スピノは先ほどミルと遭遇した場所に戻ると、そこにはもう誰の姿もなく、ある物と言えば首がもがれたマプの残骸だけ。
そして森の中を飛びながらリーダーのアロを探していると、記憶兵器たちによって無残にも破壊された仲間たちの残骸が次々と目に入る。槍で木の幹に縫い止められたまま真っ二つに切断されたコリト、胴体に風穴の空いたアンペロ、鋸の塔に突き上げられバラバラになったラジャとノア、そして木の幹と何かに挟まれて潰されるような形でバラバラになっているアロ。
それらを一瞥しながら通り越していくたびに、スピノの顔には深い影が落ちていく。ものの数分で記憶兵器たちによって破壊されつくしたジュラ隊のメンバーの骸を見たスピノには、もはや新人としてのあどけなさは無い。
右腕の手の平から空気弾を砲身を伸ばし、左腕は鋭利な剣のような刃物へと変じる。
(何が何でも、記憶兵器共を葬り去る。シロナ…この残虐な悪魔め…私がこの手で…!)
シロナはジュラ隊の隊長、アロを撃破したが、彼女の攻撃を受けたウパは倒れたまま起き上がらないのを見た。ウパは射出されたワイヤーで肩を貫かれた挙句、凄まじい勢いで後方の鋸の塔に叩きつけられたのだ。死んではいないだろうが、それでも脳震盪や骨折などの重傷も負っている可能性が高い。
「ウパさん、大丈夫!?」
シロナはそう言いながらウパに近寄り、その意識を確認しようとする。
ドン!
しかしその瞬間、どこからか飛んできた小さな空気弾がシロナの腿を撃ち抜いた。
「な…!」
シロナは動かないウパを引っ張って鋸の塔の影に隠れる。
シロナを狙い撃ったのは、スピノだった。シロナが少しでも木の影から体を出そうものなら、瞬時にそこへ目がけて空気弾が撃ち込まれるのでうかつにこの場から動けない膠着状態が続く。
それを遠くから見かねたミルがシロナを助けようと、空中を飛び回るスピノを発見して攻撃を仕掛ける。
バシュッ
しかし、スピノはミルの存在に気付いてその攻撃を見切り、ドリルに変形させた右腕をすれ違いざまに切断した。斬り落とされた腕がドリルの形状を保ったまま宙を舞い、地面に落ちる。
(動きがさっきまでの敵と全く違う…!)
スピノはミルの後ろで軌道を変え、独楽のように回転しながら刃で斬りかかろうと襲い掛かってくる。ミルは両腕が使えなくなったこの状態では、立体物の間を縦横無尽に飛び回るスピノの相手をするには分が悪いと判断し、その場から離れて暗闇の中へフェードアウトしていく。
スピノはシロナが隠れている木に目を配りつつミルを追おうとするが、突然目の前にアリーズが現れ、鋸の一撃を受けた。が、それが命中する手前でスピノは刃でガードしており、無傷だった。
(この者…強い…!)
アリーズがそう思った瞬間、スピノは再び身をひるがえし、刃を構えて接近する。
対するアリーズは腕を突き出し、前方へ向けて槍のように長く尖らせた鋸を素早く伸ばして攻撃する。だが、スピノはそれを避けると同時に無数の爆弾を落としながら鋸の上を走ってアリーズへと向かっていく。
それを見たアリーズはすぐに鋸を根元から折ってその場から離れようとするが、既に接近していたスピノの勢い任せの蹴りを顔面に受けた。
あまりの衝撃によって視界が歪み、意識が飛びかける。だが、アリーズは鋸に変化させかけの右腕でカウンターパンチを繰り出し、反撃を受けたスピノは斜め下方へ吹っ飛ばされる。
「しまった…!」
しかし、アリーズはそう呟く。
スピノが地面に激突した場所は、ちょうど隠れていたシロナの目の前だった。
「…おわっ、びっくりした!」
シロナは思わず間抜けな声を上げた。スピノは倒れた姿勢から急に起き上がり、獣のような眼光を向けながら腕を振ってシロナの頬を殴る。そして怯んだ隙に立ちあがり、右手の掌から伸びる空気弾の砲身をシロナの額に突きつける。
「シロナちゃん!!」
アリーズがそう叫ぶが、先ほど喰らった蹴りの一撃のダメージが思ったよりも大きく、体が思うように動かない。スピノは今にも砲撃を放とうとする。
が…間一髪、シロナの足払いの方が早かった。そのままバランスを崩したスピノの胸を殴り、髪を逆立てた怒り状態へ変化すると、続けてその全身に拳による殴打のラッシュを浴びせる。
「ウラウラウラウラ…!」
その瞬間、シロナとスピノの目が合った。だが、スピノの身体は既に崩壊し、体内の部品が露出しグシャグシャになってしまい…その場所で完全に機能停止した。
「はぁ…はぁ…!」
シロナは怒り状態を解除し、撃ち抜かれた太ももを押さえる。
「シロナちゃん、撃たれた足は大丈夫ですか?」
アリーズがシロナに近寄りながらそう言った。
「私は大丈夫…それよりもウパさんが…」
ウパは気を失ってはいるが、やはり命に別状はなさそうだ。
「一応、病院に連れて行った方がよろしいかも知れませんわね」
と、そこへミルも現れた。
3人はウパを運んで車に乗せると、ボラとピパに事情を説明して最寄りの町の病院へと車を走らせた。
…その移動中、ミルは先ほどからやたらとシロナの様子が沈んでいることに気がついた。
「どうかしましたの?」
そう言いながら、ミルはシロナにペットボトルに入った水を差し出す。
「…ねぇ、ミル、アリーズ…ひとつ分からないことがあって。さっき、私があの人造人間を足払いで転ばせたとき…正直間に合わないと思った。だってアイツは既に手の砲口を私に向けて、あとは発砲するだけだったから。なのに、なんで私の方が早かったんだろう…」
シロナは思い出す。あの時、砲口をこちらへ向けたスピノが自分を見た時の表情に込められた感情を。あの顔は驚いている顔だった。「まさか、自分たちの仲間を殺した凶悪な記憶兵器の協力者とはこんな子供だとは」、と。そしてそれは見下し侮ったような意図ではなく、単純に子供だった自分を見て一瞬…
「相手が撃つのを躊躇した。そうでしょう?」
と、ミルが言った。
「…やっぱりそうだったんだ。きっと、私が壊したあの人造人間はきっと優しい心を持っていたんだろうな…子供を殺すのを躊躇するくらい…私なんかよりもよっぽどまともな人間の心を持ってたんだ。私はすぐに、あの人を殴って破壊できたのに…私は…」
「シロナ。貴女の手は汚れてしまった…新しい自分を受け入れなさいな」
「ちょっとミル、そんな言い方しなくても…」
アリーズがミルに苦言を呈する。
「もしも貴女があそこであの人造人間を壊さなければ、ウパさんはおろか私たちも今ここにいないのではなくって?」
そう言われたシロナはハッとする。
「貴女はあの局面において、半端な行動はできないと分かっていた。あの人造人間を倒してくれたおかげで、私たちは助かりましたわ。どうもありがとう、ですわ」
人造人間を一体残らず破壊することを決意したシロナだったが、その心は揺らいでいた。
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「んで、なんでアンタはジュラ隊をわざわざ破壊させただけで帰ってきたわけ?」
人造人間たちの居城にて、帰還してきたサニーに対してアールがそう言った。サニーはぐったりしたようにソファに座りながら、眠たそうな表情で口を開く。
「ふぁあ…うん。そりゃ、押してもだめなら引いてみろって訳よ。君らが力任せに突っ込んで行っても勝てないから、じゃあ今度は向こうからこちらを破壊させてみたんだ。報告ではシロナはまだ子供でしょ?だったら、逆に罪悪感を抱かせて精神的に追い込んでみるのも手かなと思ってさ。そのための材料として、わざわざ”思考器官”を繊細にプログラムしたスピノを造ったんだから」
「かわいそうな事するのねぇ。アロ以外の隊員は何も知らされてなかったんでしょ?まあどうでもいいけどさ」
「ふふふ…でもまだまだ手はあるのさ。ここで、”8号”を向かわせよう」
「8号?アタシたちが見つけた、レッドリボン軍の科学者が造った人造人間か…。今は回収したレッドリボン産の人造人間も改造を加えて各地に散らばらせてるんだっけ」
「そうそう。8号なら、きっとシロナをもっと苦しめてくれるはずだと思うよ…」
電気が消え、暗闇に包まれる部屋の中で、不気味に光るサニーの双眸が揺れ動いた…。