「…アンタ、死んでなかったの…」
両腕と両足首を斬り落とされ、さらに目をも潰され満身創痍の状態となってしまったアールは、研究所から数百メートル離れた街中のビルの屋上にいた。その横には、てっきりシロナ達に殺されたと思っていたエースがいた。しかし、その身体は30センチほどのタコのような姿で、同じく足の何本かを斬られてしまっていた。
「この我が本当に死ぬと思うか?この通り、脳だけを逃がして生き長らえた…。ま、お前を連れてあのジジイから逃げられただけでも僥倖だったと思え」
「ねぇ、アタシとアンタが治るのにどれくらいかかると思う?」
「…さぁな、我はともかく、お前だけなら1か月ってところか」
「…そう。…悔しいなぁ」
「逃げられてしもうたわい」
見事な居合の技術と卓越した剣術で、圧倒的な実力を持つアールを手も足も出させないままに追いつめた謎の老人、ケニーはそう言いながら、武器として使っていたカッターの刃と化したままの腕をヒロイシの横に置いた。
「すまん、返すぞ若いの」
「う…ごはっ」
それに気付いたヒロイシは目を覚まし、むせて血を吐いた。
「お前は…ケニー…!これは…どういうことだ?ごほっ…」
周りの状況を見たヒロイシ。研究所を占拠しただろうと予測していた人造人間たちはひとり残らず斬り伏せられ、この場からはアールの姿も消えていた。しかし、この場にはアールの物と思われる血痕や体の一部が転がっている。
「うぐぐ…」
「あれ…私一体…」
と、そこでミルとアリーズ、シロナが続々と目を覚ます。
「おお、無事だったのか。派手にいろいろされたようだが、うわさに聞いた記憶兵器という連中は本当に化け物染みた戦闘力と回復力じゃの」
「お爺様…貴方こそ、とても人間業とは思えない見事な剣術でしたわ。一体何者なんですの?」
ミルにそう聞かれると、ケニーはぐっと背筋を伸ばす。するとその身体はボキボキと音を立て、肩幅が広くなり、背丈が若干伸び、体格が大きくなる。そして最後に、垂れていた眉毛や顎髭はシャキーンと尖り、これまでとは違うキリッとした顔つきへと変わった。
「私の名前は”コンパク・ヨウキ”という。今はただの流浪の老いぼれ剣士だ」
「コンパク…」
その自己紹介を聞いたシロナは、そのコンパクという言葉に何か聞き覚えがあるような気がし、それが何なのか思い出そうとする。しかし、直後に激しい頭痛に襲われ、頭を押さえてそれ以上はそのことについて考えないようにする。
「大丈夫?」
「ああ、平気…さっきの爆発のせいかな、頭が痛くて」
心配するアリーズにそう返すシロナ。
「世界を旅して余生を過ごしていた私が滞在していた村を、何とも得体の知れない連中が襲ってきおった。まさに、嵐のような奴らだった…ものの数秒、村に訪れたと思えば建物や樹木に至るまでの何もかもを破壊し更地に変えてしまいおった。当然、村人も全員捻り殺された。私が守る事が出来たカインだけが生存者じゃ」
ヨウキが言った通り、嵐のように襲撃して去っていった人造人間たちの一団を相手に、ヨウキは身近にいた少年をひとりだけ守る事しかできなかったのだろう。
「数日してやってきたAA財団の職員たちに保護された私は、このまま財団の研究所とやらにいればいずれ奴らとまた会う機会があると思っておった。ま、ザコはどうとでもなったが、護衛軍と呼ばれる精鋭相手には不意打ちを成功させてあの程度じゃ…正面からやり合えば負けておった」
「あの程度って…私たちじゃ全く歯が立たなかったアールをあそこまで追い詰めただけでもすごすぎるよ」
「ほっほ…命のやり取りに、『かけ引き』はいらないのじゃよ。殺されるか殺すか、そのどちらかでしかない。私は奴の命を奪い損ねた…ということは、私は奴に命を奪われる可能性があるということ。それは勝利とは言えない」
「でも、ほとんどひとりで護衛軍を撃退したコンパクさんが私がやっているみたいに記憶兵器に協力してくれれば、これからの戦いもぐっと楽になるんじゃない?ねぇ?」
シロナはそう提案してミルたちの顔を見るが、ミルとアリーズ、ヒロイシは何かを悟っているかのような眼差しをヨウキへ向けていた。
「ご老人…コンパク殿。貴方の技術に敬意を表します」
「ほっほっほ…分かっておるのならよい。私はただの旅するしがない老人だ、世界の命運を分かつ争いに参加できる器ではない」
「そっか…残念」
「まあ、シロナといったか…少女よ。君とはいずれ、こことは違う別の地で会えるかもな」
「え?そ、そうかな…?」
「それまで達者でな」
そう意味深な言葉を残すと、ヨウキはここからどこかへと歩み去っていくのだった。
「我々も、傷を治してから出発しますか。当初の目的である研究サンプルは届けられた訳ですし、問題ありませんわよね?ヒロイシ」
「…ああ、そうだな…」
(私は…アールを相手に全く優位に戦う事が出来なかった…。恐らく、他の者がいなければ私は…!記憶兵器となり、その力を最大限引き出すことができる私が、あの老人やこのシロナに劣るだと…?くっ…)
ヒロイシはひとり、拳を握りしめる。
(しかし…私の役目は奴らを研究し、その弱点を見つけ出す事…私は戦う事よりも、研究するための時間と老いない体が欲しくて記憶兵器の継承を受け入れた…。幸い、今ここにはエースの肉片とアールの体の部品がある。私のやる事…それは)
…次の日、傷を治して万全な状態となったシロナ達は人造人間の手がかりを得るための旅を再開することとなった。
「よし、それじゃあ行きますか」
「ちょっと待て、君たち!」
3人が車に乗り込もうとしたその時、研究所の入り口からヒロイシが追いかけてきた。
「どうしたんですの?」
「徹夜でエースとアールの肉片を解析していた。どちらの細胞にも、やはり特殊な神経回路が組み込まれていて、どうやらこれでスカールの命令を認識するらしい。後はこれに反応する電波を作り出すことができれば、人造人間の絶滅に大きく近づけるはずだ。その間、君たちは君たちで戦っていてくれ…私は研究を続けよう」
そう言ったヒロイシの顔を見たシロナは、そっと手を差し出した。
「ヒロイシさん、頼んだよ」
「…任せろ!」
ヒロイシはシロナの目を見つめ返し、ぎゅっと強く手を握る。
「おお、そうだった、どうやらカイン少年が人造人間の行方の手がかりを思い出したらしい。私ひとりだけには言いたくないらしいのでな」
続いて、ヒロイシの後ろから現れたカインは、小さな声で話す。
「人造人間たちの去り際…確か、こんな事を言っていたんだ…『聖地カリン』という言葉を使っていた。そこに行くって話を聞いたわけじゃないけど、その場所の名前を言ったって事はそこに行くかもしれないと思って…」
「聖地カリン…聞いたことがありますわ。天の果てに浮かぶという神の住む宮殿へ続く”カリン塔”がある聖地…場所はここから遠くはありませんわね」
「分かった…ありがとうカイン、必ず人造人間たちを倒して償わせてやるから」
シロナはそう言いながらカインに対して笑いかけた。すると、カインはポッと顔を赤くし、眼を逸らした。
「…?大丈夫?」
「だ、大丈夫!でも死なないでくれよ!」
「当たり前でしょ?」
そして、シロナ達は研究所を後にするのだった。
「あのカインはどうやらシロナに惚れたみたいでしたわね」
「えぇ!?それはないでしょ」
神様が住む塔があるという、聖地カリン。そこへ向かうシロナたちを待ち受ける次なる戦いとは…?