第229話 「機械仕掛けの物語」
…『それがわかるまで、お前を監視する。お前がみんなにとって害のない存在であると判断できたら自由にどこへでも行くがいい』
…『元気でやってね』
…『いくよスカー!』
「──待って」
シロナがヴァンパイア王国で消息不明となってから、実に2年の歳月が経過しようとしていた。スカーは香霖堂の屋根の上で突然起き上がり、空に向かって手を伸ばした。
「…ユメ、か…」
伸ばした左腕の先には、夜空に煌々と輝く大きな満月が浮かんでいる。ゆっくりと腕を降ろし、今度は手で自分の顔を覆う。
おかしい。自分は人の手で作られた機械人間で、自分で考えて自分で行動する人形。すなわち人造人間である。スカーの意識を作っているのは頭部に内蔵された、ただの人工知能のデータ。スカーは数日に一度のペースで睡眠をとるが、その際に夢を見るらしい。
前までは、見知らぬ男に首を絞められる夢しか見なかったが、シロナが死んでしまってからはシロナの夢をよく見るようになった。シロナとの会話が夢の中で繰り返されるが、シロナはだんだんと遠くに行ってしまう。自分はそれを引き留めようと手を伸ばすが…
「…届かなイ」
スカーはそばに置いてあった、自分がいつも武器として手にしている他の何者かの人造人間の左腕を見た。
─────
地球 北の都
喧騒にあふれた、都会の町。堅い靴がアスファルトを蹴る音、どこからか聞こえる自動車のクラクションとエンジンの音。そして人々の会話に満ちている。
ダララララ…
しかし、街角にある銀行の中から響いた連続した銃声によって、街の平穏は破られた。
銀行の中で、数人の男たちによって強盗が行われていた。ひとりはマシンガンを発砲し、銀行員の男の全身を撃ち抜いた。そして札束が大量に詰め込まれたカバンを抱きかかえ、銀行を去っていく。
「へへへ、楽勝だったな」
「ああ、ひとり殺しちまえばみんなビビッちまうからなぁ」
「500万ゼニーも手に入った」
強盗たちは外の車に乗り込み、猛スピードで走り出す。
場所は少し離れ、街の大通りの一角。
仕事に追われる人々や、または腕を組んだカップルが行き交う中、歩道の端っこには建物の壁に寄りかかるようにして座り込む、一人の物乞いの姿があった。茶色いフード付きのボロいマントを羽織っており顔はよく見えない。自分の前に置かれた皿の上にはわずかな金額の硬貨が乗っている。
「なぁアンタ、今日もそれだけしか稼いでねーじゃん」
と、帽子をかぶった少年が数人の友達と共に現れ、物乞いにからかいの声をかける。
「うるさいなぁ、こっちだってやりたくてこんな事やってんじゃねーっての」
物乞いはそう言い返す。
「じゃあなんでやってんだよ?」
「俺ら、アンタがここに座ってから1か月もずっと見てるけど、アンタほど貰えない乞食も珍しいぞ。ほら、さっきお菓子買ったおつりやるよ」
「あ、ありがとう。うーん、それよ。それがわからんのよ」
「え?何言ってんだよ」
「私、どうやら2年前に大事故にあったらしくて、それより前の記憶が無くてさ…助けてくれたらしい人が言うには、私はいつもここら辺にいる乞食だったらしいんだが、どうもこんなことやってた気がしないんだよなあ…」
「変なの。てか、なんか覚えてることはねーの?」
「お、そろそろ映画の時間だ。じゃーな」
「ああ…」
物乞いは走り去る少年たちを見送る。だがすぐに視線を落とし、自分の両手を見つめた。
この物乞いは先ほど語った通り事故により記憶喪失になってしまっているが、以前の記憶の中で少しだけ覚えていることがある。それは、見知らぬ金髪の女性の姿と、片腕が無い女性の姿だ。どちらもぼんやりとしていてはっきりと思い浮かべることはできないが、脳裏に現れるとひどく胸を締め付けられるような気持ちになる。
(私は一体…何者だったんだ…?)
ブオオオオオオ…
そう思った瞬間、向こうの方からものすごい勢いで自動車のエンジンを吹かす音が聞こえた。そちらを見ると、なんと車が通行人を跳ね飛ばしながら暴走していた。
「へへへへ…!」
運転する男は興奮して正気ではなく、車は既に人間の血で真っ赤に染まっていた。金を奪った銀行強盗は急いで逃亡する最中、誤まって人を轢いてしまいそれからは気が動転して全てがどうでもよくなったのだろう。
「た、助けて!」
先ほど物乞いと話していた少年が逃げる最中に転んでしまい、それでも車はぐんぐんと迫ってくる。
その光景を見たとたん、物乞いは考えるよりも先に体を動かした。咄嗟に少年の前に立ち、向かってくる車に対して仁王立ちで構える。
(あれ、なんで私…!)
何故自分がこんな行動をとったのか、理解できなかった。自分は頭がおかしくなってしまったのか?あんなスピードで走る車の正面に立てば、まず間違いなく死んでしまう。なのに、何故自分はこんな事を…
「あ、アンタ…!」
「おらァ~~~!!」
…しかし物乞いは立ったまま何もしない。車は物乞いの体に激突するが、その瞬間に車の方がめちゃめちゃに潰れて破壊された。フロンドガラスを突き破って中にいた強盗どもが外に勢いよく投げ出され、正面のビルの壁に激突して息絶えた。
当の物乞いは車に衝突されたにもかかわらず全くの無傷で、微動だにしていなかった。
が、物乞いの頭の中では何かが閃いたように稲妻が走っていた。
「アンタ…大丈夫なのか…?」
助かった少年がそう呟く。
物乞いは纏っていたマントを脱ぎ捨て、振り向きながら言った。
「あのな、私の名前はアンタじゃなくて…”シロナ”ってーのよ」