エースは先端が刀のような刃状になっている尻尾に噛みついて力を溜め、熱を帯びたそれを居合い抜きのように一気に解き放ち勢いのままに回転しつつ周囲を薙ぎ払い、両断した。
ザンッ
一閃による灼熱の旋風はミルとアリーズを吹き飛ばし、そのまま広範囲にわたって周囲の森を切り倒し、挙句には財団の施設の上部を丸ごと破壊してしまうほどの威力だった。
巻き上げられた粉塵と火の粉、そして黒煙の中、摩擦により赤熱したエースの尻尾が冷めて元のように赤黒くなる。少し離れた場所で起き上がったミルとアリーズだったが、なんとその両腕はずたずたにされ、肘から先が消し飛んでいた。咄嗟に自分の両腕を武器に変えて防御に徹したが、あまりの威力を前にしてそれらを砕かれてしまったのだ。
「くっ…まさかこれほどでしたとは…」
「ヤツがあんな技を隠し持っていたとは。手の内を見せているという事は、確実にここで我々を殲滅するつもりのようです」
「殲滅…するって…まさか、施設の子供たちも…?」
とその時、ミルたちの背後からシロナの声がした。思わずそちらへ振り向くと、エースの攻撃から立ち直ったシロナがそこにいた。頭から血を流し、息を切らしている状態からして相当のダメージを受けた様子だ。シロナのさらに後ろでは、施設の残された下半分の窓から孤児の子供たちが心配そうにこちらを見つめていた。下手に逃げようと施設の外に出れば、瞬時にエースによって殺されてしまうからだ。シロナはまるでその子供たちを庇うかのようにその前に立っていたのだ。
「一体、何の罪があって…こんな目に遭わされた…?村の人たちや友達、好きな人を無惨に殺されたアイバーさん…同じように、大切な人を失った人たちや子供たち…そして、そんな人たちを助けていたアギエルバさん…」
シロナはゆっくりと歩き出し、エースに向かっていく。
「どんな大義があって、人を殺せた?なァ、答えろよ…人造人間!!」
ぞわぞわと怒りのオーラを纏っていくシロナ。
だがしかし、次の瞬間にエースは口を大きく開き、そこから太い熱線を吐き出した。それはシロナに命中し、彼女を中心にして爆発が巻き起こり、炎が荒れ狂う。
「ははははは!燃えてしまえ!!」
「ぐああああああっ!!」
最後にひと際大きな熱が送り込まれると、その中からシロナが吹っ飛んでくる。崩れた建物の瓦礫の中に突っ込み、それに埋もれてしまう。
「シロナ…!くっ…」
ミルも両腕が無い状態で立ち上がり、跳躍すると片足を振り上げる。その足がドリルの形状に変化し、それを使っての飛び蹴りを繰り出した。
が、エースは身をひるがえしてそれを躱し、大きな隙を晒してしまったミルの真横へ移動する。視界にエースのにやりと笑った顔が見える。ミルがやばいと思った時には、エースの膝蹴りがミルの腹へ深くめり込んでいた。
「ぐふっ…!」
ミルは上空へぶっ飛ばされ、そのまま地面に頭から激突する。
「はああああ!!」
そして、間髪入れずにアリーズがエースに飛びかかってゆく。ミルと同じく両腕を使い物にならない状態にされたアリーズも足を鋸に変じさせて攻撃を仕掛けるが、エースの腕の一振りで胸を切り裂かれ、追撃のパンチでぶっ飛ばされた。
「うぐ…」
そして、シロナが倒れた場所のすぐ隣に落ちた。それを薄れる意識の中で見ていたシロナの頭の中には、見覚えのない光景が映し出されていた。
自分の隣でパイプを吹かしているツンツン頭の男。赤と白の見た事が無い服を着た女。炎でできた翼を背中に携えた少女。そして、片腕のない謎の女と、金髪の女。
(これが…走馬燈ってやつか…?いや、それとも…私が失った記憶か?強いショックで…思い出した…のか?…わからない、だが…最低のクソヤロウめ。お前ら人造人間が私たちと同じ空気の中にいるって思うだけで…吐き気がしてくんだよ)
シロナはカッと目を見開き、胸に湧き上がる洪水のような怒りを糧にして身体を奮い起こす。
「ほほう、まだ生きていたか。既に傷が回復しかけている…その生命力、記憶兵器ではないようだが、ただの人間でもないな」
「このガラクタが…私が今から、破壊してやる!!」
拳を振りかざし、赤いオーラを全身に薄く纏いながらエースに向かって突進する。その速度に反応できなかったエースはシロナが懐に侵入するのを許してしまう。
ハッ、と気付いた時には、既にその横っ面にシロナの渾身のパンチがヒットしていた。
「アアアァァアア!!」
身体を支配する怒りのパワーがシロナの腕と拳に力を込める。拳とエースの顔との間から火花が飛び散った。
ドムッ
…だが、エースは背中の腕を使っていとも簡単にシロナの顔面を掴んで引き離す。シロナのパンチに対してはほとんどダメージを受けていないようだ。
エースはそのままシロナを地面に押し付け、顔を掴む手にエネルギーを込め始める。
「これで終わりだ」
次の瞬間、小さいがかなり強力な波動がシロナを襲った。エースは反動で後ろへ飛び、そのまま離れた場所へ着地する。その際にめくれ上がった地面の岩塊に埋もれ、シロナの姿は足しか見えない。
「シロナ…」
ミルは小さくシロナの名前を呟いた。
「さぁて、次は一番邪魔な記憶兵器をすり潰してやるとするかな。一度にふたりもの記憶兵器が消えるのであれば、1号様もさぞ満足されるだろう」
エースはゆっくりとミルの方へ向かって歩き出す。対するミルは、動かないシロナの方を一瞥し、目を閉じる。そして、目を開けると小さな声で笑いだした。
「くっ…ふふ…うふふふ…」
「ん?何がおかしい?」
「ふふふ…全く、私ったらまったくもってお馬鹿ですことと思いまして…。あ~あ、こんなことならあんな小汚い子供、助けるんじゃありませんでしたわ」
「んん…?」
エースはミルがこの局面においてそんな事を言い出す意味が分からなかった。思わず歩みの足を止め、訝しげな顔で首を傾げた。
パキパキ…
「私の見込み違いでしたわ。あの程度でやられてしまうなら、あの場所で放っておいても同じでしたわ。役に立たない娘を助けてしまった私の苦労を返してくださらないかしら」
パキ…キ…
「…何を言っているのかわからないが、とにかくお前らは終わりだ…”ドリル”のミル・フィーネェ!!」
エースは尻尾の刃に噛みつき、口から炎をくすぶらせて力をチャージする。溜めを利用して放たれるエースの一閃は、今度は施設の残る半分を木っ端みじんに吹き飛ばすだろう。
そして、エースが口を離すと刃の一撃が放たれた。しかしその直前の瞬間、エースは気付いた。何故か、ミルの表情が勝利を確信したような微笑みを浮かべ、自分を見ていることに。それに一縷の不安を覚えたエースだったが、そのまま口を離して尻尾を振り抜いた。
ガキィィィィン…
その時、自分の目の前に何かの影がさっと入り込んできた。なんとさっき倒したはずのシロナが真正面に現れたのだ。
「なっ…!」
ガキィィィィン…
刃の一閃はシロナの額に命中すると、堅い物体がぶつかり合うようなすさまじい音を立てる。火花が激しく散り、エースの刃が反動で後ろへ反れる。
「な、なにィ…!?」
「ふふふ…それですわ、シロナ!その力こそ、私がわざわざ貴女を助けた理由!」
エースの攻撃を額で受け止めたシロナ。全身から炎のような赤いオーラを放つと、なんと髪が明るい深紅へと変色していく。千切れた髪留めからあふれたその髪はまるで静電気を帯びたように逆立ち、オーラの風で揺れる。
顔を上げたシロナの頭部は、これまでとはまるで違う容貌へと変化していた。顔に青いダイヤモンドのような光沢を放つ結晶を兜のように纏い、頬の肉は無くなって歯が剥き出しになっている。そして、額が鋭く前方へ突き出したそれはまるで悪魔のようだった。
「ま~~~ったくドイツもコイツも言いたい放題言いやがって…!こっちだって好きでこんなことに首突っ込んだんじゃねーよ!!」
シロナの両腕も同様に青い結晶を纏っており、シロナは荒々しい口調でそう言い放つとエース目がけて結晶の拳によるパンチを繰り出す。
「ま、待て…!」
その迫力に気圧されたエースの言葉も空しく、シロナのパンチがエースの顔面に真正面からめり込んだ。そのまま拳を思いきり振り抜くと、血だらけの顔をしたエースがぶっ飛んで地面を転がった。
シロナはそれを追いかけて跳躍し、エースの胸の上にまたがる。
「私が記憶喪失になったっていう事故の詳細すら知らないで!よくわからんお嬢様についてこいと言われ!挙句には上から目線で手伝え、戦えだとォ~~~~?嫌に決まってんでしょーが!!」
そして、硬質化で強化した拳を再びエースの顔面へ叩きつけた。凄まじい衝撃があたりに響くが、エースは首を横へ傾けることで辛うじて直撃を免れていた。しかし、拳が当たった地面はどこまでも深く穴が穿たれており、それを見たエースは戦慄し青ざめた。
「く…っそ!」
エースはシロナを蹴り上げて引き離し、そこから脱する。シロナも空中で受け身を取って着地するが、すぐに地面を蹴ってエースとの距離を詰める。
「なんだコイツ…!急に速くなりやがった…!」
怒りによるシロナの変貌は、容易にエースのスピードを上回っていた。いくらエースが長い腕と複数の腕による巨大なリーチを誇っていても、反応するより早く懐に潜られてはしょうがない。
「私は誰かに言われて戦うのなんてごめんなんだよ!!いつだって戦うのは自分が戦いたいときだ!!」
シロナがパンチを繰り出すと、それの直撃を受けたエースの腕が消し飛んで千切れる。
「ぎゃあああ…!?」
「そうだったんですの…エースはバイオタイプの人造人間だったんですわ」
ミルは鮮血を流しながら怯むエースを見ながらそう言った。
「どういうことですか?」
ミルの言葉に疑問を感じたアリーズがそう問いかける。
「護衛軍が全人口製の機械じゃなく血肉の通ったバイオタイプであるとしたら、奴らをまとめて倒せる可能性が生まれましたわ」
続けて放たれるシロナの拳はエースのもう片腕を千切ってしまう。エースは残された腕で攻撃を繰り出すと、それに合わせてシロナも無数の拳による殴打を撃つ。
「このでけぇ害虫が…!私がこれから駆除してやる!!」
「お前の言ってることがなにひとつ分からない。だが、この体を芯から震わせる感覚は何だ?一刻も早くこの場から去るべきだと感じるのは…。そ、そうか…これが人間が持つ”恐怖”という感情か。だとしたら、人間はアレを怖がるのだったな…」
シロナの硬質化した拳はあまりの破壊力によって簡単にエースの腕を細かく消し飛ばしてしまう。
「ひいいいい…!こ、この護衛軍たる我が…こんな奴に…!!あ、”悪魔”に…」
「ウララララ…!!」
「”スカール”サマァ~~~~~!!!」
「ウラウラウラウラウラウラウラウラァ!!」
パンチの連打はついにエースの胴体にまで達し、エースはボロボロの肉体を引きずるようにして後ろへ下がっていく。シロナはすかさずにエースの首をわきに抱え込み、そのままギリギリと力を込めて締め上げる。
「ふんっ!!!」
そして、なんとエースの首を腕力でもぎ取ってしまったのだ。頭部を失ったエースはその場で完全に力を失って倒れ込み、血だまりの中に臥した。
「…なんてことですか、ミル」
「ええ」
「護衛軍をほぼひとりで…貴女はなんととんでもない子供を連れてきたのでしょう。あの子がいれば、我々の戦いは勝利で終わらせることができるかもしれない」
そう呟いたアリーズの目には、シロナと言う名の一筋の希望が映し出されていた。