「その状態でこれに耐えられるか?」
そう言いながら、ウスターはシロナへと両掌を向け、そこには迸るエネルギー弾を生成した。一方シロナは、リング状の気の輪っかで両腕ごと上半身を縛られ動きを封じられている。
「お前は逃げ惑うしかない。命が惜しかったら武舞台から降りて安全な場所まで逃げるがいい。お前の負けになってしまうがな」
「ふっふっふ…だがこれじゃまだ頭が残ってるぜ~!?」
シロナは両足に力を籠め、足裏から気の波動を放ちながら渾身のパワーで真っすぐにウスターへと向けて跳躍した。硬質化を集中させた頭部を頭突きをするように向け、そのままウスターに突撃する勢いを発揮する。
「バカが!」
ウスターはこれまで溜めていたエネルギー弾を解除し、その気を両手を合わせて作った拳に浸透させる。
そして、こちらへミサイルのように接近するシロナを迎え撃つかの如く、スパークのような気を纏うその拳を振り下ろすのだった。
キン…
ミルや占いババが見た限りでは、それは一瞬の出来事だった。小さな金属音が聞こえたかと思えば、気が付けばシロナはウスターを通過してその背後にいる。
…が、次の瞬間にはシロナの顔に纏っている鎧が砕け、顔の上半分が露わになる。ウスターは拳を振り下ろした体勢のまま動かなく、その拳からはシュウと煙が上がっている。一瞬の内に、ウスターはシロナの頭部へ一撃を叩き込むことに成功していたのだ。
「ぐえ」
空中を飛行する術を持たないシロナはそのまま落下し、武舞台上に倒れ込む。シロナの額から血が滲み、ウスターはゆっくりとシロナの方を向き、徐々に下降して武舞台に足を付ける。
「よくやった…だが甘かったな」
ウスターは満身創痍の状態のシロナを見下ろしながらそう言う。
「こっちこそありがとよ…律儀に頭狙ってくれて」
「は?」
その時、ウスターの視界が揺らいだ。ウスターが何事かと思いシロナの身体をよく見ると、右足に履いた靴がボロボロになって脱げており、その下にはこれまでの腕や顔と同じように硬質化を集中させ、ひと際分厚い板のような結晶を纏った足が見えた。
(なるほど…あえて俺の注意をヤツの頭に向くように誘導し、本命は硬質化させた足による蹴りだったか!しかし先ほどまで、腕と頭以外の部位に硬質化を集中させることは不可能だったはず…。いや、それも”できない”と思わせていただけか…?)
すれ違いざまに一撃を食らわせたのはいいものの、自分も攻撃を受けていた。
ウスターはよろりと後ろへ下がる。シロナはその隙を逃さず、上半身を拘束していた気のリングを力づくで破壊した。
そしてウスターに接近し、その全身へ無数の拳の連打を叩きこむ。
「ウラウラウラウラウラウラァ!!」
「ぐ…はァアア…!!」
最後の一撃を受けると、ウスターは大きく吹っ飛ばされた。
(このとてつもない爆発力…!実力は確かに本物か)
ウスターは口の端から血を流しながらにやりと笑ったが、それは誰にも気づかれる事なく、彼女は武舞台外の湖の中へ落下した。
それを見たシロナはガクッと膝を突きながら怒り状態を解除する。
「この勝負、シロナの勝ちじゃ…」
占いババによって、シロナの勝利判定が下された。
「な、なんか岩殴ったみたいな手ごたえだったけど…やったぁ」
「素晴らしいパワーだったぞ」
いつの間にか復帰していたウスターがシロナの背後から声をかけた。
「決してお前の父親にも引けを取らないほどの腕だった。これほどの強者と闘えたのは、9年ぶりだ」
「ウスターさん…私が勝ったから話してよ。私の過去を…」
シロナは、ウスターに勝つことが出来たら昔の自分の記憶を教えてもらうという約束の話を出した。ウスターはしばらく黙り込み、遠い場所にある何かを見るように目を細め、口を開く。
「…結果を言えば、俺がお前について知っていることは9年前まで…つまり、お前が5歳のころまでの事だ」
「興味あるねぇ、その話」
だがその時、シロナ達の背後から聞きなれない声が聞こえてきた。そちらへ振り返ると、そこには白いワイシャツと黒いスラックスを身にまとったひとりの女性が、こちらを見ながらゆっくりと歩いてきていた。
「最近話題の記憶兵器の協力者、シロナ。その過去はぜひ知ってみたい」
「貴女は…」
「でもさ、いくらウチらの居場所がつかめないとはいえ、こんな胡散臭い占い師の力を借りようとするなんて…記憶兵器もずいぶん格が落ちたみたいだね」
「スカール直属護衛軍、”サニー”…」
何が有ろうとスカールを守り、その望みを達成するべく存在する直属護衛軍最後の一人、サニー。額からはチョウチンアンコウを思わせるような発光器官が1本伸びており、眠たそうに閉じていた目はゆっくりと開き、ギョロリとした大きな眼になる。
その瞬間、周囲が一気に暗くなった。まるで夜に沈んでしまったかのように占いババの敷地全域が真っ黒に染まってしまった。だが、周りにいる者たちの姿だけはハッキリと視認することができ、闇の空間に転移してしまったような錯覚を覚える。
「…シロナ、アイツはやばいですわ」
ミルが珍しく冷や汗を垂らしながらシロナに耳打ちした。
「同じ護衛軍でも、アナタが相手にしたエースやアールとは根本から異なる非常に強力な能力と戦闘力を持っていますわ。その実力は、未知のスカールを除いて全人造人間の中では最強…!」
「紹介してくれてありがとう、ミル。そうだね…どうやら人造人間の中じゃウチが最強って事になってるらしいね。ま、そんな事は興味ないんだけど」
サニーは不気味ににやにや笑いながらそう言った。
「おい…貴様」
その時だった。最もサニーと近い位置にいたウスターがサニーを睨みつける。
「俺たちに声をかけるその時まで、一切の”気”を感じなかった。血や肉は通っているようだが、何者だ」
「そう、確かにウチは有機物で構成されたバイオ素体をメカパーツで強化された生命体。半分生き物で半分機械って感じ…でも生命を維持する核となる部分は機械だから生き物じゃないし、気も持たない」
「つまるところはガラクタ人形か。これから大事な話を始めるところだったというのに、邪魔をするというなら破壊してやるぞ」
「君はウチに勝てない。戦うためのステージに上がる事すらできないよ」
次の瞬間、異変が訪れる。
「…カ」
ウスター自身も、周りの者も一体なにをされたのか理解できなかった。突然ウスターが白目をむき、鼻血を垂らしながらその場に膝をついて倒れこんだのだ。
当然、サニーは全く攻撃の手を打っていない。認識できない超スピードで攻撃したわけでも、何らかの視認不能な攻撃を仕掛けたわけでもない。文字通り、ウスターが勝手に倒れたのだ。
「な、なんじゃあ…何が起きたんじゃ…!?」
何かただならぬ不吉な予感を察した占いババが狼狽する。同じく闇の中に取り込まれてしまっていた他の4人の戦士も、あのウスターが何の前触れもなく倒れた事に困惑し、同時に恐怖していた。
「まあまあそんなに怖がらないでよ。今日は戦いに来たわけじゃないんだ」
「…と、いうと?」
ミルが会話を続ける。
「シロナ、君と話がしてみたくてね」
「私と…?残念だけど、私はお前と話す事なんて何もないけどね」
「そんなこと言わずに、話をしようよ。君の態度と返答次第ではウチはここからすぐに立ち去るつもりだ」
「…何の用よ」
「ウチはただ怒りと悲しみを鎮めたいだけなんだ。シロナ…君はウチの大事な部下を大勢殺した。その償いをしてほしい」
心当たりを感じたシロナだが、動揺したことが悟られないようにすぐに口を開く。
「そのお前の仲間という奴らが、何の関係のない人たちを傷つけたからやっつけただけだよ」
「人造人間だって、人間と同じように心を持ってる。日ごろ些細な願望を持っていたり、ささやかな趣味を持ってたりする。例えば、ウチなんかは人間が持ってる”味覚”というものに興味を持っていてね」
サニーはそう言いながらどこからか取り出したリンゴをかじり、口の中で咀嚼した。
「うーん、やっぱり何の感じもしない。味というのはどういうものだろう、美味しいとはどういうことだろう…といった具合にね。残酷にも、君が殺したスピノにもあった」
それを聞いたシロナは黙りこくった。
「彼女はね、人間とのピクニックを楽しみにしてたんだ。男の人と知り合ったみたいでね…彼は造られた存在で機械の私に優しく接してくれるって、嬉しそうにウチに話したんだ。彼女はいくら命令や仕事とはいえ、人間を殺した日には早急な思考器官のメンテナンスが必要になるくらい気に病む」
そのような事、ウソに決まっている。この人造人間が言っていることはデタラメだと、ミルはよく理解していた。
しかしシロナは、スピノが自分へ手の銃を向けた時、自分を見て発砲するのを躊躇していた事を思い出した。
「…つまり何が言いたいかって言うと、君に限っては…もう心が人じゃないんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、心臓に氷の杭を打ち込まれたように全身が一気に冷たくなったのを感じた。だが、すぐに灼けつくような血流の熱さにそれをかき消され、視界が歪む。
「ま、言いたかったのはそれだけの事。君も何も言わないってことは思い当たることがあるみたいだし…それじゃあね」
次の瞬間、周囲を包んでいた暗闇は一瞬で消え、サニー自身の姿もそこから影も形もなく消えていた。
その場に残されたのは、倒れたままのウスターと放心したように動かないシロナ、未だ警戒を解かないミル、何が何だか分からない占いババと4人の戦士たち。
「何だったんだ?今のは…」
戦士たちはそう言いながらウスターを武舞台の外側へ運び出す。
ミルはすぐに武舞台の上に上がり、シロナに駆け寄る。
「シロナ…」
呼びかけるが、シロナは振り返らない。
「気になさらないでください。所詮は、裁判にかけられた犯罪者の無意味な戯言です。どのような心優しき人造人間でも、悪意を持って人を殺してしまえばこの世のどんな悪人よりも…」
ガシッ…
その時だった。突然シロナは腕を突き出し、ミルの肩を掴む。そしてギリギリと力をこめ、挙句にミルの服の袖を肩まで一気に破り取ってしまう。
「シロナ…!?」
「キ…ギ…」
振り向いたシロナの顔は、結晶の鎧をまとっていた。しかし、その目は赤く血走り、目を中心に顔全体にひび割れのような赤い筋が刻まれていた。
「ギヤアアアアアアア!!!」
シロナは獣のような叫び声を上げながら、ミルを殴って吹っ飛ばした。