「具合はどう?ウパさん」
聖地カリンから最寄りの町の病院にて、シロナは傷の手当の為に入院しているウパの元へお見舞いにやってきていた。
「おお、シロナか。だいぶいいぞ…痛みもなくなってきた」
そう言いながら、ウパは肩を怪我した方の腕で力こぶを作って見せた。ジュラ隊との戦闘の後、すぐにこの病院へ連れて来てから4日が立っていた。
「それはよかったね、お医者さんも驚いてたよ…こんなに治りが早い人は見た事ないって」
「当たり前だ、この程度の怪我なら全然平気だ。だが、君たちの方がずっと治るのが早いだろう」
確かに、シロナが受けた傷も今や完全に治癒が完了していた。
「いつもなら狩りにでも行ってしまうけど、お前は頑なに安静にしてろと言う…お節介だな」
「ええ…あの2人のがうつったのかも」
そう言いながら、シロナは共に旅をしてきたミルとアリーズを思い浮かべる。アリーズは自分の事を可愛がってよく構ってくれるが、ミルも一見シロナを邪険に扱っているようにも見えて何かと気にかけてくれる。
「だが病院食というのはどうにも、すぐに腹が減ってしまうな。サイサウルスの肉が食べたいぞ」
「ははは、退院したら私も狩りに連れてってよ」
「それはいいな。ところで、アリーズさんはどこかへ行ったと聞いたが…」
「アリーズなら、ヒロイシさんっていう私たちの仲間から急ぎで頼みたいことがあるって連絡を受けて出かけて行ったよ。しばらくかかるみたい」
『私はヒロイシに呼ばれたのでこれで失礼します。またいずれ会う事になるでしょうが…それまでくれぐれも死なないでくださいね』
シロナはそう言いながらバイクで研究所へと向かっていくアリーズの姿を思い浮かべた。
そして、そんな他愛のない会話をしていると、シロナはふと時計を見て立ち上がる。
「そろそろ、あの子のところに行ってから帰るよ」
「ああ、わかった」
シロナはウパの病室を後にすると、別の病棟の部屋に足を運ぶ。その部屋の中のベッドのひとつには、8歳ほどの男の子が座っていた。
「あ、お姉ちゃん?」
「おっす!今日も来ちゃった」
この男の子は”ベン”という、目が見えない子供だ。たまたま病院の庭で知り合い、以後はこうしてウパの見舞いに来るついでに一緒に話をしてやっている。
だが、シロナはこのベンがマスコミの注目を集めている子供だという事はつい昨日知った。シロナがベンと出会う3か月前、山で飛行機の墜落事故があったらしい。それから2か月以上経ったある日、ベンが登山客によって発見されたのだ。「どうした?」とその登山客が問うと…
『お父さんを待ってるんだ…お父さんと飛行機に乗ってたら、いきなり落ちて…それで気が付いたら森にいたの。お父さんもいて、ここで暮らそうって…森で暮らそうって』
大騒ぎになった。ベンが飛行機で遭難したのは3か月前。ベンが見つかったのが、その2か月後…。その2か月間、ベンはどうやって生き延びたのだろう。健康状態は悪くなかったが、同乗していたたったひとりの肉親である父親も、遺体が確認されている。
そのことを告げられてもベンは…
『ううん、お父さんはいるよ。だって、迎えに来るって言ってたんだ…』
墜落時に破片が目の網膜を傷つけ、視力が極度に低下している。では、そのベンの傍にいたのは誰だ?2か月間、ベンと一緒に居たのは誰なんだ?
…だが、シロナにとってはベンは入院生活に退屈している、普通の良く笑う子供に過ぎなかった。
「そうだ、明後日に目の手術をするんだって」
「へぇ、よかったじゃん!」
「うん…でも、ちゃんと見えるようになるかはわからないって先生は言ってたけど…」
そう言うベンの顔は不安を表していた。
「怖いの?だったら手術の時は私がついててあげるよ!」
「本当?お姉ちゃん!」
「ええ、本当さ」
これまでの不安な顔は消え、嬉しそうに笑みを浮かべるベンだが、すぐに元の表情に戻ってしまう。
「きっと、寝てるときもお姉ちゃんがいてくれれば…怖い夢なんか…」
「なーに、やな夢でも見るの?だったら話してよ、夢はすぐ言っちゃうのがいいってさ」
「…夜にね、誰かが僕の目を押すんだ。何かを押しつけてるみたいに…」
「げえ、それは嫌だな…」
「うん…それで僕が目を覚ましたら、部屋の隅にお父さんが立ってて、言うんだ…『これもだめか…』って」
「お父さんが見えるの?」
「ううん、そんな感じがするだけ。でも、あれは絶対にお父さんだよ…森で優しくしてくれた…。それで、朝に起きるとびっくりした看護婦さんたちに囲まれてるんだ」
「そうなんだ…」
「みんなはお父さんは死んだって言うけど、絶対に僕を迎えに来てくれるんだ」
だが、シロナは気付いた。本当に、ベンのお父さんはあの時の飛行機事故で亡くなっている。ベンが毎夜見る光景が本当に夢なのか、何か亡霊の類いなのかは分からないが…
「よし!じゃあベンが退院したらみんなでバーベキューしようよ」
「バーベキュー?」
「ああ。私の友達と、ベンとお父さんのみんなでさ」
「いいね…楽しそう!」
「でしょ?」
言えるわけがなかった。
…今日の面会時間の終わりが近付いてきたので、シロナは帰るために病院のロビーを通った。だがその時、看護婦と何者かがもめているのに気付き、何事かと思って傍に近寄った。
「お引き取りください!患者さんの安全の為に、自分の名前も名乗れないような方をお入れするわけにはいきません!」
そう言われたのは、体格の大きな、強面の大男だった。夏にもかかわらず雪国で着るような分厚いコートを纏い、異様な雰囲気を漂わせているが、看護婦にそう言われるとショックを受けたように下を見た。
「じゃ、じゃあこれを…ベンに…」
大男はそう言いながら、看護婦に袋入りのクリームパンを差し出す。看護婦はそれを受け取るが、大男に続けて厳しく対応する。
「…分かりました。今日のところはお引き取りください」
大男はそう言われると、名残惜しそうにこちらに振り返りながら仕方なく病院を出ていく。
その時、パンを受け取った看護婦はそのパンをゴミ箱に叩きこんだ。
「ちょっ、何するのよ看護婦さん!」
それを見たシロナは、思わず看護婦に突っかかる。
「何って…病院内に不衛生な物を持ちこむわけにはいかないでしょう」
「やぁねぇ、まーた眼科の318号室絡みのトラブルよ…」
「やっとマスコミの取材が終わったと思ったのに…」
と、後ろの看護婦たちが小声でそう話し始める。
それがベンに関係したことだと気付くと、シロナは聞き耳を立てる。
「最近は悪夢にうなされてるらしくて…」
「手術が近いし、まだ子供だからしょうがないんじゃない?」
「それが先生たちは内緒にしてるけど…毎朝、あの子の服に血がついてるんですって。でも、その血はその子の血じゃないらしいのよ」
「えぇ?」
「しかもその血には、他の人のものと思われる硝子体が付着してたんですって」
硝子体とは眼球に含まれるゼリー状の成分の事だ。
「さ、お喋りは終わりよ。まったく、あの変な女の子といい男といい、困ったもんだわ…」
シロナはそんな小言はスルーし、ごみ箱から先ほど捨てられたクリームパンを拾うと、急いで病院を出る。
すると、病院の庭の中を歩いていく先ほどの大男の姿が見えた。シロナはそれを追いかけていく。やがて大男が立ち止まると、その視線の先には318号室、ベンの病室の窓があった。
「あのさ…おじさん」
シロナがそう声をかけると、大男はゆっくりと振り向いた。
「これ、ベンには渡らないみたいだから」
例のクリームパンを大男に返す。
「そうか…ベン、これ食べてくれないか」
大男は心なしかしょんぼりとした表情を浮かべる。
「そんなことはないと思うけど…」
「オレ、ベンの遠い親戚…仕事の途中で急いで来た…」
「そうなんだ。でもおじさんを締め出すなんてひどいよねー!こっちこっち」
シロナは大男の手を掴んで引っ張り、どこかへ連れて行く。
「私はベンの友達でシロナっていうの」
「オレ…は、えっと、ハッチャン…」
「ハッチャン?それあだ名かい?まあいいや、おじさんが来たって知ったらベンはきっと喜ぶよ。よかったら元気づけてやってほしいな…手術怖がってるから」
「そうか、ベン、手術こわいか…」
ハッチャンと名乗った大男はそう呟くと、その場で立ち止まり、シロナの手を離した。
「オレ、仕事の途中で来た…だから、また戻らなきゃ」
「ああ、そう…。そういえば、ベンはそのパン好きなのかい?」
「そうだ。ベン、このパン食べると笑った…。目さえよくなれば…また…」
そう言ったハッチャンの顔は優しい笑みを浮かべていた。だが、すぐに元の強面な表情に戻るとハッチャンはその場から立ち去ろうと歩き出す。
「あれ?会っていかないの?もうちょっと待ちなよ…」
シロナがそう言ってハッチャンの肩に触れた時、彼のコートの内側から巾着袋が現れ、地面に落ちた。中から黒っぽくて丸い物が何個がこぼれる。その瞬間、ハッチャンは血相を変えてそれに覆いかぶさる。
「なにそれ、団子かなにか?」
「そ、そうだ、ダンゴだ!さわるな…」
ハッチャンはそれを拾って袋に入れると、大事そうに抱えながら病院の出口の方へ歩いていく。
「目さえよくなれば…ベンの目さえ…」
「…へんなおじさんね…」
シロナはトボトボと歩き去っていくハッチャンの後ろ姿を見ながら、そう呟いた。
シロナのテーマソングは、ソナーポケットの「HERO」です。