もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第216話 「穿ちの弓矢」

「…パチュリー、私の血をシロナに輸血してやってくれ」

 

「…本気?」

 

「ああ…この場にシロナと同じB型の人間は私しかいない」

 

「それはそうだけど…」

 

パチュリーはシロナに輸血するという魔理沙に対して反論する。

 

「それに…実は誰にも言わないでおこうと思ってたんだがな、私はもう長くないんだ」

 

そう言った魔理沙に対してパチュリーは微かに信じられないという顔を浮かべた。魔理沙はふっと笑うと、自分の金色の髪の毛の中に混じった白髪を触りながら話す。

 

「ここ1年ほど、どうにも体が苦しいんだ。病気かと思って永遠亭で診てもらったんだが、どうやら私の余命はあと3か月もないらしい。もともと体があんまり強くなかったってのもあるらしいが…原因は若い時の魔法の酷使だと。それに、私はどうせ戦わないんだ…血はギリギリまで抜いちまっていいから」

 

「そう言うのなら…やってあげるわ」

 

「ああ、頼む」

 

パチュリーは魔理沙の腕に針を刺し、血液が管を通って運ばれていく。魔理沙はそれをできるだけ見ないようにしながら、頭の中にはとある光景を思い出していた。それは霊夢とカカロットが死んでしまったと判明してからシロナが魔理沙の家に住まわせてもらうことになってすぐの事だった。

 

──────

 

 

「魔理沙さん、お母さんの友達だったんでしょ?お母さんの話聞かせてよ」

 

魔理沙が本を読んでいると、シロナは魔理沙の袖を引っ張りながらそう言った。だが、魔理沙はその会話に応じることなく、ただ乱暴にシロナを突き放して怒鳴った。

 

「うるさいなぁ!もう私の前で霊夢の事を言うな!」

 

(…なんで、なんで私より先に逝っちまったんだよ霊夢…。私はまたいつかお前と並んで戦えることを夢見て、これまで研究に打ち込んできたんだぞ…。なのにお前がいなくなったら、全部無駄だったって事じゃないかよ…)

 

自分を差し置いてどんどんと高みへ昇ってしまう霊夢に追いつくため、何年も家に籠って研究をつづけた時期もあった。だが、それらが実を結ぶ前に霊夢は二度と手の届かないところへ行ってしまった。

その日の深夜、魔理沙はトイレに行こうと廊下を歩いていた。と、シロナの寝室の前を通りかかった時、ドアの向こうからわずかな光が射しているのに気がついた。

 

「アイツ、まだ起きてるのか…」

 

魔理沙はそう呟きながら隙間から部屋の中を除いた。すると、そこには布団をかぶったまま座り込んだシロナが、ろうそくを灯した机の上ですすり泣いている様子が目に入る。

 

「う…うぅ…お母さん…」

 

その時、魔理沙はハッと気が付いた。

 

(私は…一体なんてことを…。霊夢がいなくなって一番悲しいのはあの子だ…!)

 

「ごめんな、シロナ…これからは私がお前のお母さんになるから…」

 

 

 

「おかしいよなぁ…何故かわからないが、シロナと一緒にいると思えてくるんだ。この子はこんなに頑張っているのに、私は腑抜けたままでいいんだろうか?ってな。きっと、シロナには他人を燃え上がらせる才能がある。そして、他人を燃えるだけ燃え上がらせたら自分は尽きて消えてしまう。だから今度は、私たちがシロナを燃え上がらせてやる番なんだ。そうだろ、パチュリー」

 

「その通りよ、魔理沙。私たちでシロナを絶対に助けましょう!」

 

パチュリーは再びシロナの手術に取り掛かる。

 

「次はゴルゴンの腕を接合するわ…。幸いにもシロナとゴルゴンの体格はほとんど同じで、腕の長さにも変わりはない。人口骨格で繋げ合わせて、後はゴルゴンの吸血鬼の細胞が勝手に癒着させてくれるはずだわ…」

 

「う、う…」

 

その時、別のベッドに寝かされていた咲夜が目を覚ました。傷む傷を押さえながら、ガバッと起き上がって周囲を見渡す。

 

「ここは…?」

 

「城の手術室よ。貴方は安静にしてて頂戴…まだ鎮痛剤のせいでまともに動けないはずだから」

 

 

 

 

「シャアアアアアアア!!」

 

融合して強力なパワーを手に入れたサンドラはそれを解除されてしまい、唯一女王をコントロールできる存在であったドクターオートを食い殺された今、もはやペペロン女王を止められる者はいない。

女王の一撃を受けたサンドラ、レミリア、フランの3名は吹っ飛ばされた拍子に破壊された壁の中の鉄筋に激突し、それが胴体に突き刺さってしまっていた。

 

「く、クソ…!」

 

「たった一撃で、動けなくなっちゃった…」

 

いくら呪いを解いたサンドラでももはや女王との戦闘力の差は歴然だった。女王は変身する直前から何倍ものパワーアップを果たしていたのだ。

 

「…仕方がない。最後の手段だ」

 

ゴルゴンが立ち上がると、今まで最初の一撃で気絶していたその兄妹たちも目を覚ます。

 

「よいか、我々…栄光あるペペロン女王の子供たちよ。このゴルゴンから最期の命令を下す。”かねての打ち合わせ通り”、お前たちは命を懸けてペペロン女王の心臓を潰すのだ」

 

「御意!」

 

「『穿ちの弓矢』だ!!ひとりずつだ、ひとりずつ行って順番にあの怪物の心臓を引きずり出せ!ではまずはナーラ、ゆくがいい!!」

 

兄妹の中で末っ子の妹、ナーラは女王に向かって走り出す。女王は向かってくるナーラに対して、口から衝撃波を無数に撃って迎え撃つ。だがナーラは走りながらそれを避け続け、ペペロン女王の胸目がけて飛びかかった。

ナーラは鋭く強張らせた両手の爪をその胸に突き立て、肉を抉ろうと力を込めた。しかし、順応能力が最高潮に達した石のように頑強な皮膚の前には全く傷つけることすらできず、表皮をひっかくだけで終わってしまう。

 

ガシッ

 

女王はナーラの胴体を片手で鷲掴みにし、自分の胸から引き剥がす。そのまま握りつぶそうと力を込められ、ミシミシと体が悲鳴を上げるナーラ。しかし、火事場の馬鹿力と言うべきか…最期の力で女王の胸に噛みつき、その牙で皮膚に穴を空けることに成功したのだ。

 

「キシイイイイイ…!」

 

女王はわずかに痛みに怯む素振りを見せる。次の瞬間、ナーラは口から炎を吐いて女王の傷をあぶった。女王は叫び声を上げながらナーラを握りつぶし、それを地面に叩きつけて粉々の肉片に変えてしまう。

 

「ヤツに回復する暇を与えるな!次はカルボ、続け!!」

 

「分かった!」

 

痛みに狼狽えている女王の胸の傷に、飛びかかったカルボの爪が襲い掛かる。カルボは傷の中に指を突っ込み、抉りながらその傷口を広げて中の肉を露出させた。そしてその肉に噛みつき、頭を突っ込んで心臓を目指す。

 

「キイヤアアアアアアアアアア!!」

 

女王は激痛に耐えかね、カルボを引きはがそうと掴み上げる。だがカルボは決して顎の力を緩めることなく、肉に噛みついたまま絶対に離れない気概を見せる。

 

 

 

「…魔理沙の血液は限界までシロナに輸血した…ゴルゴンの腕も無事に移植完了…。後…は…私の魔力と手腕にかかっている…」

 

パチュリーは貧血の魔理沙と動けない咲夜が見守る中、ひとりシロナの治療を続ける。しかし、その腕は小刻みに震え、額からは玉汗が浮かび、髪は紫に混じる白髪が目立って見える。

 

「もう、やめてくださいパチュリー様…!このままではアナタも死んでしまいます!」

 

咲夜はパチュリーに心配の声をかけた。

 

「ふ…確かにね…。だけどね、ここで自分の命惜しさに治療を辞めてしまったら、私はこれからも続く長い人生の中でずっと後悔し続けるでしょう…。私も死ぬのはもちろん嫌だけど、この子が死んでしまうのはもっと嫌!」

 

心なしか痩けたようにも見える顔で答えるパチュリーを見た咲夜は腕で自分の目元を覆い、静かに涙の筋を流し、枕を濡らした。

 

「申し訳ありません…私には何もできず…」

 

「…私はもう魔女だから、歳をとらない…何も食べなくてもいい、寝なくてもいい、誰の手助けもなく生きてゆけるの。だけど、咲夜や魔理沙、それにシロナは人間でしょ…。人間というのはいつまで経っても儚くて健気で…人の手を借りないと生きていけないのよ。ああ…なんと愛しいのでしょう…”人間”という生命は」

 

──もう少し…あと少しだけもってちょうだい、私の体…!

 

 

 

「キイイイイイィ…!!」

 

女王は胸に顔を突っ込み、中身に噛みついて離さないカルボを引きはがすのに躍起になっていた。もうすでにその身体を握りつぶしているというのに、噛む力は一向に緩まず、それどころか両手の爪を皮膚にひっかける事でより強固にくっついているようなのだ。

しかし、ペペロン女王は牙をむいて口を開け、カルボに噛みついて牙を深く突き刺した。そして勢いよくポンプのように血液を他の内臓ごと一緒に吸い上げてゆく。カルボは一瞬にして干からびた植物のように枯れ果て、女王に粉々に噛み砕かれた。

 

「ゾーラ、続け!」

 

ゴルゴンの次に生まれた子供である弟のゾーラが続いていく。

 

「すまんな、ゾーラ」

 

「構わないさ。これはずっと前から決めていた事だろう、それに未練が有ったらオレは今この場に居ない」

 

ふたりは一瞬のうちにそう会話を交わし、ゾーラは飛び出した。女王は傷を痛がるそぶりを見せていたが、接近してくるゾーラに気付くと両腕を振るって迎撃しようとする。が、ゾーラはそれをスライディングでかわし、続けて跳躍するとペペロン女王の剥き出しになった肉からわずかに覗く肋骨目がけて突撃する。肋骨の一本に噛みつき、その下の一本を手でこじ開けようとしながら何とかして心臓を露出させようとする。

 

「シャアアアアアア!!」

 

女王はゾーラを掴んで引き剥がそうともがく。しかし、ガッチリと肋骨に食らいついたゾーラの顎と腕は決して力を緩めなかった。

 

「オレをむしり取ってみろ!お前の馬鹿力でお前の傷を深くするんだ!」

 

女王は顔が歪むほどの力を込め、一気にゾーラを引き抜いた。その拍子に女王の肋骨2本がへし折れてゾーラごと体外へ摘出される。想像を絶する痛みに耐えきれずに発狂する女王はゾーラを無茶苦茶に床に何度も叩きつけ、ボロ雑巾のようになってしまった彼を一思いに口に押し込んで噛み砕き、飲み込んだ。

 

「ギヤアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

女王は雄叫びを轟かせるが、その直後に体勢を崩し、しりもちをつく形で後ろへ倒れ込む。その時、ゴルゴンは見た。皮膚と肉、そして骨が取り除かれた女王の傷口の奥に、煌々と輝きを放ちながら脈打つ心臓を。

 

(私が最後の矢となり…この身が散ろうとも、その心臓を抉り潰してくれる!)

 

 


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