7人の記憶兵器とシロナは、ものの数分で幾千体の人造人間を全て倒し尽くした。周囲に絨毯のように広がる人造人間の残骸を踏み越え、一行は敵の拠城へ向かう。
しかし、この様々な構造物の残骸が組み合わさってさながら恐竜のような姿を取っている拠城を見上げられるほどの距離に近づいても、敵に動きはない。
「…どうした?ちょっとした様子見のつもりが、予想外だったか?」
ヒロイシは拠城に向かってそう語りかける。すると、もたげていた拠城の頭部が軋み出し、ゆっくりと震えだす。そして、胴体部分と頭部を繋げて張っていたオレンジ色のワイヤーのような糸が緩んでいき、重機のアームのようにゆっくりとその頭部が下に降りてくる。恐竜の頭骨の顎が開き、その奥からすらりと背の高い人影がやってくる。同時に発せられてきたオーラを感じ取った記憶兵器たちに緊張が流れる。
「いいやァ?それくらい簡単にやってのけてくれなきゃ、アタシたちの…特別な夜のお相手は務まらないでしょぉ?」
そう言いながら、ゆっくりと歩いてきたのは、スカール直属護衛軍のひとり、アルティリヌスことアールだった。
「アール…!」
シロナがそう呟く。後から聞いた話では、アールはコンパク・ヨウキという剣術の達人である老人によって全身を斬り刻まれたらしい。その時は逃げられてしまったようだが、あれほどの損傷をこの短期間で何事もなかったように修復してくるとは…。
「私たちが仕える絶対の主…スカール様はあるたったひとつを望んでいらっしゃるわぁ。それは…今宵、人造人間と記憶兵器のどちらが生き残り、この地球上に君臨するべき存在であるのかを決めることをね。さぁ、ここから城の中へ入りなさいな」
「まぁ待ちたまえ、アール。少しくらいは我々の話を聞いてくれてもいいだろう」
だが、自らの本拠地へ敵である記憶兵器を案内しようとしたアールに警戒を示したのか、ヒロイシがそう呼び止めた。
「あらァ、何かしらヒロイシ…」
「お前たち人造人間の目的はドラゴンボールを全て集める事ではなかったのか?今の口ぶりだと、既にスカールにとってボールの収集は重要ではないかのような言い方だった…それとも、我々さえいなくなればボールの捜索は容易いという意味だったか?」
「ふっ…うふふふふ…アナタたちって何も知らなかったのね。教えてあげるわ、もうドラゴンボールなんてものはこの世に存在しないのよ」
「な…」
アリーズやミルが驚いたように声を漏らす。
「確かに、ドラゴンボールが今もあるというならそりゃあアタシたちだってほしいわよ。スカール様はアナタたち記憶兵器の襲撃を受けて、アタシたちの前に顔を出す事すらままならない程損傷されている…それを治して差し上げたいからねえ。でも今のアタシたちはすべてスカール様のご意思に従って行動している…分からない事はスカール様に会って聞いてみたらどう?最も、アタシたちですらあれから一度も顔は愚か声すら聞いていないのに、アナタたちじゃ死んでも無理だと思うけど」
「…何の話ですか?我々記憶兵器にはスカールへ攻撃を仕掛けたという記憶も記録も何もありません。ましてやスカールの目と鼻の先まで接近したのは、正真正銘今日が初めてですよ」
その通りだ。記憶兵器が誕生してからつい先刻まで、誰一人として彼らの中にスカールまで到達した者はいない。記憶兵器たちの体内に存在するチップは、先代の記憶兵器の見てきた記憶や感情も記録し受け継ぐことが可能で、その中にもそのような記憶は何一つとして存在していない。
「…アナタたちこそ何を言ってんのよ?とぼけるんじゃないわよ…アナタたちの所為でスカール様はあんなことになってるんでしょうが」
アールは顔中に血管を浮かばせながら怒りをあらわにした。
「ま、いいわ…。さっさとついてきてちょうだい」
「もう少し話さないか。しかし、まさか住処ごと移動をしているとは思わなかった…あの拠城もスカールの造り上げた人造人間の一体に過ぎないのだろう…」
「なんか今日はよく喋るわねぇ、ヒロイシ?」
しかし、ヒロイシがそこまで言ったところでアールが話を遮った。
「もしかして、何か目的があるのかしら?アタシらとつまらないお喋りしてここに留まらせておきたい…」
「それはお前の勘繰りすぎだ。私は怒りを堪えるために口を動かしているだけだ」
「ふーん、ま、いいけどねぇ。さっさとついてきなさいよ」
アールはこちらに背を向け、拠城の口の中へと消えていく。ヒロイシたちは仕方ないといった様子で、その後をついていくのだった。
…一行は、岩に囲まれた通路をひたすらに歩いていた。誰も何もしゃべらず、ひたすらに靴と床が当たる音だけが響いている。ここは恐らく、あの拠城の岩が連なった首の部位の内側だろう。ここを過ぎれば、恐らく拠城の胴体部分にたどり着ける。
「ねぇ、シロナちゃん」
「げっ、バルバルス…さん。何ですか?」
急にバルバルスに話しかけられたシロナは嫌そうな顔で振り返った。
「記憶兵器の中じゃ有名だ。君はどうしてミルちゃんの誘いに乗ったんだい?俺は何か気になるとそれを解決しなきゃ気が済まないタイプでねぇ…教えておくれよ」
「…最初は乗り気じゃなかったですよ。ただ、町の大通りの隅っこに座って乞食の真似してるよりは…」
「それだけ?」
「私は身内を奴らに殺されたりしたわけじゃない。明確な動機なんてないよ、みんなと違って。ただ、奴らが許せないだけ…自分たちだけの為に他人を踏みつけにしているのが…」
「…へぇ」
「お喋りはそこまでだ。明かりが見えたぞ」
一行は岩の通路を抜け、その先にある明るい広間へとたどり着いた。
…が、その瞬間、周囲が真っ暗になった。
「な…何だこれは?」
「明るいところへ出たはずなのに…!」
シロナとミル、そしてヒロイシとアリーズは気付いた。これは…
「サニーの技です!」
サニーは純度の高い黒色をした虫型の小型人造人間を無数に従え、それらを密集させ壁を作り出すことで暗闇のような空間を作り出すことができるのだ。
その時、少し離れた場所に3人組の影が現れた。その影はゆっくりとこちらに歩み寄り、まるで空中に浮かんでいるのかのようにふわりと舞い上がる。
「スカール直属護衛軍!」
そこに現れた、アールとサニー。その他に、見た事のない姿の人造人間の3人は記憶兵器たちを見下ろす。
「1か月ぶりだね…毎日よく眠れてるかな?寝るって事は大事だよ…まああんまり睡眠が重要じゃない記憶兵器どもじゃあわからないか」
「サニー…!」
占いババの宮殿においての戦いで、あれほど強敵としての力を見せつけたサニー。
「さっきぶりだけど、アタシたちの家にまで上がってきた感想はどう?」
「油の臭いがきつくてたまらない。でも、君は抱き心地がよさそうだ」
バルバルスがそう言った。
そして、誰もが見慣れない姿の者がひとり。派手な黄緑色のぴったりとしたスーツに、鋭い牙を口からのぞかせた赤髪の謎の女…。
(誰…?)
ここにいる記憶兵器にとっては、誰も見た事が無い者だった。
「よう貴様ら…当然我を覚えているな?」
その声に乗せられた並ならぬ重圧を感じ取ったシロナは、この者がいったい誰なのか理解した。
「エース…!あの時死んだんじゃ…!?」
AA財団の施設での戦闘で、エースはシロナの手によって肉体を粉々に砕かれて死んだはずだ。姿かたちこそ大きく変わってしまったものの、そんなエースがこの場所にいる。あの時は6本の腕を持ち、赤黒い体色をしたクリーチャーのような姿だったエースは、他のアールやサニーのように比較的人間に近い容姿となっていた。
「ふん、我があの程度でくたばるものか。全てが消滅しきってしまう前に本体である脳のみでその場を脱し、スカール様に更なる強力な肉体を造っていただいたのだ」
エースはタコのようにギョロリとした目をシロナへ向ける。
「我とアールはお前たちに負けた時、肉体を大きく損傷してしまったからな…スカール様の有り難き手腕によって治すと同時に強化していただいてる。この意味がわかるよなぁ?我々は以前よりも一回りも二回りも強くなっている…それを忘れるな」
「ああ…わかったよ」
「さあ、話は済んだかしら?」
そこで、アールが手を叩きながらそう言った。
「今すぐにでもアナタらと遊んであげたいんだけど…こんな辺鄙な田舎の山まで来るのに疲れたでしょう?少しだけ休んでからでもいいんじゃない?」
その時、シロナたちのいる場所の目の前の床が割れ、その下からテーブルと椅子、それからバーのカウンターのような台までもが現れた。そして、それに加えて3体ほどの人造人間がどこからか歩いてやってくる。
「私どもはアルティリヌス様の命を受け、ここで皆様をもてなす”ウエートレス”に、”シェフ”、”バーテン”でございます」
「というわけで、少し休んでいきなさい。その方がそっちにも都合がいいんでしょ、ねぇ?ヒロイシ」
「何の事かな?」
「ふふっ、とぼけちゃって。こっちにも決戦の準備をする時間が欲しいからねぇ。じゃあ、また後で会いましょうね」
アールがそう言うと、サニーは指をパチンと鳴らす。すると周囲の闇は消え、そこにはレストランのような部屋が広がっていた。先ほど現れた3体の人造人間はそれぞれの持ち場に付き始める。
「何なりとお申し付けください」
「という事らしいが…」
「信用できるのか?」
「ここには、あの3体以外の人造人間の気配はない。どうやら本当に休めということらしいな。何か企んでいるのは間違いないだろうが、ここでピリピリしていてもしょうがない」
口々に警戒の言葉を口にする記憶兵器たちだが、ブラックがそう言いながらテーブルに着くと、彼らもしぶしぶ座ろうとする。シロナもテーブルに着こうと椅子を引いて腰かけようとした瞬間、どこかからか水の入ったコップが飛んできて、シロナの席に当たって割れ、水が飛び散った。
「うわっ!ちょっと…!」
シロナは眉間にしわを寄せながらコップが飛んできた方向を見る。
「ちょっとはこっちのセリフよ!なんでただの協力者に過ぎないアンタが、記憶兵器の私よりも先に座ろうとしてるわけ?」
と、白いTシャツに黒いスパッツ、黒髪を肩のあたりでおさげにした、シロナとさほど歳の変わら無さそうな少女がこちらを睨みながら言い放った。
「えっと、確か…ビーデルさん」
「わたし、アンタに名乗ったっけ?」
「あ、いや…」
「わたし達はねぇ、『破壊屋の七つ道具』を体に埋め込んで、その恩恵を得て戦えるから記憶兵器なのよ。でも何の武器も持たないくせに、わたしもあなた方と同等の戦力ですって顔してここに混ざってるのが気に入らないのよ」
「…そうか、んじゃああっちの離れた方に行くけど…君も一緒に来た方がいい。君のような子供じみた考えで人に当たるような人の居場所もここにはないと思うから」
「なんですって…!?」
バチン!
その瞬間、ビーデルはシロナの顔面へ平手打ちを喰らわせた。
「ビーデルさん、やめてください」
アリーズがシロナを庇いながらそう言った。
「なによそれ…今まで仲間面してたと思ったら急に自分だけは違うって雰囲気出しちゃって!」
ビーデルは怒り、もう一度シロナに対して手を振りかぶる。
が、その時、誰かがビーデルの肩に手を置いた。それはサタンという名前の記憶兵器だった。アフロヘアーと口ひげを蓄え、あずき色のジャケットを羽織っている。
「パ、パパ…」
「ビーデル、口を動かしながら無抵抗な者をはたくようなやり方は正しいか?」
ビーデルは父親であるサタンにそう諭されると、むっとした顔のまま黙る。
「シロナくん…娘がすまないね。きっと、一般人に過ぎない君の事を心配しての言葉だと思う。しかし…私も娘と同じ意見だ。他の者がどう思っていようと、私は君を認めることができない。私と娘は記憶兵器となって1年ほどしか経っていないが、それでも記憶兵器を継承することで戦いに臨む心構えは学んだつもりだ。だが、君にはそれが備わっていないように見える」
サタンはそう言いながら、机の上に肘をつき、手をシロナの方へ向けた。
「私に勝てば、君の戦いに臨む覚悟は私よりも素晴らしいと認めよう!」
それは、正しく”腕相撲”の構え…。
「パパ、それなら私が…」
ビーデルが代わろうとするが、サタンはそれを無視して話を進める。
「こんなおじさんが、娘と同じくらいの子供相手に大人げないと思うかね?しかしそれは違う…私は君の実力を高く評価しているからこその、これ以上ない平和的な解決法だと思う」
「…ええ、わかったわ…やりましょう」
シロナはサタンのごつごつした大きな手を握り返し、机の上に肘を置いて構える。その瞬間、シロナはどっと汗をかいた。物静かに佇んでいるサタンだが、まるでその背後で青い炎が揺らめいているかのような錯覚を覚える。
「レディ…ゴー!」
ビーデルがスタートの合図を取ると、両者は同時に力を込め合う。
が、すぐにサタンが押し、シロナの腕がどんどんと傾いていく。そして、シロナの手が机に接触するまであと数センチといったところまで追い詰められてしまう。
「あーあ、あのままじゃシロナちゃん速攻で負けちまうぜ」
「流石に、記憶兵器で一番の腕力と腕っぷしを誇るサタンには勝てないだろう…」
と、バルバルスとブラックが話す。
「どうしたかね、まさか先ほどの殲滅戦で疲れているなどと言うつもりか?」
「…あなたは…AA財団の保護施設に…行った事はある…?」
「なに…?」
「あそこでは家族を人造人間に殺された人たちが暮らしていた…今後の生活の不安や、失った哀しみを抱えながら。思わないかしら…?もしかしたら自分も、ひょっとしたらあそこで暮らしてたかもしれないって」
徐々にシロナの手がサタンを押し返す。
「くっ…!」
「あなた達は、そんな中からたまたま記憶兵器になれただけに過ぎないのよ。協力者に選ばれた私でさえ、ミルに助けてもらえなかったら今頃は死体になって腐ってる。だから…さ…『選ばれた』私たちは、『選ばれなかった人たち』の分まで戦わなきゃいけないのよ!」
「こ、この娘…!」
「ビーデルさん、君は私が先に椅子に座ろうとした事に怒った…サタンさんは”たまたま”学ぶ事が出来た心構えとやらを物差しにして私を見下した…。そんなんじゃないでしょ…!私たちが得られた力は、得られなかった人たちの力だ…そんなくだらない戦いなんてやっちゃいられないのよ!!」
サタンは再び力を込めるも、シロナが発揮したパワーの前には全く押せなくなってしまった。
「…ひとつ、聞かせてくれ。シロナくん、君は何故記憶兵器に協力する気になった…?」
「私には2年より前の記憶がない。でも、家族を失った子供を見て…自分にも家族が居なかった時があった事を思い出した。とても寂しかった…だから、その寂しさを他の人にさせちゃいけないと思ったからだ!」
そのシロナの言葉を聞くと、サタンは心なしかうつむいたまま笑みを浮かべたような気がした。
次の瞬間には、サタンの手の甲が勢いよく机に叩きつけられていた。