聖地カリンよりやや離れた荒野に位置する、とある岩場。そこに構えられた野営地で、数十名の集団がたき火を囲んでいた。
が、彼らは主にむさ苦しい男性陣と、Tシャツやスポーツウェアなどの軽い服装に身を包んだ7名の女性陣とに、たき火を挟んで別れていた。しかも、お互いはにらみ合いながら黙っているきりだ。
「何か御用があるのなら申してください」
7人のうち、真ん中のリーダー格の女が冷たく言った。金髪のおかっぱ頭に、闇のように真っ黒な瞳が男たちを鋭く見据えている。
「じゃあ言わせてもらうが…危うく俺たちは今日死にかけた!俺たちはあんな化け物みたいなガキと女どもまでいるなんて聞いてねぇぞ」
と、男が言い返す。
「ええ、それは申し訳なく思います。ですが、貴方達のおかげで我々の目的は果たす事が出来ました。”ありがとうございました”」
「だ、だったら約束の金はしっかりと払ってもらうぞ」
「…はい、わかっています」
女はそう言うと、大量の札束をまとめて差し出した。男たちはそれを見てごくりと生唾を飲み込む。だが、誰一人としてその札束に手を伸ばそうとする者はいない。
「なぁ、それと…俺の家族は…」
男がさらにそう言いかけた時だった。
「なるほどね。やっぱり彼女らは聖地カリンに来たみたいだね」
何者かの声が聞こえ、その場の全員がテントの頂上を見る。そこには、スカールに仕える直属護衛軍がひとり、サニーが満月を背景に座って佇んでいた。白いシャツにスラックスを着用したその姿は、街中でよく見る普通の女性と何ら変わりはないように見える。
「サイカニア様」
リーダーの女がサニーの名前を呼ぶ。
「サニーでいいって」
サニーはそう言いながら飛び、地面に降り立つ。
「君、自分の家族が気になるみたいだね」
「当たり前だろ…!」
「心配しなくていいよ。君のご家族は無事だ。他の諸君らも安心して欲しい…君らの恋人や両親、子供は全員無事だ」
「なんだ、そうだったのか…」
サニーの言葉を聞いた男たちは安堵の声を漏らす。
「だ、だったらはやく俺たちを開放してくれ!そこのリーダーの女…アロの口から『ありがとうございました』の言葉が出たら俺たちの仕事は終わるって約束だったはずだ」
「うーん、そうなんだけど…もう一仕事、お願いしてもいいかな?」
「ふざけるな!契約はここまでだ、俺たちはこれで解散だ」
「へーそうですか。でも今からお願いすることはとても簡単で、一切危なくない仕事だ。ちょっとしたお掃除みたいなものよ。それに、さっき君らの家族は無事だって言ったけど、それは”今のところは”って意味だ」
「くっ…!」
「じゃあさ、最後までしっかりやろうよ。追加の報酬、出してあげるから」
サニーにそうやって圧をかけられた男たちは、しぶしぶとその最後の仕事とやらを受け入れる。その様子を見たサニーは心の中でほくそ笑んだ。
人間とはどんなに頼みごとを拒んでいても、金の話をすればさっきまでの事は忘れたかのようにすんなりと言う事を聞く。
「で、何をすればいいんだよ?」
「ああ、それなんだけど…私たち人造人間と関わった人間はお掃除しなくちゃね」
「え?」
スパン
次の瞬間、この場に居た人間の男たちの首が一瞬にして斬り落とされ、頭部が地面に転がった。その場には、サニーと彼女の配下の部隊であるジュラ隊の7人だけが残った。
「今、聖地カリンには記憶兵器のミルとアリーズ、それにシロナがいる…。ふふふっ、今に見てるがいい…」
サニーはそう言いながらテントの中に入り、その瞬間に寝袋にくるまって睡眠に入る。それを見届けたジュラ隊のメンバーたちも休息に入り、思い思いにくつろぎ始める。
そんな中、新入りのスピノは人間の男たちの死体を片付け始める。
「何やってんだ新人、そんなもの捨てておけば?」
と、日焼けした肌のアスリートのような外見の仲間が声をかけてきた。
「マプさん。いえ…確かに、この人間どもは屑でした。大金欲しさに家族を質に入れて、人殺しの依頼を受けるような…。でも、最後には家族のことを心配していました。私は思うのです…我々にも大切な守るべき存在がいるように、人間にもそのような存在が必ずいると…」
「だからなんだってーのよ!人間なんて掃いて捨てるほどいるんだ、無駄に数ばっかり増やしてる支配者気取りのマヌケどもさ。そんな事がサニー様に聞かれてたらどうなるかねぇ」
「そ、それは…」
スピノは向こうへ歩いていくマプを見ながら口ごもった。彼女は迷っているのだろう。人間とは本当に愚かな生き物であるのだろうか。
その様子を、ジュラ隊の隊長であるアロはじっと見つめていた。
…場所は移り、聖地カリンの中心地。空高くそびえるカリン塔の根元付近の平原にある、ウパたちが暮らしている家。そこに招かれたシロナ達は、豪勢な肉料理をごちそうしてもらっていた。
「うまい!」
シロナは久々に味わう肉を口いっぱいに頬張り、その旨さに感動していた。ミルとアリーズも大声こそ出さないが、笑顔で肉を食べている。
「ええ、本当に。一体何の肉ですか?」
アリーズがそう聞くと、ウパが答える。
「『サイサウルス』の肉ですよ。狩るのは大変ですが、その分とても美味しいんです」
「まだまだありますので、好きなだけお召し上がりください」
と、ウパに続けて言ったのは「ピパ」という名前の、彼の妻だった。恐竜の肉を使ったこの料理は彼女が作ってくれたもののようだ。
「…食べているところ悪いが、例の奴らについて話そう」
ボラが真剣な面持ちで話を切り出した。
「さっき襲ってきた奴らは、1か月ほど前から…この聖地カリンの希少な動物を狩りにやって来た密猟者のグループだった」
…奴らがやってくるたびに、私とウパは戦い、奴らを退け続けてきた。そんな状態がしばらく続いたが、ちょうど5日前の事だった。これまでのように、サバイバルカーで聖地へやってきた奴らだったが、どうも様子が違った。動物たちを狙う事なく、その銃口は初めから私たちに向けられた。いよいよ奴らは邪魔な私たちの始末に乗り出したのかと思ったのだが…奴らは少し反撃を受けただけで撤退したのだ。その際には煙幕を炊き、その間ものの数秒でその場から消え失せてしまう…
「それがかれこれ毎日続いている。今日もそうだった…」
ボラの話を聞いたシロナ達が、明らかにこの一連の騒動に人造人間が絡んでいると察する。
「アリーズさん…」
「ええ、どうやらその密猟者たちを、人造人間が利用しているようですね。目的は偵察か…」
「私たちが、聖地カリンに人造人間が行くかもしれないと思った事を察して、部隊を遣わしたようですわね。そしてその部隊が密猟者を利用したと…。先ほど、私たちがここに訪れていると知った彼らは、すぐにでも本格的にここを襲撃してくるかもしれませんわ」
ミルはそう言いながら、料理の最後の一口を運ぶ。ボラとウパ、ピパが不安そうな表情で沈黙する。
「ですが安心してくださいまし。しばらくは我々がこの聖地カリンを守りましょう。我々はその人造人間たちを破壊するために、ここへやって来たのですから」
「ほ、本当か!?」
「ご馳走様でした。という訳で、私たちは食べ終えたので外で周囲を見張っています。あなた方はいつも通りにお休みください」
ミルとアリーズは家の外に出ようとする。
「じゃ、じゃあ私も一緒にやるよ!」
「いいえ、シロナちゃんは休んでいてください。我々記憶兵器は数日間は寝なくても平気ですが、シロナちゃんは違うでしょう。もしもの戦いに備えて体力を養っていてください」
「…ま、まあそう言うなら…」
ミルとアリーズのふたりはシロナを置いて家を出ると、一瞬で屋根の上に上がっていった。
「なあ、君…彼女たちの言っていた人造人間や記憶兵器って何のことなんだ?」
「…別にここまで関わっちゃったなら話しても問題ないかな…」
シロナはボラたちにすべてを話した。人造人間と記憶兵器とは何か、双方にまつわる因縁、自分の事情と立場。ボラたちは途方もない話を聞いて表情に驚きを隠せないでいたが、シロナが話し終える頃には静かに受け入れていた。
「正直、信じられる話ではない…。だが、私たち一族も代々、それよりも信じがたい伝承を受け継いできた。だから信じられる」
「え?それって…あのカリン塔を登ると神様に会えるってやつ?」
「そうだ。聖地を離れた場所に村がある。そこが私たちの故郷だ。そして私の一族は『番人』としてカリン塔を守る役目を負い、村を離れてここで暮らしている」
ボラはそう言いながらカリン塔がある方角を見た。
「かつて、この塔を登り切った者をひとりだけ知っている。あのピッコロ大魔王に復讐を誓った、武道家の女だった」
「ボラさんたちは登ったことないの?」
「ある。若いころに挑戦したが、ダメだった。ウパも成人するときに挑戦したが、やはり頂上を見ることはできなかった」
「お恥ずかしいです。でも、君なら簡単に登れると思うけどね」
「そうかなぁ?」
シロナ達はそんな会話をしながら終えた食事を片付け、床につくことにした。
明かりを消し、用意してもらった布団に入るシロナだったが、ボラたちが眠りについてからしばらくたってもなかなか眠ることができず、こっそりと家を抜けて外の空気を吸ってくることにした。
「ミルとアリーズは…?」
家の周囲を見てみるが、ふたりの姿は無かった。恐らく、カリン塔の少し高いところから下を見下ろす形で見張りをしているのだろう。
シロナは夜風に当たろうと、家の屋根の上に登った。それでも周囲の木々は屋根よりもずっと高く、その間を吹き抜ける風が気持ちいい。
(あれからもう1か月くらい経ってる…)
”あれ”。乞食のふりをして生活していたシロナが車とぶつかり、自分の事についてミルに問いただし、初めて人造人間と戦ったあの日だ。
(1か月の間にもいろいろあったなぁ)
シロナはこれまでの出来事を思い返す。その中で、得体の知れない力を使って人造人間との戦いを勝ち抜いてきた。その力は初めて体験するにも関わらず、自然と「これは私自身の能力だ」と受け入れる事が出来ている。つまり、自分の記憶が無くなる以前からその力を何度か使っていたという事だ。
(私は一体…何者だったんだ?それに、ずっとこんな事を続けていていいのだろうか…)
確かに、世界中の人間を人造人間が存在することによって引き起こされる不幸や危険から救うために人造人間と戦う事を決意した。だが、近頃は本当に人造人間の誰もが破壊されるべきなのか、疑問を感じるようになってもいた。
何故かそう感じるのだ。きっと、人造人間たちもそうやって造られたから人と争うしかないのかもしれない。優しさを持って人のために動くように造れば、人造人間も人と仲良く暮らすこともできるかもしれない。
「…わかんないよ」
シロナは夜空を見上げながらぽつりとつぶやいた。
「謎の集団がこちらへ向かって来ていますわ!」
その時、どこからか現れたミルが屋根の上に着地した。
「まさか、人造人間!?」
「恐らく…。移動の仕方が人間技では…なっ!?」
ミルがそう言いかけた時、頭上を無数の影が通過していった。その時、シロナもはっきりと見た。7人ほどのその集団は腰の両側から射出したワイヤーのような紐を木々に突き刺し、背中からガスを吹きながら高速で移動していた。そして、頭上を通過しながら、人造人間と思われるその集団は手投げ爆弾をいくつも落としていった。