそのまま議事堂で十字架に磔にされ、強力な紫外線照射装置の光を10台分当て続けることで封印された。ゴルゴンはドクターオートたちの罪を訴えたが、王国の法律によって絶対の安全が約束されている人間を証拠不十分なまま有罪にすることはできなかった。女王の脳を調べようにも仰向けで横たわる女王の体勢的に無理があったし、一度ヴァンパイア王国へ仕えることになった人間は王国に永住しなければならない決まりがあったので、彼女らを追放することもできなかった…。
「あの女医が一番のワルだったって事か…」
「そうだ。手荒い真似だったが、キサマらが打倒ペペロン女王の戦力になるか試させてもらったのだ」
「だけど、本当に私たちが戦力になるのかしら?スカーレットはまだしも、悔しいけど私らは貴方よりもずっと弱いわよ」
「…私が、レミリア…キサマが戦力になると思ったのは…スカーレットがペペロン女王を越える魔力を身に付ける”きっかけ”として、必要だからだ」
「きっかけ?」
レミリアがそう言った時、ゴルゴンの配下の吸血鬼が慌てた様子でこの闘技場へ飛んできた。
「どうした?」
「ゴルゴン様、緊急事態です!!議事堂の紫外線照射装置が何者かによって止められてしまいました!このままでは、じきにペペロン女王が動き出してしまいます!!」
「なんだと…!?」