「さあ、私の部屋だ。まあ変な気は使わず、ゆっくりしていていいよ」
アギエルバはシロナたちを部屋に通すと、部屋にいた使用人のメイドらしきショートヘアで黒髪の女性に何かを言い、そのメイドと一緒にすたすたと台所へ向かう。
「あのアギエルバさんも記憶兵器なのか?」
シロナは小声でミルに耳打ちする。
「ええ、記憶兵器を抱える財団のトップですもの、実力でいえば記憶兵器の中でもトップなんじゃないかしら。誰も本人が直接戦っているところは見たことがないらしいですけれどね」
「このAA財団は、初代の記憶兵器の戦士だった母親の遺言で作ったんだ」
アギエルバはそう言いながらシロナたちと机を挟んで反対側のソファに座った。先ほどの黒髪のメイドが紅茶を淹れて持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとうございますわ」
「どうも…」
「さてと、何から話そうか」
「まず、シロナに記憶兵器と人造人間とは何なのかを詳しく説明したほうがよろしいかと」
紅茶のカップから口を離したミルがそう言った。
「そうだな。我々と奴らについて、歴史と共に話そうか。これは母親から、”鋸”の記憶兵器と共に受け継いだ記憶に基づく」
────────────
─60年ほど前─
北の山々の間に位置する村、モンメリー村。そこに済む娘である”アイバー・アルティール”は、その日も気ままに村の近くにある泉のほとりで寝ころんでいた。
生まれも育ちもこのモンメリー村だったアイバーは、この泉のほとりに訪れることが好きだった。村を出て丘を越え、この泉の水はとても綺麗で飲んでもおいしく、モンメリー村の人々にとっては生活に欠かせないオアシスとなっていた。
「アイバー、やっぱりここに居たんだ」
と、そこでアイバーの友人たち数人が現れる。
「おお、どうしたの?」
「ジャンが探してたわよ!」
「ほら、アイバーにホの字みたいだし」
「あはは、アタシは見つかんなかったって言っといてよ。今日は夕方までここにいるつもりだからさ」
アイバーがそう言うと、友人らは笑いながら村へと戻っていく。大きな欠伸をすると、正午の日差しの中でそのまま目を閉じ、ゆるやかな眠りに落ちた。
…だが、後にアイバーはこの時の自分を呪った。
ジャンという男も村ではたくましく冗談も言える、村の若者の兄貴分のような男だった。一方、飄々としていて自由気まま、一見は色恋沙汰にも無縁に見えるアイバーも、ジャンの事は良く思っていた。ただ、ジャンには自分よりもふさわしい、もっと真面目でしっかりとした女性が似合うと思ったから、今日も会いには行かなかった。
…目が覚めると、西の空にほんのりと赤いカーテンを残して空は深い青色に染まっていた。どうやら自分は昼過ぎから日が落ちるころまでぐっすりと眠っていたらしい。
だが、どうせ夕方までいるつもりだったからいいか、と思うとゆっくりと伸びをして村へと戻る道を進み始める。しかし、そこでおかしなところに気が付いた。ここまで来れば灯り始めた村の灯りがぼんやりと見えてくるのだが、いつもよりも灯りは盛大なように見えた。
しかし、アイバーは深く取り合わずに村へと着いた。
「…え?」
自分の目を疑った。見慣れた景色が崩れ、赤く染まっている。家々は半壊し、石で舗装された道はめくれ上がり、辺りには血を流した人々が倒れ、ピクリとも動いてない。それだけならば、まだ彼らが生きている可能性にかけ、ひとりひとりに手当てを施すほどの器量と知識は、アイバーにはあった。
しかし、だんだんと村の奥に行くにつれ、横たわる人々が死体らしい死体に変わっていくのだ。血まみれで体が変な方向に捻じれていたり、倒壊した家屋につぶされていたり、四肢や胴体、頭部をもがれた五体不満足な死体。
「…な、なんで」
アイバーは視界がゆがむほどの強烈なめまいを覚え、ふらふらと道を進んでいく。道のわきに転がる死体の中に、昼間に自分と会話を交わしたばかりの友人たちが混じっていた。そして、摘んだ花を胸のポケットから覗かせたジャンも。
がくりと膝を落とし、ジャンの持っていた花を握りしめる。
ザ…
その時、向こうのほうで足音が聞こえ、アイバーはそこへ急いで走っていく。生存者がいるという淡い希望を寄せて。
角を曲がると、そこには見知らぬ集団が立っていた。ひとりは美しい姿の若い女の様だが、左腕が無く隻腕で、冷ややかな目で自分を見つめている。その周りに跪いているのは、ほっそりとした女と金髪の女、そして影になっていて見えにくいが太ったような丸いシルエットを持つ何者かだった。そして中心の女は手にオレンジ色の球を持っており、その中で6つの赤い星マークが光った。
「あれは…」
その球こそ、ドラゴンボールだった。この村の村長が昔にたまたま見つけ、その際に村で流行っていた疫病が消えたことから、村の繁栄の証として大切に祀っていたものだ。
中心の女はアイバーを一瞥すると、配下らしき3名を従えて村を去っていく。
「ま、待て!」
アイバーは近くに転がっていたピッチフォークを手に取り、自分の村をこんなめちゃくちゃにし、人々を惨殺した彼女らに憎悪を露わにした。背を向けた女に向かって突進し、その背後からフォークを突き刺した。
しかし、アイバーは次の瞬間に取り巻きの女に腕の一振りで吹っ飛ばされ、地面に顔面から激突した。
「ぐは…うぅ…」
アイバーは口と鼻から血を流し、赤く染まった顔で女たちを見上げた。中心にいた女はこちらに向き直り、ゆっくりと歩みを進めながら、背中に刺さったフォークを抜いて投げ捨てた。しかし、恐らく致命傷を受けたはずなのに血の一滴も流さず、平然とした表情でアイバーに近寄る。
「私が…憎いですか?」
女はアイバーにそう問いかける。アイバーは効かれたことに対して困惑するも、すぐに女を睨みつける。
「…え、えぇ…憎い…!今ここで、殺してやりたい…!!」
「そうですか」
しかし、女は冷ややかに淡々とそう呟くと、身をひるがえして遠くへ歩いていく。それに取り巻きたちがついていき、たった一撃で体の自由が効かなくなったアイバーは、血が混じって赤くなった涙を流しながら、彼女らを睨みつける他に成すべきがなかった。私の友達を、親を、村を地獄に突き落とし、人間たちを表情も変えずに踏みにじった悪魔の姿を…死ぬまでこの目に焼き付けておくために…。
…それから、1か月ほどの月日が経過した。
アイバーは白い布を口元に巻いたまま、目の前で燃え盛る巨大な炎を呆然と見つめていた。これでようやく最後の村人を火葬し終えたところだ。
あの後、必死で生きている者がいないが探したが、生存者はたまたま村を離れていた自分だけだった。今や村は死臭が満ち、大量のハエなどの虫が湧いていた。虫がアイバーの顔にとまるが、彼女はもうそんなことなど気にしない。
燃やして灰になった村人たちの骨を一か所にまとめると、またもそれを呆然と見つめる。
「何で…こんな事に…」
アイバーはその場にへたり込み、胸の中にしまっていたしなびた一輪の花を取り出し、抱きしめた。
────────────
「酷いでしょうよそんなの!」
そこまで話を聞いたシロナは机の上に身を乗り出して怒りをあらわにする。
「そんなことされたら私だっておさまらない!一体何だってのよ、その連中は…」
アギエルバは話を続ける。
「そして、その時…滅んだモンメリー村とアイバーのもとへ、”あの方”が訪れたんだ。見た事のない恰好をしたその旅人が、記憶兵器を託してくれたんだ」
「託して…?記憶兵器っていうのは、貰ったり渡したりできるものなの?」
「記憶兵器とは、そこのミルや私のように、自分の体を武器に変形させて戦う人間の総称。どうしてそんな芸当ができるのかというと、これを体内に宿しているからだ」
アギエルバはポケットから小さな黒い何かを取り出し、机の上に置いた。それは、一見すると何の変哲もない黒いプラスチックでできたメモリーカードのチップだった。
「これはただのレプリカだが、記憶兵器と称される人間は皆、体内にこれが存在する。これには、”あの方”の遺志とそれぞれが操る武器の記憶が刻み込まれている。例えば、ミルの体内にあるカードにはドリルの記憶が眠っている。だから彼女は肉体を自在にドリルの形状に変化させることができる」
「こんなふうにですわね」
ミルはそう言いながら、右手の指一本一本を小さなドリルへと変じさせ、回転させて見せた。
「へぇ~…その、”あの方”って何者だったの?」
「あの方が誰だったのかは、今となっては誰にも分らない。しかし、あの方がいなければ、我々は人造人間と戦う術を持たなかった…」
アギエルバは遠い昔の記憶を思い出すかのように、話を再開した。