「…さっき、ミルは人造人間が人の世に災いをもたらそうとしている、って言ってたわね?一体、何を企んでいるの?」
そう問い返されたミルは、神妙な面持ちで黙った。しばしの沈黙の後、口を開く。
「ごめんなさいね、災いをもたらそうとしているって言い方は少し違いましたわね。正しくは、奴らはある目的の為に災いを振りまいているというべきですわ」
「目的って?」
「それは我々にも不明ですけれどね。そもそも人造人間はこの世のどこかに本拠地を構え、そこから製造した人造人間を世に忍ばせていますの。いずれの人造人間も第一とする探し物があるようで、それは…古い文献によれば、『ドラゴンボール』と呼ばれているものですわ」
「ドラゴン…ボール…?」
シロナはその言葉を聞いたとたん、それが頭の片隅にある何かに触れそうな感じがした。が、その直後にズキリと鋭い頭痛が襲い、シロナはその事を考えないように頭の外に締め出した。
「ドラゴンボールとは、7つ全て集めると何でも願いをかなえられるという不思議な球の事。奴らがそれを使って何を叶えたいのかは分かりませんけれど、奴らはドラゴンボールを手に入れるためには手段を問わず、人間の殺戮や都市の破壊も躊躇なく行います」
「それは…確かに、止めなくちゃいけない…ね」
「まぁ詳しいことはあそこへ行ってから話すことにしますわ」
「あそこって?」
「我々、記憶兵器や人造人間の研究が行われている場所…『AA財団』の施設へよ。とその前に…さてシロナ、急いでお風呂に入ってくださる?」
「えっ、なんで?」
「不潔で見ていられませんわ」
「…アンタがこうさせた癖に…」
ふたりはミルのホテルへ戻り、シロナは文句を言いながらも言われたとおりに風呂に入り、汚れた体を綺麗にした。
伸びた黒髪を後ろで団子にまとめ上げた姿でミルの前に現れる。顔を隠すように伸びっぱなしだった前髪をどうにかしたおかげか、さっきまでとは違った印象だった。
「あら、そっちのほうがさっぱりしてて似合いますわよ」
と、ミルが手を口の下に当てながらからかうように言った。
「じゃあ、行きますわよ」
ミルとシロナはホテルの外に出ると、用意していたエアカーという乗り物に乗り、AA財団の施設という場所を目指して出発するのだった。
…その時、ホテルの近くの電線に止まっていた不審なカラスのような鳥が羽ばたいた。
「ミル、協力者ノ子供ト一緒ニ北の都ヲ去ル…」
カラスは機械のような音声を内側から流しながら北の都の上を飛び、町を超えて村を越え、川を越えて平原を越えてどこか遠くへ向かっていく。そうしてたどり着いた場所は、枯れ木と茶色い草だけが生えた荒れ地の中にある、ゴミの山だった。
建物の残骸や岩や倒木、車や家具に至るまでいろいろなゴミが積み重なって出来た大きな山の隙間からその中へ侵入する。
「ミル、協力者ノ子供ト一緒ニ北の都ヲ去ル…」
そう言いながら、たどり着いた部屋の中にいたある何者かの肩に停まる。
その人物は、すらりと手足が長く背も高い女性だった。頭にヘアバンドを巻いてオレンジ色の髪を後ろへなびかせ、鷹鼻と切れ長の目が特徴的だ。
「ディロフォとモノロフォがやられたようねェ」
同じ部屋にいたもうふたりの何者かにそう声をかけるが、返事は帰ってこない。それもそうだ、ふたりのうちのひとりは椅子に腰かけたまま腕を組んでスースーと寝息を立てて眠りこけており、もうひとりは部屋の隅の暗がりの中で丸っこいシルエットを落としながら、甘そうなケーキのようなお菓子を貪り食っていた。
「相手はミルだけじゃない…どうやら協力者の子供がいるようねェ、それもただの子供じゃないみたい」
「興味あるなぁ」
とその時、部屋の隅の丸いシルエットがそう言った。口に含んでいた食べ物をゴクンと飲み込む音が響く。だがその直後に、その大きな丸い体には不釣り合いだろうと思うほど細く短い腕を伸ばし、次のケーキを掴んで口元へ運んでいく。
「あらァ、聞いてたの」
鷲鼻の女性が少し驚いた様子でそう返した。
「見てきてもいいかね」
「えぇ、ご自由にどうぞ。ついでに向かう先は財団の施設らしいから、そこにいる記憶兵器がいたら消してきちゃってよ」
「わかった…ふふふ…」
丸い身体の人物は立ち上がり、不気味な笑いを漏らしながら歩き出すのだった。
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「ヴヴヴ…!」
全身に包帯を巻かれたシロナは、その隙間からのぞかせる黒い瞳をギラつかせながら担当の医師に襲い掛かろうとする。しかし、それを見ていたミルがすかさず飛びかかってシロナの腕を背中で極め、抑え込んで身動きを取れなくする。
「ガアア!」
シロナはその時に頬を切ってしまい、うっすらと血がにじむ。が、すぐにその傷は蒸気のような白い煙を微かに出しながらものの数秒で治癒して消えてしまう。
「まったく、この怪力もそうだがなんて人間離れした回復力だ」
医師はそう言いながらシロナの腕から注射で鎮静剤を投与する。その後しばらくは抵抗していたシロナだったが、鎮静剤が効き始めるとやがておとなしく眠るように静かになる。
「ぐしゃぐしゃになった内臓とやけどをたった一週間でほとんど直し、ここまで動き回れるようになるとは…」
シロナは自分が何者であるかも、言葉すらも何も覚えていない状態で、大きな隈のある目で自分の右手を静かに見つめた…。
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「んあ…寝ちゃってたか…」
うたた寝から覚めたシロナはよだれをポタリと膝の上に垂らしてしまう。ここはミルの運転するエアカーという乗り物の助手席だ。エアカーとは現代でも深く世間に浸透している自動車の一種で、タイヤを転がして走るのではなく浮力を保ったままジェットの推進力で移動するらしい。
「嫌ですわね、お下品で…貴女も仮にも女の子なんですからハンカチくらい持ったらいかがですの?ほら、これを使いなさいな」
ミルはそう言いながらシロナにハンカチを手渡す。
「あ、ありがと」
「…さて、そろそろ見えてくるはずですわ」
「お!あれかな?」
シロナたちは長い森の中の道を走る事3時間、目的地であるAA財団施設の敷地内にまでたどり着いた。敷地は分厚く背の高い壁に囲まれており、唯一の出入り口である門には門兵が複数人設置されている。門兵はミルの顔を確認し、提示したカードのようなものに目を通すと門を開ける。
ミルは駐車場に車を置くと、施設の入り口に向かって歩いていく。
「でっかい建物ねー」
シロナは目の前の白い建物を見上げた。一見すれば何の変哲もない、病院と言われればそう見えなくもない。
ふたりが中へ入ると、なんと突然大勢の子供たちが走って姿を現し、彼女らに押し寄せた。
「わっ、なになに?」
「こんにちわ!」
「お姉ちゃんたち誰ですか!?」
子供たちは口々にシロナにそう言葉をかける。ミルとシロナがその対応に追われてほとほと慌てていると、その後ろから別の誰かがゆっくりと歩み寄ってきた。
「さぁさぁ君たち、大事なお客さんを困らせちゃいけないよ。そろそろおやつの時間だろう、遊戯室に戻ろうか」
その女性が手を叩きながらそう言うと、子供たちは「えーっ」と文句を言いながらもその場を去っていった。
「やぁ、こんにちは。ミルにシロナちゃん。私は『アギエルバ・アルティール』という者だ。こう見えて、ここAA財団の創始者でありトップなんだよ」
ボブカットの髪を分けておでこを出した髪型の、大人っぽい雰囲気のその女性は名前を名乗り、ミルとシロナに順番に手を差し伸べた。ミルの次にシロナが握り返すと、アギエルバはにっこりと微笑んだ。
シロナから見た彼女の印象は、いたって普通に見える大人の女性だ。確かに、財団のトップらしい偉い人の貫禄はあるが、その優しそうな表情や瞳はとても強そうな人には見えなかった。
「ミル、君に会うのは2年ぶり…ヴァンパイア王国の調査をお願いした時以来か」
「ええ」
「そしてシロナちゃん。ミルから話は聞いているよ…彼女と一緒に、人造人間を倒してくれたそうだね、ありがとう」
「い、いえ…どういたしまして」
「さ、上の私の部屋へ行こうか」
ミルとシロナはアギエルバに連れられてエレベーターを昇ってゆく。
「あの、さっきの子供たちはいったい?」
「ああ、彼らは主に人造人間のせいで身寄りと住む場所を失った孤児の子たちだよ。ここではそういう子供たちの為の孤児院としてもやっているんだ。主に我がAA財団は所属する記憶兵器を支援しての人造人間の破壊、それにまつわる研究、被害者の支援を行っている団体だからね」
「へぇ、それはすごいなぁ…」
シロナがやってきたAA財団は、とても和やかで平穏な場所だった。しかし、ここにもすでに人造人間の魔の手が忍び寄っていることは、知る由もないのだった…。