「…フン」
一方でペペロン女王とゴルゴンたちが激戦を繰り広げている最中、王城の外。ドクターオートは女王以外の吸血鬼たちにも改造手術を施しており、それによって誕生した改造ヴァンパイアたちとスカーは戦闘を続けていた。スカーの攻撃を受けてもヴァンパイアたちは持ち前の不死性と再生能力を発揮し、スカーの電力とエネルギーを消耗させようとしていた。
「今まで、ちょーっと気を遣っテ優しくしてやってたらつけあがりやがっテ…。もう容赦はしねエ!そこでくたばんな!!」
スカーは溜まりに溜まった苛立ちと鬱憤を一気に開放し、特大の電撃を周囲に向けて放った。それは的確に改造ヴァンパイアたちに命中し、その威力は回復する暇も許さない程だった。
「待ってろヨ、シロナ…!」
地面へ落下していくヴァンパイアたちを見ると、スカーはシロナの元を目指して飛び立つのだった。
ゴルゴンは体勢を崩したペペロン女王をじっと見据えていた。女王は皮と肉を破られ、折られた肋骨の奥に見える心臓の痛みに悲鳴を上げた。その時一瞬、ゴルゴンの目には今の白い怪物と化した女王に重なって、10年以上前の厳格だが時に優しかった素晴らしい母親であったペペロンの面影を見た。ペペロンは実の娘にいたぶられた傷を気にし、泣いていた。
しかし、ゴルゴンに迷いはない。これが自分が見た幻だとしても、女王がゴルゴンに見せた幻だとしても、とうにペペロン女王を倒す覚悟はできている。そしてそれは揺らぐことはない。
「母上、覚悟ッ!!」
ゴルゴンは一直線に飛び立ちキリモミ状に体を回転させながら、女王の剥き出しになった心臓に食らいついた。牙を喰い込ませ、強靭な咬合力で心臓を潰すかのごとく噛みつく。噴水のように溢れ出る返り血でゴルゴンの体が真っ赤に染まる。
「ギイイヤアアアアアアアア!!」
女王はあまりの激痛に悶絶し、さっきよりも大きな耳をつんざく悲鳴を轟かせる。しかし、これまでに連続して弱点を狙った攻撃を受け続けてきたおかげで対応はできる。すぐにゴルゴンの胴体を掴み、引っ張り出そうと力を込める。
「ギイイイイ…!!」
だが、ゴルゴンは顔を胸の内部に突っ込んだままビクともしない。諦めた女王は続けてゴルゴンに噛みついて牙を突き刺し、ものすごい勢いで吸血を行う。
(ぐ…!血が抜き取られる…!)
しかし、意識が無くなるほど血を吸われる直前、ゴルゴンは噛みついた心臓から女王自身の血を大量に摂取する。女王にいくら血を吸われようとも、こちらからも女王の心臓から直接吸血する限りは死ぬことは無い。
すると、女王はいったん口を離して噛む位置を変えてもう一度噛みついた。
(コイツ…!)
女王はゴルゴンの肺と気管を同時に圧迫するようにして噛みついていた。呼吸をさせずにゴルゴンの意識を奪おうと考えたのだろうか。
(息ができない…)
「まずいぞ、ゴルゴンが痙攣してる!」
「ペペロン女王が呼吸を封じるように噛みついてるんだわ…いくら吸血鬼と言えど、息が出来なければ死んでしまうわ…」
サンドラ、レミリアとフランの三人はゴルゴンが苦しむのを見ていることしかできなかった…。
ピッ ピッ ピッ ピッ…
シロナに繋がれた心電図はほぼ直線の動きをしていたが、ようやく本来の弾むような動きを取り戻しつつあった。シロナの傷はほとんど回復し、失った右腕もゴルゴンから受け取った腕を接合することで無事に再生できた。後は再生しきれない傷の縫合や体力回復の点滴などが残されるのみとなった。
「ヒュー…ヒュー…」
だがしかし、既にパチュリーは掠れた呼吸しかできず、艶のあった紫色の美しい髪は白く染まり、若々しかった姿はまるで数百年の時が経過したかのように老いて変わり果ててしまっていた。
「もうやめてくださいパチュリー様…!このままでは本当に死んでしまいます…」
咲夜が後ろからそう声をかけながらやっとのことで立ち上がり、パチュリーの横へまわろうとする。
「近寄らないで…」
しかし、パチュリーは辛うじて聞き取れるほどの小さな声を絞り出してそう言うと、咲夜は思わず足を止めてしまった。カチャカチャという手術器具を動かす音だけが聞こえる。
「今のこの顔は…見せたくない…のよ…」
「パチュリー様…!」
「咲夜、聞いてやんな…。今、殺しで溢れているこの城の中でパチュリーただひとりだけが、人を生かすという真逆の事を行っている。魔女なんかじゃなく、最初から自分が人間だったと気付いた女の覚悟をな…」
魔理沙は咲夜の肩に手を置いてそう諭した。
──あと一針、あと一針の縫合が終われば…手術は完了する…!頼む、もってちょうだい…私の体…!
パチン…
「シャアアアアアアア!」
ペペロン女王は窒息したゴルゴンを胸から引き剥がし、床にたたきつけた。ゴルゴンの体は無茶苦茶に砕かれ、逆に女王の胸の傷は徐々に回復していく。
「クソ…後がないわ…」
「どうしようお姉さま…」
レミリアとフランは、もはや自分たちではあの怪物女王に敵わないことは重々理解していた。しかし、サンドラだけはふたりと女王との間に立ちはだかり、挑む姿勢を見せる。
「弱い奴はそこで大人しくしていろ。勝てる保証はないが、それでもヤツをここで止める」
サンドラは創造したライエムドアクスを両手に持ち、それで女王に斬りかかった。しかし、女王はその攻撃をノーガードで受けようとも全くダメージを受ける素振りすら見せず、逆にサンドラを手で叩き落とした。
「ぐっ…!」
だが負けじと立ち上がり、再び女王へ挑むサンドラ。女王は続けて容赦なく手の平から念力を放ち、サンドラを吹っ飛ばした。サンドラは強い衝撃を受け、気を失いながら壁を突き破って城の外へと落下していく。
「サンドラ──ッ!!」
レミリアがそう呼びかけるが、返事も何も返ってこない。女王はレミリアたちに向き直り、ゆっくりと歩いてくる。ふたりは女王の体に何発もの弾幕を放って浴びせるが、女王は全く効かない様子で接近してくる。
しかし、女王がレミリアとフランを両断しようと腕を振り上げた瞬間、女王の足に何者かがしがみ付いた。
「やらせる…ものか…」
「ゴルゴン!」
ゴルゴンが女王の足にしがみ付き、引っ張って動きを止めていた。
「すまない、お前たち…私の所為だ…私が他人の力に頼ってお前たちを呼び寄せてしまったせいでこんな目にあわせてしまった…。さっきの、あの女の子にも悪い事を…何の罪も無かったはずなのに…」
そう涙ながらに謝罪を述べるゴルゴンの上で、女王は冷静に腕を振り上げていた。そして次の瞬間にはそれを叩きおろし、ゴルゴンの背中に突き刺していた。
「ゴルゴン!!」
しかし、今の一撃で心臓を破壊され回復能力を失ったはずなのにゴルゴンは尚も女王にしがみ付いて離れない。ゴルゴンの目には吸血鬼の誇りを灯した執念の色が浮かんでおり、それを見たペペロン女王はわずかな恐怖を感じ、歯をむき出しながら唸った。
「シ…シャアアアアアアアア!!」
もう片方の足を振り上げ、ゴルゴンを無茶苦茶に踏みつける。
「もう…手術は終わったんだぞシロナ…」
魔理沙は眠っているシロナにそう語りかけた。その横では、最後の一針を縫合することができたパチュリーがそのままの姿勢で固まったようにして息絶えていた。
「パチュリーもお前を助けるために頑張った。だから、起きてくれシロナ…お前なら何とかできるはずだ…いつだって自分が傷つきながら他人の為に戦ってきたお前なら…!頼む、起きてくれシロナ!!」
魔理沙がそう言った瞬間、眠るシロナの目から涙の筋が流れていった。シロナはゆっくりと目を開け、上半身を起き上がらせた。
「シ、シロナ…!」
「ありがとう」
目を覚ましたシロナはまず第一に自分を手術で救ってくれたパチュリーの亡骸を抱きしめた。シロナにとってパチュリーは自分に色々なものを教えてくれた先生であり、最も尊敬する存在だった。
「私を助けてくれてどうもありがとう。そして、これまでも…いいや、これからも…私に力を貸してください」
今まで固まった姿勢のままだったパチュリーはその言葉を聞いたとたん、不思議な事にガクリと崩れ、安らかな顔でベッドの上に倒れた。
「ずっと聞こえてた…パチュリーの声、そして魔理沙と咲夜さんの声」
シロナは魔理沙と咲夜と交代で握手を交わす。その瞬間、微量ながらパリッと気が静電気のように流れ、ふたりに伝わった。シロナの右腕はゴルゴンが託した腕であり、その腕が告げていた。ペペロン女王を倒し、ヴァンパイアたちを救ってくれ、と。
「みんなの想いが私の体の中に流れてる。行ってきます」
そう言いながらシロナはメディカルキャップを外すと、その中に仕舞われていた髪の毛が美しい光沢を放つ真紅に染まっていた。
「お前、その髪の色は…!」
魔理沙はかつてシロナに、魔法使いの髪の色について話したことを思い出した。シロナの髪が赤くなったということは、シロナが魔法の才能に覚醒した証だ。恐らく、パチュリーの魔力を与えられ続けた事、魔理沙の血液を輸血されたことで変化が起こったのだろう。
「みんな、行くよ」
シロナは手術室を出ると全力で跳躍し、一直線にペペロン女王の元へと向かう。
「も、もうやめて…」
レミリア達の見ている前で、ペペロン女王の容赦ない猛攻が無防備のゴルゴンに叩きつけられる。まだ生きているのか、もう死んでいるのか…それでもゴルゴンは女王の足にしがみついたままだ。
「アアアアアアアアッ!!!」
女王は足を振り上げ、思い切り空中を蹴った。その勢いでゴルゴンは離れ、前方へ吹っ飛ばされていき、倒れた机が積み重なっている上へ激突する。
女王は息を切らしながらも再びレミリア達に向き直る。そしてその口をガバッと開き、今にも噛みつこうと顔を近づけていく。
(終わった…)
レミリアはフランと抱き合ったまま、自身の最期を確信した。
だが次の瞬間、何かがものすごい勢いで近づいてくる気配を感じ、目を開けた。そこで飛び込んできた光景は、重傷を負ったはずのシロナがこの場に現れ、ペペロン女王の顔面に拳を叩きこんでいる姿であった。
「シロナ!!」