サタンとシロナの腕相撲は、シロナの勝利で終わった。拳が叩きつけられた机は真っ二つに割れてしまい、シロナは勢い余って床に倒れ込んだ。
「いてっ」
「はぁ…はぁ…私の負けだ、シロナくん。私が君を見下していた事を認め、謝罪しよう。すまなかった…」
サタンは息を切らしながら、着ていたあずき色の上着の襟を直す。
「ちょっと待って…今、あなた最後にわざと力を抜かなかった?」
シロナは腕相撲の決着がつく直前に感じた違和感について、ずばりサタンに問いただした。自分とサタンのパワーは五分五分だった。それが急に最後になって緩んだように感じたからだ。
「武道家にとって、真剣勝負で手を抜くことは最大の侮辱だ。私はそんな真似はしない」
しかし、サタンはそれを否定した。
と、そこへビーデルがずいっとやって来て、シロナの腕を掴む。
「何よ、次は君がやるの?」
「キレイゴトばっか並べちゃって…!パパはあんな茶番で満足したかもしれないけど、私はあなたをまだ認めてないからね…」
「じゃあ、ここで本当の勝負でもする?」
「いいから覚えときなさい。わたしはあなたが…気に入らないわ!」
ビーデルはそれだけ言い残すと、速足で歩いてカウンターの席に座る。そして大声でメロンソーダを注文すると、ひとりでそれを飲み始める。
「娘の非礼を続けて謝罪しよう…。そう言えば、まともな挨拶もしていなかったな、私の名はサタン・マーク。娘はビーデルだ。まあ、席に座って話そうか」
「はあ…」
シロナはサタンと共にバーの同じテーブルに座った。
「いやぁ、君は実に素晴らしい心意気を持っているんだな。…初対面では、軽んじていて悪かった」
「別にもう全然いいですよ?」
「ははは…そう言ってくれるとうれしい。娘のビーデルなんだが…昔から正義感があって気も強くてね、同時に腕っぷしも下手な男よりもある。私が格闘家だったから、それに感化されたのだろうな」
「え?サタンさんってやっぱり武術をやってたんですか?」
「前までね。武道大会で優勝して世界チャンピオンになるのが子供のころからの夢だったんだが、ついに叶わなかった」
「…それは親子で記憶兵器になったことと何か関係があるんですか?」
「ああ…。私の妻は女優だったんだが、まだビーデルが幼かったころに飛行機事故に巻き込まれて亡くなってしまってね。それでも、格闘家としての成績も稼ぎも良く、私一人でもビーデルを育てることはできた。だがね…2年前、私の家にAA財団を名乗る者がやって来た。その者らが言うには、私の妻が亡くなった飛行機事故は、人造人間という存在によって引き起こされたものであるらしい。それを聞いた時、私ははらわたが焼きつく音を聞いた。私は蓄えていた財産をAA財団の支援に流し、格闘家として得た収入も寄付するようになった。そして1年前…丁度、”ペンチ”と”錐”の記憶兵器に空きができた。私とビーデルは決心し、記憶兵器に名乗りを上げたのだ」
「それはお気の毒に…」
「確かに、先ほどまで私は恥ずべき傲慢な意識を持っていた。だが、誤解はしないでほしい…私は人造人間をこの世から駆逐するためなら、この身を削る事を惜しまない。私がこれまで培ってきた格闘術は、人造人間と戦うためにあるのだと思う。それはビーデルも同じ思いのはずだ。バルバルスくんも、ヒロイシさんも、アリーズさんも、ミルくんも…皆、様々な理由を持ち、人造人間最後の一体を倒すことを願っている」
「…私こそごめんなさい。今日初めて会った記憶兵器は、みんな自分よがりの理由で戦ってるんだと思った」
と、そこへバルバルスがやって来た。
「おいおい、なんか楽しそうじゃないか。俺も混ぜてくれよ」
「バルバルスさん…」
「ははは、君も座ってくれ、一緒に飲もうじゃないか」
「飲む前に話をさせてくれサタンさん。なぁシロナちゃん…さっきの鬼気迫る演説、とても心に響いたよ」
バルバルスはそう言いながらシロナの隣の席に座る。
「はぁ、そりゃどうも…」
「言っておくけど、俺も自分よがりの身勝手な理由で記憶兵器をやってるんじゃない。俺の父親は牧師だったんだが…教会そのものと他の信者たち丸ごとごっそり、一瞬で根こそぎひねり殺された。人造人間をできる限り破壊するのが、俺の望みさ」
「何を言うか、このハンサム魔王が。『俺にとって、人造人間の破壊という行為はかなりのエクスタシーを感じられる』って言ってたくせにな」
「ちょ、サタンさん…せっかくシロナちゃんの前で俺がかっこよく決めたってのに!」
「あははは…」
シロナは笑いながら心の中で想った。
(ねぇ、カイン、ウパさんにボラさん…記憶兵器ってのは、人間を捨てた化け物ばかりじゃないらしいよ…)
…カチッ
壁にかけてあった大きな時計がひと際大きな音を立てると、それ以降は全く時を刻むことを辞めてしまう。記憶兵器たちが立ち上がると、いつの間にかその場にはサニーが佇んでいた。
「記憶兵器の諸君、いかがだったかな?ウチらからの心ばかりの持て成しは。高級な料理に酒、どれも人間にとっては快楽とされるものだろう」
「人造人間がつくった料理なんてどこに入ったかわからないわよ」
ビーデルがそう言った。
「ふふふ…では、今度は君らがウチに快楽を与えてくれる番だ」
「その快楽って何かな?」
バルバルスが問う。
「君たちは…何かウチらに隠し事があるんでしょ?そうじゃなければ、真面目な君たちが怪しいウチらの持て成しなんか受けるはずがないからね。なんだろう、時間つぶしを進んで引き受けた理由…というと、もしかして…ウチらのこの居城に、ミサイルでも撃ち込むつもりだったりして?」
サニーは大きな目をギョロリと剥き出し、下から睨め上げるようにヒロイシたちを見つめる。
「…サニー、過去に通じないとわかった戦法を、今さら我々がとるとでも思うのかね?」
「過去、君たちが運よくこの居城の位置を”大まか”に特定し、熱核兵器を使用したのは三度。だけど、結果はどれも失敗だった…。理由は、我々の居城は、超微細で膨大な数の人造人間を霧のように吹き上げて上空で膜を作り、それに守られているからさ」
「知ってるとも。その微細な人造人間はミサイルの隙間から内部に侵入し、その機能を破壊して停止させてしまう。だから、我々の放ったミサイルは威力を相殺され、いとも簡単に墜落してしまった。だからこそ、我々がそのようなことをまた考えるとでも?」
「そうかな…じゃあ君たちは考えたんじゃないかな?ミサイルもだめ、空爆もだめ…だったら、レーザー砲を使った光学兵器ならどうだ、とね。大方、時間を合わせているんだろう…宇宙からのレーザー砲の発射時刻までね」
─およそ七日前─
「シロナ、人造人間の本拠地における決戦に備えて、作戦の概要を説明させていただきますわ」
「うん…」
ミルは車を運転しながら、シロナに話す。
「ヒロイシとアリーズが全て準備してくれました。決戦の日…12月27日の日が変わる瞬間、人工衛星を使っての光学レーザー砲がパオズ山の奴らの本拠地に降り注ぎますの」
「レーザー砲?」
「計算では、確実に人造人間の一体とて完全消滅から逃さないほどの熱と破壊力です。我々記憶兵器は、レーザー砲の発射時刻まで奴らをパオズ山に足止めすればいい」
「…それって、どれくらい?」
「18時に現地へ集合。そこから6時間」
「6時間…」
「奴らを足止めできるとっておきの策もあります。シロナ、貴方はこれだけ知っておけば大丈夫ですわ。あとは我々、記憶兵器にお任せくださいまし。シロナ…今まで、ありがとうございました」
「え…どうしたの、変な物でも食べた?」
「確かに、貴方は野蛮なイノシシ娘ですが…そんなイノシシ娘のおかげで、長らく停滞していた時間が動き出した…その事実は変わりませんわよ」
「何ですって~?」
シロナはそう言いながら、運転しているミルの首に下げられているペンダントを奪い取ろうと手を伸ばす。
「わっ、やめてくださいまし…運転中ですのよ!」
「…へへ、冗談よ。絶対勝とうね」
「ええ…必ず」
こちらの思惑は、敵にお見通しだった。それを明らかにされた記憶兵器たちは黙りこくり、ただただ沈黙が辺りを支配する。ヒロイシとアリーズの額に一筋の汗が流れる。
「ふ…何も言えないか。そうだよなぁ、時間稼ぎがばれてしまっては、ウチらはこの地を去るだけでいいんだからね…沈黙するしかないだろうね。くっくっく…それだよそれ!その沈黙が、ウチにとっての快楽なんだよ!敗北を悟った、その沈黙がねぇ!!」
サニーの嘲笑を含んだ色の声が響き渡る。まるで、記憶兵器たちの「やられた…」という顔を見るのが心底面白くてしょうがないような様子だ。
「アリーズ…言い逃れもきくまい。ここは…」
「ああ…光学兵器を待つまでもなく、私たちで護衛軍およびスカールを破壊する」
「でも記憶兵器たちよ、安心してくれていいよ。ウチらも”造られた人間”だ…鬼や悪魔じゃない。チャンスを与えてあげる。名付けて、『3つのドア』!」
サニーが指を鳴らすと、その背後に三つのドアが出現する。同時にアールとエースも姿を現し、それぞれが扉の上に立つ。
「君らは3つのグループに分かれて、ドアに入ってもらう。この3つのドアのうちひとつが、我々の象徴にしてリーダー、スカール様のお部屋へと続いているんだ」
その時、サニーたちの背後の壁がパッと明るくなり、何かが映し出された。それは椅子に座り、手を膝の上で組んだままこちらを見つめて穏やかにほほ笑む、美しい女性の写真だった。
「だが、スカール様にお目通りが叶うのはひとつのグループだけだ。誰が会えるのかはお楽しみだ…」
しかし、シロナにはエースの言葉も頭に入っては来なかった。あの映し出された写真の女性が、強く頭に引っかかるからだ。
(間違いない…あれがスカール…?だったら、私は…私は…過去にスカールと会った事がある!?)
シロナの頭の中には、ある人物の姿が浮かぶ。全身に雷を纏い、霹靂の如き勢いで次々と敵をねじ伏せていく、謎の女性。その顔が、目の前のスカールの写真と瓜二つに重なった。