もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第250話 「ブランコをこいだ日」

──ベンの手術当日…

 

ハッチャンはビルの屋上から、ベンのいる病院を眺めていた。その血で汚れた手には眼球の入った巾着をぶら下げ、病院の白い建物を見つめる目に憎しみの色が宿る。

 

「今日がベンの手術…。人間のバカどもめ、ベンの目、ぜんぜん良くしないで怖がらせることするのか。そんなことはさせない、また新しい目も集めた…きっとぴったり合うのをベンの目に押し付ければすうっと入っていくはず。ベン、待ってろ…すぐにいい目と交換してやる」

 

 

 

「怖くないからね」

 

「は、はい…」

 

緊張した面持ちのベンが乗る車椅子が看護婦の手によって押され、手術室に入っていく。扉が閉まってからしばらくたつと、手術中と書いてあるランプが光る。

…誰も通らない暗い通路に静寂が訪れる。日が傾いて西日になり、東側の窓から射していた日差しも届かなくなる。光っているのは、「手術中」の標識だけ。そんな中、ゆっくりと廊下の窓が開けられ、そこからぬうっと大きな影が入り込んでくる。

 

「ベン、お父さんが今治してやるぞ…」

 

「ダメだよ、ハッチャン」

 

ハッチャンはゆっくりと手術室に向かって歩いていくが…その時にどこからか聞こえてきた声を聞いて足を止める。

 

「人に害をなすお前を破壊するのか、しないのか…一晩悩んだけど結局答えは出なかった。でも、ひとつだけハッキリしてる」

 

柱の影からシロナが姿を現す。シロナの体からは赤い半透明な蜃気楼のような闘気があふれ出し、怒り状態と化すことによって逆立った黒髪がなびいている。黄色い瞳が、鋭い視線をハッチャンへ向けて放っている。

 

「ここは通さない!」

 

「やってみろ!人間にこの人造人間8号をどうにかできると思うな!」

 

ハッチャンは腕を振りかぶりながらシロナに飛びかかり、シロナはそれを飛んでかわし、反撃の拳を見舞う。だが、ハッチャンはシロナの繰り出したパンチを肘で受け止め、そのまま腕を振るって拳を叩きつける。

シロナもそれを手で受け止めるが…

 

「脇腹、空いてるぞ」

 

次の瞬間、ハッチャンの追撃がもろに脇腹にヒットし、シロナは口の端から血を流しながら吹っ飛び、壁にぶつかる。

 

「ベンはオレと暮らすんだ!!」

 

「そんなことできるか!」

 

シロナは体勢を立て直し、ハッチャンへ攻撃を仕掛ける。

 

「ベンの目が手術で治ったら、人間の世界で暮らすのが当たり前で…それが幸せなんだよッ!!」

 

「うるさい!ベンはオレと暮らすって言ったァ!!」

 

ハッチャンの胸にシロナのパンチが当たると、内ポケットにしまっていた例の巾着袋が床に落ち、中の腐りかけの眼球が散らばる。

 

「へへへ、へへへ…オレはベンのお父さんだ。ベンのためならなんだってやる…人間だって、いくらでも殺してやるんだ」

 

「バカヤロオオオオオ!!」

 

シロナは心から湧き上がる怒りを声に乗せて叫んだ。ハッチャンは、かつては人間と仲良く暮らしていた。しかし、今ではその人間をいくらでも殺すと宣言した。もはや狂気の沙汰とも呼べる異常な変貌ぶりを示したハッチャンへの怒りだ。

 

「なんでそんなやり方しか思い浮かばなかったんだよ!?たとえお前とベンが一緒に暮らせたとしても…ベンは自分のために人殺ししてるお父さんを…うれしいと思うかよ!?」

 

「うるさいうるさい!!」

 

「ベンの目は手術で治るんだ!そんな腐りかけた目玉なんて役に立たないのよ!」

 

その時、ハッチャンの頭の中にベンの姿が浮かんだ。しかし、そのベンは前にハッチャンに見せてくれたような笑顔ではなく、涙を流しながら座り込んでいた。

 

──お父さん、なんでそんなことをしたの?

 

──ベン、なんで泣く?オレ、お前に笑っていてほしいだけなのに…

 

「う…うあああああああ!!」

 

ハッチャンは怒号を上げ、シロナに渾身のタックルをぶつけた。そのハッチャンは白目をむき、悪鬼のような歪んだ顔で悲しみに吠える。

シロナは病院の窓を破って中庭に落下していき、ハッチャンもそれを追って地面に降り立つ。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

ハッチャンは正気を失ったように叫び続け、むやみやたらに剛腕を振るってパンチを繰り出しながら暴走する。その進む先には車椅子に乗った老人と看護婦がおり、彼らは突然の状況に腰を抜かしてしまっており動けない。

 

「やめろハッチャン…!」

 

シロナはハッチャンに呼びかける。

しかし、ハッチャンの振るう拳は老人と看護婦に迫る。命中すれば、当然彼らの命はないだろう。

 

「やめろォォォ!!」

 

やむを得なかった。咄嗟に繰り出した、魔力によって硬質化を集中した拳によるシロナのパンチがハッチャンの背中に命中すると深くめり込んでいき、貫通して胸から飛び出す。それと同時にハッチャンは目に光を取り戻すが、その場でよろよろと崩れ落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

「ベン」

 

ハッチャンは、目元にギプスを巻かれてベッドで静かに眠るベンのもとにやって来た。既にベンの手術は成功し、あとは安静に経過を待つだけだった。

 

「オレ、一生懸命頑張ったけど…やり方、間違えちゃった…みたいだ。お前の笑った顔、もう一度見たかったけど、お父さん、もう行かなきゃいけない」

 

最後に困ったような顔で笑顔を作り、ベンの目元を優しく指でなぞる。

 

「あったかくしてろ…治った目、大事にしろ。それと…嘘ついててごめん。オレ、ベンのお父さんじゃないんだ…」

 

ハッチャンは病室を出ると、廊下の壁に寄りかかりながらゆっくり座り込む。胸に空いた風穴からは完全に破壊された内蔵器官の残骸が見え隠れし、少し体を動かす間にも電気が外へ漏れ出し、部品がボロボロと外れていく。彼の目の前には、同じく反対側の壁に寄りかかるシロナが居た。

 

「なぁ、ベンの目が良くなって、よかったな…」

 

そう言いながら、ハッチャンは震える手でポケットからクリームパンを取り出し、シロナに手渡した。

 

「ああ、そうね…」

 

「そしたら、ベン…オレを見て、お父さん…って、言ってくれるかなぁ?」

 

「当り前よ!」

 

シロナは自信満々に堂々とそう豪語するが、そんなはずはないという事はハッチャン自身が良く理解していた。人間よりも大きな体と、傷だらけで怖い顔。決して、小さな子供が慕ってくれるような風貌ではないという事を。いや、それよりも既に何人もの人間を残虐な方法で殺害し、その穢れが染みついた自身を客観的に見れば、そのようなことはあり得ない事だと。

しかし、それでもシロナが「当り前よ」と言ってくれたことに対して、ハッチャンは得も言えぬ幸福感を感じ、小さく微笑む。

 

「えへへ、お前、優しいな…。ジングル村の、みんなみたいだ」

 

そのまま、ハッチャンはうつむき、永遠に動くことは無かった。

それを見届けたシロナはベンの病室のドアを開ける。

 

「お姉ちゃん?」

 

それに気付いたベンが上体を起こしてシロナに声をかけた。

 

「来てくれたんだね」

 

「ああ…」

 

「お父さんの声がしたけど、お父さんもいるんでしょ?今度バーベキューやるって約束、忘れてないよね?」

 

「ああ、でもさ、ベンのお父さん、遠くに行っちゃうんだって。ベンの目が治って、すごくうれしいって。ずっと元気でな…だって」

 

シロナはハッチャンからもらったパンをベンに渡す。

 

「これ、お父さんが森でくれたパンだ…」

 

 

 

 

「シロナ、こんなところに居ましたの」

 

夕方。真っ赤に染まった陽射しの中、ミルは病院近くの公園でブランコを立ち乗りで漕いでいるシロナを発見した。

 

「ああ」

 

シロナはミルに気付くが、そう短く返事をするとブランコの勢いを上げながらこぎ続ける。グングンと加速し、天柱よりも上へ達するほどに上がっていく。

 

「コラ、危ないですわよ…」

 

ミルが近寄ってそう忠告するも、シロナは全く勢いを落とさない。そして、そのままブランコから高くジャンプし、そのまま地面へ着地しようとする。

が、その瞬間に足を踏み間違えてしまい、シロナは盛大に転がりながら砂場へと突っ込んでいく。

 

「もう、大丈夫ですの?」

 

「えへへ、転んじゃった…」

 

ミルはしゃがみ込むと口から砂を吐き出すシロナの口元をハンカチで拭いてやる。

 

「もう…」

 

「…ねぇミル、私…今日嘘ついちゃった」

 

「え?」

 

シロナはそう言うと、ミルの胸の中に顔をうずめるようにして抱きつく。驚いて思わずシロナを引き離そうとするミルだったが、胸の中のシロナが小さく震えていることに気付く。

 

「ゔゔゔ…ゔえ゙え゙え゙」

 

ミルは何も言わず、静かに優しくシロナを抱きしめ返す。

日が西の山の向こう側へ傾いて暗くなっていく公園の中で、押し殺したような泣き声がいつまでも響いていた。

 

 

 

 




霊夢とシロナのCVは小清水亜美さんのイメージです。
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